やしお

ふつうの会社員の日記です。

国谷裕子『キャスターという仕事』

https://bookmeter.com/reviews/86248751

クローズアップ現代国谷裕子キャスターを初めて見た時、「ライブでこんなにクリアーに喋れる人がいるのか!」と衝撃を受けた。今まで国谷キャスターのバックグラウンドを知らなかったけれど、「どのような環境で彼女が鍛えられたのか/自身を鍛えたのか」を読むと納得という感じで、こういう訓練を積んだ人の代替は難しいだろうなと思った。テレビというメディアの特性とどう付き合うべきかという理解も面白かった。ただ本書は国谷裕子という人物に興味がないとあまり面白くないんじゃないかと思っていて、一種のファンズアイテムかもしれない。


 クローズアップ現代はリニューアルして、今は武田アナがキャスターを勤めているけれど、やっぱり国谷キャスターの頃の方が面白かったというか興奮があった。それは武田アナの能力が不足しているというより、それぞれ積み重ねてきた能力の種類が違うからだろうと思う。
 本書で国谷裕子は、テレビの特性について、テレビは視聴者の感情を一体化させる方向に働きやすく、一体化した感情にさらに寄り添ってしまう、と語っている。そうした特性を知った上で、それに抗うという意識を持って自身のキャスターとしての能力や技術を確立していく。ただそれは国谷裕子NHKの職員でもアナウンサーでもなく、外側の人間だから可能だった面もあって、アナウンサーとしての技術はむしろテレビの特性に忠実に、視聴者の感情に寄り添うことかもしれない。
 その意味で武田アナのスタジオでの振る舞いは、視聴者の感情に寄り添って安心感を与えてくれるように見えるし、ゲストの選定も、リニューアル以前はテレビに慣れていてもいなくても専門家を呼んでいたのと比べて、テレビ慣れした学者やタレントが、そのテーマの本当の専門家でなくても呼ばれることが増えているような印象がある。ただ一方で、国谷裕子のようなバックグラウンドを持つ人を用意すること自体がもう、かなり困難だろうなと、本書で彼女の経験を見ると思う。

キャスターという仕事 (岩波新書)

キャスターという仕事 (岩波新書)

宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』

https://bookmeter.com/reviews/86495152

IQは100程度ないと今の社会では生き辛いという言及があって、でもIQは真ん中が100なので、じゃあ世の中の半分の人が生き辛いってことになる。「えっ」と思うけど、実際そんな苦しみでできた世界なのかもしれない。軽度の知的障害は、普通に会話できるし、一般的なIQテストも「問題なし」、発達障害ほど医者にも世間にも理解が進んでいない。非行や犯罪を犯しても「反省が足りない」で片付けられてしまうが、実は反省以前に理解ができていない。「自己肯定感を高めよう」とかじゃなく、機能向上の訓練がまず必要だという。


 犯罪者に限らず、一般学級の下位3、4人がこのために授業についていけないのが実情だという。学校でこの種のトレーニングが導入されれば、少しでも救えるだろうという提言だった。
 それにしても著者の経歴が、京大工学部を出て建設コンサル会社で働いた後、神戸大学医学部に入って児童精神科医になって少年院で働く、ってすごい。

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

ケーキの切れない非行少年たち (新潮新書)

  • 作者:宮口 幸治
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2019/07/12
  • メディア: 新書

塙宣之『言い訳』

https://bookmeter.com/reviews/86106014

ああ、M-1の審査員ってここまで考えてやってるんだ、ってある種の感動を覚える。観客の感情に作用させることを目的とした営み、演劇や芸術を言語化するのは困難だとは思うけど、きっと本人が「ウケる/ウケないの差は何だろう」とかを日常的に真剣に考えずにいられないから、この水準で具体的に語ることができる。M-1のレギュレーションと芸人の相性があることは認めつつ、でもM-1の形式を批判したりあるいは過剰に適応するのは本末転倒だ、それを分かった上で賞レースと付き合うのがいい、という提言はとても健全なものだと思った。


 漫才でもM-1の4分間に合うものと、30分間やるのに適したスタイルとがある、と言われると、例えば小説でも掌編~長編で要求される特性や技術がまるで異なるのと同じことで当たり前なんだけど、改めて指摘されると(そっか)と思って面白い。
 同時代の漫才師たちの特徴(や欠点)を非常に明快に指摘していて、どちらかというとM-1周辺をメインにした話にはなっているけれど、もし時代的な展開も加えてもっと体系的に語られるようなものが出てきたらぜひ読んでみたいなという気持ちになった。

言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか (集英社新書)

言い訳 関東芸人はなぜM-1で勝てないのか (集英社新書)