やしお

ふつうの会社員の日記です。

杉山春『ルポ 虐待』

https://bookmeter.com/reviews/94986133

「シングルマザーが子供2人をマンションに放置し、自分は外で遊んでいるうちに餓死させた」事件の本。一見「母親であることを放棄した結果」に見えるが、実は真逆で「母親であることに縛られ続けた結果」だった事実が浮かび上がってくる。周囲に「お前がやるんだ」と言われて、「自分がやらなきゃ」と思い込んでしまうと、やれなくて困っても助けを求められなくなる。「ちゃんとやれていない」自分に耐えられずに現実から目を背けてしまう。そして破滅的な結果に至っていくプロセスが描かれている。



 ただ一方で、この母親を突き放してしまった周囲の人々(家族など)の気持ちもわかるのがつらい。自分なりに救おう・許そうと思って何度もチャレンジして、本人も「ちゃんとやる」と言って信じたのにまた裏切られるのを繰り返されると、もうしんどくて耐えられなくなっていく。突き放して厳しい環境におけばちゃんとやるかも、と考えてしまうのもわかるし、しょうがない。サポートのプロではない「周囲の人々」にそこまで期待するのは難しい。


 ヒヤリ・ハットのハインリッヒの法則と同じで、似た環境・状況に追い込まれて「たまたま」子供を死なせずに済んでいる女性も大勢いるのだろうと、本書を読んでいると思わせる。
 あとしばらく前にチュート徳井国税申告漏れを起こして、その原因について会見で「自分の想像を絶するルーズさ」と釈明したのをふと思い出した。重要事になるほど正面から受け止められなくなってしまう。

椿弘次『入門・貿易実務<第3版>』

https://bookmeter.com/reviews/94988881

しばらく貿易実務を経験した人が本書を読むと、「今までやってた仕事ってそういう意味だったのか」と断片的な知識が整理・統合されてちょうどいい本だと思う。必要な用語が網羅されつつものすごくコンパクトにまとめられているため、未経験者がいきなり読んでも具体的にイメージするのが難しかった。自分はメーカーで働いていて、となりの調達部門が輸出入業務をやっていて、何やってるのか知りたいなと思って通読してみたものの、そういうわけであまり入ってこなかった。まずはストーリー仕立ての具体的な課題解決の話とかを読む方が良さそう。

入門・貿易実務<第3版> (日経文庫)

入門・貿易実務<第3版> (日経文庫)

  • 作者:椿 弘次
  • 発売日: 2011/07/16
  • メディア: 新書

青木保『タイの僧院にて』

https://bookmeter.com/reviews/94989225

文化人類学者(33)が70年代のタイで僧侶になってみた話。異世界転生みたいで面白い。日本で「修行」と言うと「肉体や精神を追い込んで内面的に成長する」みたいなイメージだけど、タイの仏僧修行は全然違う。内面がどうとかは関係なく、戒律を外形的に正確に守っているかが重要になっている。かえってその方が誠実じゃないかと思えて、価値転倒を体験させてくれる。タイ人にとっての徳や業は重苦しいものではなく、日常的にプラスとマイナスを考えてバランスを取るものという考え方も面白かった。なお著者は30年後に文化庁長官になっている。


 その頃、タイの反日感情が高まっている点にも触れられていた。↓の「野口ジム事件」にも名指しは避けつつ言及されていた。タイの伝統的ボクシング(ムエタイ)を「キックボクシング」という名前で普及させようとした野口修が、バンコク市内に「キックボクシングジム」を開設して、タイ人からは「経済面だけでなく日本は国技さえタイから奪おうとしている」と大きな反発を食らったという。
野口ジム事件

タイの僧院にて (中公文庫 あ 5-1)

タイの僧院にて (中公文庫 あ 5-1)

  • 作者:青木 保
  • 発売日: 1979/02/10
  • メディア: 文庫