やしお

ふつうの会社員の日記です。

新型コロナ 法律の枠組み

 今週末から2回目の緊急事態宣言が出されるというニュースを見たり、次の国会で特措法改正もするという話で、そもそも法律上どういう建付けになっているのかがちょっと気になっていた。政府と地方自治体その他でどういう役割分担になっていて、何ができて何ができないのか、権限と制約がどうなっているのかよく分かってなかった。
 「ちゃんと仕事してない、けしからん!」と思っても、実は法律上の制約があってできないという話だとしたら、批判の矛先もお門違いだったりするかもしれない。一方で現状のルールを理解すれば「ルールメイカーとしてちゃんと法整備やれや」という批判ができるかもしれない。試合をちゃんと見るにはゲームのルールを知る必要がある。


 そのあたりを書いてそうな本ということで竹中治堅『コロナ危機の政治』を買った。このエントリは本書に依拠しつつ、後は法律の原文だったりニュース記事などで補足している。

(ちなみに本書の著者はジャーナリストではなく政治学の大学教授ということもあり、独自取材やインタビューなどで新事実を明らかにする、といった内容にはなっていない。公開済み情報と統治機構に関する既存の知識を組み合わせて、意思決定者にどういうインセンティブが働いて意思決定がされているのか、といった点を時系列で詳細にまとめている。)


 感染症に関する主な法律としては、感染症法、検疫法、特措法の3つがある。


感染症

 正式名称は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」。原文↓
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 | e-Gov法令検索


 伝染病予防法+性病予防法+エイズ予防法の3つを統合して99年に施行。07年に結核予防法も統合。
 6条(定義)で危険性に応じて1~5類に感染症が分類されている(1類感染症が一番危ない)。これに加えて

も規定されている。


 新型コロナウイルスは、'20/1/28に「指定感染症」とする政令閣議決定され、2/7に施行されている。政令の原文↓
・新型コロナウイルス感染症を指定感染症として定める等の政令(◆令和02年01月28日政令第11号)


 特措法の2条1項で

新型インフルエンザ等 感染症法第六条第七項に規定する新型インフルエンザ等感染症及び同条第九項に規定する新感染症(全国的かつ急速なまん延のおそれのあるものに限る。)をいう。

と定義されているので、実はこの時点で「新感染症」に指定していれば、特措法を改正して新型コロナを対象に組み込まなくても、特措法が新型コロナに適用できて特措法でとり得るアクションも取り得た。「新感染症」の定義(感染症法6条9項)の原文を読むと素人目には新型コロナをこれに指定してもあまり違和感はないけれど、当時の判断としてはそうされなかった。国会審議で野党議員からの「新型コロナは新感染症にあたるのでは?」という質問に、加藤厚労相は「新型コロナウイルスというウイルス自体が限定されている」と説明している(参院予算委員会 '20/1/31)。(この辺の事情は正確にはよくわからない。何か全体の整合性だったりテクニカルな面で、新型コロナを新感染症に指定すると不都合があったのだろうか?)


 指定感染症に指定することで危険度の高い1~3類感染症に準じた措置が取れるようになる。都道府県知事が患者に就業を制限したり(18条)、入院を勧告・強制したり(19条)できるようになる。(条文では1類に対して書かれているが、26条で2類と新型インフルも準用できるように書かれている。)また患者を見つけた医師に報告義務が課されたり、入院中の治療費が公費で負担されたりするようになる。


検疫法

検疫法の原文↓
検疫法 | e-Gov法令検索


 1951年に制定されている。船や飛行機を介して感染症が日本に入ってこないように予防するのが目的。
 感染症法に基づく「指定感染症」に新型コロナが指定されたのと同時に、検疫法に基づく「検疫感染症」にも指定されている。検疫感染症に指定されると、検疫所が入国者に強制的に診察や検査を行えるようになる。


特措法

 正式名称は「新型インフルエンザ等対策特別措置法」。原文↓
新型インフルエンザ等対策特別措置法 | e-Gov法令検索


 09~10年に新型インフルエンザが流行したことを受けて、12年4月に野田内閣で制定された。20年3月に法改正で新型コロナが追加された。


 感染症が広がった場合は2段構えで対処する建付けになっている。1段階目が国と都道府県それぞれで対策本部を設置する。2段階目が政府の対策本部長(=首相)が緊急事態宣言を発令する。


 平時に政府は「行動計画」を策定する→対策本部が発足したら行動計画に基づいて「基本的対処方針」を策定することになっている。
 政府の「新型コロナウイルス感染症対策本部」は'20/1/30に設置が閣議決定され、同日に第1回が開催されている。現時点('21/1/6)で第50回まで開催されている。基本的対処方針は'20/3/28に策定され、何度か変更されている(最後の変更は5/25)
対策本部HP↓
新型コロナウイルス感染症対策本部


 一方で都道府県の対策本部は「対策を総合的に推進する」という役目。

緊急事態宣言

 緊急事態宣言は専門家への諮問が必要となっているので「基本的対処方針等諮問委員会」が設置されている。発令したら国会に期間・地域・緊急事態の概要を報告することになっている。
 20年4月に発令した時は以下のような流れ。4/4に東京都の新規感染者数が初めて100人越えして、安倍首相が宣言発令を決断する。(ちなみに4/1時点では即時の発令を否定する発言を安倍首相はしている。)4/6に諮問委員会の尾身会長に意見を求めて「出すべき」とのコメントを得た後、「早くとも明日には出す」と表明する。4/7に諮問委員会を開いて了承を得たのち、7都府県で発令している。


 ちなみに特措法32条2項に「期間は、二年を超えてはならない。」とあるので、実は緊急事態宣言は2年間続けられるようになっていて、「2年間 緊急事態宣言」の世界を想像してふしぎな気持ちになった。


 首相が宣言を発令することで、都道府県知事が色々なアクションを取れるようになる。(知事が宣言を要請する、というのはこの建付けに基づいているので、必ずしも「知事が一方的にボールを政府に投げて仕事を押し付けている」わけではない。)
 知事は、住民へ外出自粛を要請できる(45条1項)。それから休校・休業・イベントの停止を要請でき(45条2項)、要請に応じない場合は停止を指示でき(45条3項)、指示した事実を公表する(45条4項)。2項の休業要請は特措法施行令で対象が定められていて、床面積1000㎡(バスケコート2つ分ちょっと)超の施設が対象になっている。
 それから知事は、医療施設が不足した場合は臨時施設の開設と医療提供が義務付けられていて(48条1項)、そのために(権利者の同意なしでも)土地の利用ができるようになっている(49条)。


専門家会議

 専門家会議がいろいろあってよくわからない。
 もともと特措法に基づいて、2012年から「新型インフルエンザ等対策有識者会議」や「基本的対処方針等諮問委員会」が設置されていたが、役割は限定的だったという。ちなみに現在のメンバーは↓の通りで、両方ともメンバーは全員共通になっている。(会長は尾身茂 地域医療機能推進機構理事長)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/simon/kousei.pdf


 加藤厚労相の助言機関だった専門家会議(アドバイザリーボード)が'20/2/4から活動を始めていて、2/14からは公明党の提案で対策本部の下に置かれた。(ただし法的根拠はない。)この「新型コロナウイルス感染症対策専門家会議」はいろいろ発信して影響力も発揮していたが、7/3に廃止される。この会議は座長が脇田隆字 国立感染症研究所所長で、副座長が尾身氏。
 専門家会議に代わって「新型インフルエンザ等対策有識者会議」の下に「新型コロナウイルス感染症対策分科会」が7/3に設置される。この分科会は(有識者会議・諮問委員会と同様)尾身氏が会長。
 一方で専門家会議が廃止された7月から、厚労相のアドバイザリーボードが復活している(座長は脇田氏、メンバーもほぼ同じだけど、リスクコミュニケーションの専門家や病院経営者も追加されている)。最近のニュースでも感染状況分析の報告がこの厚労相の専門家会議から発信されていたりして目にする機会がある。


 似たような専門家の組織体・会議体が複数存在していて、しかもメンバーがかなり重複していて分かりづらい、というのは例えば内閣官房内閣府が似ている、その内部でも似た名前の組織がいくつもあるし政治家・職員の構成員も重複していて分かりづらいのと似ている。一種のお役所仕草なのかもしれない。


国と自治体の関係

 過去の地方分権改革によって、国と地方は(建前としては)「対当」の関係になっている。
 一方で、国が地方に指示を出せるような法的根拠としては、『コロナ危機の政治』では以下が挙げられていた。

  • 特措法20条:首相→知事に基本的対処方針に基づいて政策調整の権限がある
  • 感染症法63条2:厚労相→知事・保健所設置市の市長・特別区の区長に感染症の発生・蔓延防止の必要な事務を指示できる
  • 地方自治法245条5や245条7:首相→知事などへ指示できる余地がある


 安倍政権でも、特措法に基づく総合調整権の発動も方策として意識はされていたが、知事・市長・区長を指揮することに消極的だったという。菅長官は指示権の発動は考えたことはないと振り返っていて、加藤厚労相は「指揮系統がない」という立場を取っていた。


2回目の緊急事態宣言

 今週('21/1/7)に2回目の緊急事態宣言が発出される見込みになっている。1回目の時に「都内の新規感染者が100人を超えたのでようやく首相が宣言発出を決意した」という話を振り返ると、今回は「大晦日に都内新規1300人を超えていたけどギリギリまで出すのを渋っていた」話を考えると、なんか脳がバグりそうになる。


 首都圏の4知事が宣言発令を要望した際も、政府は否定的というニュース記事がいくつも流れた。「宣言は罰則規定がなく実効性がない(からやりたくない)」という話と、「前回やった時に経済へのダメージがでかすぎた(からやりたくない)」という話が、同じ記事の中で政府与党関係者の話として載っていたりして、読むと頭が変になりそうだった。「実効性がないのにダメージはあった」という矛盾みたいなことを言われると頭がむちゃくちゃになる。
 「特措法に実効性がないから、改正した後でないとヤダ」という話を政府与党側から聞かされると、12月頭の時点で野党4党が特措法改正案を国会に提出して国会延長を求めていたのに、政府与党が閉会したという事実があって、何か記憶が消滅しない限りそんなコメントを言いようがないのでは、みたいな気持ちになる。
新型コロナ 特措法改正案を野党が提出 知事の権限強化を | 新型コロナウイルス | NHKニュース


 都が飲食業への時短営業要請をしっかりやらなかったから感染拡大した、政府はとばっちりを受けた、といったコメントも見かける。自治体側の対応が十分だったかという論点はあったとしても、それで政府の対応が免罪されはしないだろうとも思う。法整備をしっかり進めなかったのはどこなのか、特措法の総合調整権を持っているのは首相じゃないのか、という気持ちになる。
 大災害などがあるとその真っ最中は激しい批判にさらされるのは何政権・与党が何党であっても避け得ないのだろうとも思う一方で、今回の2回目発出に至るあれこれは、本当に「脳がバグる」という感覚に近い気持ちになったのも事実だった。


特別定額給付金10万円の建付け

 ここまでは主に緊急事態宣言や特措法まわりの話で、あとおまけで特別定額給付金のこと。10万円が全国民に配られて自分も受け取ったけど、あの法的根拠ってどうなってるんだろうと思っていた。ただあれは特に法律とかはなくて、「令和2年度補正予算」が根拠になっているようだった。
 『コロナ危機の政治』では、最初は自民党の岸田政調会長が「減収世帯に30万円」で取りまとめて、閣議決定までしていたのに、二階幹事長が「個人に10万円」を言い始めて、公明党も連立離脱まで示唆しながら「2次補正ではダメ、この補正予算で個人に10万円」を要求したので、結局は「減収世帯に30万円」を撤回して閣議決定した後に予算を組み替え直して国会に提出するという異例の動きをして、実施された経緯がまとめられている。(ただ法的な建て付けそのものは特に解説されてはいない。)


 日本の国家予算は、法律という形は取らないけれど、国会の審議・議決を通して成立するので「予算は国法の一形式」というのが通説になっている。それで特別定額給付金そのものは特に法律に依らない。
 ただ、「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律」によって所得税が課されないようになっていたり、「令和二年度特別定額給付金等に係る差押禁止等に関する法律」によって差し押さえされないようになっていたり、周辺の法律は出ていたりする。
新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための国税関係法律の臨時特例に関する法律 | e-Gov法令検索
令和二年度特別定額給付金等に係る差押禁止等に関する法律 | e-Gov法令検索


 あと、実際にそれを自治体を通して国民に支給する建て付けは、ちょっとアクロバティックになっている。
 地方自治法では、自治体が行う事務は「法定受託事務」と「自治事務」に分けられている。「法定受託事務」は、「国が本来やるべき事務を都道府県or市町村or特別区が処理するもの」(第一号法定受託事務:国政選挙やパスポート交付、戸籍事務など)と、「都道府県が本来やるべき事務を市町村or特別区が処理するもの」(第二号法定受託事務:県議会選挙など)があり、何が該当するかは地方自治法別表に列挙され、各個別法に「法定受託事務」だと明記されていないといけない。国が自治体の事務処理に関与する場合は、法律や政令で定めないといけない、ということになっている。
 素直に考えると、「政府が言い出して国民に10万円を配る」話は、自治体が自分のためにやる業務ではないから、第一号法定受託事務に該当するように見える。でも実際には地方自治法が改正されたわけでもなく、各個別法にそう明記されているわけでもなく、実は「自治事務」として処理されている。

  • 総務省から自治体に「特別定額給付金(仮称)事業に係る留意事項について」という事務連絡と「事業費補助金交付要綱」が発出される。
  • 市区町村が自主的に給付の申請を住民から受け付けて、10万円を住民に給付する。
  • 市区町村が交付申請書を総務大臣に出せば、給付した分は補助金として総務大臣から市区町村に交付される。

という建て付けになっている。地方自治体が自分でやった事業に対して、国が費用の一部(今回の場合は全額)を負担する、「補助事業」の建前に実はなっているという。
 そうだとすると、自治体には「やらない」という選択肢も実はあるのだけど、現実的には「国がやる」と大々的に言っていて、周りの市町村はみんなやっているのに自分の市ではやっていなかったら激しい文句が出るので、やらざるを得なくなる。国民に向かっては「政府の施策です」という顔をしながら、市区町村に向かっては「あなたが自分でやるんだよ」という形になっていて「なんかずるい」という感じもする。(し、一方で機動的・柔軟にやるには他のやり方がさしあたりないのだろうという気もする。)
 実はこのスキームは、リーマンショックの後に麻生政権で定額給付金を1人12,000円配った時に使われたやり方だという。
 「こうしたやり方になってるんだよ。でも国が法定外の自治事務をつくって市区町村の責任でやらせるようなやり方を、非常時の特例で済ませるのはどうなの?」という指摘を、全国町村会のウェブサイトのコラム欄で東大名誉教授の大森彌氏が書いているのを見つけて「へー」と思った。↓
「特別定額給付金給付」はどういう事務か - 全国町村会



 他にも、20年1月末時点で「中国の湖北省から来た人だけ入国拒否する」ということをするのに、「出入国管理及び難民認定法」の「次の各号のいずれかに該当する外国人は、本邦に上陸することができない。」(5条)の「日本国の利益又は公安を害する行為を行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」(5条1項14号)を拡大解釈して認定することで、選択的に入国拒否したりしている。
 想定外の異常事態が何かしら起これば、既存の枠組みで素直に解決できなくて、それでも既存の枠組みを無視することは許されないので、色々工夫(や無理筋)を重ねてなんとかしたりしていて、システムとして見ていてちょっと面白い。逆にこの辺の事情をなるべく正確に理解しないと、外側から見ていて不可解だったとしても、実は内部的にはそうせざるを得ない事情とかがよく分からなかったりする。

稲田将人『経営参謀』

https://bookmeter.com/reviews/94988288

架空の小売業(アパレル)をケーススタディに、経営改善手法を解説する本。ただ一般的な改善手法の話だけではなく、本書は「創業家の経営陣と、社内の思惑が足枷になっておかしくなる」とドロドロした話を描いているところに特色がある。究極的には経営トップがダメなら、どれだけ経営改革を周囲が成し遂げようとしてもダメ、という身も蓋もない話になっている。常務(社長の姪)がいかに自身の安寧を守るために経営トップの情報経路をコントロールするかという話も面白かった。もちろん一般的な経営状態の把握手法なども解説されている。

仁藤夢乃『女子高生の裏社会』

https://bookmeter.com/reviews/94987303

性産業に取り込まれる女子高校生たちのルポ。著者は25歳で本書を書いていて、自身の経験も踏まえながら中高生と関係を構築・支援しつつ、内情や問題点を把握していて、本当にすごい。本人が家族・学校・行政に上手く頼れないせいだ、という単純な話ではない。「頼るコスト」が実は高くて(頼ると自由が奪われたり不利益を被る)、むしろ性産業の側がそのコストを下げてお金や住居を提供してしまうと、そちらに流れてしまうという構造がある。性産業が一種の「いつわりのセーフティネット」として機能してしまう実態があるという。