やしお

ふつうの会社員の日記です。

労働生産性はともかく残業したくないです

 先進諸国の中で突出して日本の労働生産性が低いみたいな話をあっちこっちできく。
 ダラダラ残業が多いとか、定時まで手を抜いてて残業してから本気出してるとか、フォルダを開いたり閉じたりしてるとかいう指摘を見ると、そうなんだよねーと思いあたる顔がなくはないけど、大半はそうじゃないんだよなって、自分の職場のことを思い返すと思うよ。みんな定時までも残業中もせっせと作業してる。


 サボってるっていうより、せっせと生産性とは関係の薄い作業を全力でこなしているから、労働生産性が低くなるんじゃないかっていうのが実感なの。(あるメーカーのある部門にたかだか5年ばかり働いてて見てるってだけの狭い視点だから、別に一般化する気もないけどね。)
 この「関係の薄い」っていうのがミソで、完全に無益な作業(フォルダを開いたり閉じたりするみたいな)だったらちゃんと駆逐されるんだけど、「まあ、やった方がベターだよね」って仕事だからなかなか消えないし、「残業してでもやってね」みたいになっちゃうの。


 エビデンスを残すとか、ドキュメントの体裁を整えるとか、共用の設備の複雑なルールづくりとか、書類が通るまでの手厚いチェック体制とか……。どっかの部屋の施錠を忘れたりすると、次の日に守衛所から「施錠忘れがありましたよ」ってA4の書類がまわってきて、その書類の下半分に「再発防止策」みたいな枠があるの。んで、ドアのところに注意書きのテプラを貼りますとか、運用のルールを見直しますとか書くんだけど、もう何度も施錠忘れがあるようなカギだともうネタがきれてうーんどう書こうかな、なんて考えてるのを見ると、いったいこれは何なんだ、という気にはなる。(同時に、こういう無益に近い作業を全力でやるのがぼくは大好きなんだ……)
 それに限らず「私はちゃんとやりましたよ」「あなたにはちゃんと伝えておきましたよ」っていう言い訳に近いような書類やメールや会議がいっぱいあるなっていう気はする。そんなのをせっせと「生産」してるの。ぼくもそう。


 そこまで事務作業っぽい話じゃないにしても、製品にまつわる設計、製造、検査、品証等々のあらゆる部門で微に入り細に渡りあらゆる事態を想定してケリをつけておくようなやり方。きっとそれを批判すれば「そうした姿勢によってこそ品質の高い製品が作られる」、「ちゃんと切り上げるところを見極めて必要なところで切り上げてる」って顔を真赤にして言うに決まってる(ぼくが誰かに言われてもそうする)けれど、その「必要なところ」のラインが妙に高いんだ。海外(というか欧米)のメーカーといっしょに仕事をしたりしたときに、え、こんな適当なの、ってなるときに特に思う。「いいじゃない。とりあえずリリースして問題が起きたらそのとき対処すれば」みたいな精神をかいま見たときとかね。そういうときぼくらの会社では、ほらね、やっぱり日本の製造業は世界一なんだ、って気持ちを暗に共有してうれしくなってるってわけ。相手をうらやましく思いながら、でも自分のことを否定するのはつらいからね。


 製品の品質を高めるんだ、っていう方針が確かにあるとしても、それは原動力にはなってないんじゃないかなって思ってる。おおもとは、「みんなに好かれていたい/評価されたい」っていう感情と、「おれだけ損するなんてぜったいイヤ!」っていう損得勘定からきてるんだと思ってる。日本がよその国さまと違うんだとすれば、こうした感情なんじゃないかなって思ってるの。世間力の高さというのか。
 自分の責任ではありません、自分はちゃんとやりました、「結果のことはキラいでも私のことはキラいにならないで下さい!」っていうのをきちんと証明するための手続きをみんなでせっせと取った結果、製品の品質が高まる方向へ(微妙なズレを生みながら)エスカレートしてるっていうイメージ。
 そしてそういう手続きを取ってない人を見かけたら、「ずるい! おれはイヤイヤやってるのに、お前がやらないなんて許せない!」ってことで「残業してでもやってね(にこにこ)」ってなるの。


 去年ひっこして会社から近くなったとき、上司に「これでもっと残業できるね」と冗談めかして言われたとき、(あ、やっぱ残業しないやつだなって思われてるんだ)と思ってかなしくなって、でも(残業したくない!)っていう気持ちがあふれてきて「あ、でも、自炊をはじめたので早く帰らないとだめなんです」とかわけわからないことを言ってしまった。あとチームのリーダーの人に二人きりのときに「なにか残業できない事情でもあるの?」ととても心配そうに聞かれたこともあった。(ああ、残業してほしいと思ってるんだ)と思って悲しくなった。「特にありませんが、今週はどうしても早く帰りたいんですよね」ってゆってその次の週もあんまり残業しないっていう。
 そういうのを見るにつけ、「残業ゼロで高い成果を上げられる社員については間違いなく昇給という形で、残業代以上の恩返しがくるはずだと思います」みたいな言説*1はとても実現からは遠いな、少なくともぼくんとこはって思うよ。


 ぼくは頑張って残業しないですませてる、っていう話をするとまるで、会社の社会的な位置付けや製品の性格、お客様に必要なこと等々を判断して業務に優先順位をつけてこなしてる、ほーぅ優秀でよかったですねはいはい、なんて思われそうだけど、ぜんぜんちがう。
 もしそんなことをしようとすれば、関係者みんなにいちいち「こうこうこうだから、この仕事は生産性が少ないからやりません!」みたいなことを説明するために残業するなんてはめになっちゃう上、(あ、うざい……)ってなって嫌われてくんだ。嫌われながら、でも恐れられながら尊敬を勝ち取ってプレゼンスを築いていくんだ俺はこの会社で! っていう気概がない。
 だから優先順位をつけるとすると、なんとか周りから信用を落とさないでいられるライン、って基準でしか考えらんない。相当無益なドキュメントづくりや議事録作成とかでも、直近で具体的に誰かに嫌われそうなときは優先してやってるっていう。だからたぶん労働生産性を上げたりはしてない。そうしないと承認欲求と損得勘定にまみれた世界で生きてけないからね。
 そういうゲームだと割りきってやれば、あんがい楽しいんだ。


 そうした運用でまかなえないときや、もっと直接的に(そろそろ残業しろよってみんなが思ってる気がする)っていう被害妄想が出てきたら、残業してる。
 実感としてはそこそこ上手くいってる(きらわれてなさそうって意味で)気がするけど、どこまで成功してるのかはわかんないな、実際「残業しないやつだな」と思われてるだろうし、っていうところ。


 そんなわけで、「まずは個人が残業をしないように業務を見なおして頑張れば職場はかわる!」っていう言説を目にするたびに、うふふ、この承認欲求と損得勘定にまみれた世界を甘く見ておるようだな……ぐらいの感想しかない。世間力を振りきって嫌われる覚悟を個人に要求するのは難しいだろうな、少なくとも「残業しない」だけを実現しようとするとぼくみたいな風になるのがセキの山じゃないかな、と思ってる。ただもし、その「個人」が同時多発的にでてきて、多勢がひっくり返りでもすればひょっとしたら変わるかもしんない、とも思ってる。
 いちどだけそんなことを経験したよ。サブプライムローンがすっごいやっばいみたいなアレで残業規制がかかって一時帰休までやってたころ。もう全員にそうした制約がいっせいにかかるわけだから、全員が「どうでもいい仕事はおいといて」って雰囲気を共有できたよ。そのときは(俺は残業しないでガマンしてるのに残業してるやつがいるのはずるい!)っていう損得勘定に変わってた。
 しかしそれも長くは続かず、最後の方は一時帰休しながら残業して休日出勤をするというよくわからないことをしていたから、ままならないね。そして解除された後は元通りなんだ。


 日本に残業が多いことについて、あんな理由があるこんな要因がある、これが支配的なんだいいやこっちだって話はいくらでもできると思う。
 でもま、それはおいといてとりあえず、「ダラダラ残業が原因なんだから、それをやめればいいよ」って言説に対して、いやあ、もっとヌタヌタした話なんだぜ、って個人的な実感を話してみただけだよ。