数えてみたら今までで113冊の新書を読んでた。自分と関わりのない分野や職業の話を、気軽に見せてほしいなと思ってたまに新書を読んできた。つまらないもの面白いもの、軽いもの重いものといろいろあったけど、そのうち特に面白かった15冊を挙げてみる。
【自然科学】森田邦久『量子力学の哲学』
量子力学の理論体系から世界を説明する方法が一つではないということを本書で初めて知った。量子力学(による世界の解釈)を解説した本はたくさんあるけど、もう一段上の視点からいろいろな解釈を相対的に説明して、なお一般向けなのは貴重だと思う。それぞれの解釈で説明できること、できないことをクリアに見せてくれる。
【自然科学】加藤文元『物語 数学の歴史』
形式的側面(計算すること)と直感的側面(見ること)の両輪で数学の歴史がどのように発展してきたかを見る。中公新書らしい(つまり新書らしくない)分厚さだが、数学的な教養が深くなくとも読めるようになっている。我々の実感とは乖離しているように思える現代数学も「見ること」、イメージと確かに接しているとわかる。
【社会】長谷部恭男『憲法と平和を問いなおす』
憲法9条と自衛隊の保持は矛盾しない、しかし集団的自衛権は認められないという論がどのような正当性と妥当性を持ち得るか語る本。憲法や立憲主義の起源から、論の前提と限界を見定めつつ丁寧に辿っていく。法学者がこうした話をしてくれるのは貴重だし、9条云々の話をするならせめてこの程度の理論的な背景は共有したい。
【社会】柄谷行人『世界共和国へ』
個人や共同体、国家等の間の交換には4種の様式があるとし、その交換原理を用いて過去から現在までの社会を見ていく。国家、共同体、資本、宗教等々を横断的に語って、その上で国家をどう乗り越えられるか、どういう形で資本主義の次があり得るかという話が展開される。自明だと思い込んでいたものが崩されて目からうろこ。
【社会】東野真『緒方貞子』
こんな人が現実に世界にいるのだ、ということに幸福を覚えずにはいられない。緒方貞子が国連高等難民弁務官を務めた10年について本人や関係者のインタビューを基に構成された本書。名家の子女で学者という立場に安住せず、紛争の現場に身を投じ難民救済のあり方を変え、それを国際社会に発信する。真の国際人が存在する。
【社会】竹中平蔵『経済古典は役に立つ』
18世紀に経済的自由が発生したのと同時に経済学が誕生し、それ以来社会の中で現れ続ける経済問題を解決するために様々な理論が構築されてきた経緯を眺める。各時代の背景と、以前の理論では説明できなかった課題とそれに対する理論的提示を丁寧に辿って、さらに現代の状況との関連も示されていてとてもイメージしやすい。
【文学】大岡信『新 折々のうた1』
短歌や俳句や都々逸といった短詩を読みたい、その世界を体験したいと思っても一体何を手にとればいいかわからないってときに最適だと思う。万葉集から同時代人まで、一つの詩に簡潔な解説がついて意味や背景を教えてくれる。情景や感情をここまでぴったりの言葉で表現できるのかと感動する。折々10巻、新折々9巻で完結。
【文学】山口仲美『日本語の古典』
奈良〜江戸時代の古典30作のガイドということで、成立過程やストーリーを当たり障りなく紹介する退屈な本かもと思って買ったら全くそんなことなかった。各作品でポイントを絞ってかなり具体的に「ここが面白い」と語ってくれるので読んでみたくなる。本人が本気で面白いと思ってないと本当の紹介はできないんだなと思う。
【文学】神坂次郎『元禄御畳奉行の日記』
江戸中期の尾張の中級藩士が30年弱に渡って書いた日記の紹介。畳奉行というひまそう(実際ひま)な職業で日々の暮らしがどんなだったかわかって面白い。噂話(藩主の母親が淫乱だとか)や芝居のこと、出張のこと、何時に出社して家族との関係がどうでといった本人にとって当たり前の日常こそが後から見れば本当に貴重だ。
【音楽】芥川也寸志『音楽の基礎』
音楽を形作るものを要素(調性、リズム、対位法など)に分けて解説していく本。具体例や図表を豊富に用い、発生から現代に至る推移も概観し、体系的に解説しつつその上熱情まで込めて、たった200ページに収めるというこの信じ難い芸当は、本当に広く深く熟知した上で厳しく制約をかけてコントロールしなければ不可能だ。
【地理】浅井健爾『地理と気候の日本地図』
岐阜(私の出身)には美濃と飛騨があってここに山脈があって夏はこんな感じといった話は県民にとって常識だけど、他の地域はどうなってるのかなと昔から気になってた。それにぴったり答えてくれる本だった。文化、農業、産業等は捨てて地理と気候に絞ることで、中学の地理の授業で複雑すぎて嫌になるあの感じを免れている。
【料理】神田裕行『日本料理の贅沢』
ゴマを炒る音の変化を聞き、焼く途中で鮎の角度を変え、白身がどれだけダシを含んでまとまるのか実験する。実に細やかな配慮と知見と理論の上に初めておいしい料理が成立するのだということを、まさに見せてくれる新書。具体的な描写と考察に支えられて、読んでいるだけでおいしいという体験がここまで可能なのかと驚いた。
【工芸】更谷富造『漆芸』
分業制で作られる漆芸品の各工程の技術を身につけ、それまで存在していなかった「漆芸品の復元家」という職業を高いレベルで成立させた著者。どのように自立できたかという経緯や、漆芸品の現状や基礎知識が語られていて興味深い。自信満々に多方面(日展や人間国宝等)に悪態をつく姿を見てもこのレベルなら腹も立たない。