- 資本主義は価値の差を利用する。
- 例えば遠隔地貿易は、コショウの価値がインドよりヨーロッパで高いといった高低差を利用してお金を生み出す。
- 労働力の価値に地域差があれば利用する。値段が低い労働力を使い安く作ってお金を生み出す。
- 日本の高度成長期は日本人が頑張ったから発生したのではなく、「値段が低い労働力」が農村にプールされていたのを使ってお金を生み出した。
- 東南アジアの安い労働力を利用するために現地に工場を建てたりする。
- 価値の高低差は使うほど失われる。均質になっていく。コショウの価値の差がなくなり、農村の安い労働力が使い果たされ日本の高度成長が終了し、東南アジアの賃金が上がり始めて工場が本国へ撤退していく。
- 空間的な価値の差だけでなく、時間的な価値の差も使う。未来の価値と今の価値の差を利用する。未来を先取りしてお金を生む。
- 今まで考えたこともなかったが確かに私が欲しかったのはこれだった、なんだそんな物と思っていたのに今ではなくてはならなくなっている。こんな風に未来を大きく先取りできる。そう。iPhoneならね。
- iPhoneほど未来を大きく先取りするのが難しいため、ごく小振りな、誰でも思い付くちょっとした便利を現実にする。夜遅くまで店が開いていれば便利、物がすぐに届けば便利、家でも体脂肪が測れれば便利……あらゆる隙間を埋めて未来の価値の先取りが繰り返される。
- 未来の価値は先取りされた瞬間から現在の価値へと置き換わり始めて急激に当たり前になる。陳腐化する。
- 空間的な価値の差が埋まる中で、時間的な価値の差の先取り合戦が本格化する。
- 時間的な価値の差は空間的なものほど完全には埋まらないとしても、進行するにつれて差を取れる領域が減って苦しくなってくる。到達はしないが漸近する。
- 誰もが「世の中をよくするため」と信じて未来を先取りするが、この先取りが永遠に要求され続ける中にあってそれは、自分たちの首を絞める結果になる。
- 極まりゆく資本主義社会の中で、個人や企業と同様に国家は自身が勝ち残ることを考える。
- 国家は価値の差を生み出しやすいシステムになろうとする。安い労働力を発生させること、細かい未来を先取りしやすくすること。
- この「極まりつつある資本主義のフェーズであがき続ける国家」という視点でアベノミクスの一連の政策などを眺めればとても忠実な振る舞いに見えるかもしれない。
- 資本主義の流れに竿さす振る舞いでより人間を苦しめるとしても、為政者は国民を苦しめようと考えているわけではない。「国家として資本主義世界で勝ち残れなければ国民は不幸になる」という強迫観念に支えられている。
- そうした強迫観念を持とうが持つまいが「本人がどう考えているか」というより「周りがどう反対するか/しないか」によって組織されてしまうため結果的に全体としてはそう振る舞ってしまう。
- この強迫観念は現実的に正しい。脱落すれば国民には苦痛にまみれた生活が待ち受ける。経済成長が借金返済を下回ればデフォルトに陥りハイパーインフレで生活が破壊される。
- 泳ぎ続けるのはもうしんどい。しかし止まると死ぬ。疲弊したマグロとして泳ぐことを強要された世界。
- 一人が、一企業が、一国家が脱落しても終わらない。ただ他に吸収されるだけだ。一斉にやめることでしか終われない。
- 「一斉の終わり」はハイパーインフレ=お金への信用の失墜の世界同時発生という形で現れるのかもしれない。
- 低所得が招く食や睡眠、生活環境の悪化なり、あるいは価値の先取り合戦の辛さなりが、生物としての人間の限度に達すれば、泳ぎ続けるマグロも停止するのかもしれない。