やしお

ふつうの会社員の日記です。

金がないと歯がだめになるって現実がさ

 歯医者に毎月とか隔月で通ってるけど、これ経済的にもう少し厳しければこんなことできないんだよなとふいに思って、何か途方もない感じがしてくることがある。


 何かのきっかけで歯医者にいくと、歯科医に啓蒙されて、普段のブラッシングでは全然たりなくて定期的に歯石を取ってもらわないといけないという認識が身に付く。放っておくと歯茎がダメージを受けて最終的には歯槽膿漏になって歯がポロポロ落ちる。それはいやだ。実際、自分の父親もそうして歯があっけなくポロポロ落ちるのを目の当たりにしてきたし、歯が抜けると口がしぼんで顔の形が本当に変わってしまって、急におじいさんみたいになるのを見た。親が老ける様を見るのはつらかった。
 そうして歯医者に通うのが当たり前になる。前提みたいになる。


 友人に高卒で派遣で働いていて、もともとの給料も多くはないしボーナスもない、貯金もなく、週払いの給料を受け取りそびれるとその週の生活が成り立たなくなる、かろうじて親と同居しているのでなんとかなっている、という人がいる。
 その人は歯茎全体がひどく腫れていて、完全に歯肉炎の症状を呈してる。腫れ上がった歯茎に埋もれてよく見えないけど、歯茎と歯の間も汚れているようだ。うちに泊まったときも歯磨きの時間はすごく短かった。歯や歯茎のリテラシーがなかった。
 おせっかいだと思ったけど、でも友人の歯がポロポロ落ちていくのは耐えられないし、それで不自由な生活を強いられていくのを想うのもつらいので、歯と歯茎の話をした。


 虫歯になりにくい人は、逆に歯周病になりやすいこと。いまあんたは歯周病になっているということ。放っておくと歯がポロポロ落ちること。自分の父親の口がしぼんだこと。歯茎を鍛えるブラッシングの方法。歯間ブラシやジェットウォッシャーの存在。それでも歯石は落としきれないから歯医者に通うべきだということ。もう今のあんたの状態は、集中して歯医者に通ってガンガン治してかなきゃいけないレベルにあること。あと自覚症状がまだないだけで虫歯もあるってこと。自分も昔そこそこ腫れてて歯磨きのたびに血が出てたけど、ちゃんと通って激しいクリーニングを受け続けたら治ったこと。そんな話。


 友人は理解してくれた。でも歯医者にはいかなかった。
 お金がない、時間がない、行く習慣がないので行きづらい、特に今痛いとかの苦しみがない、たぶん色んな理由がある。どうしても行ってほしかったので、お金をだしてもいいよと言った。別にいいから、と言われた。
 経済的な格差については別に本人のせいじゃない、たまたまそうなっているだけだ、本人の努力でそれを変えることができたりできなかったりするけど、今その人がそうであるという事実は別にその人を責める材料になりはしない、という認識で僕がいることを相手は知った上でのことなので、それで大きく相手の自尊心を損なったりはしていないと思う。
 だけど、お母さんみたいに言い募って、子供扱いされれば反発したくもなるだろう。それでも、とにかく、何も知らないよりかは考える材料だけでも持っててくれればいつかのためにもなるだろうとは思って伝えておくだけ伝えておいた。


 歯医者に行かないまでも自分でできるケアをきっちりやれば、それだけでもかなり違う。だけど友人の歯磨きは相変わらず短い。それも仕方がないのだ。歯医者に通うからこそ、自分のケアも身を入れてできる。
 歯科医に貶されて(こなくそーっ)と思って一生懸命ブラッシングする。あるいは誉められて(よっしゃーっ)と思ってブラッシング熱が高まる。1ヶ月、2ヶ月たつとその熱もおさまって徐々におろそかになる。歯間ブラシもさぼり始める。しかしまた歯医者の予約が近づいてくると、見返したくて熱心になる。この繰り返し。
 結局、通わないとダメなのだ。他人、それも権威ある(と信じられる)プロに発破かけられて、指導を受けていないと、続けるのは難しい。


 でもそうやって歯医者に通うってことが、いったい自分が彼だったらできるんだろうかと思って気持ちが遠くなる。貯金もないし毎週の給料を毎週で使いきってしまうような生活をしていて、じゃあ歯医者に割こうとするだろうか。できないだろうな、と思う。
 経済的な理由だけじゃない。
 このまえNHKクローズアップ現代で、戸籍がない人が日本にそこそこいるって話をしてた。親がDV被害にあってて離婚できなくて出生届が出せなくて無戸籍児になって大きくなってから気づくという。戸籍がないということは住民票もないし、免許証もとれないし、DVDもレンタルできないし、ケータイも契約できないし、病院にもまともに行けない、就職も難しい、アパートも契約できない……。
 制度設計の問題で、同じ国に生きててそんな苦しみを強いられるなんてことがあるのかと思って心底衝撃を受けた。泣きながら録画見てた。自分や自分の友人がそうでもおかしくない。


 お金がない、長時間働かなきゃいけない、時間がない、歯医者に通うお金も時間も割けない、食費と時間を節約するためにファストフードや菓子パンが多くなる、睡眠時間も仕事のために不規則になる、健康をゆっくり損なっていく……
 そうやって安価な労働力が必要とされるのは、資本主義が進行した上での構造上の問題、価値を増大させ続けるために人の耐えられるレベルを越えても回転し続けるシステムだからだ、価値の差を産み出すために安価な労働力を構造的に生み出さざるを得ないからだ、といった認識があっても、それとは別に納得がいかないんだよ。
 なんで僕の友人がそんなシステムに苦しめられてんの? ってとこが。とにかく納得がいかないよ。これが21世紀なのかよって納得がいかないんだよずっと。