やしお

ふつうの会社員の日記です。

授業がつらいあの感覚が。

 錦織選手の鮮烈な活躍によって、私が中学でソフトテニス部に入部したもののできなさすぎて3ヶ月だかで辞めてしまった悲しい思い出がふいによみがえりました。15年経って今は、スポーツ、なかんずく球技がど下手でも社会生活上、自尊心を毀損されることのない生活を送れていて、そうした過去の屈辱ももう私を傷つけなくなりました。
 部活は辞めれば逃げられましたが体育の授業はそういうわけにもいかず、高専4年、19歳までお付き合いすることとなりましたが心底苦痛でした。開き直ってサボれるほどの勇気もないので、ぽつぽつと体調を崩すことにして休んでいました。今でもサボる回数を数え違えて体育の単位を落とし留年という悪夢を見ることがたまにあり、目が覚める直前は紛れもない現実として絶望します。そして目が覚めてもしばらくは自分が何なのかがよくわからなくなります。だんだん頭がはっきりしてもう、体育とは無縁で単位を落としもせず切り抜けて大人になった今の自分を思い出して心底、ほっとするのです。


 一方で当時、体育が相当に苦痛だったことは私にとって事実でしたが、他方で今、その苦痛に感謝しているのもまた私にとっての事実です。
 幸いなことに私は、体育以外の教科で不自由したことはありませんでした。際立って成績優秀なわけではありませんでしたが、授業で恥ずかしさを常に覚えるといった体験は持ちませんでした。例えば中学3年生の成績は5段階のうち体育の2以外は4か5でした。(体育が1でなかったのは、反抗的な態度をとらなかったからという以上の意味はありません。)受験科目の5教科に限らず、美術も音楽も技術もどちらかと言えば得意な方でした。
 もしこれで体育もそれなりにできていたとしたら、授業で辱しめを受ける(と自分で思い込む)あの感覚、そこからくる諦念や自棄といったものを知らずにいただろうと思います。そして体育に限らず、数学や理科といった授業でも、この感覚を味わわされていた同級生たちがいたし、今でもいるのだということを、体感として想像し理解するには至らなかっただろうと思うと、あの苦痛の体験に感謝している面があるのです。断るまでもなくそれは、全員にとって苦痛が取り除かれれば良いと願った上での感謝です。


 武井壮が言うように、大人になって振り返ると、体育がダメだったのはそもそも正確に身体を動かすことから学習を始めなかったからだと言えます。イメージする身体の動作と現実の動作に乖離があるのです。あるいはボールの動きの予想と実際に乖離があるが、それを十分意識化できていないからズレが生じる。小学生のうちにそうした乖離を埋められなかった子たちはもう、ソフトボールやバスケットボールといった複雑な動きにはついていけなくなってしまうのです。
 同じことがいわゆる五教科でも起こる。小学生のうちに基礎的な概念を取りこぼせばもうそこで止まってしまう。ところどころ表面的に「答え」を似せることはできても、結びつけて体系的に把握することはできないし、それだから覚えることもできない。構造的に体育も五教科も同じなのだということに、最近ようやく気づきました。
 学力でつまづいていても、球技と違ってチームの勝ち負けがなく同級生に面罵される事態は少ないかもしれません。それでも当てられて答えられない、試験の成績が悪い、周りから「こいつはバカだ」とレッテルを貼られている(と本人が思う)といったもろもろが、私が体育の授業で体験したのと同じような、あの恥辱と、その先の諦念や自棄を彼らに感じさせていたのだと今想像するのです。それを日常的に味わわされるのは、私も知っている通り、とても辛い。


 スポーツが仮にど下手でも、大人になれば辱めを受ける場面は減ってゆきます。私の場合、道で見知らぬ子供のボールが足元に転がって、拾おうと試みてトンネルした瞬間に(そういえば自分はダメだったのだ!)と過去の記憶がきしんだ音を立てながら甦る程度で済んでいます。
 一方、私たちが生きている現行システムでは、学力がその後の人生を大きく規定する傾向を持って成り立っています。正確に言えば、学習への意欲を持ち得るかどうかがその後を大きく左右していくようです。私が球技について「私はダメだから」と今でもやや思い込んでいるように、彼らが「自分はどうせ頭が悪いから」という諦念と自棄を、授業の苦痛を通じて形成してしまうと、将来的にどこか金銭的な苦労へと追いやられるようなシステムが作動しています。かつては私も、その分かれ道に思いを馳せて、体育であれだけ嫌な思いをしてきたのだからいい気味だなどと溜飲を下げていましたがまるで愚かなことでした。本当は、たまたま私が体育でつまずいて、同じように彼らがたまたま別の科目でつまずいただけだったのに。それは本当は自分だったかもしれない。それが今正確に想像できるのですから本当に、つらいわけです。錦織選手のご活躍をお祈りしております。あと斎藤投手と菊池投手のことも応援してますからね。覚えておいてね。