やしお

ふつうの会社員の日記です。

カレー捨てられて殴り殺すの、マジわかる

 姑に作ってる途中のカレー捨てられて、首絞めて鍋で殴った(殺してない)中年の女のニュース、本当になにか、わかる、あれはもうどうしようもないんだよなと思って、記憶をよみがえらせて、勝手にわかったつもりで読んでた。その瞬間の感情、たぶん同じやつ経験したことあるなと思って、あれは、あんな怒りが存在するんだなと本当に驚いたこと思い出してました。


 むかし家庭教師のバイトしてた。男子中学生の。あまり頭がいいほうじゃなかった。なんとか丁寧に、一生懸命おしえてた。その子も頑張って理解しようとしてもうまくできなくてイライラしちゃうみたいだった。それでもわかってもらおうとこっちも熱を帯びてきてた。熱心に説明してる途中でその子が、
「ああ。もういいから。」
って吐き捨てるように言った。
 その瞬間。体の組織ぜんぶが金属に硬化したような息苦しい圧迫されるような感覚に全身が襲われて、経験したことない怒りに突き上げられた。今思うとあれは、血圧が急激に高まったんだと思う。
 一方で怒りを覚えて、他方ででも冷静に(これはやばいな)と思ってた。(これ、今ほんの少しでも口を開くなり動くなりしたら、もう次の瞬間本当に相手を殴りつけてる)と全く疑う余地なく確信してた。それで、ものも言わず、目をつぶって、微動だにせず、20秒か30秒くらい待ってた。そうすると少しずつ金属みたいな硬化が解除されていった。そして、
「どうしたの?」
と少し心配そうなその子の声が聞こえて、ゆっくり目を開いて、ちょっと休憩しようと提案できて、なにごともなくなった。


 イライラするとか、腹が立って声を荒らげるとかいう経験は何度もあるけど、あんな怒りなんて存在も知らなかった。あれ以来、一度も経験したことがない。本人の形質にもよるんだろうけど、一生に一度あるかないかくらいのものかもしれない。
 あれは抑えられるとかそういうものじゃないと思った。精神力がどうこうとかじゃなくて、シンプルに生理的な反応だ。あのとき自分はなんとか過ぎ去るまで待つことができたし、あれ以外の対処法はたぶんない。もしあの子が火に油をそそぐようなことをあの間に言ってたとしたら、たぶん僕は大声をあげて殴りつけてたと思う。
 ああ、殺意っていうのは、あれのことだったのかと、後から思った。だとしたら、人を殺してしまうというのは、わかると思った。
 ひょっとしたら姑は、殺意が過ぎ去る前に嫁に追い討ちをかけてしまったのかもしれんね。


 あの頃から比べると、自分も他人に寛容になったし(それは他人に変に期待しなくなったということ)、大丈夫だと思いたいけど、あの頃だってそんなめちゃくちゃな人間じゃなかったはずなのにああなった。だから、割と誰にでも、起きるときには起きるものかもしれない。
 もうあの体験以後、ささいな理由なのに怒りに我を忘れたみたいな殺人事件のニュースを見ても、「そんなことくらいで」とか「異常な人なんだな」とは思えなくなった。殺意ってあんな風に、前触れもゼロでいきなり体の中を一瞬で満たしてくる。あのとき殴らずにすんだのは、人殺しにならずにすんだのは、偶然だったと思う。