やしお

ふつうの会社員の日記です。

菊地成孔、大谷能生『東京大学のアルバート・アイラー 東大ジャズ講義録・キーワード編』

http://bookmeter.com/cmt/44052125

ブルース、ダンス、即興のテーマで今に繋がる発生過程を見ていってすごく刺激的だけどやっぱり最後の最新理論の話がものすごく面白い。機能和声論の現時点での完成形バークリーメソッドはブルーノートをきれいに説明できない限界があるが濱瀬理論は下方倍音列を措定することですっきりとそれを射程に捉える。下方倍音は音響物理的には実在しないが仮定するとより豊かに体系が広がる点で例えば複素数みたい。これを本人呼んで講義するんだから豪華。学者じゃないのにそんな理論構築してる人がいるのもすごいが、引っ張りだして紹介する著者もすごい。


 下方倍音列は仮定であって、複素数みたいなもの、といっても、まるで根拠というか妥当性がないわけではもちろんない。
 音響物理的には下方倍音列は実在しない。例えば上方倍音(ふつうの倍音)のように、鳴っている音の周波数解析すると基本の音の2倍、3倍、と整数倍の周波数の音が実際に鳴っている、ということはない。周波数解析しても、1/2倍、1/3倍の周波数の低い音が鳴っているわけではない。それで歴史的にはかつて下方倍音列というコンセプトは登場したものの、オカルト扱いされてメインストリームからは見捨てられてしまった。
 ところが人間の耳には、鳴っていないはずの低い音が聞こえる、という現象が以前から一部で知られていた。それを精緻に解析していくと(二つの純音の周波数を徐々にずらしてどこで協和するかを調べると)、確かに整数分の1倍で人間の感覚的には協和している音があるらしいということがわかってきた。あるいは生理的な機能として(耳の音を感得する部位の構造として)整数分の1倍でも震えているらしいということがわかってきた。(このへん理解があやしい)


 ブルースやジャズで用いられるブルーノートは、和声学から言えば「間違い」ということになる。和声の理論として新しい(というかよくまとまっている)バークリーメソッドでは、「間違い」として否定することまではしないが、上手く説明できているとは言い難く、体系から自然に導かれる音にはなっていない。
 ブルーノートは理論的には「間違い」だ、しかし耳で聞いて間違っているようには聞こえない、正しいように聞こえる。では、ブルーノートが正しい、と自然に導かれるような理論とはどういうものか。ということで実際に構築したのがベーシストの濱瀬元彦。和声の理論は上方倍音列を元に構築されている理論であって、それを下方倍音列にまで拡大することで、体系をより豊かにした。そうすると実際、ブルーノートも自然に正しい響きであるという結論が導かれる。


 とりあえずひと通り流して読んだ範囲でのストーリーの理解はこんな感じ。間違ってるかもしれない。間違ってなくても、実際にはもっといろいろ書いてあるわけだし、そもそも音楽理論の基礎がちゃんとわかってないのでよく理解できないとこも多かった。それでもものすごく面白かったし、存命中の人物が、日本で、そんな仕事をしてるのかと思うとなんかうおーって感じで元気出てくる。
 あとこの濱瀬理論の話びっくりしすぎて、ブルース、ダンス、即興のテーマで出てきた話完全に忘れてしまったので読み返したいな。