http://bookmeter.com/cmt/46602164
一種の教養小説になってて一人称視点人物が自覚を深める話。こっち側とあっち側の境界なんてなかったと段階的に知る。麻薬漬けの少年兵/脳をフィルタリングした兵士、人工筋肉/生物の筋肉、言葉で発動する殺戮/カウンセリングで可能な戦闘、ジョン/僕……そんな対立軸が消滅して、主人公に残されたアクションは当然「今度は自分の手で残りの境界を無化させる」で実際、この小説もそれを正しくなぞる。映画なら画で説得力を持てるところが、小説だと理屈を書かなきゃいけなくてイメージの鮮烈さを損ないがちなところを高度に両立させて凄い仕事。
たとえば網膜に薄膜ディスプレイを構築するために点眼する、液が人体の電位で膜になる仕組みなので、あらかじめ目の周りに白い絶縁クリームを塗らないといけない、逆パンダみたいな顔になってしまう、とかの、地に足がつきながら、かつ明確にイメージを形成している場面がほんとうに気持ちいい。
好きなイメージを描くだけなら簡単だし、バックグラウンドの理屈を構築するのもそれなりに大変だけどできる、でもそれをシーケンシャルな小説のなかできちんと両立するのがとてもしんどいんだ。それをちゃんと見せてくれるから読んでて気持ちいい。
一人称で戦争を描こうとして、視点人物の動機を大義にするとどうしたって地に足が着かずに空虚になる。それを防止しながら、なおお話を駆動させるために、個人的な/私的な動機が導入されてて、それが母親との関係と、ルツィアとの関係(というより視点人物の一方的な関心)。
でもそれは選択のひとつであって、例えば、根本的には「システムを理解すること」に対して動機を持たせる(佐藤勝みたいな)ことでもお話を駆動させることもできるし、そんなお話も面白そうだと思った。
本当に読んでて楽しい小説だけど、自身がビルドゥングスロマンだということに恥じらいを見せるようなビルドゥングスロマンではないので、大好きというわけではない小説。
- 作者: 伊藤計劃
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2010/02/10
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