やしお

ふつうの会社員の日記です。

飯尾潤『日本の統治構造』

http://bookmeter.com/cmt/47968796

めちゃくちゃ面白い。官僚制、政府、国会、自民党の構造を建前と実態の両方向から語って、その合成で生じる光景を見せてくれる。しかも他国との構造比較、小選挙区制導入から出発した構造の経時変化と表出した現象も現在に繋がる形で見せてきてすげえ。それも中選挙区制が支える官僚内閣制は高度経済成長と不可分だった点を指摘して、誰かの意思じゃなく経済的な背景の変化に由来するって暗に指摘してくる。超エキサイティング。あと官僚機構の下位調整形態は大企業も似てて、根本は日本社会が受信者側負担システムって点から来てるんだと思ってる。


 戦後に憲法が更新された時に、その想定(建前)は「強い首相」を導くものだったはずなのに、結局戦前に似た形態に戻っていって、官僚が動いて政治家が後から承認するって形態になっていったのは「日本社会が受信者側負担システム」だからなんじゃないかな、と読んでて思った。日本の大きな会社でも、建前は上司が労使の使であって労働者に業務をアサインする役目だけど、実態はプレイヤーの職務範囲は曖昧で勝手に部下が判断して横でつながって調整していった後から、上司がそれを承認する、みたいな形態になってたりする。とても似ていると思った。


 日本社会の個々人に、「受信者側負担」という価値観が浸透していることが根本にあるからなんじゃないかと思ってる。「きちんと表現しない方が悪い」(発信者側負担)ではなく「きちんと汲み取らない方が悪い」(受信者側負担)という価値観。実際、「真意が伝わらなかった」とかいう言い訳が言い訳として通じる(と思ってる)ところなんか典型で、「真意」なるものが言動とは別に存在していて、受信者側が発信者の「真意」なるものを適切に推測する義務がある、という認識が前提にある。といった話はもう↓でいろんな現象を挙げて書いたからいいや。
  世間力試論 - やしお
 それで受信者(部下/官僚)が発信者(上司/政治家)をどんどん先回りして解釈していってしまうという行動を帰結していく。これが著者の言う「官僚内閣制」を日本社会が発生させた要因じゃないか、そして同じ価値観を共有しているために大きな会社組織と相貌が似てくるのだろう、と読んでて思ったの。


 ところで、その「官僚内閣制」が瓦解していって現在(本書は2007年刊)は首相に権力が集中する(本来の)議院内閣制の形態へだいぶ移行した、という話が本書で指摘される。で、その発端は中選挙区制(政党ではなく人を選ぶ制度)から小選挙区制(人ではなく政党を選ぶ制度)への移行にあるという。ここですごく面白い指摘がされていて、もともと官僚内閣制が制度として最も機能したのは高度成長期だったからだ、という点。官僚が下側から仕事を上げてくる、政治家はそれを承認/否決する、というような構造だと、全体を見渡して最適化するというのは難しい。だけど、高度成長期で税収がどんどん上がっていくような時代なら、そもそも全体最適を図らなくても財源があったから問題なかった。細かいところに手がとどくこの形態の方が有利だった、という指摘になっている。それが終わって税収が減る一方になると、全体調整をする必要性が出てくるのだから、必然的に「官僚内閣制」を問題視する視点が大きくなって変更圧力が高まる。
 これってそれこそ大きな会社組織もまるで同じだと思う。


 資本主義は価値体系の差分でお金を増殖させる仕組みで、その「価値体系の差分」には地理的な差(遠隔地貿易とか)、労働価格の差、未来と現在の差、とかがある。このうち、高度経済成長は労働価格の差を利用したものだ。農村部に安い労働力がプールされていて、それをどんどん供給できたからこその高度経済成長で、その労働価格の差が消滅したときに高度経済成長は終了した。(とか言うと、おじいさんが「いや、俺らが頑張ったからこその日本の成長だ!」とかすぐ怒り出すけど、若い世代が頑張ってないとでも本気で思ってるんだろうか?)(余談だけど、労働価格の差をもう一度生み出そうという愚かで醜いあがきの一つが、外国人技能実習制度だと思う。)あと地理的な差はもうその前の時点でだいぶ消失してる。
 そして残るのが未来と現在の差で、これはつまり今までよりもちょっと便利な製品とか、あるいは大幅に革新的な製品(アイフォン)とかを出して、未来の価値を先取りして、そこからお金を生み出していく。後期資本主義は、地理的な差や労働価格の差が平滑化されて、もう未来を先取りし続けるしかないような世界を意味する。


 で、日本社会の「受信者側負担システム」は、それ自体はシステムとして成立しててOKなんだけど、ただ、後期資本主義とは相性が悪いシステムなんじゃないかと思ってる。っていうのは受信者が相手の意を組んで細かく、精緻に結果を先回りして組み立てていくシステムで(日本社会の「マナーの良さ」はこれに由来する)丁寧だけど時間がかかる。ところが資本主義はどんどん回していかないと死ぬシステムで、特に未来の先取りを誰よりも早くやり続けることを強制される。この「時間がかかる」日本システムと「誰よりも早くやる」後期資本主義が、ぶつかる。
 それだから、後期資本主義下においては、日本システムが抑圧されていく。そういう圧力が高まっていく。
 会社の中で言うと、「10時間かけて9割の完成度」より「2時間で6割の完成度」の方がいい、とか、ちゃんと上司が部下の仕事をマネッジして優先度の低い仕事を捨てましょう、とかいった価値観がだんだん育ってくる。そのほうが後期資本主義では会社の利益にかなうから。
 っていう価値観を反映させて書いたのが↓
  残業の沼からみんなで抜けたいよね - やしお


 前々から、官僚の力が強いっていうのは、会社組織と似た話なんじゃないかと思ってた。本書で(やっぱそうか)と思った上に、しかも「その構造がなくなりつつある」という話自体も、経済環境との相互作用で起きているというヒントが書かれてて(その先でも似てるのか!)と思ってすっごく面白かったってわけ。


日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)

日本の統治構造―官僚内閣制から議院内閣制へ (中公新書)