やしお

ふつうの会社員の日記です。

誠実な嘘

 自分の気持ちに嘘をつかない言動をすることが、誠実なことだと思ってる人なんて、もう掃いて捨てるほどいる。とんでもない勘違いだよ。「自分の気持ち」なんて他人の目には見えなくて、ただ自分の言動だけが相手に見えるっていう条件を真剣に考えてないからそういう思い違いをする。「自分の気持ち」なんてものを垂れ流しにした言動で、相手の自尊心を傷つけるくらいだったら、その「自分の気持ち」とは裏腹な言動で、きちんと相手の自尊心を満足できるのなら、そっちの方が何百倍も誠実だよ。
 だいたい「自分の気持ち」なんて、そもそも存在することすら自明でないものを自明と見なして、それに従うことを是とするなんて都合が良すぎるんだよ。身勝手だよ。だってその方が本人にとっては断然楽だもんね。「自分の気持ち」って結局、自分にとって都合がいい結論を導くようなバイアスが最初からかかってるんだから。そんな「自分の気持ち」を検証する作業を放棄して、それが相手に及ぼす効果の検証も放棄して、あとはそちらでちゃんと受け止めてください、だなんて誠実さの真逆なのに、それを本人は「誠実さ」だと思って平気な顔してるんだよ。バカじゃないか。
 政治家とか失言した人が、「真意が伝わらなかった」とか言ったりするのを見るともう本当にヘドが出る。お前の真意なんか知るか!! 他人にとってお前の「真意」なんてものは実在しないんだよ。そんなありもしないものを盾に取るような無責任なことをするな。あるのはただ、お前が言ったことと、やったこと、それだけなんだよ。それが相手にどう見えるかを本気で想像しなかった、お前の怠慢がそこにはあるだけだ。
 「そんなつもりじゃなかったんだ」なんて言いぐさも全く同じだ。


 これねえ。ひょっとしたら「嘘をついてはいけない」という命題を、小さいころからみんな教え込まれているからじゃないか、って思うことがある。僕も「嘘はついちゃいけない」と思い込んでた。それがいつ頃だったかはっきり覚えていないけど(中学生くらいだろうか?)「誰も損しない嘘は別についてもいい」っていう考え方に変わったんだよ。
 あと、そもそも「自分の気持ちは正しいし変えられない」という思い込みもあるかもしれない。自分自身のことを思い出すと、やっぱり中学生くらいで「自分の気持ちや性格はコントロールできる」という認識に変わって、その後さらに高校生くらいで、「自分の感情は必ずしも正しい反応ではない」という認識にも変わった。
 この「嘘をついちゃいけない」と「自分の気持ちは変更不可で正しい」という二つの思い込みを持ち続けていると、「自分の気持ちに嘘をつかない言動をしなくちゃいけない」みたいな考えになんのかな。


 「嘘をついちゃいけない」っていうのは、たしかにそこそこ実用的な警句だよ。っていうのもだいたい、嘘ってかなりコストを食うからだ。嘘をつくと情報が二重化して管理コストが一気に増す。ある情報に対して、ひとつの答えを返せばいいならコントロールしやすいけれど、ふたつの答えのどちらかを選ばないといけない。嘘をつくということは、他人とのコミュニケーションの最中に、いちいちその判断のコストがかかってくる。特に会話なんかの判断の時間が極端に少ない場面になれば、判定ミスが起こってあらぬことを言ってしまったりする。
 そしてそれが嘘だとわかったときの相手の自尊心の傷つき方は、最初から本当のことを言って傷つけるよりもはるかにダメージがでかい。しかも、相手に(こいつの言っていることは嘘かもしれない)と疑念を抱かせて、かえって尾を引いてしまう。
 嘘をつくコストを考えれば、さいしょから「嘘を禁止する」というルールにしてしまった方が簡単だ。だから、子供には「嘘をつくな」という教え方をする。嘘も方便、を適切に実行するには経験が足りなすぎるからだ。
 そして管理コストよりももっとでかいのは、「自分はこう思っている」ということと裏腹のことを言う、自分を自分で裏切る、というのは人にとってかなり耐えがたい苦しみを与える。「自分は我慢している」と思わせると精神衛生を一気に悪化させる。その苦しさに負けて、どうしても我慢していることに耐えられなくなって、嘘がバレてしまうんだ。


 だから、「自分の気持ち」に嘘をついてでも相手の自尊心を傷つけないようにする、と言っても、その嘘がバレちゃ絶対だめなんだよ。でも嘘をつくのは大変だ、って話だ。嘘で繰り出した言動は簡単にバレちゃうからね。じゃあどうすればいいか。
 結局、「自分の気持ち」を目指す言動に合わせて変えてしまうということだ。自分に嘘をつかない状態に自分でしてしまう。「自分の気持ち」と「他人の自尊心を満足する言動」が食い違ってるのを、前者を変えて解消させるんだ。そんなこと不可能だって彼らは言うかもしれない。でもやってみれば簡単なんだよ。だいたい気持ちなんて、ものすごく幅を持っていて、ものすごく多面的にある中で、およそそのうちの一部だけを見つめて「自分の気持ち」だと言ってるだけだ。その幅と多面性を正確に把握する作業さえしてみれば、「他人の自尊心を満足する言動」とを両方達成できるポイントがどっかにある。そのポイントを見つけたら、そこにフォーカスを移して「自分の気持ち」にするんだ。
 誠実な嘘を、本当に変えれば、自分自身に対しても誠実でいられるんだよ。