やしお

ふつうの会社員の日記です。

組織内の権限移譲が成立する条件

 組織(課、チーム、家族、等々)で、トップダウンの指示・管理を強化するとメンバーに「指示待ちの癖」がついて各個人の判断力が弱化する。次代のマネージャーも育たない。一方で管理を弱化したり放棄したりすると組織が機能しなくなる。各個人に任せようと丸投げしてもお互いに不満がたまるばかりで破綻する。
 このジレンマを越えてマネージャーからプレーヤーへ権限の移譲を果たして、組織を機能させながら、個人の判断力も訓練できる状態にするには、以下の条件が必要になると考えている。
 マネージャー側は、

  • ダメ出しをしない(せずに済む環境を構築する)ために、プレーヤーに対して
    • 組織の目標・目的を明示する(方向性を共有させる)
    • 移譲する権限の範囲を明示する

 プレーヤー側は、

  • 「自分がこうする」という言い方を採用する(「○○さんに言われたからそうした」という言い方を廃止する)


 現在の私の認識で、こうした結論に至っている経緯についてメモしておく。


動機、目的

 1年ちょっと前に職場を異動になった。現職場は異動当初、スケジュール管理を含めて仕事がほとんど個人任せになっていた。これでは困る(残業を減らしたくても負荷を平準化する相手がいないとできないし、不要な仕事を適切に捨てることも難しいし、自分の仕事を周囲がわかっていてくれないというのは意欲が低下する)と思ってあれこれ働きかけてみた結果、この1年でチーム(4人)ができてそれなりに機能するようになってきた。自分はリーダーではないので、50代なかばのリーダーの人にお願いして進捗確認の定例を開いてもらったり、メンバー間でどんどん調整したりして、だいぶムダ・ムラ・ムリが減ってきたと感じている。
 これについてはだいたい満足してる。


 ところが最近、チームの最年少メンバーの3年目の後輩が、なにか細かなトラブルが身の上に起きるたびに「きちんとあの人が指示してくれないからだ」という態度を見せるのが気にかかるようになってきた。私に対してというより、私が「どうかしたの」と事情を聞くと、周りのリーダーや課長や、他の部署の担当者への批判で終わることが多い。その内容はもっともな点もあるとしても、自分で改善して解決しようという意思が薄いように見える。
 しょっちゅう空き巣に入られる人が「空き巣が悪い!」と怒っているのを見ると(空き巣が悪いのはその通りだけど、戸締り気を付けるとかアルソックに入るとかしなよ)とはたから見てると思える、という感じに近い。
 これはそう変わったというより、もともと内在していたのが、仕事が共有されるようになって可視化されてきただけのような気がする。
 自分がいなくなっても、あるいは彼がどこかに異動しても、きちんと防御力を高めて楽に仕事をしていってほしいという気持ちと、組織側から見てもマネジメントできる人を育てないと持続性がないからっていうので、何とかなるなら何とかしたい、というのが動機だ。


 これまでは、マネジメントができる人というのはもともと素質や指向があった上でのことだから、ある人がそうでない(指示待ちの癖を身につけちゃってる)としても仕方がないのかもしれないと曖昧に思っていた。でもあれこれ考えてたら、そうじゃないかもしれないと思い始めてきた。きちんと環境を構築していけば、実現できるかもしれないと思った。だいたい、「たまたまそういう人が来るのを待っている」なんて宝くじみたいな組織じゃ弱すぎていやだ。


自分の場合

 というのも自分自身を振り返っても、もともと「指示待ちの癖」を持っていたのが5年とか10年かけて抜けていったのだから、その構造をきちんと見つめ直せば、他人が(もっと早く)その癖を脱却できる環境が構築できるかもしれないと思った。
 学生(17〜20歳くらい)で喫茶店とか本屋でバイトしてた頃は「指示待ちの人」そのものだった。自分で仕事を工夫してどんどんやってくなんて、そもそもそんな発想がなかった。指示されたことをやるからお金がもらえる、っていう考えしかなかった。(バイトとしてはそれでいいと思うけれど。)その後、家庭教師のバイトを始めて、どうやって教えれば一番効果が出るんだろうと考えて工夫する必要が出てきてから、少し変わったかもしれない。それから就職して、「これって何でこうしてるんだ?」「もっとこうした方がいいんじゃないのか」って考えて実際やってみるってことが許されるようになってきて、今に至っているという気がする。


 化粧でもファッションでもバイトでも部活でも勉強でも、「こうしろ」「勝手なことするな」って言われて学生を過ごしていたのに、就職するといきなり「自分で考えてやれ」「大人らしくふるまえ」というのもずいぶんひどいシステムだという気もする。
 こうして一度染み付いてしまった「指示待ちの癖」を抜くのはとても時間がかかるし、何かきっかけでもないと抜けないまま年を取っていくのかもしれない。


「ダメ出し」をしなくて済む条件

 「指示待ちの癖」は、自分が良かれと思ってやったことがことごとくダメ出しされていくって経験で身に付いていく。どうせ考えたって否定されるなら、もう俺は考えない、お前が考えればいいだろ、となるのは当然だ。
 ではダメ出しをやめればいいかというとそれも難しい。なにかをお願いして、その出来がめちゃくちゃだったら「こうしてほしい」「ああしてほしい」と言わざるを得ない。


 相手のやった仕事の出来が悪ければダメ出しをせざるを得なくなるなら、相手の仕事がダメじゃない状態にしなければならない。
 「ダメなものが出てきちゃう」のは、相手の能力が足りないか、能力は足りてるんだけど方針がずれてるかのどちらかだ。
 能力が足りないというのは、四則演算しか知らない小学生に積分の式を渡して「計算して」って言うようなものだ。きっとその子は一生懸命(この縦のにょろにょろはなに?)(この「dx」ってなに?)と考えて、信じられないような解釈をほどこして変な答えを出してくれるだろう。
 方針がずれてるっていうのは、ちょっとチラシに小さく載せるために「リンゴのイラストを描いてください」ってお願いしたら、数日かかって超リアルな鉛筆画のリンゴが提出されて、「これじゃ使えません」って言うみたいなことだ。
 最初から、四則演算を組み合わせてできる少しチャレンジングな課題を渡すとか、こういうチラシに使うからデフォルメされたかわいいリンゴをカラーで30分くらいで描いて下さい、みたいな指示をしないとダメ出しするはめになる。ダメ出しをしないためには結局、作業の範疇やレベルを適切に設定することと、目的・目標・方針・理由……といった方向性に関する情報を明示して共有するという二つが必要になる。


 書くのは簡単だけど実際にはけっこう難しい。
 そもそもこの組織の目的はなんなのか、というのを実証的に真剣に考え抜いて、「だからこの組織の目指す形はこうなんだ」という言い方ができないと、他人とは共有できない。前提として「マネージャー側はこうした組織デザインを本気で現実的に考える」というのが必要になる。
 部下に仕事を任せてもダメ出ししなきゃいけないから大変なんだ、って苦悩してる上司は、実際には自分が「我々が存在する目的はこうなんだ」「だからここを目指すんだ」という点をはっきり認識できて、そこから演繹する形で指示ができていないことが多いんじゃないかと思ってる。(もちろん担当者のレベルが業務レベルにあまりに足りない、みたいなどうしようもない状況の人もいるんだろうけど……)


目的は何度でも言う

 例えばスプラトゥーンのチーム対戦のことを考えると、あれはお互いにしゃべるわけじゃないし、リーダーがいるわけじゃない、たまたまネット回線でマッチングされただけの仲間と敵でしかないけど、それでも何か組織だった動きになっていく。それは目的と仕事の範疇が明確だからだ。床を相手チームより多く塗ることといった目的と、仕事の範疇=ルールが厳密に、明確に提示されていれば、プレーヤーは勝手により良いやり方を工夫して改善したり能力を上げたりしてくれる。自分で判断してくれる。しかも成果に応じて得点をもらえたりレベルが上がったりして誉めてもらえる。
 本気で環境を整えていけば、これに近い状態ができるんじゃないかという気がしている。


 それでも、床を塗るという本来の目的から逸脱して敵の殺害に血道を上げるようなプレイヤーが出てきてしまうことがある。こんなに目的が明確なゲームでもそうなのだから、まして現実の世界(仕事とか)なら、事あるごとに、ちょっとくどいくらいに「こういうことがしたいから、こうするんだ」って話をしないと、また方針がずれてダメ出しするハメになってしまう。


「指示待ちの癖」の破棄を加速させる

 じゃあ「ダメ出し」をやめれば、「指示待ちの癖」がすぐに解消できるのかというと、そんなことはない。

 「指示待ちの癖」は、自分が良かれと思ってやったことがことごとくダメ出しされていくって経験で身に付いていく。

と先に書いた通り、「ダメ出しをされない」って土台だけではダメで、「自分が良かれと思ってやる」って上モノがないと意味が無い。
 習慣には持続性がある。一度何かの理由で身についた癖は、その元の理由が解消されただけでは消えない。今度は「癖をやめなきゃいけない理由」ができない限り、癖は消えない。だから、「ダメ出しをせずにすむ」という環境を作ったら、次に「指示待ちの癖」をやめるきっかけを人為的に設定しないといけない。


 「どうしてそうしたの?」と理由を聞くと、「指示待ちの癖」のある人は「○○さんに言われたからそうした」という言い方を返すことが多い。一度それを一律に禁止してみるというのも一つのきっかけになるかもしれない。
 外形的にも本人の意識としても「○○さんに言われたからそうした」ということになっていたとしても、実際にはそれだけじゃない。他人から指示や要望を受けたのが事実でも、それを是として受け止めて実行したのは本人の判断のはずだ。極端に言えば、「○○さんに殺れって言われたから殺りました」と血まみれの包丁を持って言ったりはしないわけで、(いくらなんでもそれはおかしい)と思う話なら受けないという所に確かに本人の判断がある。常に(どちらが大きいかはともかく)「自分が判断している」と「他人に指示されている」の両面が内在している。
 けれど「指示待ちの癖」がある人の場合は、自分の中にある「自分が判断している」よりも「他人に指示されている」の方に視線を向けてしまう。だから「そこに視線を向けてはいけない」と禁止する。そちらが禁止されれば、どうしても「自分が判断している」という方に目を向けるほかなくなる。


 それで「○○さんに言われたからそうした」という言い方を禁止するというのはほとんど、「こう考えたからこうします」という言い方を強制するのと等価になっている。人の指示だったからだと事後に言い逃れることが許されなくなれば、自分はこうしようと思うと事前に報告・相談しなければトラブルが回避できなくなるからだ。
 そう考えると「自分がこうする」という言い方をする、というルールでもいい。むしろ「○○さんに言われたからそうした」という言い方を禁止するルールよりも、より本来の目的に近くて適切かもしれない。
 これは「逆手にとる」という感覚だ。「それは俺が好きで選んだわけじゃない」ってことでも、だから受け身で諦めるというより、そこを前提にして何ができるかと考えることだ。この方が楽しいし、より自由だ。
 そしてこの言い方を採用するというのは、本人にコントロール権を渡す(返す)ということが目的であって、指示した者の責任を減免するという目的ではないということを忘れると、全く逆効果になる。そのために「ダメ出しをしない環境構築」が先に完了していないといけない。


自尊心を満足させるために

 「○○さんに言われたからそうしました」という言い方を聞くとすごく嫌な気持ちになる。先日、前述の後輩に「どうしてそうしたの?」と聞いてこの言い方が返ってきてつい(むっ)として相手も(むっ)として良くなかった。この言い方を聞かされると、「あなたの主人はあなただけであって、他の誰でもないでしょうよ」と言い返したくなる。それが先述した、現実には自分の判断も内在しているということだ。
 ところがここまで見てきた構造的な要因を把握してみると、そういう他人事みたいな言い方をしてしまうというのは、彼が悪いというより、環境が悪かっただけだという気持ちになる。


 「○○さんに言われたからそうしました」と言うのは、本人としてもうれしいことではないんじゃないかと思う。自分のコントロール権が他人に渡っているとその当人が感じているというのは、自尊心が損なわれている状態なのではないか。しかしずっとその状態が長く続いていると当たり前になって気づかなくなる。
 自分自身の経験としても、きちんと任せてもらえて自分が思った通りにさせてもらえるという経験をしたときに大きな解放感があった。特にそれまで抑圧を感じていたわけでもなかったけれど、解放されてみてはじめて気づいた。
 相手の自尊心を満足させるという(私にとっての)基本的な対人コンセプトからも、「○○さんに言われたからそうしました」と他人が言わずにすむ状態を作っていきたいと思ってる。


とりあえず試してみたい

 そういうわけで、マネージャー側がダメ出しをしない環境を作る(権限の範囲の適切な設定と方向性の明示)+プレーヤー側が「自主的な判断でそうする」という言い方をする、という両条件を整えていくことで、組織を機能させながら、ちゃんと次のマネージャーを育てていくことができるんじゃないかと思って、なんとか試してみたい。さしあたりプレーヤーとして自分がそう振る舞うというのと、後輩に対するマネージャーとしてそう振る舞ってみる。後になって「いや、やっぱりこういう条件も必要だった」と分かれば、もう一度整理し直したい。
 これは家族なんかでも同じで、子供に対してもそうしてみるのがいいんじゃないかと思ってる。


 最悪な環境は、「自分で考えてそうしました」という言い方をプレーヤーに強制しながら、マネージャーがダメ出しを常態化させているという状態だ。実際にはよくある光景かもしれない。「他人任せみたいな言い方をするな」と叱責しておいて、その上で上がってきた仕事には「これじゃダメ」と言う。そして「部下が全然育たない」と嘆く。プレーヤー側の自尊心が満足されず意欲の減退が著しい、かなしい環境だ。
 これは絶対に避けないといけない。


米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方

米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方

という本が、こうした内容のプロセス面を描いている。原子力潜水艦の艦長(会社で言うと部長クラス)が組織を1年で機能的に変えたという話で、失敗例とその改善も入っていてとても面白い。
 ただどっちかというとプロセスを重点的に描いていて、体系的にまとまっている本ではないので、改めて自分なりにまとめてみたいなと思って。