やしお

ふつうの会社員の日記です。

鈴木大介『老人喰い』

http://bookmeter.com/cmt/54420788

理解するというのは、「もし自分が相手なら自分もそうしてた」と完全に信じられるレベルで、相手に内在する論理を把握するってことだけど、本書はオレオレ詐欺の加害者側のそこをはっきり見せてくれる。電話役やリーダー、ウケ子たちの生い立ちや思考、組織に組み込まれてく経緯をいくつも見せて、自分の想像力の貧しさをあらわにしてくれる。高齢者搾取システムが極めて精緻に洗練されていて、国家による暴力(警察権力)に直接さらされる圧力と、法律上の縛りを薄くしている環境では、一般社会よりはるかに高速でシステムが構築されるってことだ。


 もともと著者の以下のインタビューを見て、本当にすごいと思ってこの本を買ってみたらやっぱりとことん面白かった。
  格差社会の復讐者たち - VICE


 本書の指摘で本当に素晴らしいと思うのは、階級社会だからこんなに優秀な子たちがこういうシステムに組み込まれちゃうんだ、って点。
 格差社会というより階級社会の中では、ロウアークラスに生まれた子たちはそもそもアッパークラスへの入り口がない(高校も大学も行けないと普通の会社に入って高給取りなんて道はほぼ全く閉ざされている)。こういう(老人対象の詐欺)システムの深くまで組み込まれていく若者たちは、厳しい淘汰・選別もあって本当に優秀で一般社会でも活躍できたはずの人たちだけど、そもそも「一般社会」への入り口が閉ざされてしまっている。そういう構造が根本にある以上、何をどう取り締まったってダメだという。
 それから、公式の富の再分配が十分じゃないから、非公式の再分配システムが出来上がるのは当然なんだ、という認識。


 社会のエッジにいるというのは、社会の「本音」に触れるということだ。極端な地点に立たされるともう、建前とかイメージとか引きはがして「結局こういうことでしょ」って景色がむき出しで見えてしまう。登場人物たちがみんな、社会をある側面で切り取った時に見えるそのものの形をエクスキューズなしで断言してくる。そこには紛れもなく「正しさ」がある。(もちろん、別の側面、被害者側なり社会バランスなりから見れば別の見え方にはなるとしても。)


 高齢者の認知力のレベルについて、「バグってる」、「バグり具合」という言い方を当事者がしているというのは本当に、リアルな言語感覚という感じだ。他にも特殊用語がいろいろ出てくるけれど、著者が丁寧に取材をしているから地に足のついた言語感覚になっている。そういうのを見せてくれるだけでも楽しい。


 あとこれはこの本の中身とは関係ないけど、詐欺っていうのは基本的に「考えた時間の差」を利用してるんだなと思った。加害者の方が被害者よりも大量に相手のことを考えてる。もちろん被害者の方は詐欺について真剣に大量に考えるというのはコストがかかるし普通はできない。それで、そのコスト分、「考えた時間の差」を警察や役所や銀行が後追いで埋めてくことになる。