やしお

ふつうの会社員の日記です。

働かせホーダイのサンプル私

 高市首相が就任早々に、労働時間規制緩和の検討を指示したという報道がしばらく前にあった。「ワークライフバランスを捨てて働く」という総裁選勝利直後の発言や、深夜3時の勉強会なども報道された。
 枠を緩和すれば苦しいことになるのは容易に想像できる。それは私自身が中間管理職になって、労働時間の規制の枠外になってどうなったかを見つめると、やっぱり「枠」は厳しめ設定しないとダメなのだろうとつくづく思う。
 規制緩和の素案や指示の内容を細かくは追えていないけれどサンプル数1の実感を残しておこうと思って。


会社で課長になって

 詳しくは↓の記事に書いたけど、今年度から会社で課長になった。
  課長になって中間管理職みを味わう愉悦 - やしお

 労働基準法上の管理監督者に(本当に該当するのか? という疑問はありつつ)なったことで、時間外労働をどれだけしても残業代は払われなくなった。「金が払われないなら、短い時間で帰るぜ!」とはならなかった。
 その逆で、労務費が発生しなくなるというタガが外れたことで、平日も19時半で「今日は早かったな」という感覚、忙しいと21時半や22時手前くらいの退社になった。休日も半日くらいは自宅で仕事をしている。
 月でいうと40~60時間くらいの時間外勤務(残業)になっている。昔は多い月でも30時間くらいだった。


普通に体に悪い

 60時間になると、かなり仕事に圧迫されている感覚がある。
 就寝の2時間以内で頭を働かせていると、交感神経優位になるというのか、眠りが浅くなってしまう。「ずっと考えてる」みたいになってしまう。食事について「夕食から就寝まで2時間を空けた方がいい、消化していて睡眠が浅くなる」と似た話だと思う。
 あと軽く蕁麻疹が出ることがある。
 連日退社が21時過ぎや22時近くになった週は、土曜日に半日仕事するつもりでいたけれど気力がどうしても湧かなくて、(あ、これ無理してやるとヤバいやつかも)と思って一日出掛けもせず、家事や他の作業もできず、ただゲームやネットをだらだらして過ごしたら翌日は回復した。危ない。ヤバいと感じたら無理せず回復に専念する。


 睡眠を削ると早死するので、7時間確保は維持している。あと映画館で映画を観ると、その間は仕事やその他を忘れて映画に集中できて精神にいい気がしているので、映画館に行く習慣を維持している。
 60時間は超えないように、なんとか40時間未満を目指そうとしている。


長時間労働したくないのに「自発的に」してしまう機序

 もともと「仕事が趣味です! 許されるならずっと働いてたいです!」というタイプでは全く無い。入社した時は「8時間だけはしっかり働こう、それ以上は別のやりたいことをやる」と心に誓っていた。実際、30歳くらいの時は「月の」残業時間が平均0.5hくらいで調整していた時もあった。サービス残業で時間をつけてなかったなどではなく、本当にしていない。
 それから一昨年に、KADOKAWAから書籍(小説・短編集)が出版され、作家業もしている。今は書籍の企画が3冊ある。しっかり執筆の時間も取って、早く書き上げたいと心の底から思っている。「少しずつでも書けばいつかは終わる」と信じて、平均2,000字/週という激遅ペースで執筆を続けている。来年前半には1つ目の企画が形になって出版されるはず。


「会社で働くことが大好きで、めちゃくちゃ働きたい!」とは全く思っていない。そして直接的に誰か(上司など)から「もっと働け!」などとも言われていない。
 にもかかわらず、上限枠が外れるとこうなってしまっている。
 これは人に「ちゃんとしてる」と思われていたい、がっかりされたくないという恐怖から来ているのだろうと思う。
 自分の中で思う「課長だったらこれくらいやってほしい」という水準を維持しようとするとこんな労働時間になってしまう。それを下回って「全然できてない自分」を認めることになって自尊心が崩れるストレスと、長時間労働によるストレスと、その拮抗する点まで行ってしまうイメージ。「悪を悪だと思ってやれる悪人は少ない(良いことをしていると思っている、あるいは認知の歪みで自分を被害者だと思いこむ)」というのとちょっと似てるかもしれない。「周りに嫌われても落胆されても構わない」と思ってだだくさにやれる「心の強さ」を持てる人はたぶん少ない。
 明示的に「やれ」と強制されていないし、本人は「長時間働きたくない」と思っているのに、「自発的に」働いてしまう。そんな機序があるから、枠は必要だとつくづく思う。


課内に枠を設定する

 課のメンバーに対しては、費用抑制を全社的に強く言われているので、月の時間外労働時間を年度平均で○○時間以下に抑えてほしい、しかしサービス残業は絶対にダメなので、「出張中にホテルに帰って仕事した」みたいな時間も必ずつけてほしい、と伝えている。それに合わせて、緊急ではない(重要ではある)改善系の業務目標は日程も緩めた。
 今年度の途中(第2四半期)から設定したところ第1四半期よりぐっと時間が減った。なかなか多い人少ない人のバラつきもあるし、トラブル対応などで多い月少ない月のバラつきもあるけれど、良かったかなと思っている。


 ちゃんと外側から枠を設定すると、「自分はもっとやりたいしやれるんだけど、枠が強制されてるから仕方ない」と思えて、自尊心を損なわずに労働時間を抑えられる。


法的な枠の羨ましさ

 以前、ドイツの調達先とやり取りしていた時に、つくづく法律で守られてるのは羨ましいなと思った。「担当者がバケーションに入ったので対応不可」「時間外は法律で禁じられているから対応不可」とあっさり答えられる。
 大きいトラブルがあった時に、当時の上司から「いいから念のためできるか聞け」と言われて(やだなあ)と思いつつも、休日でのトラブル解決の対応をお願いしたら「いや、法律で決まってるんで……」と当然の回答で、たぶん相手は(なにいってんだこいつら)という感じだったのだろう。
 実はこの会社だけがそうでドイツ全般じゃない可能性もある。
 また「残業規制が厳しい欧州でも、エグゼクティブははちゃめちゃに働いている、管理職も家に帰ってから仕事してる。この世界に楽園はないんだ」という話を見かけたこともある。


 ただそれでも「法律で許されてないから」で答えられると何もどうしようもないので強い。
 日本だとそもそも現状でも上限が高すぎると常々感じていた。


仕事の強度が上がっている

 昔に比べると要求される業務の質・量・速さが上がっていると感じる。テクノロジーの進歩で、「打合せのためだけに遠方へ移動する時間」「大雪で電車が止まったので会社を休みにする」などの「余白」がなくなり、「会議に出席せず後から倍速で見たり生成AIの要訳でチェックする」「出社できなければ在宅で業務をするし、移動中の新幹線内でノートPCで仕事をする」といったことが業務全般で幅広く起こって、密度がぎゅんぎゅんになってきてる。
 30分、1時間刻みで6時間連続で全然案件が違う打合せが入っている日は、頭がおかしくなりそうになる。メールや承認も溜まると後が大変なので、会議の一瞬の隙をついて処理して、RTAをプレイしてるみたい。


 テクノロジーが進歩したら、そのぶん労働時間が短くなる、なんてことは起こらない。ただただぎゅんぎゅんに働かないといけなくなるだけだ。
 産業資本主義が価値体系の差分を取り出すことで駆動しているのだとして、地理的な差や、賃金水準の差から取り出す余地が枯渇して、時間的な差、未来を先取りすることで差を取り出すしかなくなってくる。その時に人間の限界があっても、AIなどテクノロジーの進歩で無理やりその限界を後ろ倒しにされて苦しくなってくる。
※参考:業務効率化で苦しくなるという話
  業務効率化の苦しみでもとの濁りの田沼恋しき的な気持ち - やしお


 これも明示的に誰かが「強度を上げろ」と指示しているというより、「できる」ようになっていると「そのレベルでやるのが当たり前」になっていってしまう。
 そうして業務の強度が上がっていると、ますます心が苦しくなる。休まる時がない。強度・密度が上がった分、人間が耐えられる時間は短くなるのだから、本当はその分、労働時間を短くしないといけないはずだとしても、そうはならない。




 政府トップのあり方、行動様式って、案外世の中の雰囲気に与える影響が大きいのだろうと思う。例えば「間違ったことを言っても、認めずに無理やりそれに事実を捻じ曲げればいい、どうせ時間が過ぎれば世間も忘れるから謝らなくてもいい」といった行動様式を政権が取ると、じわじわと下位へもその価値観が浸透して、世の中全体にも広がっていくような機序があるのではないかと想像している。
 首相自身がワークライフバランス無視で働く宣言をして、「なんかそういう方向性」に全体の価値観も向いていって、労基法の改訂も進んでいってしまうんだろうか。


 しかし枠は厳し目に設定しないとダメだと思う。自分自身が枠がなくなってこうなっているのを見つめると切実にそう感じる。みんな「勝手に」働き始めて壊れていってしまうんだから。こわいよ。
 冒頭に書いた「素案や指示の内容について細かくは追えていないけれど」も、もっと労働時間が短い頃なら、ちゃんと調べてエントリを書いていた。せめて実感だけでも忘れないうちに一旦書き残しておきたくて。



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 KADOKAWAから出てる短編集。今年「北上次郎『面白小説』大賞」を受賞しました! 選考会・選評で書下ろしの「命はダイヤより重い」を特に褒めてもらえていて嬉しかった。


 健康第一で頑張ってるから応援して~。



 これはいつも投げ銭がわりに置いてるやつ。お礼しか書いてない。

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