やしお

ふつうの会社員の日記です。

金井美恵子『岸辺のない海』

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金井美恵子の小説は、具体的な生活や会話や人間が詳細に描かれていく側面が大きい作品と、書かれることへの意識が持続的に呼び覚まされるような側面が大きい作品とがあってどっちも好きなんだけど(でも例えば『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』みたいにその両面ともが物凄く高度に実現された小説もある)、詩人から小説家になるこの最初の長編『岸辺のない海』は、その両面の萌芽が含まれながら、でも「書かれること」についてかなり直接的に語られているのが珍しいなと思った。

岸辺のない海 (河出文庫)

岸辺のない海 (河出文庫)

『来る』のシン・ゴジラ悪霊版みたいな楽しさ

 さっき『来る』を見てきた。公開したばかりの映画だから、ネタバレ的なことは書かないけれど、見てたら途中でもの凄いわくわく感に襲われて、この感じ何かに似てると思ったら、『シン・ゴジラ』だった。ホラー映画と思って見てたら、いつの間にか悪霊版『シン・ゴジラ』を見ていた、というような体験だった。
 人間を超えた、天災にも似た圧倒的な何かがいきなり、確実に、でも全貌さえわからないまま「現象」として少しずつ片鱗を現してくる。人間はそれに無力に蹂躙される。しかしそれを何とかしようとする人がいる。能力・技術を備えた多様な人々が結集して、リーダーの元で無駄なく準備を進めていく。一人ひとりが自分のなすべき仕事を正確にこなしていく。そして総力戦に突入していく、この高揚感が、『シン・ゴジラ』を見た時のわくわく感に似ていると思ったのだった。とにかくテンポが早く、冗長な説明もなく展開していくのも似ている。


 『シン・ゴジラ』は、怪獣映画の新しい解釈を提示するものだった。怪獣同士がバトルするわけではなく、人間の作った巨大メカとバトルするわけでもない。「実際どうなる?」を丁寧にやればそれは、あたかも巨大な天災に襲われたようになるはずだ、というのを見せてくれた。2011年の東日本大震災の記憶をはっきり共有している観客にとって、2016年に提示されたその画面は苦しいくらいにリアルだった。そしてそれを解決するのは、巨大メカでも他の巨大怪獣でもなく、人間による一つ一つは地道な政治的(人文的)な技術と、科学・工学的な技術の有機的な結集であり、それを支えているのは真剣に頭と手を使って考え続けた過程なんだ、というお話だった。その意味では小松左京の『日本沈没』を「今やったらどうなるか」という一つの回答を見たみたいな気持ちにもなった。それから、核兵器という解決策を徹底的に拒否するという意味で、「最終的に核兵器で解決すればいいでしょ」という(主にアメリカの)映画に対する反論でもあった。
 公開2日目に何の予備知識もなく『シン・ゴジラ』いきなり見て、めちゃくちゃびっくりしたのを覚えてる。ああー、こんな、こんなことが可能なのかーと思った。日本の映画でここまでブレずれに作ることが可能なんだ、というのもすごく驚きだった。(ちょうどその頃、日本の大作映画だと「監督に全権を委任せずに色んな人が口出ししたんだろうな」みたいなシンプルさに欠ける作品がすごく多くて絶望的な気持ちでいたから……)


 『来る』は、『シン・ゴジラ』が更新した枠組みを、じゃあ怪獣映画じゃなくて幽霊映画でやったらどうなる? という一つの回答みたいな映画だった。それはものすごい新鮮な驚き、のようなものはなかったけれど、そのことによって「だからダメ」と作品全体を否定するのは、作り手への敬意をあまりに欠いて傲慢だと思う。それから『シン・ゴジラ』にはあって『来る』には無いものなんて、挙げようとすればいくらでもある。例えば『シン・ゴジラ』では「対策」が「メカニズムを解明するプロセス」と一体となって提示されてくる楽しさがあるが、『来る』にそれはない。でも「無いこと」を使って否定するのは、肯定する能力の無い人のやることだ。
 なんていうか、『ガンダムUC』とか『ローグ・ワン』みたいな「ガンダム」なり「スター・ウォーズ」なりの「シリーズの間」を正確に埋める仕事を見た時や、『俺物語』の実写映画化が原作エピソードを取捨選択しながら2時間のストーリーへ正確に再構成させた脚本を見た時みたいな、きっちりした仕事を見せてもらった時の気持ち良さに似ている。シン・ゴジラを幽霊映画で正確にやったらこう、という仕事を見せてもらったみたいな嬉しさが『来る』にあった。
 原作も読んでいないし、監督や脚本家のインタビューを読んだわけでもないから、作り手の側は「いや、全然そんなつもりはないけど」って言うかもしれないけど、いいのよ。私が見て、えっこれめっちゃ面白い、気持ちいいな、と思って、(この気持ち良さ何だろう?)と考えたくなって、自分なりに納得したくて勝手に書いてるだけなんだから。


 あと私、「作中の強さのヒエラルキーを無視して圧倒的に強いやつ」が出てきてめちゃくちゃやるのがものすごく好きなの。(北野武の『座頭市』の市とか、『オンリー・ゴッド・フォーギブス』のタイ人おじさんとか、『ザ・コンサルタント』の会計士の殺し屋とか、『Gガンダム』のシュバルツ・ブルーダーとか、あと戦闘能力じゃなくても『女神の見えざる手』の女性ロビイストとか、そういうキャラがめっちゃ好きなのよ。)『来る』にもそういうやつが出てくるので、もうそれだけで満足です。


 人に「『来る』ってどうだった?」と聞かれたら「映画館でやってるうちに絶対見た方がいいよ」とどうしても答える以外にないなあ、と思った。

焼きそばが墓の下からよみがえる

 テレビで「焼きそばやうどんの麺が値上げする」というニュースをやっていた。それを見た瞬間、「自宅で焼きそばを焼く」という可能性を急に思い出した。焼きそばのことを忘れていた、というのがすごく変な感じがした。スーパーに行けば焼きそばパンは見かけるし、時々カップ焼きそばを食べたりする。だから「焼きそば」というものを忘れ去っているなんてことはあり得ない。でも、そのニュースで焼きそばの麺の袋を見た瞬間、「家で焼きそばを作ること」をすっかり忘れてた、と思ったのだった。
 子供の頃はよく自宅で母親が焼きそばを焼いていた。豚肉と野菜を炒めて麺を入れてソースかけて焼いただけの普通の焼きそば。特別好きだったわけでも、嫌いだったわけでもない。時々食卓に出てくる。
 17,8歳の頃に両親が離婚して、2年くらい母親と二人暮らしで、その後2年くらい父親と二人暮らしをした。(自分が住んでいるアパートはそのままで、親の方が入れ替わるという変な動きだった。)22歳の時に卒業・就職して会社の独身寮に入ったから家を出た。だからたぶん、母親が作る焼きそばを食べたのは20歳くらいが最後だったんじゃないかと思う。母親は2年前に死んだから食べることはもう二度とない。
 会社の寮を26歳で出て、初めて一人暮らしになって自炊を始めた。当初は色々やっていたから、焼きそばを作っていたような気もする。一方でカップ焼きそばというものを食べ始めたのもこの頃だった。なんかおいしくてびっくりして、食べる習慣ができた。子供の頃はカップ焼きそばは食卓に出なかったから食べたことがなかった。10代の間に一度たりとも食べたことがない、ということはない気もするけど記憶にない。カップ焼きそばはおいしいよね。


 自炊はだんだん雑になっていった。最近はほとんど野菜を炒めるか煮るかして食べているだけ。週に2, 3日やってた焼き魚もほとんどやらなくなってサバ缶になった。ムニエルとか作っていた頃が懐かしい。カレー・シチューももう4か月以上作ってない(そろそろ作りたい)。ご飯を小分けにして冷凍していたのも面倒くさくなって、ここ1年くらい餅を食べている。お餅って「正月に食べるもの」と漠然と思ってたけど、そんなのは思い込みで、年中食べればいいじゃん? と目からウロコが落ちたのがブレークスルーだった。
 「今夜は何食べようか」というのも、ほとんど決まってくる。考えるんだけど、無数にある色んな料理の可能性が最初からもう除外されている。だから、忘れちゃってたんだよ。ニュースで、マルチャンのあの焼きそば麺の袋を見た瞬間に、「その可能性があったね!!!」と急にひらめきみたいに来た。変なの。


 死んだ「丁寧な暮らし」の墓から、ゾンビのように焼きそばがよみがえってきた。


 それで買ってきて作ったらびしょびしょの焼きそばができた。たぶん具(野菜)が多すぎて水分が飛ばずに蒸し焼きみたいになったせいだと思う。でも、よく考えたら母親が作ってた焼きそばもびしょびしょだった気がする。「そうそう、自宅の焼きそばってこうだよね」と思った。
 そういえば今日は自分の誕生日だった。なんでこんな記事を書いているのだろうか。勝手に33歳になっている。