やしお

ふつうの会社員の日記です。

たった211ヶ月でTOEICスコア500アップ

 よく「3か月でTOEIC 〇〇点アップ」といった広告を見かける。羨ましいけど自分は残念ながら短期間での華々しいスコアアップは全然なくて、17年もだらだらかけて結果的に500点強上がって900を超えた。長すぎる。長すぎるけれど、めちゃくちゃ頑張れるわけじゃないほとんどの人にとっては、そんなもんかもしれないとも思っている。
 普遍的な学習体系にはなり得ないけど、個人的なメモを残しておこうと思って。


TOEIC スコアと実力

 初めての受験が2004年1月(18歳)で425、最近の受験が2021年8月(35歳)で960だった。それ以前の受験結果や模試の結果を考えると、「960」はマークシートの運で上振れした結果で、実力は900前半程度だと思っている。


 最初の400点台の頃は試験が本当に苦痛だった。ほぼ何言ってるか分からん話を2時間集中して聞く・読むのは苦しみでしかない。たまに分かる言葉の意味をつなぎ合わせて架空のストーリーを想像して解答する営み。今は9割分かるくらいで、疲れはしても苦しくはない。改めて振り返ると随分できるようになったとは思う。


 学生の頃は「900以上」に漠然としたあこがれがあった。いつか取れるようになれたらと思っていたのが実際に取れてみると、嬉しいというより不思議な気持ちになった。
 きっと不自由なく英語が使えるんだと曖昧に想像していたけれど、実際に来てみると程遠かった。完全に字幕に頼らずに映画を見るのは難しいし、自動翻訳を参照したりするし、喋れば語彙も文法もかなり制限される。「母国語との能力差」を痛感する。
 よく「900超えてスタート地点」と言われるが、本当にその通りだと思う。「何とか実用に堪えるレベル」「大きな苦痛を感じなくなるレベル」がこの辺だった。母国語との力量差がはっきり分かる、「自分は分かってないんだと分かるようになる」(無知の知)がこの水準なのかもしれない。


動機

 17年もやっているとモチベーションや動機にも変遷があった。
 ただ「漠然としたあこがれ」、英語できるのかっこいい、羨ましいみたいな気持ちは、バックグラウンドではあまり変わらない。それからもっとプリミティブな、母国語ではない言語を使う気持ち良さ、自分じゃない自分になる感覚の快楽、みたいなものもある。それはドイツ語や中国語を少しやった時もそうだった。


 学生の時はそもそも進級・進学に必要なのでやっていた。
 高専4年次に強制受験したのがTOEICの最初だった。スコア425はさして優秀ではないが、当時の「英語が得意とは言えない高専生学年全員」の中だと相対的にいい点数だった。同級生に「すごいね」と言われると「すごいんだ」と思うようになる。井の中の蛙大海を知らずそのものだとしても、学生は自尊心の基礎工事が脆弱なので、「できる自分」のイメージにしがみつこうとして頑張る。そのおかげで「進級に必要な程度」以上に勉強する動機になった。


 就職前の時点(最初の受験から3年後)で715だった。これも取り立てて優秀ではないけれど、10年以上前のメーカーの製造よりの職場では相対的に「英語ができる人」扱いになった。そういう設定ができると、それを崩さないように頑張ろうと動機になり得た。
 「英語ができる人」の設定でいると英語が必要そうな仕事が回ってきたりする。海外の外注先を担当したり出張したりした。そうすると現実問題としてもう少しできないと困るという動機が発生して、バーチャルだった動機が現実的になってきた。


ほどほどに頑張れるけど、すごくは頑張れない

 そもそも興味の第1位は、生きてきた期間を通してほとんど英語学習ではない。「17年」と言っても、英語学習を何もしていない期間も多い。切迫感のない薄い動機しかないのでしょうがない。
 語学学習は一定期間に高い圧力をかけてやるのが効果的かと思う。外務省の語学研修・在外研修や、海外の大学・大学院在学など、大きな必要性に迫られながら高い水準を要求される状態で数年間過ごすのが良いと思う。しかし興味も必要性もそこまでない人間は、ぼちぼちやるほかない。


 ふと意欲が湧いて新しい教材や学習に取り組んでも、毎日数時間費やしたり数年続けたりはできない。しかし三日坊主にもならず、3ヶ月くらいは継続できる。「自分がやれる程度はそのくらい」が経験的に分かったのは、英語学習を続けてよかったことの一つかもしれない。「そこそこ努力できる、でもめちゃくちゃは努力できない」という自分の程度がよく分かった。
 自分が頑張れる程度が分かると、勉強の見積りができる。


学習:TOEIC

 「TOEICのスコアを上げる」だけが目的なら、模試を数多く丁寧に解くのが結局は一番効果的だった。他のどんな試験でも同じだと思う。
 回答時間を気にせず、一問を何度も聞き直し/読み直して真剣に考えた上で回答を選んで、それから解説を読んで納得する、という作業を繰り返す。本来のスピード通りにやるのは、試験直前に数回分模試を解いて時間間隔を思い出すくらい。本番の慌ただしい作業スピードでやるより、普段は丁寧にやった方が結果的にはスピードを上げても対応できるようになる気がしている。
 今は模試を多く収録したスマホ用アプリもあり、「環境を用意する(机にノートや問題集を広げる)」ハードルもなくなってありがたい。
 ただしこれは「基礎的な文法と語彙が身についていること」が前提になっている。解説を読んで意味がわからないのは、模試による学習が可能な水準にない。


 TOEICは英語能力総体に対して、極めて限定的な範囲しか見ていない。シチュエーションひとつ取っても、「旅行中の家族」「恋人の愚痴を言い合う友人」「激しく非難し合うヤクザ」などは出てこない。文化依存的な慣用句もネットミームも出てこない。TOEICで高スコアが取れても、映画やドラマが字幕なしで見られるようにはならないのは、こうしたスコープの違いにもよる。
 ただ「国際的な意思伝達のための英語の試験」(Test of English for International Communication)の名前には忠実な気がしている。「必ずしも英語を母国語とするわけではない人(例えばアジア人)同士で、何とか意思を伝えるための言語能力」という目的に対しては、TOEIC用の勉強も割と有効ではないかと感じている。


学習:現在

 週2でフィリピンにいる先生とオンラインで30~60分英語でお喋りするのと、平日の会社往復の計40分徒歩の時間や入浴中にNHK Worldのポッドキャストのニュースを聞くくらいしか今はしていない。
 英会話の前後に予復習したり、ポッドキャストシャドーイングまでしっかりやれば学習効果が上がると知っていても、ハードルが上がったり面倒臭さが出てくると絶対に続かないとも知っているのでしょうがない。能力の維持には役立っているが、向上にはなっていないという実感がある。


 フィリピンの先生は、お互いの暮らしなどの雑談をしているだけで、むしろ相手の状況や生活そのものへの興味によって持続できている。
 PCもスマホも持ってるし、映画なんかも同じものを見ていて話ができたりする一方で、冷蔵庫も電子レンジも使ったことがなく、散髪も数十円だと聞くと、同時代に生きていても大きく異なる暮らしがあるんだとつくづく思う。
 それで英語学習というより、フィリピンの歴史や暮らしや文化への興味が高まって↓のエントリを書いたりもしたのだった。
  フィリピンの事情あれこれ - やしお


 NHK Worldは日本のニュースの割合も多く、背景がある程度分かっている話なので聞きやすい。あと例えば「緊急事態宣言」とか「内閣官房長官」とか英語でそういう言い方するのねと思ってちょっと面白い。福島第一原発の状況も、国内のニュースで見かけなくなった後もかなり長いこと伝えていて、国内外の関心のズレも少し見えたりすることがある。相撲も本場所中はたまに結果が紹介されて、実況で他の力士は四股名そのままなのになぜか翔猿関だけ「トビザル、フライングモンキー」と呼ばれていて謎だった。
 ニュース自体がコンテンツとして関心を持続させやすい上に、そうしたあたりが関心のプラスに働いて、続けやすいと感じている。


学習:以前

 長くやっている中で、その時自分に不足していると感じたものを行き当りばったりにやったりやめたりしていた。結局は「英語上達完全マップ」を参考にしてやればいいんだと思う。
  英語上達完全マップ


 言語の学習は「近道がない代わりに無駄足は存在する」というイメージ。時間の投入を避けて能力だけ上がるといった美味い話はなく、その手の美味い話(学習法)は「わかった気にさせるが、能力の向上はあまりない」というものになっている。
 ただ究極的には(それが無駄足かは分からないので)自分が「これをやるべき」と信じたものを一定期間、賭けてやるほかないんだろうと感じている。


学習:発音

 中学生の時に、手もとにあった中学生向け辞書に発音記号の解説が収録されていて、発音記号と口の形と息の使い方の対応関係を覚えた。当時はよく辞書を引いて単語の発音(とアクセントの位置)を丁寧に確認していた。当時そんなことをしたのは、「音源で聞いた英語と同じになる」のが面白かったとか、他の人が「すごいね」と言ってくれて嬉しかったとか、そんな単純な理由だと思う。


 ただ「日本人発音」でもより正確・豊かに英語を運用できる人の方が(発音だけ流暢な人より)ずっと良い。他の能力が低いのに発音の良さだけで「でもこの人より上手いし」と自分を慰めるような感情を抱いた過去の自分が恥ずかしい。
 「正しい発音」という言い方は、言語が持つ幅を無意識に排除している。例えばニュージーランド英語やインド英語は発音の点でアメリカ英語と大きな隔たりがあり、またイギリス英語やアメリカ英語と一口に言っても人種や社会階層による差異が存在するが、どれかを「間違っている」とは言えない。
 そうした認識から、あまり「発音を上手にやれ」という言い方をしたくない、という気持ちもあったりする。せいぜい「辞書が示す発音」としか言い得ないけれど、それを学習初期に丁寧に・正確に習得するのは、言語学習の楽しみや意欲に貢献してくれたり、発音に起因するコミュニケーション阻害(通じない)の可能性を低減できるといった点で、良かったかなと思っている。


学習:文法

 中学生の時は文法という概念がよく分かっていなかった。語順問題などは雰囲気で解答していた。(それで80点くらいは取れていたのが良くなかった。)
 高専に入ってから授業で「5文型」「品詞」の概念をようやく知って、目から鱗が落ちた感覚だった。雰囲気で解答するもの、言語はしっくりくるかどうかの問題と曖昧に思い込んでいたのが、そうではなく「ルールに基づいて決まる」のだと理解してから、ようやく英語と多少お友達になれた。日本語と異なり英語は、(文字/単語/発音といった見た目の違いだけでなく)語順が意味に与える要素が大きい言語で、英語を読むこと(構文解析)は「主語と述語動詞をまず確定させるゲーム」なんだと今さら分かったのがその時期だった。
 理解が遅すぎる気もするけれど、義務教育で英語をやっていても、実はそこがよく分からずそのままになっている人は案外いるのかもしれない。教育にしっかりお金がかけられる/親の教育水準が高い子供だと、小学生くらいで当たり前のこととして理解できていたりするんだろうか。


 体系的な文法書に加えて、『ネイティブスピーカーの英文法絶対基礎力』を読んだのは有益だった。文法書は「ルールがこうなっている」を教えてくれて、後者は「そのルールをプレーヤーはこういう感覚で運用している」を教えてくれる。
 ただこの種の「母国語とする人の内在的な論理・言語感覚」を解説する本は膨大にある。「読むとなんか近付いた気がする」効能が気持ちよくなってこの種の本ばかり読み始めても、英語能力の向上自体には寄与しない。1冊をしっかり読んで終わりにするくらいがちょうどいい気がする。


 後は『瞬間英作文』が、基礎的な文法をすぐに出力できるようにするのに便利な訓練だった。ただシリーズの上位版は「複雑だけど英語感覚では使わない英作文」の割合が増え、本来の目的から逸脱してフラストレーションが溜まるので、別の教材に移るのが良いと感じた。


学習:語彙

 「もう少し語彙を強化したい」と「文法を強化したい」という気持ちは割と交互にやってくる。文法と語彙は読む能力の両輪で、一方を上げると他方の低さが気になってくるからかもしれない。ひとつの言葉(単語)は複数の意味や品詞を伴い、幅を持って広がっている。そうした単語が文章の中に現れると、特定の意味や役割へとその幅が収斂する。それを「読む(同定する)」には、その単語の持つ意味と品詞を知っていることと、文章のルールを知っていることの両方が必要になってくる。
 読む能力の低さに対して、「語彙が足りないからだ」と感じる時期と、「文法が足りないからだ」と感じる時期がかわりばんこにやってきて、その気持ちに従って勉強していた。それもだんだん進んで基本ができてくると、次第に文法の例外処理・特定処理と、特定の単語が紐付いた細かい世界に入ってきて、結局は語彙の強化と文法の強化が等価になってくる。


 20~22歳くらいに割と熱心に単語集をやって、そのおかげで400点台の「何言ってるか全くわからん」から、700点台の「おぼろげながらわかる/わかるときがある」になって、TOEIC受験の苦痛がずいぶん軽減された。
 単語集は評判のいいものから自分の語彙レベルに合致したものを選べばよくて、今はアプリもあって便利。


 あと「語源で覚える」系の学習法は根強く人気で、実際読むと面白いけど、語彙形成にはあまり役立たない気がする。定期的に流行る印象があり、流行り物には一通り手を出しているのでいくつか読んだこともあるけれど、「既知の単語同士を有機的に結び付けて知識を体系化する」には有効でも、「語彙の量を増やす」目的にとってはむしろ「とにかく覚える」しかない。これ系ばかり読み漁っても「英語雑学に詳しい人」にはなれても「英語が使える人」にはならない気がしている。


学習:会話

 TOEICのスコアが上がっても、驚くほど喋れなかった。仕事で使うようになってくると困ったことになった。オンライン英会話に一度挑戦したものの、あまりに喋れなくてつらくて辞めてしまった。心理的ハードルの高いことは日常的に続けられない。
 先述の瞬間英作文の後、英語として意味のある文章をと思ってスタディサプリもそこそこ(1年以上は)やったりした。とてもよくできたアプリだった。あとインプット量を増やそう、プレ多読だ、と思ってラダーシリーズを30冊くらい読んだりもした。
  ラダーシリーズ特設サイト


 ただ結局、出力の量と密度を一定期間増やさないともう無理なのでは、と思うようになってきて、そこそこの金額を出して、パーソナルトレーナーがついて2ヶ月特訓するサービスに申し込んだ。申込み後に偶然仕事とプライベートが多忙になって、生きてきた中で一番忙しい状況になってつらかった。
 結果的にかなり発話に苦がなくなった。その後の海外出張で上手くやれるようになったし、オンライン英会話も続けられるようにもなった。人生の中でもかなり上位の喜びがあった。そのあたりは以前に↓で詳しく書いた。
  英語を勉強して嬉しかったって話 - やしお


 ただ発話能力が向上してもTOEIC(R&L)のスコアはほぼ変わりなかった。出力がなめらかになっただけで、スコアアップに寄与する知識の総量は増えていないのかもしれない。TOEICのスコアが上がっても喋れるようにはなれないし、喋れるようになってもスコアは上がらない、互いに独立している。
 発話能力の開発は、発話頻度を高めて、その中で自分なりの表現の「型」を身につける、ということかと感じた。型のバリエーションが増えれば、組合わせ爆発の一種であたかも自由に話しているようになれる。(が、自分自身はそこまで全然到達していない。)こればかりは文法や語彙の勉強を続けるだけではどうしても身につかなくて、対人の会話を一定程度こなさないと難しい。スポーツでも、ルールや基礎練だけでなく、練習試合をある程度重ねないと上達しないのと同じかと思う。
 そうして型が多少身について、ある程度伝えたいことが伝えられるようになれば、自信がついてより話せるようになってくる。


 英語でも日本語でも「喋ること」には一種の「根拠のない自信」が必要になる。
 自分が喋ることで相手がどう反応するかを事前に知ることはできない。相手に理解されず「は?」という反応が返ってきたり、空気がおかしくなる怖さがある。その恐怖が強いと(言語能力の問題だけでなく)何も喋れなくなる。「喋っても何とかできる」(言い換えたり追加で説明できる)という自信や安心感がなければ話し始めることはできない。
 仕事などでも「自分ならたぶん何とかできる」という安心感がないと、自発的な発言も行動もできない。経験を積んで「自分が何とかできた」体験が増えていくと自信が形成されていく。(上司が高圧的・否定的で心理的安全性を毀損するタイプの人だと、自発的な行動ができなくなるのと同様、相手や環境にも大きく左右される。)お笑い芸人でも、どこからでも笑いに持っていける、場をコントロールできると経験的に自信がある人は実にのびのびと融通無礙に、話し始めたり、話に介入したりしてる。


 それから、当たり前だけど出張前などに事前準備をするかどうかで「どれくらい喋れるか」が大きく左右される。専門用語・業界用語の語彙リストを整理して、関係書類も読み込んで、想定される会話をひとり言で喋るなどしておくと、当日だいぶ楽になる。時間が無くてサボると「やっぱダメだ」となる。日本語の出張や打合せでも同じことだけど、言語的なハードルが大きい分(日本語と違ってアドリブが効きにくい分)余計に重要になる。


できて良かったこと

 レベルがだいぶ低い・母国語の水準には到底及ばないとしても、「英語だからヤダ・ムリ」とならずにコンテンツや人や機会にアクセスできるようになったのはとても嬉しい。


今後

 現状やってる週2のオンライン英会話と、平日のポッドキャストは続けていきたい。
 後はもう少し語彙を増やしたいとか、もう少し複雑な構文解析の練習をしたいとか、思い付くところは多々あるけれど、読んでない本が300冊以上家にあるとか、書きたいと思って放置しているお話があるとか、映画も色々見たいし、英語以外にやりたいこともたくさんあるので、しょうがないからソリティアなどをしている。

国政選挙で勝つということ

 自民党総裁選と衆院選を控えて、最大野党の立憲民主党も政策アピールに入っていて、その政策が刺さらない、粒度が変、センスがない、安保も経済もない、と左右両サイドからネットで叩かれる光景をよく見かけて、ちょっと思ったことのメモ。


選挙戦

 「選挙で勝つ」には「票をたくさん集める」が必要で、その票には大きく分けて、投票時点での世の中の空気感や、党や候補者のイメージに左右されて入る浮動票と、特定の党や個人に固定的に投票される組織票とがある。投票率が高ければ浮動票の比率も高まり「風が吹く」と言われるような大勝/大敗が起こり得るし、低ければ組織票の比重が大きくなる。
 浮動票と組織票には、それぞれ党自体の方針で確保されるものと、候補者・国会議員や地方組織・地方議員の働きによるものとがある。



 この4つのエリアそれぞれで対応が必要になる。(ただ各エリアで確保できても調和が取れていない/方針がちぐはぐだと政権交代後に内側からその矛盾によって瓦解するので難しい。)


【①一般向けイメージ形成】細々した政策が出される状況

 9月に入って立憲民主党が細々した政策を小出しにしている。①エリア(政策一般向け)でのイメージ形成に対して有効でない見せ方なのでがっかりされたり馬鹿にされたりする。
 ただこれは、

  • 衆院選が11月初旬の見込みで時期がやや遠い
  • しかし自民党が総裁選で盛り上がる中で、一定程度はニュースに出続けないと完全に埋没してしまう
  • 一方で大きな政策を今発表して衆院選前に話題がなくなると困る

といった状況でそうしているので、やいのやいの言うのは10月に入ってからでいいんじゃないかと思っている。(それでフタを開けたら何も出てこなくてズコーみたいなこともあり得るかもしれないし。)


【①一般向けイメージ形成】フリをして安心して選んでもらう

 「政権交代で選んでもらう」には「任せても大丈夫そう」のイメージが必要なんだとすると、それには「まるでもう政権を取っているかのように振舞う」がある程度必要になってくる。


 その昔、紡織会社だったカネボウが化粧品業界に新規参入した時、業界トップの資生堂が口紅のキャンペーンをやればカネボウも口紅のキャンペーンをやって、資生堂がアイシャドウをやればカネボウもやる、そうすると現実の売上が10対1くらいでも、消費者からは10対10に見える、それで選んでもらえるようになって、現実の売上も10対3とか4にまでなってくる、という話を思い出した。(佐藤雅彦が著書で紹介していたと記憶している。)
 最近KFCが「月見といえばケンタッキー」と月見サンドのCMをしていて、見るたびに(そんなわけないだろ)とちょっと笑ってしまう。月見バーガーマクドナルドは30年前、KFCは5年前から始めている。どう考えても「月見といえばマック」でしかない。ずいぶん厚かましいけど、言ったもん勝ちだからしょうがないね。


 例えば会社でも、課長になる人は、なる前からある程度課長みたいな振る舞いをしていたりする。平社員なら係長、係長なら課長、課長なら部長と、一つ上位のフリをそこそこしていると、「じゃあ次は誰を選ぼうか」となった時に、そこに「もう準備ができてる人」がいれば自然と選びやすい。判断を下したり意見を出したり(越権にならない程度に)して「自分が上位役職の立場にいたらこうする」が示せていて、それが周囲が納得できるものなら、機会があった時に選びやすい。


【①一般向けイメージ形成】フリをすることの下手さ

 そういう点だと、立憲民主党やその所属議員による対外的な発信は、かなり「センスがない」ように見えてしまう。
 つい最近も「ワクチン2回接種が50%超えた」ニュースに対して蓮舫代表代行が

『2回目接種が全国民の5割』との見出しに違和感。
64歳以下で見ると東京は33%、北海道20%、京都22%、大坂24%と2割から3割。
菅総理もワクチン接種は進んでるとよく言われますが、未だ予約も取れない方々への接種をより進めるべきです。

とツイートしていた。
  https://twitter.com/renho_sha/status/1437582963105955845


 「与党の政策に批判を加えるのが野党の仕事」というのはその通りだし、その仕事に忠実とも言えるけれど、「為政者として選んでもらう」という意味だと、任せて安心のイメージからは遠い。実質的な内容は同じでも、「5割達成できた。しかし若年層で予約が取りづらい状況がまだある、何とかする(こうする)」という言い方をしていかないとダメなんだろうと思う。
 その意味では国民民主党の玉木代表は、昨年のコロナ禍来「こうする」という発信を大量にしていて、それに近いことをしている。


 「野党の立場でやれる権限ないだろ」とツッコむ人達が出てきても、結局イメージ形成は最低限必要なこととしてやっていかないとどうしようもない。「カネボウなんか資生堂の10分の1だろ」とか「お前は課長じゃねえだろ」とか言われたり思われたりしても、イメージを与えないと選んでももらえない。
 「野党は批判が仕事だから」「我々は後発だから」「自分は平社員だから」と思って、「誠実に」その役割の中に留まっていると、選ぶ側も不安で選べない。(一概にそれが悪いということはなくて、その立場に留まるためにそうする選択肢もある。)


【①一般向けイメージ形成】社会党のジレンマ

 一方でそれをやろうとすると、社会党のジレンマみたいなものがあるのかもしれない。
 55年体制下でずっと与党だった自民党に対して、社会党は「政権批判枠」で一定の支持を集めてずっと最大野党として存在していた。社会党の政治家にとっても安定的な地位だったという。55年体制が崩壊し、自民党と連立を組んで与党入りすると、政策を現実的なものへ転換せざるを得なくなり、連立から抜けて野党に戻った後(名称は社民党に)は支持を失って、今では国会議員がわずか2名(衆参各1名)になってしまった。(その主要因は①一般向け政策だけでなく③利益団体向け政策に関わる。)


 「大衆迎合的・権威主義的でないこと」「体制批判的であること」によって支持を集めている政党は、耳目を集めたり現実的にやろうとする中で、そのアイデンティティを一部失う。その「変節」を自他ともに許せないと、そこに縛られてしまう。


 どうしたって「国民が一人一票持って選挙で選ぶ」システムになっていて、そのほとんどの人がイメージに従って判断する以上は、そのイメージ形成、一種のポピュリズムに近いことをベースで(与野党関係なくどの政党も)やらないと、そもそもスタートラインに立てない。
 でもそのポピュリズムへの嫌悪感や反発心がどうしても拭えなかったり、そうすることで既存支持層を失うことへの恐怖があると、「あたかも政権を取っているかのように振舞う」ができず、党もそのメンバーも「フリをするのが下手」になるのかもしれない。


【①一般向けイメージ形成】民主主義の対立

 水島治郎『ポピュリズムとは何か』に、民主主義の中では「間接民主主義」と「直接民主主義」の対立が内在している、という指摘があってなるほどと思った。エリートと民衆の対立、と言い換えることもできるかもしれない。


 主権者(国民)が代表者(議員)を選んで政治を委託する間接民主主義と、代表者を介さず直接意思を反映させる直接民主主義がある。政治システムとしては前者が採用されていても、それに対して「我々の意思が反映されていない」という不満はどうしても発生する。そこでそれをダイレクトに掬い上げるような人物(政治家)が出てきて熱狂的に支持されたりする。それをやるとポピュリズムと呼ばれて非難される。立憲主義の制約を受け入れるスタンスと、それを否定して直接大衆の意思を反映させるスタンスの対立がある。


 「大衆ウケすること」と「本当にやるべきこと」が乖離するというのはよくある。それは「現実は複雑だけど、その複雑さを理解して耐えられる人は少ない」のが根本にあるからかもしれない。
 例えば安全保障にしても、たいがい隣国はお互いを嫌い合っているので、ナショナリズムを煽った方が大衆ウケはいい。しかし現実には、相手を刺激せず、相手に口実を与えず、相手の挑発には細かく必要なリアクションを返し続ける、という地味で忍耐強いアクションが政治的には必要で、それは大概「弱腰」「無意味」と非難される。


 こうした乖離がある中で、「本当に必要なこと」をないがしろにして、「大衆ウケすること」を選んで、そのことで高い支持を集めると、ポピュリズムとして知識人層からは非難される。
 この非難は、それを支持した人々(大衆)への非難に転化して、一種の啓蒙主義・エリート主義に陥りがちになる。「〇〇党を支持する愚かな連中のせいで」という言い方はネットでもよく見かける。


 例えばタイでも、農村部を大票田にしたポピュリズム政権(タクシン派)が生まれ、都市部の知識層がそれを否定する、という構図があった。それでタクシン派を排除する形で軍部のクーデターが起きた時も、知識層は積極的に否定しなかった。しかしその結果、軍部と王室が結びついた体制が定着して民主制が失われる結果になって、かえって知識層の望まぬ状況に陥ってしまった。
  タイの王政と軍政 - やしお


 民主主義を擁護しようとして民主主義の否定になってしまう、というようなアンビバレントな構造が割と一般的に生じてしまう。ただそれは、一見矛盾しているようでも、間接民主主義を擁護しようとして直接民主主義の否定になってしまう、という形で弁別すれば割と理解しやすいし、どうするのが良いのか分かりやすいのだと思う。


【①一般向けイメージ形成】「民度が低い」という切り捨て方

 以前、宮口幸治『ケーキの切れない非行少年たち』を読んだ時に、「IQは100程度ないと今の社会では生き辛い」という言及がとても印象に残っている。IQの定義上、100が正規分布の平均値なので、「半数の人が実はちょっと生き辛い」という意味になる。100が言い過ぎでも、全人口の2割弱にあたるIQ70~85は「境界知能」とされ、安定的に職業につくことが難しかったり、困難を抱えていても障害と認められず十分な支援も受けられず、生き辛くなっているという。


 複雑な現実やシステムに対して、正確に理解せずに受入れている人はものすごくたくさんいる。IQの高低に限らず、興味や関心の差もある。自分もmRNAワクチンの機序も正確に知らないまま接種したし、税制も詳しく知らないけど税金を払っている。あまりに現実が複雑で細分化されているので知るにも限度がある。(だから専門家や報道機関が平易かつ正確に広く啓蒙していく、という活動が必要になってくる。)
 現実としてそうした全員で生きていて、その上で「一人一票」のコンセプトでやっているのに、そこをバッサリ切り捨てるのはどうなの? と思っている。


 先日「吉村大阪府知事のコロナ対策を『評価する』が大阪市で8割」というニュースに、「大阪市民がダメなんだということを感じさせてくれる」「大阪市民はちょろい」「頭がおかしい」「集団催眠」といったはてなブックマークのコメントが散見された。
 吉村府知事にしても小池都知事にしても、「やってる雰囲気を見せる」「メディアに露出する」といった手法で、現実の施策のまずさを糊塗する、ポピュリスト的な政治家だとは思う。為政者に対して「実際にちゃんとやれ」と批判する、あるいはメディアに対して「まずい面も報じろ」と批判するのはわかるけれど、そうした政治家が選ばれた現実に対して「○○市民の民度が低い」と切り捨てるのは、随分ナイーブだと思う。むしろ「ポピュリストに負けないように他の政治家・政党もイメージ戦略をちゃんとやれ」と言う方が建設的な気がする。
 「馬鹿な人達のせい」で片付けるのは、自分はそうではない側にいると自分を慰める以上の効果はないと思う。


【①一般向けイメージ形成】ポピュリズムとPR

 高木徹『国際メディア情報戦』ではアメリカ大統領選を始めとして、海外の政治家や政治的プレーヤーがいかに国内・国際世論の形成に腐心しているかや、そのためのプロとしてPR会社がどのように働いているのかを具体的に見せてくれてとても面白かった。
 そこでは政治家がイメージ形成をするのは当然だという前提がある。中身を伴わずにイメージ形成が自己目的化すれば批判されるとしても、イメージ形成そのものは最低限やるのが当然で、その面を怠って負けて「でも言い分は正しいから」と慰めていては意味がない。
 イメージ形成は、ポピュリズムに近い面もあり不誠実に思われたとしても、現実には中身ではなくイメージで判断する有権者が多くいて、その存在を非難しないという態度を取るのなら、お互いが徹底してやっていくしかないのだろう。


 ちなみに『国際メディア情報戦』では、日本で(広告代理店ではなく)PR会社が機能しないのは、マスメディアが成熟していないからだという指摘がされていた。PRは、世の中を動かすために、メディアや政策決定者などとパイプを形成して納得させ働きかけていく営みになる。それは大前提として「報道の自由」や「経営と編集の分離」といった原則がある程度働いていなければ成り立たないゲームになっている。
 日本では、取材してもらう引き換えに広告(お金)を出す、政治家の会見では質問内容を事前に出させて不意打ちした記者やメディアを罰として排除する、といった手法でメディアが容易にコントロールできてしまうので、そもそもPRという面倒な手法を取る必要がないという。
 日本の政治家がイメージ形成の面で未熟なのは、報道機関の未成熟によるところも大きい。


【②地元向けイメージ形成】川上戦略

 辻立ち、選挙カーで名前連呼、有権者と握手、地元イベントへの顔出し、そうした選挙の常套手段は「馬鹿馬鹿しい」と言われがちでも、「名前に聞き覚えがあるから」「頑張ってるから」「気にかけてくれたから」で投票する人達がそれなりにいるという現実がある。
 マスメディアを上手く使って世論形成するタイプのポピュリズムとは、規模やターゲットとする対象が違っても、実際の内容ではなくイメージを生み出すという意味では地続きになっている。
 政策の内容で選ばれるのが正しいんだ、という理想論一辺倒でイメージ形成を怠った結果、負けたのでは意味がない。ベースとしてどの政党でもどの政治家でもそこを疎かにすることはできない。(そうは言っても、もう21世紀も5分の1が過ぎたし、もっとスマートなやり方が開発されてほしいと思うけど、人口の3割が高齢者の国では難しいのかもしれない。)


 旧民主党は、この種の地元でのイメージ形成も苦手で、都市部の浮動層だのみ、「風」だのみだった。2003年に小沢一郎自由党と合併し、2006年から小沢が代表になってから、地方重視の「川上戦略」が持ち込まれた。『民主党政権 失敗の検証』の中で、トヨタ労連出身で経産相を務めた元参院議員の直嶋正行が、以下のように振り返っていた。

「いなかでの会話の伝達速度はすごい。特に市街地から遠い農村地帯は、娯楽もなく高齢者が多い地縁血縁の社会なので、そこまで行って演説すると、感動して離れて住む息子・娘夫婦や知り合いに即座に電話して、あっという聞に伝播する」


 実は参院選一票の格差衆院選よりも大きい、という特性がある。参院は、全国ひとまとめの比例代表都道府県ごとの選挙区、という仕組みで、当時の選挙区選出は146人、半分ずつの改選なので1回の選挙で73人、47都道府県に1名ずつ振り分けた残りの26人を人口の多い都道府県に割り振っても、人口の大きさと議員の人数が比例するほどの割り振りにはどうやってもできない。
 人口最小の鳥取県で1人、最大の東京都で5人選出でも、人口の差が25倍程度あり、一票の格差が5倍あった(衆院は最大2倍程度)。(その後、鳥取と島根、徳島と高知がひとつの区にまとめられたり、東京などの定数が増やされたりして多少是正されたが3倍ほどある。)
 国会の中は多数決なので「人口の少ない1人区の県」を取りに行くのが効率がいい。それが小沢一郎の選挙戦略のひとつだった。
 参院選コスパのいい1人区をしっかり取ってねじれ国会にして、予算案や法案がスムーズに通らないようにして、首相退陣に追い込んだり「混乱を収束できず政権運営できない与党」のイメージを創り出して、衆院選で勝って政権交代、という流れになっていく。


 2007年参院選は大勝したが、次の2010年の参院選では、小沢が政治資金疑惑で幹事長を辞任していたこともあり、地方重視の「川上戦略」が失われた。小沢は全選挙区の過去の投票率政党支持率世論調査の結果など細かくまとめたデータを秘書のカバンに常備させていた(この辺は小選挙区制の導入を推進した張本人で、最年少で自民党幹事長を務めた人という感じ)が、そのノウハウやデータは党内に開示されなかったという。


 現在79歳で立憲民主党の所属議員である小沢一郎は、今年6月頃から総選挙に向けて特に地盤の弱い新人候補などへの指導を進めていたと報道された。

小沢氏は6月に『新人ドブ板選挙指導』に動き出していた。全国行脚は福岡、長崎、鹿児島、大阪、山梨…。行く先々で唱えるのは『小沢選挙7カ条』だ。
政権奪取のラストチャンス
「7つとは、①川上(山間)から川下(街)へ ②1日50カ所辻立ち ③ポスターを3000~5000枚貼る ④10人ほどのミニ集会開催 ⑤路地に入りやすいよう選挙カーは小型車にする――等々です。コロナで1対1、ミニ集会はなかなかできにくいが、とにかく『できることをスグやる』と指導する。例えば、マスクなど対策を万全にしての辻立ちなど、『小沢選挙7カ条』もコロナ版に多少改訂しています」(立憲民主党議員)

  小沢一郎「最後のドブ板選挙」2021夏…与野党逆転へ全国行脚


 そうした動きがどの程度奏功するのかはよく分からない。


【③利益団体向け政策】組織票

 イメージ形成は、ターゲットが都市部か地方かという違いはあっても、基本的には浮動票を取り込むための営みになる。選挙では当然、組織票も取り込んでいかないと(特に投票率が低い場合)勝てない。
 こうした組織票固めという点でも、旧民主党内で小沢一郎が大きな役割を果たした様子が『民主党政権 失敗の検証』では紹介されている。
 小泉政権が改革路線で都市部浮動層を取り込んだ一方、自民党の従来の支持基盤だった建設業界・郵便局長会・農協など地方に根付いた利益団体を動揺させた。小沢はそこを取りに行ったことで2007年参院選を大勝に導いたが、もともとの民主党の支持層だった都市浮動層向けの政策とは逆方向なので、党の中で矛盾を抱える要因にもなったという。(①と③で矛盾する状態)


 立憲民主党の最大の支持母体は連合だが、共産党との連携や「原発ゼロ」政策への反発から連合傘下の産別が国民民主党支持に回って分裂していたり、そもそも連合の組織票としての実力(実数)が共産党より実は劣っているといった指摘もあったりする。その辺、もう連合は切っていく方向に行くのか、本格的に自民党公明党との関係・役割分担に近い形で立憲民主党共産党との関係を構築していくのか、といったグランドデザインや大きな方針はよく分からない。どのくらい党本部が組織票をグリップできている状況なのかも外側からはよく分からないが、報道される内容からはまだ流動的な状況のよう。


【④地方組織】

 地方議員が、自身の握っている後援会や団体に、国政選挙で自党の候補者へ入れてもらうようお願いすることが、個別の選挙区での組織票になってくる。国政選挙で候補者を下支えするのは地方議員だとして、立憲民主党はようやく今月に入って全ての都道府県連が整ったという状況。


 ↓の記事は、地方議員から見た組織票について解説するもので、とても面白かった。国政選挙で必死に汗をかいて国会議員・候補者を支えるだけのインセンティブが、野党の地方議員にとって自民・公明・共産などに比べると働いていない、そういう組織設計になっていない、という指摘がされている。
  自民党の圧倒的組織票とは
 

選挙制度と政府の規律

 衆院選小選挙区制(比例代表もあるけど)なので、政府・与党・官僚に規律を持たせるには結局「政権交代があるかも」という恐れを抱かせる以外にはない。


 中選挙区制では1つの選挙区から2人以上の議員を選ぶ。1つの党(自民党)で過半数を取ろうとすると当然、1つの選挙区に自党の候補者を複数立てないといけない。同じ党の候補者同士が戦うので「私は○○党の候補者」というアピールは意味をなさなくなってくる。今は選挙のたびに各党がマニフェストを作って出すけど、当時は党の公約がほとんど形骸化していたのはここに起因する。候補者は独自色が必要でアピールポイントを磨かないといけないので、政策や政治力を高めるようなインセンティブが働き、「昔の政治家の方が尖ってた」印象があるとしたら、これもそこに起因する。
 各候補者個人を支援する組織が党内に必要となり、それが派閥になる。たとえば旧群馬3区は福田赳夫中曽根康弘小渕恵三と首相経験者が揃った激戦区で(上州戦争)、それぞれ福田→清和会、中曽根→政科研、小渕→経世会(平成研)と派閥が異なっていた。党の中で派閥が存在し、自民党総裁=首相に隙があれば公然と「○○おろし」が始まる。そうした党内党による緊張感が発生する。


 一方で小選挙区制では、1つの選挙区で1人を選ぶので、1つの党からは1人の候補者しか出さない(県連と党本部が対立して調整できなかったなどの事情がなければ)。また全ての政党それぞれで候補者を出すと票の食い合いが起こるので、与党と野党それぞれで候補者の1本化が図られる。候補者個人の戦いというより、「与党と野党の戦い」になる。小選挙区制が、二大政党制になる、政権選択になる、という理屈がここにある。(比例代表もあるため完全な二大政党への集約にはならない。)
 候補者にとって「党の公認を得る」ことが何より重要になり、派閥より党執行部(党首)に権力が集中していく。
※そのあたりの基本的なシステムの解説は、飯尾潤『日本の統治構造』が分かりやすい。


 しかし現実には、旧民主党が下野した後、「野党には政権担当能力はなく政治が混乱する」という忌避感を生んで、世論調査でも選挙結果でも政権交代の可能性が感じられず、政府与党の政治家も官僚も弛緩してしまった。
 国家公務員が「全体の奉仕者」ではなく権力者(与党とその友好関係にある個人や団体)の奉仕者に成り下がってしまうというのは、国家にとっても国民にとっても不幸でしかないので、政権交代が起きて「たまに仕える政治家が変わる」状態を高級官僚も当たり前のこととして体験してもらわないとどうしようもない。




 というわけで、与党政治家と官僚に規律がないのは国民の不幸なので、自分自身の投票行動としては、政権交代が起こる方向に向かっている。立民枝野代表もその種の野党第一党としての役割は自覚的で発言も誠実だけど、この動機が一般化されるとは思われない。


 立憲民主党の本当の内情までは分からないし、11月までにどこまでできるのかは見てみないと分からない。ただ現時点で外側からは4象限とも準備が十分なようにはあまり見えない。(細かい調整はあっても)準備のできた状態を維持している与党に比較すると心許ない。「口では政権交代を唱えつつ、今回は体制構築までが目標」なんじゃないかと思えてくる。
 せめて①の一般向けイメージ形成くらいは、PRの専門家のトレーニングを受けるなりして(特に党幹部の個々人は)最初からできていてほしかった。根本的にお金がないのがいけないのかもしれない。お金がなければ人手も賄えず時間もなくなり準備もままならない。それでも、ちゃんとやってほしい気持ちある。


新型コロナワクチン時系列

現在のワクチン

 現在世界で承認している国が多いものは以下の8種類ほど。
 日本はファイザー、モデルナ、アストラゼネカの3種を承認済み、J&Jが承認申請。

【mRNA】
 ファイザー(米)(ビオンテック:独)
 モデルナ(米)
【ウイルスベクター
 アストラゼネカ(英)(オックスフォード大:英)
 ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)(米)
 ガマレヤ研究所(露)
 セラム・インスティチュート・オブ・インディア(SII)(印)
【不活化】
 シノバック(中)
 シノファーム(中)


概要

  • 20年1月:感染が世界に拡大
  • 1~2月:各国で開発開始
  • 3~4月:臨床試験開始
  • 5月~:量産体制構築
  • 6~8月:各国政府が製薬会社と供給契約を結び、確保競争
  • 11月:ファイザー、モデルナ、アストラゼネカ臨床試験完了
  • 12月:米英EUなど接種開始


 
 中国とロシアは欧米と動きを異にしている。

  • 米国等へワクチン情報を狙ってサイバー攻撃(中国は20年5月、ロシアは7月にサイバー攻撃が報道された)
  • 未承認のまま自国のワクチン接種を開始(中国は20年7月、ロシアは8月)(9月に米国トランプ政権も追随しようとしたが、FDAと製薬業界が反発して頓挫)
  • 自国ワクチンを途上国へ供給して影響力を強めようと「ワクチン外交」を展開

 


 日本は、

  • 自国内でのワクチン開発は遅れ、20年6月時点で国内から海外調達へ切り替え
  • ワクチン確保自体は欧米と同等のタイミングでできた
  • 接種開始は欧米の2ヶ月遅れ(70ヶ国以上が先行)(副反応の調査のため日本国内で160人分の追加試験を実施したため)
  • 接種スピードは120万回/日を達成しかなり上がった
  • その後メーカーの供給が滞り、特に高齢者以外で接種が鈍化(政府が供給不足を認識しつつ公表せず、自治体や企業へ接種体制の構築、場所や医療関係者の確保をさせ続けたことで混乱と反発を生んだ)
  • ワクチン外交:21年6~7月に東南アジア6ヶ国へアストラゼネカ(当時は国内で使用予定がなかったもの)を無償提供

 

時系列

 日本で接種が始まった21年1月以降は日本のニュースが中心。改めて読むと「そんなことあったな」という気持ちになる。


【20年1月】

 

【20年2月】

 

【20年3月】

  • 日:阪大発ベンチャーアンジェス)が開発着手→動物試験用ワクチン開発
  • 日:田邊三菱が開発着手
  • 米:モデルナ臨床試験開始
  • 米:J&Jが2021年初めに提供開始と発表
  • 米:トランプ大統領がキュアバック(独)に独占契約を持ちかけた、確保競争が始まっていると報道
  • 米:ワクチン等開発に30億ドル超を充てる予算成立
  • 米:ファイザー、ビオンテック(独)と提携発表
  • 中:人民解放軍が開発、臨床試験開始

 

【20年4月】

  • 日:塩野義、第一三共が開発着手
  • 米:イノビオ臨床試験開始
  • 英:オックスフォード大 臨床試験開始
  • 英:政府がワクチンタスクフォース立上げ
  • サノフィ(仏)、GSK(英)が提携
  • 中:臨床試験が世界初の第2段階に進む

 

【20年5月】

  • 日:KMバイオロジクスが開発着手
  • 日:20年度補正予算から4社(アンジェス、塩野義、IDファーマ、KMバイオロジクス)+5大学・研究機関に計100億円の支援決定
  • 米:政府がワープスピード作戦立上げ
  • 米:ファイザー・ビオンテック臨床試験開始
  • 米:モデルナ、ロンザ(スイス)と生産提携発表
  • 英:アストラゼネカ(オックスフォード大と契約)が生産体制を整え9月から供給開始を発表
  • 中:ワクチン情報を狙い米国をサイバー攻撃
  • 中:カンシノ・バイオティクス、第1相臨床試験完了
  • WHO:世界全体で124候補、10種類が臨床試験に入っていると集計
  • WHO:公平利用の枠組みを立ち上げるが米中が不参加

 

【20年6月】

  • 日:アンジェス臨床試験開始
  • 日:政府、アストラゼネカとワクチン供給で協議入り(国内開発が出遅れ、海外調達・確保を図る)
  • 日:安倍首相、ネット番組で「年末には接種かも」と発言→厚労省内からは懸念の声
  • 日:厚労省、21年前半の接種開始目標
  • 英国政府がグローバルワクチンサミットをオンラインで開催。途上国のワクチン普及に88億ドル、日本は3億ドル拠出表明
  • 独:キュアバックの臨床試験開始
  • 中:科学技術部「開発・試験が完了したら全世界に提供」と表明
  • 量産用の培養タンク争奪が世界で激化と報道

 

【20年7月】

 

【20年8月】

 

【20年9月】

  • 日:政府分科会、接種無料化検討
  • 日:政府、確保に6714億円の予備費支出を閣議決定
  • 日:IOC会長「五輪はワクチンなしで開催可」発言
  • 英:アストラゼネカ、副作用で世界中での治験中断→再開
  • 米:政府が中露に続き試験完了前の承認を進めようとするがFDA、欧米製薬9社が声明を出して牽制
  • 米:J&J臨床試験開始
  • 米:イノビオ臨床試験差し止め(実施計画の不備)
  • WHO:共同購入の枠組み(COVAX)に156か国・地域が参加(米中露は不参加)→米は自国第一で確保、中露はワクチン外交で発展途上国への影響力拡大を目指す
  • UAE:シノファームを承認(中国以外で初)
  • 空輸・物流計画が始まる

 

【20年10月】

  • 日:予防接種法改正案閣議決定(接種費用無料・健康被害の救済措置・企業の損害賠償を国が肩代わり)
  • 日:菅首相「来年前半までに全国民提供の数量確保を目指す」発言
  • 日:田邊三菱のカナダ子会社、カナダ政府と供給契約締結
  • 日:厚労省、モデルナ2500万人分確保(輸入・販売は武田薬品が担当)
  • 米:J&J臨床試験一時中断(参加者に原因不明の症状)
  • 中:COVAXに一転参加表明、国際協調を演出、不参加の米国を牽制
  • YouTube, Facebook、ワクチン接種を妨げる動画・広告を禁止

 

【20年11月】

  • 日:厚労省、高齢者・基礎疾患のある人へ優先摂取の方針を発表(妊娠中の女性はデータがなく見送り)
  • 米:ファイザー、モデルナ各最終治験の結果公表、緊急使用許可をFDAに申請
  • 英:アストラゼネカ最終治験の結果公表

 

【20年12月】

 

【21年1月】

  • 日:接種推進担当大臣新設、河野担当相「高齢者向け接種開始は早くて4月」と発言
  • 日:厚労省医療機関等1万ヶ所を拠点とする方針決定、冷凍庫1500台を2月末、1万台を6月末までに配布目標
  • 日:厚労省の接種システム(V-SYS)と河野担当相主導の新システムが平行で開発
  • 日:厚労省川崎市、集団接種訓練実施(国内初)
  • 日:ワクチン期待感で内閣支持率52%に上昇。首相「接種で雰囲気が変わる。安全安心な大会(オリパラ)実現を決意」発言
  • 日:自民党プロジェクトチーム立上げ
  • 米:ファイザー、モデルナ、変異型への有効性発表
  • 米:J&J 最終治験結果公表・接種1回で効果有、緊急使用申請
  • 印:周辺国に無償提供でワクチン外交、中国に対抗
  • EU域外輸出規制強化・先進国による欧米製囲い込み→WHOが非難。アフリカ・南米諸国が中国製に頼り始める
  • 世界56か国で接種開始(日本はG7で唯一開始できず)、1回目の接種がイスラエルは人口の3割、UAE2割、英6%、米4%で完了

 

【21年2月】

  • 日:ファイザー承認、接種開始(欧米から2ヶ月遅れ)
  • 日:河野担当相「4月までは供給量非常に限られる」発言
  • 米:J&J承認

 

【21年3月】

  • 日:河野担当相「ファイザー1億回分6月末までに到着」発言
  • 日:第一三共、KMバイオロジクス、臨床試験開始
  • 米:CDC、完全接種者のマスクなし集まり可の指針発表
  • 米:バイデン大統領「4月末までに2億回接種目標」発言(12月に「4月末までに1億回目標」と発表したが3月で達成したため上方修正)
  • EU:J&J承認
  • WHO:COVAX供給の接種開始

 

【21年4月】

  • 日:高齢者(65歳以上)優先摂取開始
  • 日:菅首相「9月までに国内対象者への必要分供給をファイザーCEOに要請」発言
  • 日:河野担当相「感染拡大地域への優先配分は、GW明けに十分供給できるため不要」発言
  • EU:アストラゼネカ血栓が接種と関連の可能性発表、EU各国は高齢者のみの採用を発表
  • イスラエル:屋外マスク不要宣言

 

【21年5月】

  • 日:モデルナ、アストラゼネカ承認、J&J承認申請
  • 日:厚労省ファイザー接種16歳以上から12歳以上に引き下げ方針
  • 日:自衛隊大規模接種センター(東京・大阪)運営開始。予約システムの不備を報じた朝日・毎日新聞に岸防衛相「極めて悪質」、安倍前首相「妨害愉快犯」と名指しでツイート、防衛省が抗議文送付(同内容を報じた日経にはなぜか抗議せず)
  • 日:政府、職域接種6月中開始の方針(モデルナ使用)
  • 日:菅首相「7月末までに高齢者2回接種完了、100万回/日目標」発言(その後120万回/日を達成)
  • 日:茂木外相「台湾への提供検討」発言
  • 日:河野担当相「ファイザー7千万回分が7~9月、残り2400万回分も10~12月調達見込み」発言
  • 日:田村厚労相「65歳未満接種は基礎疾患の有無で分けない、年齢でも優先順位は決めていない、自治体に任せる」発言
  • 米:バイデン大統領「7/4までに1億6千万人接種完了目標」発言(「4月末までに2億回」の目標は2.2億回で達成済み)

 

【21年6月】

  • 日:台湾へ120万回分、ベトナムへ100万回分無償提供(アストラゼネカ
  • 日:職域接種、大規模接種の申請を休止。モデルナ5000万回分9月末までに対して上限に迫ったため
  • 日:菅首相「全希望者接種10~11月完了」発言
  • 米:第1弾2500万回分をアジア・中南米・アフリカ各国へ提供開始。自国第一から国内の感染落ち着きで他国開放姿勢に転じる
  • 英:接種完了者でもデルタ株感染拡大するが重症化率は低いとの報道
  • イスラエル:人口の5割超がファイザー2回接種済みだがデルタ株で感染再拡大、マスク着用再義務化

 

【21年7月】

  • 日:インドネシア、タイ、フィリピン、マレーシアに各100万回分無償提供(アストラゼネカ
  • 日:高齢者2回接種完了74%、菅首相「7月末完了の目標を達成できた」発言。64歳以下は4%完了
  • 日:国からの供給量減少で自治体での接種一時停止・予約キャンセルが広がる
  • 日:河野担当相「モデルナ供給量が当初予定の6割、職域接種の7月中開始は厳しい、8/9以降再開見込み」「自治体配送分のファイザーは供給量が希望量の3分の1、自治体で接種スピード調整してほしい」「9月末までの必要量は確保済み、追加調達はしない」(厚労省はその後モデルナ5000万回分の追加供給契約を締結)
  • 日:菅首相「ワクチンは自治体に送った、自治体で滞留している」発言→自治体から反発
  • 日:菅首相「ワクチン一本で行く」、二階自民幹事長「政治も政局も全てワクチン次第」発言
  • 日:厚労省、供給不足の対応でアストラゼネカを40代以上に接種検討(これまではファイザー、モデルナのみ)
  • 日:河野担当相、ファイザー在庫の多い自治体への配分1割削減方針を出すが、自治体反発のため撤回
  • ※5月の菅首相方針に基づき厚労省→各自治体、経産省→各企業へ接種体制を急ぎ準備させたが突然「メーカー供給不足」「ファイザー納入分の4割は行方不明(医療機関自治体で滞留しているかもしれないが把握してない)」と政府が回答、反発が広がった状況。河野担当相の発言では「モデルナ供給量減少はGW前に把握」できていたが、菅首相方針に合わせて強行させていたため不信感が増大した
  • 米:接種完了後もマスク着用推奨へ2ヶ月で方針転換

 

【21年8月】

  • 日:アストラゼネカ自治体への供給開始
  • 日:田村厚労相ファイザー1億2000万回分追加供給を協議中」
  • 日:1回接種が国民の5割を超える(高齢者の1回接種は88%で、総人口に占める高齢者人口は28%なので、「1回接種5割」のうち半分が高齢者)。2回接種は4割
  • 日:河野担当相「職域接種の申請済み(順番待ち)企業・大学への供給を8/23の週から開始」(7月に8/9再開見込みと出していたため、各企業・団体は会場・人員の再確保等に苦慮)
  • イスラエル:60歳以上のファイザー3回目接種開始、発症予防効果の結果公表

 


個人的な話

 先日ワクチン2回目を打って、自分の身の回りの状況や思うところをメモに残しておこうと思った。そういえば全体的な時系列ってどんなだったっけ? と思って、ついでに調べてみたのが↑だった。


【職域接種】

  • 会社で7月頭に「職域接種を受けたいかアンケート」が来た。
  • その1週間後に実施の案内が来た。
  • 当初は「家族もOK」が「希望者が多く家族は無し」になった。
  • 社員の希望者も多かったため抽選になった。
  • ただ「正社員だけ」ではなく「働く人全員(派遣社員等)対象」なのは良かった。
  • 自分は同居のパートナーとは、婚姻届けは出していない、住民票上の続柄は「妻(未届け)」に変更済み、会社には未届け、という状況だった(苗字をお互い変えたくなかったので)。もし家族OKでも、パートナーは受けられなかった。こういうところで不利になるのねと思った。
  • 会社によっては「婚姻届けは出してなくてもパートナーOK」のところもあるらしい。
  • 応募した。その時点で自治体の接種開始時期も不明だったので、受けられるなら早い方が良いかと思って。
  • 当たった。当選率は6~7割だったらしいが、同じ職場でも結構落ちている人がいた。申し訳ないような、後ろめたいような気持ちになった。
  • 応募から2営業日後に当選のお知らせ、その2日後に接種当日、という時間間隔で、結構急だった。
  • 接種は5営業日連続で実施。自分が当たったのはその初日だった。
  • 会場は会社内のワンフロア。初日でもオペレーションは極めてこなれていてスムーズ。どこかで人が滞留するということもない。スループットの低い工程が複数ラインになっており、全体でボトルネックが発生しないようになっていた。ノウハウを提供するコンサルみたいなところがあるんだろうか? と思った。
  • 海外赴任の医療アドバイスやワクチン接種を専門とする医療機関と従来から会社が付き合いがあり、そこに委託しているようだった。他の企業での実施ノウハウが蓄積されていたのかもしれない。
  • 5週間後に2回目接種。同じ曜日と時間、同じ会場。レイアウトが1回目と若干変わっていて、さらにスムーズになっていた。接種後15分様子見を除けば、受付~接種まで5分もかからなかった。
  • 元々、会社の別の事業所で第2回目が予定されていたが、「ワクチン供給見通しの連絡が来ないため中止」とのアナウンスが出た。最初の案内で「次があるから」とスキップした人は受けられなくなってしまった。

 


【接種後の体調】

  • 職域接種なのでモデルナだった。
  • 1回目の後は腕が痛くなっただけで、それ以外は特に何もなかった。
  • 2回目の後は腕が痛いのは1回目と同じ。翌日の昼過ぎから発熱があり、解熱剤を飲んだが37℃台後半をずっとうろうろしていた。翌々日は平熱に戻った。接種した箇所の付近が赤くなり、3日ほど続いた。

 


【接種の時期】

  • ツイッターとかでも、6月半ばくらいから医療従事者でも高齢者でもない人がちらほら接種していた。自衛隊の大規模接種会場だったり、職域接種だったり。自分の会社ではアナウンスがまだないし、自治体もいつ始まるのか分からなくて、ちょっと焦りに似た気持ちが出てきた。
  • 住んでいる川崎市は、7/7に59歳以下の予約開始時期が公表された。「39歳以下」が一番遅くて7/31から予約開始だった。
  • 隣の横浜市は予約開始日の公表が8/4、39歳以下は8/23から予約開始とニュースで見て、隣の市で1ヶ月遅れ。自治体ガチャだわねとも思った。
  • 妻の勤務先では予定されていた職域接種が供給不足(というか供給サイドから連絡が全然来ないらしい)で中止になってしまったという。自衛隊の大規模接種なども検討したが、結果的には市の8月末の接種を予約した。7月末の予約開始直後にウェブサイトに入って、みるみる間に予約が埋まっていく中で、無事に取れて本当に良かった。市の予約サイトそのものはよく出来ていたと聞いた。
  • 職域接種も中止になったり抽選だったり、「たまたま受かる」「たまたまその会社で働いていた」の運次第。
  • 自衛隊のも自治体のも予約が取れるか運次第。医療機関の個別接種も、予約方法がバラバラだったり「たまたま空きがあるか」の運による。
  • 自力で方法を調べて辿り着かないといけない、辿り着けても運次第っていうのは、かなりつらい。何なんだ、という気はした。

 


【その他思うところ】

  • 今の体制(クリニックの個別接種、自治体の集団接種、自衛隊の大規模接種、企業や大学の職域接種と選択肢が複数あり、本人が選んで受ける)は、「ワクチン供給が潤沢である」が前提のとき、初めてフェアで合理的なシステムになる。
  • 供給が不足すると、そのシステムは、在住自治体・勤務先・予約タイミング等に激しく左右される「運ゲー」に陥る。末端の供給者・利用者の判断・対応の負荷が増大する。
  • 運ゲーになる」と運良く打てた人とそうでない人の間で不公平感が生じる。
  • 申し訳無さが発生したり、ずるいといった対立感情が無用に発生する。(私自身、まだ打てていないパートナーだったり50代の同僚などに一種の申し訳無さに近い感情を抱いてしまう)
  • 供給が限られる状況では、明確で納得性の高い優先順位付け(年齢・職種・地域・持病・妊娠の有無等に基づく)が公表され、その順に従って受けられることが、公平感の担保に繋がる。
  • さらに「従来より感染力も重症化率も高い」「接種者は感染するが重症化率は相当低い」というようなデルタ株が広がる中では、その優先順位付けは、公平感という感情の問題ではなく、現実の死者数に直結する。
  • 方針・方策を下方へ下方へと丸投げすると、全体最適は望めない。個人が予約を取るのに四苦八苦し、非優先的な人が先に接種したり、自治体間で対応速度に差が出て、感染拡大地域の方が接種が遅くなったりする。
  • 「供給不足は5月時点で政府は把握していたが、それを伏してそのままの体制で進めさせた」と報道されている。「ファイザーの不足分はモデルナでカバーされるから問題ない」と説明を受けて準備を進めた自治体があったとも報じられた。
  • メーカーからの供給が当初予定より不足したこと自体は、政府の瑕疵ではない。
  • しかし「供給が滞った場合」の方針を定めず、その状況を秘匿して進めさせるのは、不誠実・不合理だ。
  • ワクチンに限らず、「方針・方策を下方へ丸投げする」「望まない状況が到来した場合のプランを事前に検討・準備しない」は現政権で顕著だ。
  • それは下部での混乱と対立を招く。
  • 自粛しない若者、営業する飲食店、旅行した個人、五輪に参加した選手、テレビ観戦を楽しんだ市民、ライブイベントに参加したミュージシャン、病床拡大要請に従わない医療機関、などが非難される。
  • 彼らより、彼らがそうせざるを得ない環境や状況を生んだ側の責任の方が大きい。
  • 市民間のみならず、政権がその非難に加担するのは、責任転嫁だ。
  • その種の為政者のごまかしやイメージ形成は、この10年弱で習慣化した。