やしお

ふつうの会社員の日記です。

誰かを貶める笑い

 新しく始まったアニメ「アフリカのサラリーマン」の第1話をこの前見て、「誰かを貶めることで発生する笑い」みたいなのはもう、見るのがしんどいなと思った。
 二足歩行の動物たちのコメディで、電車で通勤していたサラリーマンが女子高校生によって痴漢にでっち上げられそうになるというエピソードが前半に流れた。サラリーマン(オオハシ)は女子高校生(ゴリラ)に向かって「鏡見ろブス」と言う。またサラリーマンの同僚(トカゲ)は、オオハシがスマホでデリヘルのウェブサイトを見ているのを女子高校生に示し「こいつのスマホを見て下さい。素人JKには興味ないんです。プロのババアにしか反応しないんです。(だから痴漢はしていない)」と擁護する、オオハシは「人の性癖ばらすのやめてくれる?」と怒る、という場面だった。
 また後半では、合コンに出席したオオハシ(男)が、相手側の女性がみんな可愛かったので遅れている最後の一人にも期待していたら実際に来たのがブタだったから怒る、というエピソードが流れた。


 コメディなので、作り手はこれを「笑える/面白い」こととして提示しているはずだとは思うけれど、とても辛くて見るに堪えなかった。道で女性とすれ違った時に「今の見た? やばいめっちゃブスwww」と言われて一緒に笑えるか、ドン引きするかの違いかもしれない。他のエピソードで面白いと感じるポイントが絶無だったとは言わないけれど、あまりに耐え難いポイントが大きすぎるせいで最後まで視聴できなかった。どれだけいいところがあっても、すれ違いざまに他人を侮辱する人とは友人を続けるのは難しい、みたいな感じ。


 顔に好みがあったり、一般的な美醜に関する価値観が存在することは事実だけれど、ただそのことによって直ちに人が否定されたりするのを見るのはつらい。「お前みたいなブスを痴漢するわけないだろう」「お前みたいなブスは合コンに来るな」というのは、「生まれ持った美醜は社会的な資格である」という価値観の肯定を意味する。(ちなみに、一般的な価値判断による顔の美醜と、痴漢被害を受けるか/受けやすいかは実際には関係がなくて、例えば鈴木伸元著『性犯罪者の頭の中』(幻冬舎新書)でも、「好みの相手かどうか」ではなく「犯行がスムーズに行きそうな相手かどうか」で性犯罪者は被害者を選定する傾向にある、というアンケート調査の結果が示されている。)あるいは自己の性的な指向や嗜好を当人の望まない場面で他者によってアウティングされる場面を見せられると、笑えるというよりゾッとするとか怒りを覚えるという感覚に近い。
 現実にそうした価値観や行為によって苦しみや絶望を覚えている人たちがいる(自死に追いやられさえする)ことをその瞬間に想起してしまうため、「アニメを楽しむ」感じにはどうしてもなれなかった。こうした社会的に内面化された他者への蔑視が、ファンタジー作品の中にまで持ち込まれて、相対化されずにそのまま「笑えること」として作り手が肯定する。そんな現実を、仕事から帰ってきて「アニメでも見ーよっぴ」と思って見せられるのはかなりしんどい。
 Twitterである人が「フェミ発狂」という言葉で本作を擁護(?)していた。レッテルを貼りさえすれば何か勝った気になるのはよくある光景かもしれない。これは、フェミニストかどうかという話でもなければ、「発狂」という言葉も適切ではなく、ただ誰かを貶めたり馬鹿にしたりするような笑い、誰かの苦しみを代償にした笑いが許容できるかどうかという話だろうと思う。
 「ネットで炎上すればワンチャンあるかも」と書いている人もいたけれど、人々の苦しみによって耳目を集めることが目的なのだとしたら、それは世界をいささかも幸せにしないあり方だから、私は許容しない。


 人を馬鹿にしている笑いか、あるいはその事象に可笑しみを感じているのかは、かなり紙一重なのだと思う。ミスを笑うとか、素人いじりとかも簡単に「人を貶める笑い」に陥ってしまう。
 バラエティ番組なんかでの「いじり」でも、例えば明石家さんまはまだ(昔ながらの?)ツッコミ=下げて終わりだけど、マツコ・デラックスはかなり配慮している、みたいな違いとして観察され得るのかもしれない。高みから見下ろして馬鹿にする=一方的な否定になっちゃうのか、同じ人間としてお互いおかしなところがあるよねっていう肯定になるのかは、話し方・扱い方・態度・文脈もろもろトータルで決まってくる。
 「月曜から夜更かし」は一般人を面白おかしく取り上げる番組だけど、VTRでの扱い方が「人を貶める笑い」に堕していることもままあって、そういう場面で割とマツコ・デラックスは「やめなさいよ」と言ったりワイプの中でも一切笑っていなかったりする。番組を変えたり止めるところまではしない(というかその立場にはない)けれど、与しない、というスタンスなんだろう。


 たとえば喋り方が独特で面白い人のことを「だからこいつはおかしい」と言うのか「この人のここが面白い」と言うのかは、表現としては僅かな差でも、「人を貶めているか」という点では大きな違いになってくる。
 相手を下げたら「人を貶める笑い」になっちゃうけど、直後に自分も下げることで「これはあなたの能力が低い訳じゃなくて、誰にでもあることだ」に持って行って「個人ではなく事象への笑い」に差し替えることだってできる。すごく微妙なところで変わってくる。「人を貶める笑い」を回避する一つの常套手段が、「人」ではなく「事象」を具体的に特定することなんじゃないかなと思っている。


 それだから、「言葉狩り」をすれば済むって話じゃない。じゃあ「ブス」っていう表現を作品内で一切使わないようにしろ、と要求すれば解決するって話じゃないし、そんなことは望んでいない。
 例えば「この人物がクズであることを表現する」「読者に嫌悪感を覚えてもらう」といった目的のために「お前みたいなブスを痴漢するわけないだろ」「お前みたいなブスは合コンに来るな」といった発言を作中でさせることはあり得るし、必ずしも否定されない。その人物/発言が作中でどう扱われるかという文脈や表現をトータルで見ないといけない。「トータルで見る」「個別具体的に考える」という複雑さや煩雑さに耐え得ないと、言葉狩りを始めたり、あるいは言葉狩りだと反発したりすることになってしまう。
 言葉狩りで息苦しい、とすぐに言われがちだけれど、ここで提示されるべき手段は言葉狩りではなくて、「他人を一方的に自分が気持ちよくなるための道具にしない」という基本的な倫理と実践でしかない。


 それから、この「誰か」には「自分自身」も含まれる。自虐ネタというのも「誰かを貶める笑い」になり得る。つい先日、漫画家のつづ井さんが「自虐をやめる」という宣言をしていた。
  「裸一貫!つづ井さん」についてちょっと真面目に話させてくんちぇ〜|つづ井|note
 未婚である、恋愛経験に乏しいといったことを、他人から攻撃される前に自らが「ネタ化」して自衛する習慣がいつのまにか身に付いてしまう。それを意識的にやめる。そんなことが語られていた。
 自虐ネタも、単に事象としてプレーンに語ることで「誰かを貶める笑い」を避けることはできるけれど結構難しい。


 時々お笑い芸人が「『お笑い』は誰かを傷付けることと不可分だ(だからお笑いは他人を傷つけてもしょうがないんだ)」と語ったりする。でも本当にそうだろうか、誰かを傷つけたり下げたりしない笑いだってたくさんあるって気もする。誰かを馬鹿にしているというより、想像や予想からズレが生じたことに笑っているものはたくさんあって、例えば自分は笑い飯の「奈良県立歴史民俗博物館」だったり、流れ星の「肘神様」のネタがすごく好きで記憶に残っているけれど、それらも特定の個人や集団を貶めるようなことをせずに、次々にズレを生み出していって面白いネタになってる。
 「最近はタブーが多すぎる、不自由すぎる」と言って、昔のバラエティ番組のようなものをネットで目指したり、漫画の中でやったりする作り手もいる。確かに言葉狩りや難癖を回避するために、誰の得にもならないような制約がないわけじゃない。でも、そうじゃなくて、今まで誰かを踏みにじることで楽しんでたようなポイントが色々はっきりしてきて、見えていなかったものがみんなの目にだんだん見えるようになってきて、「もうそういうのはやめよう」ってことで生じてきた「制約」だってたくさんある。
 それをただ破ればいい、みんなが守ろうとしてるものを壊す俺はすごいだろ、という作り手と、他者を上手に尊重しながらより高次の笑いや成果を目指そうとする作り手がいたとしたら、後者の方がやっぱかっこいいなと思う。


 芸能人でもアニメや漫画の作品でもやっぱ安心感や信頼感は大切で、もしかしたら同じようなものをまた見せられるかもしれないという怖さがあるともう見るのがちょっと難しくなってくる。

未来に対するダンピング

 小泉環境相がステーキを食べて炎上した話とか、ウナギが絶滅しそうだけどガンガン食ってるとかの話のことを考えて、ああこれってある種のダンピングなのかもしれない、と思った。
 肉1kgあたりで見ると、牛肉は消費する穀物量・水分量が鶏肉や豚肉に比べてはるかに大きいので環境負荷が高いって話は今回の小泉環境相の騒動で解説を見るまで知らなかった。意識したことがなかったというのが正しいかもしれない。ウナギの話だって、「絶滅しそうだ」とか「完全養殖は達成されていなくてシラスウナギは取ってこないといけない」とかも、知らない人は結構いるだろうと思う。
 残業代未払いにすることでサービスを安く提供しているとか、下請けいじめで製品原価を抑えているとか、発展途上国の子供を労働させてるとか、そういうやり方で安くすると、一瞬、消費者は安くて嬉しいかもしれないけれど、最終的には社会が破壊されてしまうので許されていない。「将来的に飢える人がいる」とか「未来の人がウナギを食べられない世界になる」とかも似たような話かもしれない。
 そう考えると、ヴィーガンになるとか飛行機に乗らないとかいったアクションは、児童労働をさせてる企業の不買運動が起こるのと同じようなものかという気もする。


 ダンピングは、採算を度外視して安く売ることで消費者を囲い込んで、その価格競争についていけない資本の小さな競争相手を殺すやり方のことをいう。最初は消費者も安い商品やサービスが手に入って嬉しいけど、最終的には競争が働かない市場になって消費者が損する世界になるから禁止される。
 「現在」が環境負荷の分を上乗せせずに安く物を消費することができるのは、環境的な「資本」が大きくてまだ余裕があるからで、一方でその「資本」が相対的に小さくなる「未来」はその余裕がないから死んでしまう。こういう、時間軸上での不当廉売をやってるのが今なのかもしれない、とちょっと思った。


 牛肉にしろウナギにしろ、実は「本当の値段」はもっと高いのかもしれない。環境負荷、未来に対するコストも含めた価格設定だと簡単には買えなくなりそうだ。そうすれば「年に一回だけ特別に食べるもの」みたいになって適正な消費量になってよかったねって話になるのかもしれないけれど、牛肉やウナギは「贅沢品だから我慢しようぜ」と言えそうだけど、じゃあ例えばプラスチックだってそうじゃんって話になったらどうなるんだろう。プラスチックは未来へのコストも含めた「本当の値段」だと実はすごく高いよってことになったらもう、今の生活を維持することが難しくなりそうだ。牛肉やウナギは「他にもっと安い代わりのもの」があるから「贅沢品」と考えることもできて「じゃあ我慢すればいい」という話ができても、プラスチックみたいに現状「他にもっと安い代わりのもの」がないものだと、だいぶ話が厳しくなってくる。
 環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんがつい先日の国連でのスピーチで「あなた方は『ほぼ存在しない技術』(technologies that barely exist)で若い世代が何とかしてくれることをあてにしている」と言って、各国の指導的な地位にある世代の人々を非難したけれど、実際「プラなしの暮らしは無理」だけど「環境負荷を上乗せした価格にする」って話になったら、「無理を承知で我慢する」か「今はない新たな技術で何とかする」以外にない。「ない技術をあてにしている時間はないから我慢する」って話になれば、例えば「ハワイ旅行4泊5日の最安値プランは500万円」「お総菜のプラ容器は1個800円」みたいな世界になって、「一生のうち海外旅行に一度も行けないのが普通」「お総菜を買うなら容器を家から持っていく」みたいな感じになるのかしら。100年前の生活や価値観に戻る。人間は良くも悪くも慣れてしまう生き物だからまる1世代くらいそれで過ごせば適応するんだろうか。


 みたいなことを、ぼんやり想像していた。想像していたってだけで、何らのアクションも起こしていないけれど……
 ただ「未来に対するダンピング」をやっているのが現在なんだ、と考えると、飛行機乗らない、ヴィーガンになるって行動が、意識高い系みたいに揶揄するような話っていうより、「不当な企業に対する不買運動」を企業じゃなくて「現在」に対してやってるんだな、みたいな見え方になって、受け止め方がちょっと変わるんじゃないかと思っただけ。補助線の引き方ひとつで同じ図形でも別の意味が見いだせるみたいな。

フィリピンの事情あれこれ

 フィリピンという国名はもちろん知ってるし、東南アジアの国だってことも知ってるけど、それ以上のことはよく知らなかった。「フィリピンパブ」「ドゥテルテ大統領が麻薬犯罪者を殺している」「大平洋戦争の激戦地」くらいの断片的なイメージを漠然と持っていただけだった。(そういう人は多そう。)
 7年前からフィリピンのストリートチルドレンを支援している日本のNPOICAN)に毎年寄付を続けていて、なのに今まであまりちゃんと知ろうとしてこなかった。
 最近、Skypeでフィリピン人と英会話学習するサービス(レアジョブ)で毎日3~6人くらいのフィリピン人と話をする機会があって、興味が出てきて井出穣治『フィリピン』(中公新書)を読んだり、フィリピンのニュースサイトを読んだりして、もう英語を勉強したいのかフィリピンを知りたいのかわからなくなってきた。
 忘れる前にまとめておこうと思って。

 

地理

 沖縄の向こうに台湾、その南にフィリピン。赤道より北。という位置関係。
 南北に大きな島があって、その間に細々した島が散らばっている。北がルソン島、間がビサヤ諸島、南がミンダナオ島。首都のマニラはルソン島、ダバオはミンダナオの最大都市、日本人が大好きなセブはビサヤ諸島にある。日本からはマニラとセブに直行便が出ている。



 レアジョブでもマニラの人やセブの人やダバオの人、ミンダナオにあるカガヤン・デ・オロに住んでる人といろいろいる。あるお兄さんは完全に観光地のビーチに住んでて「歩いて5分でビーチ」「ウニとココナッツは食べ放題」と言ってて(すげえ人生だな)と思った。


 面積は日本の8割くらいで、「東南アジアのこまごました島国なんでしょ?」とアバウトな認識でいたけど日本とそんなに変わらない。人口も1億人以上いてそのうち日本が追い越される見込みらしい。


 台風がすごいのは北部がメインみたいで、南部の人に「台風どうですか?」と聞いても「こっちはこないんですよー」とのこと。


歴史

 300年間のスペイン統治時代があって、米西戦争アメリカが勝ったのでアメリカの統治時代が40年くらいあって、1942年に日本がマニラを占領して、戦後に一旦またアメリカの統治があってから独立している。戦後も米軍基地が置かれたりしている。


 日本と立場が似ている面も結構あって、

  • 戦後に米国統治の期間を経た
  • 安全保障をアメリカに丸投げして経済発展に集中した
  • アジアの中では早い時期に民主主義体制を作った
  • 海を隔てて中国と国境を接して領有権争いがある
  • アメリカと中国の間でのバランス感覚が要求されている

などで、あと台風と地震の直撃を受けるところも似ている。


 マルコス大統領(とイメルダ夫人)が日本でも有名だと思うけど、そこから

  • 1965年:マルコス大統領
  • 1986年:アキノ大統領(母)
  • 1992年:ラモス大統領
  • 1998年:エストラーダ大統領
  • 2001年:アロヨ大統領
  • 2010年:アキノ大統領(息子)
  • 2016年:ドゥテルテ大統領

という流れになっている。
 「アキノ大統領」が2回出てくるけど、1人目がお母さん(コラソン・アキノ)で、2人目が息子(ベニグノ・アキノ3世)。マルコス大統領の政敵だったベニグノ・アキノ上院議員が1983年に暗殺されたことをきっかけに政情不安と経済停滞が起こって、1986年に国民の大規模デモが起こって軍部も味方したことでマルコス大統領が退陣(エドゥサ革命)、未亡人だったコラソン・アキノが大統領に就任、という流れ。


 スペインの統治時代が長かったこともあり名字はスペイン語系が多い。(ちなみにアキノ大統領は「秋野」とかの日系ではなく「Aquino」というスペイン語系の姓。)ファーストネームも一昔前はスペイン語系が多かったそうだけど、今は英語系のダニエルとかジェームスとかマークとかクリスティーンとかが多いよう。


対日感情

 大平洋戦争では約111万人、フィリピン国民の20人に1人が亡くなっている。戦後は激しい反日感情が残り、マニラの軍事裁判では日本の軍人79名が処刑されているし、サンフランシスコ講和条約では、米国の意向で日本無賠償に傾いていた方針を、フィリピンが激しく批判したことで、被害国が個別に賠償交渉できる余地を残すことになったという。(ちなみに講和会議は中国・南北朝鮮・台湾の北東アジアの国々は参加していない。)


 国民の20人に1人が日本のせいで殺されたら恨むのは当然だけど、現在はフィリピン人の対日感情はとても友好的で、2014年の外務省による世論調査では「非常に友好的」「やや友好的」合わせて98%という結果になっているという。政治レベルでは戦後、

  • 1953年:キリノ大統領が戦犯への恩赦を決定
  • 1956年:賠償協定が締結
  • 1962年:日本の皇太子夫妻(現在の上皇上皇后)が訪問
  • 1977年:福田首相がマニラでASEAN諸国との融和と経済協力に関するスピーチ(福田ドクトリン)
  • 1983年:中曽根首相がフィリピン訪問時に反省を表明
  • 1986年:アキノ大統領が訪日して昭和天皇から謝罪を受ける

などがなされてきていて、最近だと2016年に天皇皇后(現在の上皇上皇后)がフィリピンへ慰霊のために訪問していて、今年の退位前の特別番組でもたくさん紹介されていたので記憶に新しい。


 NHKの「おはよう日本」の2019/9/10放送で「戦後74年『忘れられた日本人』の思い」というタイトルで、フィリピン残留日本人の特集が組まれていた。
戦後74年 “忘れられた日本人”の思い|けさのクローズアップ|NHKニュース おはよう日本
 パラワン島に住むフィリピン人の95歳は「叔母を目の前で日本兵に刺殺された。怒りが消えることはない」と語っていた。一方でフィリピン側のゲリラもまた日本人を殺害してきた経緯もあり、残留日本人はその憎悪を一身に浴びてきたという。日本人名を隠し、出生証明書を隠し持って生きてきた人もいれば、目の前でゲリラに父親を殺された日本人もいる。
 国民感情が友好的になったと言っても、過去が消えるわけではないし、現在もまだその憎しみの中で生きている人たちが現実にいる。


国名

 今年(2019年)2月に、ドゥテルテ大統領が「国名をいつかフィリピンから『マハルリカ』にしたい」と発言したというニュースがあった。フィリピンという国名はスペイン国王フェリペ2世から来ていて、植民地時代の名残だからだという。「マハルリカ」はサンスクリット語由来の「気高く誕生した」という意味で、70年代にマルコス大統領が提案して立ち消えになったものらしい。
 去年アフリカのスワジランドが「エスワティニ」に国名変更していて、どちらも「スワジ人の土地・場所」という意味だけど国名が英語なのはイギリス統治時代の名残だからという理由で変えている。似たような話かもしれないけれど、フィリピンの方は具体的に話が進んでいるというわけではないみたい。


 英語だと「the Philippines」で定冠詞の「the」がついてお尻に「s」が付くのが正しい呼び方になっている。レアジョブの英会話を始めた当初はよく知らなくて「Philippine」と言っていたけど、相手のフィリピン人の先生が「the Philippines」と言っているのを聞いて(あ、違うのか)と気付いたのだった。
 なんで「the」が付くんだろうと思って調べたら「the Philippine islands」(フェリペの島々)で普通名詞である「島」に対して「the」がついているからだという。例えば「the America」と言わないのは「America」が固有名詞だからだけど「the United States」は普通名詞のstatesに対して「the」が、「the Netherlands」(オランダ)は「Netherlands」自体が「lowlands(低地)」という普通名詞だから「the」が付くのと同じらしい。(ただの雑学だけど……)


言語

 公用語はフィリピノ語(ほぼタガログ語)と英語の二つだけど、家庭内での使用言語はタガログ語、ビサヤ語、セブアノ語、イロカノ語……と多様になっている。


 英語は「話せる人が多い」とかじゃなくて「みんな話せる」というレベル。国民の8割が英語話者だという。米国統治時代の影響もあるようだけど、勝手に喋れるようになっているわけではなくて、初等教育から国語・歴史以外の学科で英語を使用させ、英語が使えないと良い収入が得られないという環境もあってのこと。


 あとタガログ語と英語をミックスした「タグリッシュ」が普通に使われている。フィリピンのテレビCMをいろいろ見ても、英語でしゃべってたのにいきなり次のセンテンスでタガログ語になったり、文章の中でも急にタガログ語になったり英語になったりする。ABS-CBN(フィリピンの最大メディア)でも、全部英語で書かれている記事は読めるけど、タグリッシュで書かれている記事も結構あって全然読めない。
 タガログ語が独自文字ではなくアルファベットで表記されたり、「文法が英語とほぼ同じ」と言っていたので、英語とミックスしやすいのかもしれない。
 若い人がタグリッシュを使う、とかじゃなくて、40代、50代の人たちもタグリッシュを使っている。国民みんながルー大柴のような喋り方、みたいな感じなんだろうか。


 日本でも何度か漢字廃止・アルファベット全面移行が真剣に俎上に上った時期があったと聞くけれど、もしそうなっていて、さらに英語教育が強力に進められていたら近い状態になっていたんだろうか、とちょっと思った。
 小説家の水村美苗が『日本語が亡びるとき』の中で、「母国語で書こうか英語で書こうか真剣に悩む」という外国の小説家は多い、と書いていたのを思い出した。日本にいると日本語の小説を読むのが当たり前だけど、母国語のマーケットが小さくて、本人も国民も英語が普通に読み書きできると、小説家としては母国語で書きたくても経済的には英語で書かないと成り立たない、という深刻な悩みが出てくるという。母国語が覇権言語にどれだけ侵食されるかは、その国がどれくらい経済的に独立できているかとも無縁じゃない。その国独自の言語を使うのは、全然当たり前のことじゃないんだよな、みたいなことを改めて思った。
 レアジョブの先生に「小説はどの言語で読んでいますか?」と聞いたら「ほとんど英語だけど、タグリッシュで書かれたものもあります」とのことだった。


 ミンダナオ島の北部でも先生に聞くと「家では(タガログではなく)セブアノ語を話しています」という。じゃあタグリッシュは使わないの? と聞いたら「タガログもタグリッシュも理解できるし話すこともできるけど、普段は使わない」「じゃあ『セブリッシュ』を話すの?」と聞いたら、めちゃ笑いながら「『セブリッシュ』って言葉は聞いたことないけど、そう。セブアノと英語を混ぜて話している」と言っていた。
 タガログはフィリピノ語としてフィリピンでは公用語なので、ミンダナオ島に住む人達も学校の授業で習うそう。でもその先生(20代男性)は「タガログを授業でやったけど正直点数は良くなかった」と言っていた。日本語ネイティブの我々であっても、容赦ない青森弁や鹿児島弁のテストを受けたらいい点数を取れないのと近い感じなのかもしれない。セブアノもタガログとかなり共通の単語があるそうで、方言のようなものだとその人は語っていた。


 フィリピンのSkype英会話サービスを利用していると言うと「フィリピン訛りの英語なんじゃないの?」と言われることも多い。フィリピン人の英語はアジアの中でもかなり癖が少ないそうで、実際に聞いてもそう。(仕事でスコットランドの人たちと数日一緒に過ごしたことがあるけれど、彼らの英語を聞き取る方がはるかに難しい……もちろん何をもって「標準的な」英語と言い得るのか、という問題はあるけど。)
 英語話者の数ではインドの方が多いけれど、アクセントが独特なのでアメリカの企業(マイクロソフトとか)はコールセンターをインドではなくフィリピンに置いているという。ただしそれはフィリピン人の英語が完全にアメリカ英語という意味では全くない。


 レアジョブの20代男性の先生で「発音が悪いって私に言う日本人受講生もいるんです」と聞いたことがあって、「それは事実として間違っているし、その生徒は非常に失礼だし傲慢です」と言うしかできなかった。実際その先生の発音は(辞書に載っているアクセントという意味で)全く問題ないと思われた。
 普段、例えば日本人スポーツ選手が活躍しても「同じ日本人として誇らしい」とは思わないし(その人や周囲の努力の賜物であると思う)、ただ国籍や出生地が同じだけで仲間と見なすやり方は好きではないけれど、こうした場面に接すると「同じ日本人として恥ずかしい」という気持ちになる。有り体に言えばその瞬間、激しい怒りを伴って「国辱」という言葉を思い浮かべたのだった。
 そもそもこの英会話サービスは「どうして日本とフィリピンにこれだけの賃金格差が存在するのか」「どうしてフィリピンの人々は地域の独自言語ではなく覇権言語である英語をこれほど使えるのか」という背景を考えることなしに成立しないものであって、そうした歴史的な経緯や現実的な状況を正確に理解しようとする努力を放棄して、他国民を「他国民である」ことだけを理由に容易く見下す人間を、私は同じ日本人として心底恥ずかしいと思う。


宗教

 フィリピンはキリスト教の国で、カトリックが人口の8割近くいる。もともとイスラム教だったけど、スペイン統治時代に改宗させられた結果だという。(ちなみに東南アジアだとマレーシアとかがイスラム国家。)
 レアジョブの先生たちも日曜に「今日は何してましたか?」と聞くと「教会に行きましたよ」という答えを聞くし、「学校はキリスト系でした」というのもよく聞く。ショッピングモールでは午後3時にお祈りが流れてレジの人とかも仕事の手を止めるとのことで、欧米でもそこまでしてる国はほとんどないので、かなり熱心なのかもしれない。


 女性が平均して子供を3人産んでいるのも、カトリックの教会が中絶を禁じている影響が大きいとのこと。(なおフィリピンの平均年齢が25歳。)
 人口増加ペースが速すぎるのは経済にとって悪影響が大きいという認識から、アキノ大統領(息子の方)が2012年に教会の大反対を押しきって人口抑制法を成立させる。でもこれは、中国の一人っ子政策のように強力なものではなくて、貧困層に避妊具を配る、学校の性教育を拡充する、というごくマイルドなものだという。続くドゥテルテ政権でも人口抑制法の順守は政策課題に挙がっていて継続されている。
 実際レアジョブの先生たちもみんな大家族ばっかりで、自分が「いとこがいないんですよ」と答えるとものすごくびっくりされる。「いとこが一人もいない人」というのはイメージしづらいのかもしれない。


 南部のミンダナオ島にはイスラム教の人もそこそこの割合でいて、反政府のイスラム組織、モロ・イスラム解放戦線もいる。2014年にアキノ大統領(息子)が和平協定を成立させて治安を安定化させたことで、外国資本から忌避されていたミンダナオ島の投資も進みつつあるそう。


経済

 国としては00年代以降、高成長を続けていて、それは

  • 外国へ出稼ぎや移民したフィリピン人による本国への送金
  • 外国企業がコールセンターやカルテの入力などのバックオフィスをフィリピンに設置(BPO産業)

が大きくてどちらも、国民が英語を話せる+IT化・グローバル化に起因している。


 井出穣治『フィリピン』によると、アジアの他の国が「製造業を育てる」というプロセスを踏んだ上で経済発展をしていた一方で、フィリピンはそこをすっ飛ばして今があるという。
 このことが国内の経済格差の激しさに繋がっていると指摘される。仕事が全くない完全失業者とは別に、「仕事はないわけじゃないけど、思うような時間働けない」人たちを準失業者と呼ぶ。準失業者も含めると、フィリピンでは2割の国民が失業状態だという。
 製造業を育てると、部品メーカーなどの関連企業もたくさんできるので雇用創出に繋がる。フィリピンには製造業がなく、労働者の受け皿がない。(BPO産業があってもそこまでの人員の受け皿にはなり得ない。)それで「経済成長率は高いのに、失業率も高い→経済格差が大きい」という状態になっているらしい。
 フィリピンでストリートチルドレンの支援をしているICANによると、マニラ首都圏だけでストリートチルドレンは25万人もいるという。


 もともとスペイン統治時代に大農園制ができて大土地所有者が財閥になっていって既得権を握っていた。製造業を国内に育てるには、

  1. 輸入代替政策:輸入製品に関税をかけて競争力を削いで、自国内の製造業が育つのを待つ
  2. 国内市場が飽和すると経済が行き詰まるので、輸出振興政策に切り替える

というプロセスで進むという。しかし財閥が既得権を握って、既存の国内市場にばかり目を向けてしまうと、輸入代替→輸出振興への切り替えがうまくできない。
 マルコス政権で権威主義体制(経済振興を名目に議会・政党活動を停止させて大統領に権力を集中)になって財閥の力を抑えることに成功した。これは他の東アジア各国でも見られた現象だけど(韓国の朴、シンガポールのリー、インドネシアスハルト)、フィリピンが違ったのは、マルコス政権は資本家と政権への癒着が進んで結局新しい財閥が生まれてしまったせいで、輸出振興がうまく進まなかったという。


 こうした課題は歴代政権も認識していて、海外のメーカーを誘致する→技術を蓄積させる+国内に関連部品メーカーを育てる、という方向で進めようとしている。そのためには何より脆弱なインフラ(電力や空港や港湾や道路その他)整備が必要となる。フィリピンは中国とは基本的に対立しているけれど、インフラ整備だけは進めないとどうしようもないので、中国主導で設立したAIIB(アジアインフラ投資銀行)にフィリピンも2015年に参加を決めている。
 ドゥテルテ大統領は過激な発言も目立つが、経済政策に関しては割と素直なものだという。


出稼ぎ

 フィリピンは国民の約1割が海外で暮らしている。
 井出穣治『フィリピン』で、出稼ぎや移住先は米国、欧州、中東にそれなりに分散しているので国家としてはリスクヘッジになっていると書かれている。ある20代男性の先生は「いとこ2人が中東、UAEサウジアラビアで仕事している」と言っていた。20代女性の先生は「家族がみんなカナダに行ってしまって自分と夫はここに取り残されている。そのうち行きたい」と言っていた。別の20代男性の先生はしばらくお休みしていたから、「何かあったのですか」と聞いたら「母方の親戚がアメリカにいて戻ってきたから親戚の集まりがあって一週間いなかった」「でも来週はイギリスにいる父方の親戚が戻ってくるのでまた一週間親戚の集まりがある」と言って、実際来週はお休みになっていた。
 海外雇用庁(POEA)や海外労働福祉庁(OWWA)といった政府の公的機関が国民の海外での労働を支えているという。保険制度なども整っているそう。ある講師に聞いたら、家から20分のところにPOEAのオフィスがあって、Facebookのアカウントもあるのでよくチェックしていると言っていた。


 石井光太『絶対貧困』の中で、日本で出稼ぎに来てフィリピンパブや売春などでお金を稼ぐフィリピン人女性の話が触れられている。せっかく大金を稼いで本国の家族に送金しても、親族などに吸い込まれてしまうケースがあるという。ある女性は家が3軒は建つほどのお金を家族に送ったのに、いざ帰国してみたら何もお金は残っていなくて家族は貧しいままだったという。そんな彼女たちは本国に帰ってきても「体を売って金を稼いだ」として蔑視されるという。
 そうしてお金もなく行き場も失った女性たちの世話をしている「ゴッドマザー」がいるという。彼女自身の子供たちもまた日本でお金を稼いで送金している。


 つい最近、ある20代男性の先生が「日本で働こうと思って、日本語学校に入ることにしました」と言っていた。調べたら、日本の大手給食・社食業者が、海外で介護人材を集めて教育するために、フィリピンやマレーシア、ベトナムなどに日本語学校を開設しているようだ。
 今年(2019年)4月に改正出入国管理法が施行された。在留資格に新たに「特定技能」が追加され、そのうち「特定技能1号」が介護やホテル、ビル清掃など特定の業種で働くことのできる資格だ。今までも「留学生」や「技能実習生」として日本で働いている外国人はいたけど、外国人労働者を拡大させるための法改正だった。
 2019/3/14放送のNHK「国際報道2019」で「フィリピンから介護人材確保を目指せ」というタイトルで特集が組まれていたが、まさにその話だった。
フィリピンから介護人材確保を目指せ | 国際報道2019 [特集] | NHK BS1


 留学生・技能実習生が非人道的に搾取され、自殺者が出ているといった報道はいくつもされていて、私も以前↓のエントリを書いたりしていたから、その人が「日本で介護職で働く」という話を聞いてひどく不安になった。
外国人を労働力の機械にするシステム - やしお
 上でも書いたけれど、改正入管法を通す時に、法務委員会でも野党から「現行制度で外国人が亡くなっている。問題を解決しないといけない」と指摘しても、政府は「労働力の不足が深刻なので法案は通す。でも現行制度の問題は通した後で考える」と答えていた。


 以下の記事で、ベトナム人の(主に)技能実習生へアンケートを取った結果が全文で公開されている。(記事中にGoogleスプレッドシートのリンクがある。)
外国人労働者の「日本愛」と「絶望」ベトナム語で届いたアンケート - withnews(ウィズニュース)
 読んでみると、確かに辛い状況に追い込まれている外国人労働者もいる一方で、実習先・就労先によっては満足できる環境だと語っている人もいる。ある種の「ガチャ」かもしれない。
 人間と思わず搾取の対象と考えるブローカー、日本語学校、就労先に当たってしまうと、歯止めもなく搾取されてしまう。本当はそこを実効性のある法律や仕組みで歯止めをかけるのが政府・行政の役目なはずだとしても、積極的に取り組んでいるようには(報道などで見る限り)見えない。


 2019/9/17放送の「プロフェッショナル 仕事の流儀」で、「外国人労働者に何が?支援の第一人者に密着」というタイトルで鳥井一平さんという外国人労働者を支援するNPOの代表の仕事が紹介されていたのを見た。
プロフェッショナル 仕事の流儀 - NHK
 外国人労働者の具体的なトラブル(怪我したのに労災申請してくれない、給料が不当に安い、パスポートを取り上げられた、在留資格が得られない、等々)に入り込んで、就労先の企業と交渉していく。国会でも何度も参考人招致されて、外国人労働者の実態や現行制度の問題点を指摘し改善に寄与しているという。すごくパワフルな人だった。


 そうした情報を、ご参考までに彼に伝えたりしている。
 その22歳のフィリピン人の男性は、もちろん英語は不自由なく話すことができる。(何せ私の英語の先生だし。)これは海外で労働するという面では強力なアドバンテージだ。日本に来てしまえばそのアドバンテージを活かすことができない。それでも、アメリカでもヨーロッパでも中東でもなく、「日本がいい」と言って彼は日本を選ぼうとしてくれている。日本人としてその判断を聞いて「果たして日本は彼に選んでもらう価値のある国なのだろうか」という気持ちにどうしてもなってしまう。
 私自身は22歳で就職した時に、家族や地元から離れて、全く知り合いのいない関東に来て、やっぱり不安に感じた。でも「違う国で働く」というのはものすごく大きな決断だろうと思う。せめて自分でできる範囲で、日本語で得られる情報を提供したり、状況を見たりしていければいいなと思ってそうしている。


貨幣価値

 レアジョブの講師の髪がすっきりしていることに気付いて、「散髪に行ったんですか?」と聞いたら「昨日行きました。安いところですよ。85円くらいです」というのでびっくりした。「日本だといくらくらいですか」と聞かれたので「自分は3000円ちょっとくらいです」「一番安いところだと1000円くらいです」と答えたら「そんなに!」と言われて何となくつらいような気分になる。
 一人暮らしのアパートで家賃は8千円くらいと言っていた。あれこれ聞いていると日本とは大雑把に3~5倍くらいの貨幣価値の差があるようだった。
 フィリピン南部、ミンダナオ島の北にあるカガヤン・デ・オロという町に住んでいる人で、フィリピンはマニラ首都圏が経済的に集中的に発展しているようなので、マニラだともっと高いのかもしれない。


 レアジョブに限らずフィリピンでのSkype英会話サービスの受講者にとって、「レートの違いを見て世界の経済格差のことを考えてしまう」のは「あるある」だと思う。日本も20年間の経済的な停滞があったせいで、欧米の物価に触れた時に「ああ、高い」と思わされることもたびたびあるけれど、それでもまだフィリピンとの間にはかなり大きな差がある。
 レアジョブを利用していると何となく「経済格差を利用して搾取している」みたいな気もして後ろめたい時もあるけれど、あれこれ聞いてみる限り、実はそんなに中間マージンをガッツリ取っているという感じではないようだった。システムの維持や日本側のサポート体制を用意したり諸々の管理費も考えると、マイルドな利益という感じのよう。(自分は別にレアジョブの回し者でも何でもないけど……)
 ある先生は「実は一度レアジョブの仕事をやめて、別の仕事をやってた時期もあったけど、結局レアジョブに戻ってきた」と言っていた。アメリカ企業のサポートセンター(コールセンター)も色々あるけど、アメリカとは時差が大きいので昼夜逆転するのでつらく、ノルマもこなさないとちゃんとしたお給料が得られないからやめたという。
「日本以外でも似たような英会話のサービスはある?」と聞いたら「たくさんある。例えば中国人向けもある」とのことだった。ただ中国企業は罰金制度があるので嫌だという。(ちなみに中国企業で歩合制&罰金制なのはたぶん一般的で、自分は大手メーカーに勤めてるけど、中国の生産子会社も歩合で罰金になってるし、普通のレストランとかでも中国では歩合&罰金みたい。)


食べ物

 ジョリビーというファストフードチェーンのフィリピン企業がある。マクドナルドやKFCもあるけれどそれより強いらしい。マクドナルドがファストフード業界で首位になれない国はかなり珍しいという。昔、香港やマレーシアやアメリカに行った時にジョリビーを見かけたことがあって、てっきりアメリカのバーガーチェーンだと思い込んでいた。
 ジョリビーには骨付きチキンもバーガーもご飯もスパゲティもパフェもあるようだ。全般的に甘い味付けが好きで、スパゲティも甘いと聞いた。(甘いパスタはちょっと……)と思ったけど、名古屋には小倉クリームパスタも存在するし、人のことは言えない。
 おいしそうだけど、Facebookとかでフィリピンの家族の食事風景を見ているとはっちゃめちゃに食べていて(カロリーがすごそう)という感想。よく家族が集まってジョリビーでパーティーを開いたりもするみたい。
jollibee - Google 検索
※リンクはGoogle画像検索


 他にファストフードチェーンだと、マンイナサル(Mang Inasal)も店舗数が多くて人気らしい。メニューの写真を見るとディッシュの上にチキンとご飯が乗ってるワンプレートで99ペソなので200円くらい。おいしそう。ご飯とチキンに加えて春巻き、焼きそば(パラボック)、ドリンク、パフェ(ハロハロ)がついたセットでも173ペソ(350円くらい)。この話を聞いた20代前半の男性は大好きだって言ってて、(ああー好きそう。俺も好き)と思った。食べたことないけど。
 マンイナサルはジョリビーに買収されて、ジョリビーグループの一員になっているらしい。
Mang Inasal - Google 検索


 中華料理のファストフードだとチョーキング(Chowking)というチェーン店があるそうだ。中華料理は(日本もそうだけど)フィリピンでも根付いていて、シュウマイとかは日本でいうたこ焼き屋みたいな感じで売ってるらしい。
 チョーキングジョリビーに買収されている。
Chowking - Google 検索


 グリニッジピザ(Greenwich Pizza)はピザとパスタのチェーン店で、教えてくれた人は「シェーキーズみたいな」と言っていたのでフィリピンにもシェーキーズはあるみたいだ。
 これもジョリビーに買収された。
Greenwich Pizza - Google 検索


 日本料理のファストフードでは、トーキョートーキョーというお店があると聞いた。天ぷら、とんかつ、焼きそば、寿司、刺し身、ラーメン、牛丼、唐揚げ、餃子、お弁当などなどがある。マニラ首都圏のマカティ市で1985年に創業。
 ここはジョリビーグループではないらしい。「ここはジョリビーに買収されていないんですね……今の所」と言ったらめっちゃ笑ってくれた。
Tokyo Tokyo Philippines - Google 検索


 とにかくジョリビーがフィリピンの中では巨大らしくて、日本でいうとゼンショーすかいらーくグループみたいな感じなのかもしれない。


 外食だけでなくて家でも料理をする。「今夜は地元料理のスープを作りましたよ」「両親のために料理した」などよく聞く。夜のレッスンだと「もう夕食は食べましたか?」は定番の質問なのでよくこの話題になる。
 「家で料理する」って日本人にとって普通のことでも、ほぼ外食で済ませる国もある。例えば台湾だと小中学生でも大人でも、朝食は家でなく外食や学校や職場で食べることが多いという。両親共働きが普通で朝は忙しいとか、そもそも台湾の賃貸住宅ではキッチンがないといった事情があるそう。


 フィリピン料理だとシニガン(Sinigang)が代表的なものの一つだという。野菜やお肉のごった煮で家庭料理って感じ。お店でも食べられるみたい。
Sinigang - Google 検索


 あとチャンポラード(Champorado)が好きだと言ってた人がいた。チョコレートのお粥だという。お粥をチョコで甘くする発想は日本人にはないけど、お汁粉とかみたいな感覚かもしれない。冬に食べると言っていた。
Champorado - Google 検索


 あとアドボ(Adobo)という鶏や豚のマリネがあって、写真で見る限りおいしそうだけど、20代の男性は「両親は作れるけど自分は作れない」と言っていた。実家暮らしならどこでもそんなもんだろう。
Adobo - Google 検索


 タピオカミルクティーはフィリピンでもとても流行っているそうで、あちこちにティースタンドがあるそう。ある日、先生が「さっきタピオカミルクティーを買ったんですよ」と見せてくれて「日本でもすごく流行ってます」と言ったら「何の種類が好きですか?」と聞かれて(え、ミルクティーしか飲んだことないけど……)と思っていたら、あっちでは色んなフレーバーのミルクティーがあって、チョコ味、バナナ味、マンゴー味、ココナッツ味、コーヒー味、ペパーミント味、などなどがあるそう。タピオカが流行る以前から、そもそもミルクティーはよく飲まれていて色んな味が出てるらしい。
 先生がフレーバーの例を挙げてくれてる途中で「ウィンター・メロン味」が出てきて(なんだそりゃ)と思ったらトウガン、冬瓜のことだった。日本では野菜のイメージしかないけど、向こうだと果物扱いなのかと思って聞いたら「いや、こっちでも野菜ですよ」と言われて、そもそも「お茶のフレーバーに野菜は選ばない」という観念の方が間違っているみたいだった。
 そういえば中国か台湾かどっかに行った時に、キュウリ味のジュースを見たことがあって、スイカ味のジュースもよく見たし、ウリなら何でもジュースにしていいのかもしれない。


 あとフィリピンの食べ物事情とは全然関係ないけど、ある日先生に夕食を聞かれて「カレーを食べました」と答えたら、「今日私は6人の生徒とレッスンをしましたが、6人全員が『カレーを食べた』と言っていました。日本の人はどうなっているのでしょうか」と聞かれて、「どうなっているのでしょうね」と答えた。カレーの日か何かだと思われたのかもしれないけれど、そんなものはなく、ただみんなカレーを食べているだけだ。「次の生徒はカレー以外と答えることを願っています」「私もそう願っています」と答えた。


SNS

 フィリピンでは、SNSの中では圧倒的にFacebookの利用率が高いという。これはどの先生に聞いても「そう」だと言っていて、Facebookメッセンジャー機能を使ってやり取りするし、企業のページも充実しているので求人や求職もFacebook経由でやってたりするみたい。Facebookの次に利用が多いのはInstagramだそう。ちなみに「Digital 2019」という調査で日本はFacebookの利用率が下から4番目に低く、Twitterの利用率が第2位になっている。Twitter好きでFacebookを使わない日本人と、Facebook好きでTwitterはそうでもないフィリピン人、と言えるのかもしれない。
 「Digital 2019」によると、「一日にインターネットで過ごす時間」の世界平均は6時間42分で、調査対象国の中で日本は最短で3時間45分、フィリピンは最長で10時間2分、という結果だという。フィリピン人がネット依存症なわけではなくて、国外に住む家族と連絡するのに利用されているので利用時間が長大になっているらしい。


交通

 南部ミンダナオ島に住んでいる先生(20代男性)が、「一番の思い出は何ですか?」という話になった時に「2年前に島を一周する旅行をした」と答えてくれた。「電車ですか?」と聞いたら「電車はマニラ(ルソン島)にしかありません」とのことだった。後で調べたら昔は他の島にも鉄道があったけど、太平洋戦争や車社会になってどんどん廃線になったらしい。
 今年(2019年)2月に、マニラ首都圏の地下鉄第1期工事の起工式をやった、というニュースがあった。清水建設などの日本企業が受注しているという。マニラの交通渋滞ははちゃめちゃにすごいらしくて、マニラに住んでいる講師に聞いたら「普段10分で行ける距離が2時間かかる」というレベルらしい。
 乗合タクシーというかバスの「ジプニー」(jeepney)というものがあって、よく利用されているそうだ。後はバイクに乗ったり。


教育

 フィリピンでは教育制度が2012年から大きく変わっていて「K-12」という制度が始まってる。「K」は幼稚園(kindergarten)で2年、「12」は小学校6年+中学校4年+高校2年の合計12年の意味。もともとフィリピンには高校がなくて、中学4年の後にいきなり大学に行っていて、レアジョブの講師の人達は「20歳で大学を卒業した」と言っていた。アキノ政権でこの教育改革が進められたという。旧制度では、他の国が12年かけてやる教育を10年で詰め込んでいたせいでついていけずに脱落する子供が多かった=基礎学力の低下や、直接海外の大学に進学できなかった、海外で働く場合も学歴が認められず低い給料で働かされる、といった問題点があったという。


 ちなみにフィリピンでは18歳からでないと働けないという。(新聞配達とかは12歳から可能だと言ってた。)ジョリビーでバイトしたいと思っても18歳からじゃないとダメらしい。日本だと高校生バイトを飲食店とかでよく見かけるけど、フィリピンにはいないということになる。


 男女による教育の違いも昔はあったらしくてそこは日本と同じのようだった。40代以上の女性の先生が「私は外遊びが好きだったけど親が許してくれなかった。兄が2人いたけど、彼らは外での遊びが許されていてうらやましかった」と言っていた。また20代の先生が「祖母は女性だったので教育を諦めないといけなかった」と言っていた。自分の母親も実家が貧しかったので高校進学を諦めて長男だった弟に譲った、という話をその先生にしたら「同じですね」と言っていた。
 それから長幼の序というか「年上を敬う」という文化も日本と近いものがある。アメリカの子供が親を名前の呼び捨てで呼ぶのはびっくりした、という。あと40代、50代の先生と話をすると遠慮がないけど、20代の先生は私(30代)への態度がおしなべて丁寧なものだった。個人の性格とか世代の違いといった理由もあるのかもしれないけど、「年上には丁寧に接しないといけない」という価値観はある、と言っていた。


スポーツ

 フィリピンではバスケが圧倒的に人気だという。マニー・パッキャオという世界タイトル6階級制覇したフィリピン人ボクサーがいるが、引退後にバスケのプロリーグの選手になったという。(活躍はできなかったみたい。その後、国会議員になった。)誰に聞いても「フィリピンで一番人気のスポーツはバスケットボール」という回答なので間違いないらしい。バスケットコートが近所に必ずあるという。
 バスケットボールのプロリーグは世界各国にあるけれど、フィリピンはアメリカに次いで世界で2番目に古く設立されたらしい。これもアメリカの統治時代の影響だという。


 あとズンバ(エアロビみたいなの)もすごく人気らしい。ショッピングモールや学校や公園でやっていて無料で参加できるらしい。政府だか市だかが国民・市民の健康増進のためにズンバ講師を雇って開いているから無料だという。朝5時とか6時とかにやってて、激しいラジオ体操みたい。何人かのレアジョブ講師に「参加していますか?」と聞いたら「やってる」という人もいれば「恰好(タイツとかレギンスとか)が恥ずかしいので絶対にやりたくない」という人もいた。「ヨガとかは流行ってないんですか?」と聞いたら「ヨガはお金がかかるからね」という。


 ちなみにスポーツじゃないけどチェスもすごく人気があるそうで、学校の体育の授業でやると言っていた。(体育でチェス?)と思って複数の人に聞いてみたがそうらしい。レアジョブの講師でも20代の男性が「父親とよくチェスをするけど父はとても強いので勝った試しがない」とか、40代の女性が「学校でチャンピオンになったことがある」とか言っていて、プレイヤーは多いようだ。




 こんだけ色々書いといて、でもフィリピンに行ったことない。アジアだと中国・台湾・香港・韓国・シンガポール・マレーシアには行ったことがあるけれど(ほぼ出張だけど……)、フィリピンはまだない。何としても訪れて、まずはジョリビーに行きたい。



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なお地図は↓の白地図を利用しました。
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