やしお

ふつうの会社員の日記です。

改革者は仲間の顔をして潜伏する

 PTA活動を改善させようと思って広報部長(中学1年)に立候補してみたら周囲から罵倒された上、部長を降ろされてしまった。改善を提案しても同調する者はなく、周りは「くじ引きで仕方なく引き受けた人を周りが支えるのが筋である」「立候補するような人は認められない」と言う。そんな理不尽な一連のツイートを見た。



 この話を読んだ時、徳川吉宗が、自分を将軍に取り立てた恩人がみんな死ぬまで改革を進めなかったって話を思い出した。吉宗は「享保の改革」で有名だけど、本家出身でもなければ長男ですらなく(紀伊徳川家の四男)本来は将軍になるはずのなかった人物だった。外部からやってきて改革をする人の振る舞いとして参考になるのかもしれない。


 吉宗は将軍就任時に33歳だが、22歳で紀伊徳川家を相続しており、11年間の藩運営・藩制改革で一定の成果を上げている。
 7代目の家継が4歳で将軍になって8歳で病没し、尾張徳川家の継友と紀伊徳川家の吉宗のどちらが就任するかという話になった時、老中の中で土屋政直や井上正岑が吉宗を推している。吉宗はその老中たちが死ぬまでは従来路線である質素倹約政策を続け、死んだ後になって本格的な改革(物価政策、適地適産、法治主義への転換など)を進めていく。
 吉宗は側用人政治からの脱却を掲げることで老中の支援を取り付けた。身分・家格の低い者が側用人として重用され老中が蔑ろにされる状況を解消する存在として老中から歓迎される。実際、吉宗は就任後に側用人制度を解消している。ただし、「側用取次」という新たな制度を構築し、実質的には側用人体制を継続させた。側用取次には加納久通・有馬氏倫の紀州時代からの部下を任用している。また形式的には老中が政策を提出するようで、実質的には三奉行・側用取次・将軍が政策立案するような意思決定ルートを構築するなど、死ぬまでただ待つだけでなく、老中の権力を削ぐような手当てを欠かしていない。町奉行は職務の範囲が拡大され、警察・検察機構だけでなく市政全般と政策立案機能も併せ持っており、旗本出身の大岡忠相が取り立てられている。
 なお吉宗は長男(家重)を後継に据えた後、退任に伴って有力老中も一緒に強制引退させている。 側用取次の有馬氏倫の死後、松平乗邑が勝手掛老中に就任し、大岡忠相を実務的なポストである町奉行から名誉職的な寺社奉行に異動させるなどして権力集中が進んでいたが、将軍の代替わりに伴って松平乗邑も老中を解任され隠居を命じられている。(これは乗邑が吉宗の次男を後継将軍として推した結果、家重に疎んじられたためとも言われる。)そして吉宗は大御所として実権を握る。


 そんな吉宗のストーリーを一般化すると以下のような感じだろうか。

  • 「内部から請われてトップに就任した」という形を取る。(あなた方が私を求めた、という形にする。)
  • 就任以前に組織が納得する程度の成果を上げておく。
  • 内部の有力者の既得権を守る仲間のふりをして登場する。
  • 周囲に既得権としがらみのない協力者を作る。
  • 旧来の有力者の力をゆっくり削ぐ。
  • 旧来の有力者が十分に弱体化するか組織から消えるまでは抜本的な変更・改革はせず従来路線を続ける。
  • 退任時に後継を据えると同時に有力者も退任させて権力闘争を抑制する。
  • 後継を据えることで引退後も実権を握る(キングメーカーになる)。


 PTAの話なら、小学校時代にほどほどの役職で、派手にならない程度の実績を積んで、仲の良い親仲間を作っておいて、中1の役員決めでは小学校の時に作った仲間から推薦してもらって「力不足ですが……」とか言いながら仕方なく引き受けた形を作って、2年生の前任者の顔を立てて従来路線を守るふりを最初はしつつ、少しずつ前任者や反対勢力が口出しできない状況を作っていって(具体的にはどうするのだろうか)、そこからようやく改善に着手する。


 こんな手続きやコストをかける価値がこのPTAにあるのか? 吉宗のケースは何せ国家運営だから人生の全部をかけてやる意味が見出だせたとして、たった1年の活動のために、しかもそれで苦しむのが「空気を壊したくない、目立ちたくないから変化を望まない」人たちなら、お前たちで勝手に苦しんでろ、無益な仕事で達成感を覚えていろ、私は降りる、という気持ちになってもおかしくない。
 ゲームだと割りきってやるとか、自分の権力構築技術を試す場にするとか、PTA活動の改善とは別に、権力奪取を自己目的化でもしない限りやっていられないんじゃないか。


 このPTAで敗れた人のツイートに対して、「この人のコミュニケーションが悪かったのでは?」「やり方が悪かったのでは?」と言う人も見かけた。それは恐らく事実で、旧態依然の組織を変えるというのはかなりの手数と根回しを必要とする。ただしこのことは、(先のツイート群が事実であると一旦措定するなら)公正な手続きを経て誰も文句も言わずに就任した人物を、後になって理不尽な方法と罵倒で引きずり下ろして、後出しの文句を言って自分達が正しいような顔でいる人々を是認することを意味しない。
 「その目的にはこの手段が有効である」という話と、「その目的を達する価値がコストに見合うか」という話は別物だ。このPTAの話でも「もっといいやり方があった」と「でもそのやり方で頑張らなくもていい」は両立する。


 この種の理不尽、非合理なやり方に固執して改善を試みる人を排除する現象は、大なり小なり組織一般の中で起こることだと思う。ただ「大なり小なり」の程度が問題で、PTAなどは「大なり」に属し、例えばベンチャー企業などでは「小なり」になるのかもしれない。
 感情と目的、情と理のどちらを優先するかという組織文化が大きく異なる。自分のやり方や考えを否定されても、道理に沿う・合理的な方法があればそちらに従う、という文化がどれくらいあるかで、こうした理不尽の遭遇頻度が大きく異なる。「旧来のやり方に(非効率でも)固執する」のは、そこに既得権があるとか、前任者を否定して感情を損ねないなど、情にまつわる部分が大きい。
 これは、その組織が被る外圧の大きさに相関するのかもしれない。合理的に行動しない場合に組織が存続可能かどうか、その危機感/余裕を構成員がどう認識しているかにかかってくるのではないか。企業であれば利益を上げなければ存続できないが、大企業になれば多少の非合理や失敗でも吸収して生き残れても、中小企業やベンチャー企業ではよりシビアになる。一方で中小企業であっても大企業の下請けをずっと続けてそれに慣れていると危機感が失われるだろうし、ベンチャー企業であってもかえって小さい組織であるために「社長の機嫌を伺う」が目的化するようなパターンもありそうだ。官公庁や学校であれば「組織が存続できない」という危機感は薄いかもしれない。
 良い/悪いというより、組織は人間の集団である以上、内部の情を配慮する力が働く。それは組織の規模や年齢、周囲の環境や、構成員のバックグラウンド(価値観)、トップの性格などにも左右されて強弱がある。内部の情を優先することで、合理性・合目的性が損なわれることがある。この時、外部の圧力に応じて合理性・合目的性の損失がどこまで許容されるかがバランスされる。組織は内部の情によってズレるが、外部によってズレ量の許容量が規定されるため、理によってズレを戻す力が働く。こうして組織ごとに情と理のバランス(どちらをどれくらい優先するかという感覚や文化)が発生する。そんな光景があるのではないか。


 組織存続の危機感が薄い=余裕がある場合、外部との関係(組織本来の目的)に対して合理的であろうとするより、内部に対して調和的であろうとする。理より情が優先される素地が生まれる。PTAの本来の目的が保護者と教師の連携によって児童の幸福や教育効果を高めることにあって(Parent-Teacher Associationの略なのだから)、しかし時代や環境の変化でその活動が本来の目的との間に齟齬を生じさせていても、外圧が少なく合目的的でなくても存続の危機にさらされないのなら、その齟齬は放置されるし、それどころか積極的に維持される。そんな機序が働いているんじゃないかと漠然と想像している。情優先の組織を理優先に持っていく技術や方法論もまたあるのだろうけど、それも「そこまで手間をかけて自分を犠牲にして変えるか?」という話になってきてしまう。


 この話を聞いたときに「もし本気でやるなら(吉宗みたいな?)方法が参考になるかもしれない」という気持ちと、「でもそんな人達ならもう放っておけばいいじゃん」という気持ちの両方が湧いてきて変な気持ちになったから、一旦自分なりに整理して吐き出した方がスッキリするかと思って。
 精緻な方法で組織改善を成し遂げた話を聞くと「すごい!」と思うし気持ちがいいけれど、でももしやってみようとしたけど方法が十分でなくて失敗した人がいたとしても、それを貶すのは違うかなという気はする。


※吉宗の話というか江戸時代中期の政治体制や経済政策の変遷については、ほとんど大石慎三郎『将軍と側用人の政治』に依拠していて、以前補足を入れながら↓でまとめ直した認識に基いている。もっと参照先があればより正確に書けるのだけど、その力がまだない。
  江戸時代中期の経済政策 - やしお

映画『家族を想うとき』が冷静に見られなかった

 ケン・ローチ監督の『家族を想うとき』(Sorry We Missed You)は、どうしようもなく個人的な記憶が喚起されて冷静に見ることが難しい映画だった。忘れていた、完全に忘れていたわけではないけれど、日常的に意識したり思い出すことの少なくなっていた「お金がないと余裕がなくなって日常がキリキリと苦しくなっていくあの感覚」がよみがえって、12年前の両親との暮らしの記憶が一気に立ち現れて冷静でいられなくなるのだった。
(この映画は「ネタバレ」とは無縁のお話だとは思うけれど、内容について以下で触れているので一応ここで断っておく。)


 イギリスで暮らす一家の日常が描かれる。ホームレスにはならない程度の貧困にあえいでいる。父親は配送ドライバー、母親は訪問介護の職業に就いている。職にあぶれている訳ではなく、二人とも真面目に働いているし職業意識も高い。15歳くらいの長男は友人グループとのグラフィティにハマっていて学校をややサボり気味で、思春期のやや不安定な年頃。10歳くらいの長女は素直で聡明だ。
 家族全員が、知的水準は低くないし根本的に誠実な人達だ。それなのに、生活があまりに苦しい。


 配送ドライバーの仕事は「フランチャイズだ」と言われて、トラックは自前で用意しなければならないし労災もない。しかしノルマは厳しく時間が奪われる。映画の冒頭で父親がドライバーの職業を始めるが、トラックの頭金のために自家用車を売却する。母親は「訪問介護で必要だ、ないとバスで回らなくちゃいけなくて時間が足りない」と食い下がるが、次のシーンで父親はドライバーの仕事を始めている。観客の私たちは(ああ、車を売っちゃったんだ……)と理解する。
 息子が万引きで捕まってしまい、両親のどちらかが警察署に出向かなければ犯罪歴がついてしまうという。父親は母親に行ってもらおうと電話をかけるが繋がらない。配送会社の管理者に理由を伝えて仕事を抜けようとするが「家族のトラブルを抱えているのはお前だけじゃない」と罵倒され罰金を払わせられる。
 父親は労働中にトラブルに巻き込まれてひどい怪我をしてしまう。しかし会社は休業中の補償どころか、ノルマ未達の罰金と壊れた端末代を請求する。


 この、お金がないと余裕がない、選択肢がない、少しずつじわじわ追い詰められていく感覚は、イギリスでも日本でもまるで変わりがない。例えば50万円でも貯金があれば、何かトラブルがあっても何とかなったりする。でも、それが出せないから不利だと分かっている選択肢を取らざるを得なくなる。取り得る中で最善の手を選んでいるつもりなのに、「取り得る選択肢」自体がお金のなさですごく制約されているから、悪手を選ばざるを得なくなって苦しくなっていく。
 お金があれば時間を買うことができる。(車や食洗機を買う、高速バスではなく新幹線に乗る、お手伝いさんを雇うなど。)これは逆に言えば、お金がないと自分の時間を切り売りせざるを得なくなるということだ。人間らしく生活するには自由な時間がどうしても必要になる。家族と過ごす時間も奪われるし、より良い生活や職業のために準備する時間もなくなっていく。


 映画の中の父親を見ながら、自分の父親もほんの一時期タクシーの運転手をやっていたことを思い出した。16歳の時に、同じ職場で勤めていた両親が同時に解雇された。それまで経済的に余裕があったのに一気に苦しくなった。(貯金をするなり有事の準備をしていなかった親も悪いけれど……。)
 父親は二種免許を苦労して取得した。免許の取得費用はタクシー会社が持ってくれたんだと記憶している。ただ拘束時間がとても長い割に実入りが思ったよりも少なくて、1年ほどで辞めてしまった。ノルマがあったり、最低給与の設定はあった気がするけど、その頃の仕事のことはちゃんと聞いていなかったから正確にはよく分からない。まだ「親が仕事をして子供を育てるのが当たり前」と思い込んでいた頃だったから、積極的に知ろうとしなかったのかもしれない。自分もバイトはしていたけれど、この頃はまだ家に入れたりはしていなかった。
 『家族を想うとき』の中で、壊れた端末代を会社から請求され、その理不尽な状況に母親が怒って会社に電話を入れるシーンがある。自分の父がタクシー運転手を辞めた時に会社から制服代を請求された。母親がそれに抗議の電話をタクシー会社に入れていた記憶が、そのシーンを見て突然よみがえってきた。ずっと忘れていた記憶だった。
 この頃母親は回転寿司屋のパートで働いていた。とても忙しくきつい仕事だったと聞いた。切り場を担当していて、ある日包丁で手を切る怪我をしたのだけれど、労災だとかそうしたものは無かったんじゃないかと思う。給料が少ない方がそうしたトラブルへの耐性が少ないのに、給料のいい会社の方が色々な補償や手当が充実していたりして、ある種の逆進性がある。あるいは給料がいい会社の方が同僚や上司に理解があるとか、ひどい扱いや軽んじられたりせず人として大切に扱ってもらえるといった周囲の人間(同僚)という面での「逆進性」もあったりする。


 じゃあこの映画が陰鬱な映画か? ひたすら辛いだけの映画か? と言われれば全く違う。家族で楽しい時間を過ごすこともあれば、コミカルな場面も多く含まれている。それでスクリーンを見つめながら、リアルだと、そこに彼らが現に生活していると感じる。家族のメンバーは前向きであろうと努めるし、生活をより良くしたいと願っている。「貧しいから毎日辛そうに暮らしている」というのは現実にはあり得ない。テレビやネットを見て笑ったり、日常の出来事を話して笑ったりするのは当たり前のことだ。
 ただ、お金がないために必要のない諍いが日常的に起きてしまうのも事実だった。お金がないと時間がなくなると書いたが(「貧乏暇なし」という言葉の通りだ)、時間がなくなると色々な予定の調整が効かなくなる。『家族を想うとき』の中でも、子供の用事でどうしても親が出ないといけない予定の調整がつかずに諍いが起こる。もともとお金の工面ができずに諍いが起こるが、時間によっても引き起こされる。お金と時間があれば発生しなかったはずの諍いが日常の中で増加してしまう。人間の感情はその場限りで割りきれるものではないから、引きずってしまう。生活の全域に緊張感や不快感が張り出して、安心して暮らすことが難しくなっていく。
 楽しい時間もある、だけど苛々した時間が増えて暮らしを支配していくのが、お金がないというリアルな状態だった。だから「お金が無いけど楽しく明るく暮らしてますよ」でも、「お金が無いからずっと暗い雰囲気で暮らしてますよ」でも、どちらか一辺倒のお話には「そうじゃない」という気持ちになる。この映画はそうした単純化から免れている。


 こうした「生きる苦しさがある」しかし「ずっと陰鬱な訳じゃない、楽しい瞬間はいくつもある」ような一家の現実が描かれる映画という意味では、是枝裕和監督の『万引き家族』に似ている面がある。また子供を極めて自然に撮り得るという面でもこの日英二人の監督の作品は似ている。子供を自然に撮るというのは、大人が考える子供らしさを描くという意味ではなく、子供が大人らしさを見せるような瞬間を逃さずに画面に定着させるという意味だ。
 是枝監督は先日NHKケン・ローチ監督と対談していた。
  NHKドキュメンタリー - BS1スペシャル「是枝裕和×ケン・ローチ 映画と社会を語る」


 息子は学校をサボりがちで、両親と口論になる。父親は「勉強してほしい、負け犬になってほしくない」という。息子は「負け犬って父さんみたいな?」と口走ってしまう。そう言った本人の方がむしろ顔を歪め、ひどく傷ついてしまう。このシーンを見ると、きっと彼は何年経ってもそんな言葉を父親に投げかけてしまったこの日を忘れられないだろうなと想像して辛くなる。
 自分自身の場合は両親が離婚した後、しばらくは母親と二人暮らしをした後、父親と二人暮らしをして、それから学校を卒業して首都圏で就職したため地元を離れた。父親と二人暮らしをしていた頃、父が家計管理が不得手だったため私が管理していた。その頃は自分のバイト代も少しは家計に入れていた。その頃の父は、ガソリンスタンドと新聞配達のバイトを掛け持ちしていた。睡眠時間もかなり減っていた。肉体面でもきつかったと思う。お金が無い中で家計を管理していると、食費などの面で切り詰めようとしてしまう。父と暮らした最後の年の冬に、「みかんは1日1個まで」というルールを設定していた。しかし父が複数個食べてしまって、そのことで自分は怒ってしまったことがあった。ここだけ切り出せば下らない話かもしれないけれど、そんなことできつく当たったことを後悔している。今の自分の経済力だったらそんなこと何も気にしないのにとか、そもそも50代後半になってバイトを掛け持ちしてそれで学校に通わせてもらっておきながらどの口でそんなことを言うんだろうかとか、色々と罪悪感が残っている。
 経済的な苦しさが精神的な余裕を奪ってしまう面もあるし、あるいは管理側に回ると何か偉そうになってしまう機序もあってのことだった。「総務課」でも「スポーツの管理団体」でも、本来は社員や選手を雑務から解放して本業に専念できるようにする組織が、管理権限を得たことでまるで何かを与えているかのような、偉くなったかのような振る舞いを始めることがよくある。それと同じようなことが自分にも起きていて、自分では効率的にやってあげてるんだ、と思っていてもそれはすごく狭い視野で見ていた中での話でしかなかった。愚かだった。


 『家族を想うとき』で描かれるイギリス人家族と自分のケースとを比較すると、親が各種制度(セーフティネット社会保障)の利用をためらわないかどうかと、子供が学校を素直に卒業するか(上手く就職できるか)という2点は大きく状況が異なると感じた。
 この映画の冒頭で、父親が配送会社の面接で「生活保護は受けたことが無いし受けるつもりはない」と問わず語りに語っている。一方で私の母は「受けられるものは何でも受けよう、利用できる制度は全部受けよう」という考えだった。(父はそのあたりは特に何も考えていないようだった。)実際、自分は高専(本科5年と専攻科2年)に通っていたけれどずっと授業料の全額免除を受けていた。かなり助かった。事態を緩和したり好転させたりするにはどこかに余裕がないといけないし、余裕がなければ事態はより苦しい方向へ悪化していく。
 『家族を想うとき』では長男が学校をサボっている。それは学校教育の枠組みよりも友人関係やグラフィティの活動を重視しているからかもしれないし、ある種の息苦しさを感じているからかもしれない。自分の場合は真面目だったからとか、勉強が好きだった、明確な人生設計があったわけでもなく、サボる気力がなかったので通っていただけだった。一般論として高卒と大卒とでは就ける職や収入に違いがあり、特に日本では(まだ)新卒で就職するかどうかが重要になっている。学校教育と異なるルートで能力を身に付けて高収入を得る人(アーティストやプロスポーツ選手など)もいるが、一握りだ。
 こうした、親が制度の利用を積極的にするタイプかどうか(調べたりする能力や気力があるかどうか)、子供が素直に学校に通うタイプかどうかといった状況の違いは「たまたま」でしかない。今の社会システムにとって余裕(お金や時間)を得られやすいかどうか、という価値基準で有利/不利なだけで、本質的にはどっちが良い/悪いという話じゃない。だけどこうした「たまたま」で生きやすさが大きく左右されてしまう。


 アメリカのある町で生活困窮者に月500ドル(5万円強)を支給する、使途は問わない、という試みを始めてみたら、人々はお金を時間の余裕に変換して生活改善に遣った、というニュース記事をしばらく前に見た。ベーシックインカムなどは「人々を怠惰にさせる」という批判もあるが、この実験結果を見る限りそうではないという。
  毎月5万4000円を市民に配り続けた結果何が起こったのか?という記録 - GIGAZINE
 『家族を想うとき』のイギリス人一家でも同じような光景を想像できる。もしそうしたお金が彼らにあれば、トラックの頭金のために自家用車を手放さずに済んだかもしれないし、それによって母親の移動時間も減って家族にもっと時間を割けられたかもしれない。全体に「人間らしい」生活にシフトできたかもしれない。


 ところでこの映画の原題である「Sorry We Missed You」は、父親が配達業務で使用する不在連絡票に書かれた決まり文句で、「お会いできず(あなたをmissして)すみません」といった意味になっている。この言葉は、お金がないことが時間を奪い、家族と一緒にいられないこの状況にぴったりかもしれない。ラストシーンにはこの不在連絡票がさりげなく、でも鮮烈に使われている。
 ラストに何か解決や救いが与えられるわけでもない。父親がどうしても家族の生活を支えるために自分を犠牲にして生きようとする姿が描かれる。私の父は、最後は新聞配達とガソリンスタンドのバイトを兼業して、そのおかげで私は学校を卒業できている。父は私が就職して4年後に自宅のアパートで孤独死した。64歳だった。冬のとても寒い日で、布団に眠って亡くなっていた。ひょっとしたら暖房代を節約していたのかもしれない。先日、熱中症より凍死する人の方が日本では多い、自宅にいてさえ凍死してしまう、という話を見た。父もそうだったのかもしれない。慢性的な睡眠不足は様々な疾患を招きやすく寿命を縮めると多数の研究結果や実例が示している。生活費を得るために無理をしていたあの数年間が父の寿命を縮めたのかもしれないと、つい考えてしまう。
 母はその4年後に、父と同じ64歳で亡くなった。自殺だった。以前から「子供に介護などで負担をかけたくない」と語っていた。それから65歳を越えると生命保険の受け取り金額が減ることも気にしていた。それが理由なのか、はっきりとは分からないけれど、65歳の誕生日の直前に、川で入水自殺をした。
 自分の中で整理したかったから、父と母が亡くなってそれぞれしばらくしてから、状況や感情の記録をここでつけていた。
  父のこと:つらいということ - やしお
  母のこと:悲しいだけ - やしお


 この映画の特にラストシーンを目にすると、どうしても自分の両親を思い出してしまうため、「ただの映画」として冷静に、自分とは関係のない話として消費することが難しかった。ある種の罪悪感を持ってしまう。罪悪感を持つこと自体にも罪悪感が湧いて、むしろ感謝しなければそういう生き方をした両親の立つ瀬がないじゃないかと思っても罪悪感のようなものが残る。
 大手メーカーに就職して、こんなにお金が簡単に手に入るのかとか、お金の心配をせずに暮らせるのは心に余裕ができるんだとか、あれこれ不思議な感覚というか、若干苛立ちや怒りに似た感情があった。あんなにお金で苦労したのに、つらくない仕事の方がお金も時間も手に入るこの世の中は何なんだと思った。就職した後もお金を遣うことに後ろめたさがあった。(「お金のある人がしっかり消費して経済を回すべき」とよく言われるけれど、本当にそうか? しっかり再分配して生活困窮者を押し上げて中間層を厚くするのが本筋じゃないかって気もするし、それを言い始めると産業資本主義の構造が悪いみたいな話になってしまう。)自分の今の生活は本当は違うんじゃないか、本当はコンビニやガソリンスタンドでバイトしながら生活しているのが自分の人生なんじゃないか、という違和感のような感覚があった。
 でもそれも、就職して12年が経って、父が死んでから8年が経って、母が死んでから3年が経って、徐々に薄らいで忘れていっている。「当たり前」が置換されていく。その忘れかけていく感覚が、『家族を想うとき』でいきなり生々しく蘇ってきた。

国谷裕子『キャスターという仕事』

https://bookmeter.com/reviews/86248751

クローズアップ現代国谷裕子キャスターを初めて見た時、「ライブでこんなにクリアーに喋れる人がいるのか!」と衝撃を受けた。今まで国谷キャスターのバックグラウンドを知らなかったけれど、「どのような環境で彼女が鍛えられたのか/自身を鍛えたのか」を読むと納得という感じで、こういう訓練を積んだ人の代替は難しいだろうなと思った。テレビというメディアの特性とどう付き合うべきかという理解も面白かった。ただ本書は国谷裕子という人物に興味がないとあまり面白くないんじゃないかと思っていて、一種のファンズアイテムかもしれない。


 クローズアップ現代はリニューアルして、今は武田アナがキャスターを勤めているけれど、やっぱり国谷キャスターの頃の方が面白かったというか興奮があった。それは武田アナの能力が不足しているというより、それぞれ積み重ねてきた能力の種類が違うからだろうと思う。
 本書で国谷裕子は、テレビの特性について、テレビは視聴者の感情を一体化させる方向に働きやすく、一体化した感情にさらに寄り添ってしまう、と語っている。そうした特性を知った上で、それに抗うという意識を持って自身のキャスターとしての能力や技術を確立していく。ただそれは国谷裕子NHKの職員でもアナウンサーでもなく、外側の人間だから可能だった面もあって、アナウンサーとしての技術はむしろテレビの特性に忠実に、視聴者の感情に寄り添うことかもしれない。
 その意味で武田アナのスタジオでの振る舞いは、視聴者の感情に寄り添って安心感を与えてくれるように見えるし、ゲストの選定も、リニューアル以前はテレビに慣れていてもいなくても専門家を呼んでいたのと比べて、テレビ慣れした学者やタレントが、そのテーマの本当の専門家でなくても呼ばれることが増えているような印象がある。ただ一方で、国谷裕子のようなバックグラウンドを持つ人を用意すること自体がもう、かなり困難だろうなと、本書で彼女の経験を見ると思う。

キャスターという仕事 (岩波新書)

キャスターという仕事 (岩波新書)