やしお

ふつうの会社員の日記です。

読書メモ

2年くらい前に読み終わったけど感想を書いてなかった本もある。読んだ順。

恩田剛『逮捕勾留プラクティス』

https://bookmeter.com/reviews/136364896
逮捕は、国家が被疑者の人権を大きく制約する行為なので、憲法で「何人も(略)令状によらなければ、逮捕されない」とされるが、例外的に現行犯逮捕は逮捕状なしに逮捕できる。では「どこまでが現行犯か?」という線引きが、過去の判例などの積み上げであって、こういうボーダーラインの話は面白い。「犯罪と犯人の明白性」「犯罪の現行性・時間的接着性」が必要とされ、それぞれに認められる/られない具体的な線があるが、ただ実務的なラインではあって、本来どうあるべきかはまた別の線引があるのかもしれない。

 

木谷明『「無罪」を見抜く』

https://bookmeter.com/reviews/132991534
裁判官として無罪判決を30件以上確定させた木谷明のオーラルヒストリー。やはり裁判官としてのキャリアや考え方、裁判所に対する内実の話がメインだが、囲碁棋士・木谷實の息子として木谷道場で過ごした子供時代の話も、裁判官を退官して公証人になった話、それから法科大学院教授になり弁護士になっていく話も面白い。「疑わしきは罰せず」の原則に立って判断するタイプは、裁判官全体の1割もいない程度という木谷明の実感は、暗い気持ちになるが、最高裁に人事権を握られてキャリアを歩む中で心理的に難しいのかもしれない。

 

ひろゆき『論破力』

https://bookmeter.com/reviews/136365365
好き好んで相手を言い負かして軋轢を産む人は、一体どういう内在的なロジックや感情でやっているのかと気になっていたが、その一端を知られる本。子供の頃から他人の粗探し、弱点を見つけて突くのが楽しかった、友人と悪口を言い合って怒らせたら勝ちのゲームをしていたという。共感性の欠けた人が子供の頃から磨いてきた「相手を怒らせる」「第三者に自分が勝ったと思わせる」技術が多数披瀝されるが、直接使用するというより、そのタイプの人に巻き込まれた時に「ああ、そういう技術ね」と精神衛生を損なわないために知っておくと良いのだろう。

 

高倉千春『人事変革ストーリー』

https://bookmeter.com/reviews/136362450
人事制度の構造や歴史的トレンド、国別の比較などが体系的に語られるのを勝手に期待していたが、著者が過去に取り組んだ実績の報告がメインの本。1983年に中央省庁に入庁した女性が、米国でMBA取得→日本のシンクタンク→外資系コンサル→外資系企業の人事→日本企業の人事部長→取締役→複数社の社外取締役とキャリアアップしてきた実例としても興味深い。専門家が専門領域を「私」が消えるほど客観的に書いた上で、そこに「私の体験」がリンクされるような新書を自分は読みたいんだなと改めて思った。

 

鶴見俊輔『柳宗悦』

https://bookmeter.com/reviews/136361669
日本民芸運動の始祖が、一貫して日韓併合に反対したのは一見ナショナリズムと相反するが、まず朝鮮の陶器への関心からスタートし、権力欲や作家性から離れた日常の用に価値を見出す思想だから、むしろ自然なことだった。客観的・構築的な哲学を論じた思想家・文化人の方が、日本の帝国主義や侵略戦争を是認するように論理を構築したという対比が描かれる。柳宗悦は同じ精神で沖縄方言絶滅論者にも反対する。本書の解説者は柳宗悦より、著者の鶴見俊輔がなぜ柳宗悦を選んで、どう捉えたかを語ってくれていてとても良かった。


 例えば柳宗悦の『民藝とは何か』を読むと、その良し悪しを判別できるものは何? という感覚になるが、晩年近くになって、仏教的な基盤も参照しつつ、美醜が固定的・断定的なものではなく、文脈にもよってグラデーションで決まってくるものとして捉え直して、民藝運動をリスタートさせようとしていた姿も描かれている。

 

白蔵盈太『一遍踊って死んでみな』

https://bookmeter.com/reviews/132991742
一遍をアーティストとして捉えて、音楽雑誌のインタビューやレビューのような文体で第三者が同時代で記述するというアイデアを具現化して楽しいお話だった。途中で鎌倉新仏教の全体像の説明もありお勉強にもなるという。一遍は教義も組織も体系化したいわけではなく、ひたすら実践をしたいはずなのに、人が求める一遍になろうとして苦しんだ後、改めて全てを捨てるのも宗教家・アーティストあるあるっぽい。主人公が一遍を理解し過ぎて、むしろアンビヴァレントな感情を抱いていそうな他阿の方が視点人物として生々しくダイナミックかもしれない。

 

堂場瞬一『刑事の枷』

https://bookmeter.com/reviews/132963547
「若手刑事を視点人物にした、ベテラン一匹狼刑事の凄さを引き立てるバディもの」のように始まるが、そうはならないのが面白い。むしろ若手の変化自体が主題で、それも急成長するというより、自分で自分にリミットをかけていたのが、ベテランに振り回されるうちに自然と外れて、本来の能力を発揮できるようになったといった雰囲気で、「有望な人ってこういう感じ」の自然さがあった。舞台が川崎周辺で、私が川崎市在住なので知ったところがたくさん出てきたのも楽しめた。ラゾーナのエッグスンシングスでヤクザの幹部と会ってて笑った。

 登場人物が男性は姓、女性は名で書かれ、女性のセリフは「~だわ」「~かしら」などと書かれるのは、記号化してリーダビリティを上げているのかなと思うものの、「その人物が女性か男性かを読者は気にするはずだし、作中人物の識別の大きなファクターになっている」と思うことが俗情なのかもとも思う。

 

末廣徳司『装いの影響力』

https://bookmeter.com/reviews/132963572
著者はスーツを主とした男性向けのトータルコーディネーターで、本書は非構築的な自己啓発本といった作り。例えば良い例悪い例を服装の全要素に亘って網羅的に語るとか、大量の実例によって語るとか(諏訪恭一の『ジュエリーの見方』のような)専門家の独特の価値判断にじっくり触れられるような本の方が自分は好きなんだなと改めて思った。キャラクターを確立させる目的であれば見た目(例えばネクタイの色やベストの有無、体型)を一定にする必要があるというのは、子供向けアニメの人物やピン芸人の服がいつも同じなのと同じだ。

 

片山晃、小松原周『勝つ投資 負けない投資』

https://bookmeter.com/reviews/134711143
五月(片山晃)が25年に公開した、インデックス投資にみんなが資金を注入すると株価は何によって形成されるのか、S&P500の中身が実は全体ではなくMag7に集中していてそこに資金が集中していくサイクルが起こる、といった話がすごく面白くて、同著者の著作を見たいと思って10年前の本を読んでみた。個人投資家の片山晃と、機関投資家の小松原周の、それぞれ価値判断の違いもありながら、根本は「世の中とその会社をちゃんと見る」という当たり前のベースで成り立っている。

【旧版】勝つ投資 負けない投資

【旧版】勝つ投資 負けない投資

Amazon
 

清水克行『戦国大名と分国法』

https://bookmeter.com/reviews/136360718
戦国大名が単純に領地を巡って対外的に争っていただけなわけでは当然なく、領国支配を安定させるために法を定めている。なのだが、むしろ分国法を定めた大名は滅び、残していない方が生き残る傾向にあると著者は指摘し、法が存在すると、領地の民衆や家臣を統治するだけでなく、領主自身への縛りにもなり、戦乱期の中で領主の柔軟な対応を阻害するためではないか、と考察されているのが面白かった。5家の分国法の詳細な実例が説明され、法律というより説教に近い内容も含まれているなど楽しい。

 

荻原博子『最強の相続』

https://bookmeter.com/reviews/134711362
金融資産だけしかなければシンプルなのが、自宅や土地、会社など「分割もできず現金化も容易でない」資産を持ったまま死ぬと複雑化する。子供が一人だけならシンプルなのが、親族関係が複雑だと相続も複雑化する。引き継ぐ「もの」と引き継ぐ「先」が複雑化することで、適用されるルールが素朴な通念から離れて、関係者を混乱させていく。相続の価値観や世界を全く知らなかったので、ちょっと見られて面白かった。事例やエピソードを羅列しただけの非構築的な本を見ると「新書なら整理してくれ」という気持ちにはなる。

 

弘中惇一郎『特捜検察の正体』

https://bookmeter.com/reviews/136359386
取調べの可視化は、不適切な手法で被疑者の精神を追い詰めて発言を歪曲させるのを防止する手段だったはずが、逮捕前の任意の取調べが録画非対象なのを逆手に取り、そこまでに十分に脅して屈服させてから改めて逮捕し、録画が始まったところであたかも自主的に「やった」と言ったように見せるという「テクニック」の話を聞くと、捜査機関は「真実を明らかにする」ではなく「自分たちが立てたストーリーに沿って決着させる」があくまで目的の組織なのだなと改めて思う。その目的、組織方針を改めない限りどんな対策もいたちごっこになる。

 

大澤孝征『元検事が明かす「口の割らせ方」』

https://bookmeter.com/reviews/134355468
無理やり(精神的な暴力を加えて)割らせるのではなく、相手の共感を生むことで進んで話させる。「北風と太陽」では「太陽」に該当する手法を本書で詳述する。刑事事件の取調べに限らず、例えばデール・カーネギー『人を動かす』での主張、自分の望みを叶えるには相手の満足を目指すことが近道という原理にも通じる。著者自身は真っ当な取調べをしていたのかもしれないが、それでも「不起訴にする場合でも口を割らせて反省させなければならない」という捜査機関に共通する価値観は当然視されているのだと改めて確認できた。

 

小島寛之『完全独習 統計学入門』

https://bookmeter.com/reviews/134710530
間違っているかもしれないリスクを一定程度取ることで、「何にも分からない」から「たぶんそう」の状態にデータを使って持っていく統計という営みの入口が見渡せる本。わかりやすいとの評判で、実際すごくわかりやすかった。検定・推定について参考書だと「この場合は正規分布、この場合はカイ二乗分布」と結論だけが書かれて混乱するのが、平均・分散から出発して順番に行くと全体像が見えてありがたい。途中「そう証明されている」ですっ飛ばすところも多いけど、「全体像を把握する」目的を失わないための措置になっている。

 

石原大史『冤罪の真相 追跡・大川原化工機事件』

https://bookmeter.com/reviews/133776255
「冤罪が晴れて良かった」とはとても言えない。大川原化工機も、同業他社も、専門家も、監督官庁の経産省も、前任の検察官も、さらには公安の警察官たち自身でさえも、「これは犯罪にはあたらない」と考えたにもかかわらず、経営陣を逮捕し、長期間勾留し、起訴まで突き進み、被疑者・被告人に猛烈なダメージを与えた事例だった。捜査を主導した警視庁公安部の問題は当然だとしても、民間企業を守らず警察に迎合してしまった経産省も、やすやすと逮捕・勾留を認めた裁判所も、問題点を理解しながら不起訴にしなかった検察も、大きな罪がある。

 

春海水亭『僕の妹をさがさないでください』

https://bookmeter.com/reviews/134299366
長篇と連作短編のあいだくらいのホラー小説。ホラーは「理不尽な怪異にやられる」のと、「結局怖いのは人間でした」とがあったとして、本作は「ああそっちね」と思いそうになると「そうじゃない」が出てきて、その行ったり来たりの運動が楽しい。「人間じゃない人間みたいなもの」が、自分は人間じゃないって自意識を抱いて存在した時に、その者の価値観は身体感覚に引きずられて人間とどうズレて来るんだろう、みたいなことを考えてた。

 

江口大和『取調室のハシビロコウ』

https://bookmeter.com/reviews/134355499
完黙(完全な黙秘)を貫くと受ける扱いが詳らかにされる。取調べでは、パイプ椅子に長時間座らせられ、事件と無関係の罵詈雑言や人格否定にさらされ、トイレに行こうとすれば懇願と謝罪を要求される。有罪判決も受けていない推定無罪の人物に、事情を聞く態度ではあり得ない。任意の取調べで十分に協力してきた被疑者を逮捕し250日も勾留することに、社会生活を破壊し精神的に追い詰め、虚偽自白を導く以外の意図があるのだろうか。「黙秘し調書に署名捺印しない」の防御手段がいかに難しいか、自分なら無理だと感じさせられる恐怖の一冊。

 

千々和泰明『戦争はいかに終結したか』

https://bookmeter.com/reviews/134710120
戦争は、今発生する損害(デメリット)と将来得られる利得(メリット)を天秤にかけて、主に優勢な側が決定する、そのバランスで「妥協的和平」と「根本的解決」のライン上のどの辺にプロットされるかが決まる、といった図式で、各種の戦争について終結までの流れを具体的に見るという本。もっと強力に図式化してほしい、もう少し規模の小さい戦争・紛争も網羅的にプロットしてほしい、みたいな気持ちにはなったけど、「WW1~イラク戦争まで米国が関わった戦争の概要を知る」目的には良いかもしれない。

 

鈴木真弥『カーストとは何か』

https://bookmeter.com/reviews/134934827
現代インドでの不可触民(ダリト)差別について、歴史的な経緯やデータといった俯瞰的な情報と、今生きている人達の実相との両面から解説して充実した本。憲法にアファーマティブ・アクション(留保制度)が規定され、政治的に票田として利用され、もちろんそれのみが要因でないにしても、ダリトだと公表を強いられ、上位カーストから逆差別だと反感を買い、差別意識が強化される方向に働く面がある。日本で明治期に賤民廃止令発布後に農民が部落を襲撃し殺害する事件が起きているが、インドでは非常に似たことが2010年代に起きている。

 

角岡信彦『ふしぎな部落問題』

https://bookmeter.com/reviews/135176201
大阪府北部での3世代ほどに亘る事例は、アファーマティブ・アクションの対象集団側が、依存による逆効果や周囲との軋轢などの欠点が過大になるポイントを見極めて自ら特権を返上し、差別解消やコミュニティ活性化の道を模索していった歴史として非常に面白かった。職業や日常生活で当事者がほとんど差別を意識することがなくなっても、結婚の場面で根強く差別が残ってしまう。インドのカースト差別の本の直後に読んだが、国や文化が違っても差別のあり方は酷似している。本書は特に書下ろしでない章で、もっと整理して記述してほしいと感じた。

 

古野まほろ『警察捜査の真実』

https://bookmeter.com/reviews/135186373
警察の事件捜査について、端緒(事件の認知)から検察官送致までの、組織的な動き方、個々の動きや心情などがざっくばらんに語られる。フィクションでの描かれ方や世間の認識と、実状の差異についても詳述される。重大事件発生時の捜査本部の立てられ方は、以前に読んだコンサルの働き方にも似ていて、極めて非定形的な事象を解明する場合、同じような組織の動き方になるのかもしれない。編集者の質問に答える形式で、話し言葉よりの文体が選択されているが、言い回しの独特さや頻繁な補足の差し込みが読みやすさにどう影響するのか体感できた。

 

中野香織『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』

https://bookmeter.com/reviews/135577540
著者の能力というより企画・編集の方針と思うが、タイトルに反し歴史的な変遷を体系的に辿るわけではなく、また服飾にまつわる話自体も少なく、主に現代の英国王室メンバーのエピソードを羅列したような構成で、定性的・情緒的な断定が多く、王室ファンによるエッセイという趣の本だった。主にフォーマルウェアが制定され変遷していく過程での英王室が果たした役割を知りたくて手に取ったが、そうした話も多少はあって面白かったが、主に人品にまつわる話のボリュームの方が多く、「ファッション史」の密度が低かった。

 

坂野潤治『近代日本の国家構想』

https://bookmeter.com/reviews/135577575
廃藩置県後(1871年)から二・二六事件前(1936年)までの政治史。結果として国家体制がこうなった、という直線的な経緯ではなく、その当時、どのようなイデオロギーの衝突がどのプレイヤー(個人・派閥)間で生じて、どういう現実的な制約などによって妥協が図られたり排除されたりしたのかという過程を見せてくれる。明治維新の革命過程はよくドラマにもなるが、中央集権化が一段落した後、革命目的だった富国/強兵/公儀輿論のそれぞれを重視する勢力が拮抗して敗れていく過程をつぶさに見られるのは面白い。

 

山口達輝、松田洋之『機械学習&ディープラーニングのしくみと技術がこれ1冊でしっかりわかる教科書』

https://bookmeter.com/reviews/135998740
素人にどういう順番でどの粒度で説明すれば全体像が伝わるのか、まじめに考えて作られていて、良い本だなと感じた。2019年出版で、生成AIの爆発的普及(ChatGPT公開が2022年11月)の前、2010年代前半で音声UI(SiriやAlexa)が登場した後という時期の、機械学習の全体感が眺められるという意味でも面白かった。急にかしこくなったり何もわからなくなったりする概念としてのロボのイラストがかわいかったけど、後半から全然登場しなくなって悲しい。

 

藤原裕『教養としてのデニム』

https://bookmeter.com/reviews/135998829
デニムの経年変化(ダメージ)の種類をハチノス、タテ落ち、ヒゲと名付けたり、年代による細かなディテールの差異にも名称を付けて区別したり、あるいはわざと新品でダメージを再現したりするのは、茶器とか盆栽とかと同じだなと思っていたら、途中で「詫び錆び」と出てきて笑ってしまった。ヴィンテージ市場は日本で形成されたのも、ベースでそういう文化があるからだろうか。デニムの衣服はひとつも持っていないけれど、知らない世界の話を教えてもらえると楽しい。

 

藤紘『佐藤の告白』

https://bookmeter.com/reviews/136164544
男子生徒同士の告白をアウティングされた中学生の周囲の、生徒や教師や親と視点を変えながらそれぞれの事情や内面が浮かび上がる小説。背景やエピソードのディテールの積み重ねが丁寧で面白かった。散々こすられるフリーザーバックも笑った。BLとして消費されることへの拒否が作中で描かれていながら、本作がBL的な雰囲気をまとうのは、性的欲望や見栄、嫉妬、それらによる醜悪な行動が捨象されて、作中人物に好感を抱きやすいこの綺麗さにあるとしても、それは本作の瑕疵ではない。

 

沖浦和光『天皇の国・賤民の国』

https://bookmeter.com/reviews/136236553
男系男子の維持での皇室典範改正が話題のタイミングで、明治に「万世一系の皇統」というフィクションを国民に刷り込んだ経緯や背景を改めて眺めると、現代にこれをやる意味を国粋主義者は理解していないんだろうなとやっぱり思う。日本人起源論や天皇のルーツ・流入経路の話は、現代の標準的な学説がどうなのかを知りたいと思った。非差別民の誕生が天皇の誕生と裏腹がそうでも、天皇の残った日本より、王のいないインドでダリト差別が根強く残ったことを思うと、残存するかは経済構造のファクターが強いのかもしれない。

 

酒井美意子『元華族たちの戦後史』

https://bookmeter.com/reviews/136358832
「元華族」と一括りに言っても、江戸時代に財政的には窮乏した公家、家臣団がいた大名家、維新以降で政治的・経済的・軍事的に成功した新華族とおよそ3グループいて、それぞれ背景が違うと言われるとなるほどと思った。敗戦時に財産没収・華族制度廃止で没落したりしなかったりはその個人の能力によるが、旧大名家が旧家臣に助けられたり、「戦国時代の先祖も負けて這い上がったのだし」というガッツで乗り切ったりするのは面白い。著者が社交クラブを作ったり、マナー評論家になったりして戦後を生き抜いた話もバイタリティもりもりで楽しい。


 戦後、著者酒井美意子の実母、前田菊子が、正力松太郎に請われてマナー評論家になる経緯が書かれる。今まで日本人は戦争、敗戦でマナーどころではなかったが、これからはマナーも知らない山猿のままでいるわけにはいかない、と説得されたという。よく悪者扱いされ、「失礼クリエイター」と揶揄されることも多いマナー講師だが、戦後に誕生したばかりの第一世代である前田菊子は、「戦前はこうしていた」「アメリカではこうしている」「ただ今の日本に照らし合わせて考え直すと、こうするのが良いだろう」と柔軟に対応していたらしい。

 

中間管理職が成績評価のアブソーバーになる味わい

 日本の古い大企業(いわゆるJTC)で課長になって1年強が経った。課長としての業務の中で一番「中間管理職み」があるのが、課員の成績評価だなと感じている。矛盾を吸収するバッファというかアブソーバーみたいな機能を明示的でない形で要求されている、この感じ。
 評価ルールと、そのルールによって生じる心理やムーブについて、当事者としては苦労しつつも、こういう光景になるのは面白いなと感じていて、忘れないうちに記録しておきたい。(具体的な数値や名称は少し変えたりぼかしたりしている。)

一般社員の業績評価の方法

  • 目標シートの作成
    • 社員は半期ごと(4、10月)に、取り組む業務を書いた目標シートを作成。
    • 各項目には達成基準と重み付けを設定。
    • 達成基準は、その人の職務のレベル(後述)と照合して、「少しチャレンジング」な程度で設定。
    • 期初に上司と面談し、内容と重み付けの妥当性をチェック。
    • 3ヶ月(1四半期)後に再度面談、状況変化を踏まえて、必要に応じ内容や重み付けを修正。
  • 目標シートの評価
    • 半期の終了時に上司と面談、自身と上司それぞれで各項目を採点。
    • 評価点は、全くできなかった=0点、目標を大きく超過=10点、のように定義される。
    • 各項目の「重み付け×上司評価点」の合計点で半期の評価が決まる。
    • 課員の納得感を醸成するため、上司は評価点を説明(特に自己評価と乖離した項目)。
  • 職務レベル
    • 職場がその人に任せる業務水準に応じて設定。
    • レベル1→新人クラス(指示されて定型的な業務をこなせる)、レベル5→課長代理・係長クラス(非定型な課題を他部署も巻き込んで解決できる)といったイメージ。
    • 年に1回見直し。

 

給与との関係

  • 職務レベルと、半期ごとの評価点により、給与(基本給・賞与)が決まる。
  • 基本給(月給)
    • 職務レベルごとに基本給の幅がある。職務レベルが高い→基本給も高い。
    • 半期ごとの評価点2回分で毎年、職務レベルの幅の中で基本給が上昇(最低点でも下がることはない)。
    • 評価点による昇給でじわじわ基本給が上がり、職務レベルが上がると一気に基本給が上がる仕組み。
    • 職務レベルが下がると、下の職務レベルの基本給レンジの上限まで下がる。(ただし急減せず徐々に減少するような配慮あり)
  • 賞与
    • 職務レベル×前半期の評価点数によるマトリクスにより、半期ごとの賞与額が決まる。

 

絶対評価的な面

  • 上記の業績評価には、経歴、知識、能力、年齢などはファクターとして入らない。
  • 業務のアウトプットの量と質から評価点が決まり、職場が任せる職務水準で職務レベルが決まる。
  • この意味では絶対評価になっている。

 

相対評価的な面

  • 評価点には分布が設定される。
    • 正規分布的な曲線で、例えば10点満点なら、0~2点(低評価)、8~10点(高評価)の領域は人数が少なく、4~6点(中評価)の領域は多くなるよう調整される。
    • 一つの職務レベル内に属する人が、その分布に従うよう調整される。
  • この分布(ヒストグラム)と、分布に沿って調整される旨は、一般社員にも公開されている。
    • 部門間・組織間での甘辛調整のためと説明される。
  • 部→事業部→全社と段階を踏んで調整される。
  • 分布の設定自体は、人件費の総量のコントロールという意味で必要性は理解できる。

 

絶対評価と相対評価の衝突

  • この分布調整により「同じ水準の量と質でアウトプットを出したのに、評価点が違う」事態が生じ得る。
  • 例えば同じ職務レベルのAさん、Bさんがいて、Bさんが健康問題で休職したためBさんの評価点が下がりAさんは7点、次の期にBさんが復帰し業務の量・質とも良好で高い評価点を得たため、相対的にAさんを下げざるを得ず5点、Aさんは前期・今期で業務の量・質に変わりはないが評価点が下がる、という事態が生ずる。
  • 一方で目標シートの点数の付け方は「目標を達成=8点」などの定義付けがされているため、操作の余地がない。
  • 目標シートの達成基準も、職務レベルと照合して「少しチャレンジングな水準」で設定する必要があり、操作の余地がない。
  • この「相対評価 vs 絶対評価」、「評価点は分布により高く/低くつける vs 評価点は定義に従い基準設定・点数付け」、「調整しろ vs 調整するな」、という矛盾・衝突が構造的に生じる。

 

中間管理職へのしわ寄せ

  • 分布調整があるために、課長による目標シートの評価点を付ける作業は、「達成度合いで採点」とはならず、「調整結果から目標シートの評価点を決める」と逆算するような形での付け方が必要になってくる。
    • 課員の目標シートを見ながら、どの項目に何点をつければ、最終的な評価点が調整した結果に入り得るのかを考えてつけることになる。
    • 「なぜ先期はあの出来で8点で、今期はもっと出来ているのに5点なんだ?」が発生し得るが、可能な限りその違和感が生じないように・説明できそうなように、項目を選んで点数を付けることになる。
    • この匙加減の作業は一体何なんだろう、みたいな気持ちにはなる。AIが勝手にやってくれという感覚になる。
  • 「低く付ける」も大変だが、逆に「高く付ける」もつらい。
    • 評価者向けの研修で講師が「付いた点数が高くても納得感がないとかえって被評価者の不満が溜まる」と説明していた。
    • 「確かにそうなんだけど、素直に絶対評価で付けられないから困ってるんだよね」とは思った。
  • 「課員が点数に納得がいかない場合、課長に説明を求め、課長は説明するように」とされている。この矛盾を糊塗した理屈で説明しても、納得してもらうのが困難。
    • もはや正直にこの構造的な矛盾を説明した方が納得してもらえるのでは、と思って、説明が困難な場合はもう背景事情を説明しちゃっている。
    • ただその方が納得できる人と、仕組みのせいと言われる方が納得できずに業績とこじつけた無理な説明の方がまだしもって人はいるんだろうな、その人のタイプを見極めて納得感を醸成して意欲を維持させてね、と中間管理職に無言で求められてるんだなあ、という気はしている。
  • この半期ごとの評価点を決める営みが、課長の仕事で一番「中間管理職だなあ」と感じる。

 

分布調整で発生する各種仕草

  • 部内での分布調整をする際に、以下のような制約や意思が生じる。
    • 評価点:分布に合致させ、かつ説明可能でなければならない→下げる理屈が付きやすい人の点数を下げる。
    • 職務レベル:下がると給与が下がる→本人のモチベーション維持等も考慮し、可能な限り維持を目指す。
  • 評価点を下げる理屈が付きやすいケース
    • 職務レベル上昇直後:上昇後の職務レベル層の評価基準から見ると、従来の業務の質・量だと評価点が下がる。(職務レベル上昇で給与面がカバーされる側面もあり。)
    • 病欠等による長期離脱:業務量の低下により評価点が下がる。
    • 異動直後:業務習得段階で、職務レベルに比して業務の質・量が低いため評価点が下がる。
    • 定年間際:評価点が低くても次回に職務レベルを下げる俎上には乗らない。(実際、バリバリアウトプットを出すというより、定型的な業務や後進の育成がメインのケースも多い)
  • 職務レベル維持のため評価点を高く付けるケース
    • 低い評価点が連続すると、職務レベルを落とすか俎上に上がる。
    • このため「一旦今回は上げる」ムーブが生じがち。
  • ただ上記の傾向はあっても、「そうは言っても現にこの人の働きから、そんな点はどうやっても付けられない(説明がつかない)」はあるため、あくまで「説明がつく範囲内での傾向」で、「無理やり人身御供にしている」とまでは言えない。

 

その他の困難① 職務レベルの硬直性

  • 職務レベルは「職場として課す役割で決める」=「その人の年齢やキャリア、能力で決めない」がルール。
  • 例えば、係長クラスでレベル5の人がいたとして、中堅どころに経験を積ませるため係長交代になれば、レベル4に落とす必要がある。
  • 「本人の能力や意欲が衰えたわけではない(本人の都合ではない)のに、職場側の都合で給与を下げる」状況が発生し得る。
  • ※「職場側の都合による配置が不満であれば、社内での異動希望や、社外への転職を通じて、自身でキャリア形成をするように」という理屈になっているのだと思われる。
  • 職務レベル上昇時は給与がすぐに上がるが、下降時はゆっくり下がるという、給与体系上の下方硬直性があることで多少のカバーはあるが、下がることには変わりない。
  • この「下げ辛さ」があることで、その裏返しに「上げるのを躊躇する」が起こり得る。将来的な立場変更を考慮して現時点で上げづらい、が発生し得る。
  • ルール上は「課す役割に応じて職務レベルを設定」だとしても、この粘性があることでタイムラグが生じ得て、連動性ルールと現実の運用のズレが生じ得る。
  • 職務レベルだけでなく、評価点の方も、次回に相対的に下げさせられる可能性がある→同じアウトプットなのに低い点数の説明をするのは難しい→今回よくできていても高い点数を付けると次回の説明が苦しくなる→真ん中近くに付けたい、という心理が働いて、似たような粘性(ダイナミックな付け方の抑制)が発生し得る。

 

その他の困難② 産休・育休

  • これは制度の過渡期として生じている困難だと思われる。
  • 「産休・育休を理由に評価を下げてはいけない」ルールがある。(育児・介護休業法でも「不利益な取扱いをしてはならない」とされる。)出産や育児によるキャリア形成の阻害を防止する措置としては当然必要だろうと思う。
  • 一方でこれは「実際の業務の質と量で決める」ルールとは矛盾する。現に休業によりアウトプットは減少する。
  • 対象者の評価を維持する場合、「代わりに誰かを落とす」が生じ得る。
  • 「業務を肩代わりした人」を高く評価すべきでも、その原資がない。
  • これにより「課長が課員に評価点を説明する」困難さが一層増してくる。
  • 例えば「休業中、職務レベルは維持し、分布調整は枠外とし評価点は一律〇点」などのルールが設定されて公開されなければ矛盾が解消されない。しばらくしたらそうなるのでは? とも想像する。
    • ただこれも「じゃあその人のもともとのアウトプットが一律の評価点より高かった場合、『不利益な取扱い』に該当するのでは?」などの課題はあるのかもしれない。
  • 法規制等の上位から来る施策による矛盾を、仕組みで解消させず、さしあたり人(中間管理職)に吸収させる形になるのが、「いかにも」だと感じる。

 

その他の困難③ 他部門への説明のしやすさ/しにくさ

  • 部内調整において、部長に(他課の課長に)メンバーの業績をアピールする必要がある。
  • 他部門と絡む業務で活躍している課員だとアピールがしやすい。「この人はできる」と思えば、なるべくそういう場を作って「あの人は確かにすごい」「この人は高く付けるしかない」と部長や他の課長が思えるようにしている。
  • 一方で、内々で高い専門性を発揮してアウトプットをしている人はアピールがやや難しい。もちろん具体的なアウトプットを挙げてアピールするが「言わなくてもすぐ納得してもらえる」に比べて「一生懸命説明しないと通じない」が大変なのは事実。
  • これは課内での役割分担だけでなく、職場間でも、「全体の取りまとめをすることが職務上多い課」の課員の方がアピールが容易になる。
  • その昔、自分自身も当時の上司から「もっとよそにアピールをしてほしい」と言われ、(そんなこと言われても困る)(外側への見え方を気にするより必要な業務をしっかりこなすべきだろう)と当時は思ったものの、今逆の立場になると言いたい気持ちは分かる。
  • そうは言っても、「本人が対外的なアピールを意識する」が過剰になると「ミッションや業務の目的からの逸脱」を誘発しかねないと思っているので、アピールできる場や立ち位置をつくったり、常日頃から「あなたはできる能力があるから、よその人にも分かってもらえるようにしたいし、そうしていく」と伝えたり、社内表彰制度などに案件を出してその人を乗せたり、上司の側が環境づくりをすべきなのかなと思ってそうしているつもり。

 

年功序列との関係

  • 以下の面で、年功序列的な賃金体系にはなっていない。
    • 職務レベルの上昇は年齢では決まらない。
    • 職務レベルの下方への付け替え=賃金の減少も生じる。
    • 実際に職務レベルの上下は年齢によらずに付けられており、その意味で年功序列型賃金体系(昔はそうだった)には現在はなっていない。
    • ※年功序列型賃金は、終身雇用とセットでないと成立しない。(同じ業務の量・質でも若いうちは低賃金→年老いて回収、が年功序列型賃金なので、若くして辞めると損=終身雇用と一体の制度となる。)現実に労働市場の流動性は上がっている以上、完全な年功序列型賃金は現在では取り得ないという理解。
  • 一方で以下の面では、年功序列的な側面はある。
    • 職務レベル内の昇給は、毎年徐々に上がる仕組み。(昇給の上げ幅は評価点によるため、早く増える/ゆっくり増えるの差はある。)
    • 制度設計上は、職務レベルの飛び級(レベル1から3へなど)は可能でも、実運用上は1段階ずつの上昇。
    • 職務レベルはなるべく下げず維持できるようにという意思が働く。
    • 職務レベルは年齢・年次と無関係だとしても、周囲との比較で本人のモチベーションの減退などを懸念して、「この二人は同じタイミングで上げよう」「まだ逆転しないようにしたい」などの意思が働き得る。(ただ本人も周囲もどう見たって差があれば差を付けない方が困難なので、これは差が微妙な場合の話)

 

人治主義的な側面とフェアネス

  • 評価点の部内調整は当然、最終的に部長の判断になる。
    • 例えば「部長にとって先輩にあたる課長がいる場合、部長が遠慮してそこの課員は調整で下げず、自分より後輩の課長のとこの課員に調整を押し付ける」といった、部長-課長間の力関係による影響も考えられる。
    • ただ実状を言えば、あまりそういう感じもなく、課長同士の意見交換の中で「確かにこの二名を比べれば、こちらを下げる必要がある」などの結論に落ち着いている印象。
    • そこは結局、部課長の全員が「フェアに付けたい」(そうしないと説明がつかない)とか、「無理筋の主張をしたところで益がない」とかの思いからそうなっているのかもしれない。
  • 職務レベルも、周囲から見えているその人の能力・業績と乖離が大きいと「なんで?」となるので、よそから見ても違和感のない付けられ方がされる。
  • それらの意味で、それなりにフェアに運用されているなとも感じる。
  • ただこれは人治主義な面はあって、もし無理筋でも通そうとする課長や部長がいた場合は、それが成り立ち得る仕組みになっているなとも思う。
  • 一見すると「では人治主義的側面を極小化した仕組みにすべき」と思えそうだけど、実はそうじゃないのかも、と最近思っている。
    • 人治主義を極小化するなら、人の判断領域が小さくなるよう、精緻なルールを設定して、かつそれをオープンに全員に知らせることになる。
    • ただそうすると、ルールのハックが起こる。「そのルールに最適化した行動=利益を最大化する行動」をプレーヤーは取るようになるが、それは「人事評価上のルールへの最適化」であって、その組織のミッションに対する最適化とは乖離し得る。理想的には一致してほしくて人事ルールを設定しても、現実には乖離する。手段だったはずのルールが目的化して、あるべき形からズレていく。
    • それを回避するには、「プレーヤーが適応し始めて乖離が進んだら、ルールを変える」という手段があり得る。
    • ただ人事評価ルールの頻繁な変更が生じると、評価の安定性や一貫性が損なわれていき、信頼性が失われていくのだとすると、「精緻なルールを設定しておいてプレーヤーが適応し始めたら変える」を頻繁にするのは好ましくないのだろうと思う。
    • またそもそも「精緻なルール」が設定できるのか? 会社の中の業種も千差万別だし、課の中でも「最前線でバリバリ働く」と「後進の育成」のどっちが貢献しているのか決定も難しい中で、一律で決めるルールを作るとあまりに煩雑になり過ぎるといった現実的な課題もあるかもしれない。(これを言い始めると「そもそも評価という営みが原理的に可能なのか」みたいな問いになりそう。)
  • こうした考えからすると、人治主義的な側面を一定程度残しつつも、幅を持たせたルールにしておくのが、人事評価としては現実解なのかもしれないとも思えてくる。
  • 例えばもっと極端な人治主義の仕組みだと、「社長の一存で社員の給与を好き勝手に決める」があり得るわけで(実際にそういう企業もあるだろうし)、そうしたグラデーションの中で見れば、今のルールも「一定程度は仕組みで押さえて人治主義的側面を抑制している」のだろうとは思う。
  • 「絶対評価/相対評価の衝突を中間管理職に吸収させる構造」も、その意味でベストでなくても、現状でのベターなのかもね、と思いつつ、半期ごとにこの作業を(若干の苦痛を感じつつ)しているところ。

 



以下は投げ銭代わりの設置。お礼しか書いてないです。

この続きを読むには
購入して全文を読む

読書メモ

市川寛『ナリ検』

https://bookmeter.com/reviews/132020002
検事をやめて弁護士になった著者の自伝『検事失格』と併せて読むと、この創作は一種の「救い」に見える。小規模地検を舞台に、非常に「優秀」で検察の意思や価値観、「正義」を正確に内面化した三席検事・平戸と、元弁護士で検察のやり方に強い違和感を持った視点人物の次席検事・牧原の対立が、最終的にはどちらの立場にも全面的に寄らずに調和される。「こうであってほしい」という著者の願いが込められているようなお話。検事、検察事務官など検察実務がリアルに描出されて面白い。

 

久保正行『警察官という生き方』

https://bookmeter.com/reviews/129626864
著者はノンキャリとして最高の階級である警視長まで昇進し、キャリアの多くを刑事畑、警視長刑事部捜査第一課で過ごした人物で、刑事事件捜査やマスコミ対策などの警察官の仕事について本書で説明してくれる。例えば管理官という職責がどういう働きをしているのかなども知られて面白かった。ところで「第62代警視庁捜査第一課長」と役職名に代目をわざわざ付けるのは、私企業に勤めている感覚からはあまりに隔絶していて(異常としか思えず)興味深い。階級社会かつ地位へのプライドが垣間見える。

 

仲道祐樹『刑法的思考のすすめ』

https://bookmeter.com/reviews/132166428
素朴な処罰感情や善悪の倫理観から、罪の認定や量刑に納得できずに、(いつもなぜか検察官にではなく)裁判官を糾弾する光景をSNSでたびたび目にする。本書ではそうした素朴な感情から出発して、それだとどこで他の要素と衝突を起こしたり、不都合が生じたりするのか、そして刑法的な考え方だとそれをどのように処理しているのかを順を追って辿っていく。実は完全な正解には辿り着かずに、国によってもバラつきがある、バランスの中で成り立っている面がとても多いことに、その過程で気付くことができる。

 

冲方丁冲方丁のこち留』

https://bookmeter.com/reviews/129620388
本書を読むまで、「冲方丁が以前逮捕された」と漠然と覚えていても、それが冤罪・無罪だったとは全く知らなかった。やはり逮捕の事実だけを大々的に報道して、その後のフォローをしない報道はアンフェアだと感じた。ただそれは報道だけが悪いというより、そのセンセーショナルな点だけを消費したい俗情との結託の問題だ。本書は、当時の渋谷署の留置場の様子や、検察官送致などの様子も細かく記載されて貴重な記録となっている。あまりにも不必要・不合理な身体拘束が続く異常な世界だ。

 

西愛礼『冤罪』

https://bookmeter.com/reviews/129628893
どんなシステムであっても「人は間違える」を前提として、フールプルーフやフェイルセーフなどの対策が施されるべきだが、日本の刑事事件を処理するシステムでは、捜査機関によって事件が認知されてから、最終的に有罪判決を受けるまでの全体のプロセスの中で、こうした対策が非常に薄いという実態が本書によってよく分かる。冤罪は極めて特殊な事例と世間的には思われていても、実はもっと気軽に発生していて、ただ冤罪被害者もダメージコントロールのため大事にせず暗数になっているだけなのだろうと、実例を知れば知るほど感じる。

 

村木厚子『私は負けない』

https://bookmeter.com/reviews/129643695
同著者の『日本型組織の病を考える』と内容的に被るが、本書は冤罪の作られ方や、拘置所での生活など郵便不正事件により特化している。とりわけ貴重なのが、証明書を偽造した元係長のインタビューが収録されている点。元係長が上司である村木氏(当時課長)の関与を供述したことで、村木氏は冤罪事件に巻き込まれる。なぜ虚偽の供述をしてしまうのか、全く身に覚えのない人が冤罪と戦うより、スネに傷を持つ人の方が捜査機関の強引な見立てに抗うのが難しい心理状況が本書には詳細に記録されている点で貴重だ。

 

メン獄『コンサルティング会社完全サバイバルマニュアル』

https://bookmeter.com/reviews/129627446
私は製造業に勤めていて、コンサル業がどんな風に働いていているのかはまるで知らない世界で興味深かった。例えば製造業でも新製品などプロジェクト単位で各課から人を出し合っても、あくまでメンバーは所属の課の役割(専門領域)を担うが、コンサルは極めて非定型的なのでプロジェクトで集められた人達には職責はあっても「元の役割」がない。以前、広告代理店の業務に関する本を読んだ際に、仕事の質の上限やラインがないので質の追求のため際限なく労働時間が増える構造が見られたが、コンサル業もそれに近しいものがあるようだ。

 

市川寛『検事失格』

https://bookmeter.com/reviews/129666146
読んでいると胃が痛くなりそうな実体験。検事として当初は人権に配慮した「正しい」仕事をしたいと望んでいた著者が、組織(検察庁)の強いプレッシャーに長年さらされた末に、取調べで被疑者を大声で恫喝するという、人権侵害そのものの行為に至る。民間企業のように倒産することもなく、取って代わられることもない組織はガバナンスが効き辛いとしても、ほとんどカルトのようなマインドコントロールを強いる。著者は自分自身を許されないと認識できたおかげで、本書に貴重な記録を残すことができたが、順応してしまう検事も大勢いるのだろう。

 

R・ミルン、R・ブル『取調べの心理学』

https://bookmeter.com/reviews/131334904
人間の記憶は壊れやすく、それを壊さないように、変質させないように取調べによって上手く取り出すにはどうしたら良いのかという技術について書かれている。この逆が、記憶を改竄してこちらの望む言動をさせるマインドコントロールで、取調べにおいては「自白させることがゴール」と捉えてしまうと、取調官自身も無自覚なままこれが生じて冤罪を生み出す素地になってしまう。各種報道で見聞きする限り、日本の捜査機関ではまだ自白偏重の取調べが多いように見える。

 

山岸忍『負けへんで!』

https://bookmeter.com/reviews/131351872
著者はプレサンスコーポレーションの創業社長として業務上横領で逮捕起訴されたが無罪判決を勝ち取った人。取調べ担当の検事が懐柔的なタイプで、山岸氏は当初、弁護人のアドバイスよりも検察官の意見の方を聞いてしまったと後悔している。強圧的・威迫的なタイプの取調官が問題視される事例が多いが、こうして取り込まれてしまう例が記録されているのは貴重だと思う。ただ山岸氏は検察の事実と違うストーリーを最後まで否定し続けており、その点では迎合していない。

 

高野隆『人質司法

https://bookmeter.com/reviews/132166453
弁護団の一人を勤めたゴーン氏について、時系列で日本の刑事司法への不信感を徐々に深めていった様子が詳述されてリアルだった。真実がどうだったかは不明でも、「この国で全力を尽くして戦ったところで、フェアな判断はしてもらえないだろう」と見切りをつけられてしまうのも無理はない状況だったと感じられる。立法過程や他国の実状を交えて、日本での刑事司法の現状をかなり丁寧に語る本。

 

フジワラヨシト『コネ、スキル貯金ナシから「好き」を仕事にするまでにやってきたこと』

https://bookmeter.com/reviews/131334656
著者は勤め先をやむなく辞めて、背水の陣でイラストレーターとして生計を立てた人。「SNSの運用を通じて仕事を受注する」には、「何をしている/何ができる人なのか」を分かりやすくする必要がある。そのために、作風の一貫性、作品の一覧性、仕事の連絡先の表示などがあって、それは旧来の営業とは違う「型」の構築で、イラストレーターに限らずフリーランス全般にとっても応用の効く型なのだろうと思う。大学中退後、全国を転々として似顔絵描きをしていたエピソードがなかなかすごい。

 

畑村洋太郎『失敗学のすすめ』

https://bookmeter.com/reviews/132166489
黎明期・発展期は、試行錯誤や失敗を繰り返しながらやり方が確立されていく。それを経験した人達はノウハウが溜まるし柔軟な対応ができる。一方で成熟期には確立されたやり方の護持が主になり、その時代の人たちは例えベテランになっても対応力が足りない。そんな話はあらゆる分野でのあるあるだと思った。出てくる事例がちょうど子供の頃にテレビで連日見てたなと懐かしくなった。組織をガラガラポンするのは、非効率なようで、効率化の中でなあなあにやってる部分を見直す意味では利点があるのかもしれない、と読みながらふと思った。

 

藤沢周平『義民が駆ける』

https://bookmeter.com/reviews/129643398
読み始めて、国政の為政者(幕閣)、地方領主(藩主・重臣)、農民の3者視点で上下軸から描くのかと思いきや、藩への帰属意識が薄い地域の住民とか、学者とかどんどん視点人物が増えていく。キャラを立てて感情的な関係性を描いたり、伏線をしっかり回収したりといった現在の物語の作り方で重視されそうなポイントが薄くてかえって新鮮な感じがする。主役は人物ではなく「三方国替え」で、各プレイヤーの都合や利害で幕命の撤回という前代未聞の顛末へ至る様を描くのが主眼な以上、この書かれ方が適切だろう。読むとやはりわくわくするし面白い。

 

飯田一史『町の本屋はいかにしてつぶれてきたか』

https://bookmeter.com/reviews/128347657
すごい力作。個別の町の本屋の盛衰ではなく、出版業界のいびつな構造がどのように成立してきたのか、その歴史的背景を実証的にまとめている。読み辛いが、この資料的価値の高さの前でそんなことはどうでもいいことかもしれない。消費者の利便性を阻害する形で、目先の既得権を死守しようとする振る舞いは、その瞬間は機能しても、必ず将来的には手痛いしっぺ返しになって破綻する、という教訓を教訓とせずに積み重ねてきてきていることがよく分かる。結局、その轍を踏まずに小売の夢見てきた理想を体現したのがAmazonだったという。


 書籍が商品として自立しておらず、雑誌や外商、文具、レンタルCD、カフェなどとのバーターによってかろうじて商材として成り立っている。それはやはり健全な姿ではないのだろう。
 海外の事例で、耐久性の高い装丁の高価な本は図書館向け、ペーパーバックは一般向けと分けて製造されるという話は、なるほどと思った。四六判と文庫をいずれも一般向けに販売しているのは奇妙といえば奇妙ではある。

 

野田聖子辻元清美『女性議員は「変な女」なのか』

https://bookmeter.com/reviews/128543199
野田聖子辻元清美という国政のベテラン政治家が仲が良いということも知らなかった。二人の対談で、目の覚めるような認識が示されるとか、深い議論が展開されるわけではないが、政治家という特殊な職業を選択した女性、人生を生きている普通の人間としての実状をとても率直に語り合っている。自民党で造反4回、公認取り消しもあり、選択的夫婦別姓制の賛成派という異端のポジションにいる野田聖子の、党に頼らないこの中選挙区的なマインドは党に依存しなくても選挙に勝てる地盤の固さにあるのだろう。


 野田聖子が国会議員になった直後に、中曽根康弘から「総理を目指すようでないと、学ばなくなるからダメだ」と言われたエピソードを見て、つい最近、伊勢ヶ濱部屋YouTubeチャンネルで前伊勢ヶ濱親方(旭富士)が「力士である以上、横綱を目指してやらないとダメ」といったことを言っていたのを思い出して同じだなと思った。確かに上を目指すことで技能や技術が引き上がっていくというのはある。

 

根本知『10の法則で読むくずし字入門』

https://bookmeter.com/reviews/128741774
読んでいると例えば斉藤と齋藤を間違えると失礼みたいな感覚が霧消していく。漢字の偏と旁の位置関係も固定的ではないし、仮名は現在の平仮名の字形よりさらに簡略化された先もあれば、元の漢字に近い形も、みな「同じ字」として認識されている。英語の発音がリエゾンによって単語間の境界が曖昧になったり、hやtの音が省略されたり、thがfに転じたりして、リラックスした会話や特定の地域の発音ではそれらが激しく生じてほとんど聞き取りが困難になるが、よくその音の動きを見つめると、元の言葉や発音の名残があるのと似ていると思った。

 

大津広一『ビジネススクールで身につける会計×戦略思考』

https://bookmeter.com/reviews/129614988
まず読み物として面白い。現実の同業種の別会社を決算資料で比較し、会社の戦略の違いが「どこにお金がかかっているのか」の違いとなって現れてくる様子をいくつも見せてくれる。分類すれば「財務諸表の読み方の本」だが、単なる定義の説明ではなく、血肉の通った経済活動の一断片としての見方を講義する。エピローグにあるように、本書を読むだけで自力で分析できるようには当然ならない。興味を持って習慣的に決算資料を読むうちに、その会社の姿勢や戦略を類推できるようになっていく。そんなレベルで読めたら楽しいだろうなと思わせてくれる本。

 

東直子穂村弘『しびれる短歌』

https://bookmeter.com/reviews/130939285
短歌が、普段見えている世界を異化する営みとして、制約された(しかし俳句ほど制約されていない)音数の中で、言葉の意味や、音や、語順や、文字の組み合わせを駆使していく。その営みが高度になればなるほど、「その一段階前」を知らないと理解が難しい。本書は取り上げた短歌がどういう点で面白いのかを実作者が語るから、素人もその素晴らしさに触れることができる。歌人・個人間の差というより、世代間で何に違和感を見出しているのかの差が主眼になっている。

 

朝日新聞志布志事件」取材班『虚罪 ドキュメント志布志事件

https://bookmeter.com/reviews/131002870
あまりにもむごい。高齢者を含む多数の無実の住人が、警察がでっち上げた選挙違反で逮捕され、最終的に全員無罪判決を勝ち取るが、不可逆的に人生を破壊される。捜査機関による取調べは、一般人からすると「やってないなら否認すればいい」と思えるが、仕事や財産、健康や家族を盾にして、「お前以外は認めている」と嘘を吹き込まれると耐えきるのは非常に難しい。何が犠牲になっても構わない、ただ嘘の供述だけはできない、と割り切りきった人だけが耐えきれても代償があまりにも大きい。

 

柳宗悦『民藝とは何か』

https://bookmeter.com/reviews/132020053
洗練や作為はダメ、実用を離れた装飾は美しくない、非凡なものを尊ぶのは平凡、作家性でなくギルド的なものが美しいという。その美は直感により感得されるというが、これは「概念を排して見ろ」という要求で、もし「用の美」という概念すら排して見ろ、だとするとものすごく困難なことを要求されている。考え方にちょっとバウハウスみもあるけど、必ずしも装飾性が排除されておらず、用としての装飾は美と判断されている。湯呑や木像など柳宗悦が美としたものの写真とコメントがあってヒントが提示されている。


 廉価な大量生産品に美があるとの展開で、「じゃあ百均の皿は美しいのだろうか」と思っていたら途中で、機械工業製品は用のためではなく利のために作られるから安くても良いものにはなり得ない、もし競争がなければ高く売るはずだから安価であっても廉価ではない、という話が出てきて、そういうことではなかった。
 そうなるともはや産業資本主義そのものの批判になってきて、現代では両立しなさそう、と思っていたら、ギルドの話が出てきた。


 途中で日本民藝館設立の話の中で、アクセスの仕方も書かれていて、タクシーに乗った時に「駒場と駒沢を間違える運転手がいるから注意」とわざわざ書いてあってちょっと面白かった。

 

高野隆・河津博史『刑事法廷弁護技術 第2版』

https://bookmeter.com/reviews/130939697
異議あり」はゲームなどでは、弁護人が証人や検察官に向かって矛盾を指摘する決め台詞(?)のイメージが強いが、当たり前だが現実の法廷では全く違う。刑訴法や刑訴規則に反して、相手方が法廷に有害な情報をもたらそうとした時に、裁判長に対して異議を申し立てて阻止する行為で、一瞬で何のルールに反しているか、阻止すべきかを判断するのはかなりの訓練が必要そうだ。このルールは、欧米で長期にわたって構築され、さらに日本でも独自進化したもので、直感的になぜそれが禁じられているのかは分かりづらい。専門性の高い領域だ。

 

小山竜央『【超完全版】YouTube大全』

https://bookmeter.com/reviews/131002902
結局は出演者と企画が魅力的であることが第一、という話をされると、YouTubeの評価式がしっかりしてるんだなと感心する。一般的に人気チャンネルの指標として登録者数がまず注目されがちだが、内部的な評価ではむしろ、どれほどアクティブに見続けられているかの方が重要だという。本書は楽しくYouTuberになろうという話でも、YouTuberとして稼ごうという話でもなく、マーケティングの一貫としてYouTubeをどう活用するのかという観点での話が展開されている。

 

髙比良くるま『漫才過剰考察』

https://bookmeter.com/reviews/132099142
大阪弁は音的に短く済む分スピード感の面で漫才に向く一方、ボケの前にフリが不要な点で標準語はボケ単体のパワーが出し易いとか、漫才中のコントは漫才師のキャラが前提にして入る点で、コントの方が不条理な世界を展開できるとかの話は、「のような」を入れる直喩は暗喩より冗長なようで、実は一般的に連想されない要素を強制的に繋げてより無茶ができる話と似てると思って面白かった。そういう整理の仕方、構造化をするのが好きで、かつそれに基づいて現実の方を変えるというのは異常な人だ。

 

林真理子『着物の悦び』

https://bookmeter.com/reviews/131334257
着物にも、例えばスーツと同じく厳密なコードがある。さらにその中でセンスが要求される。センスの領域は独立して遊離したものではなく、歴史的な経緯や意味を踏まえて美醜の判断がされる。このエッセイは著者が3年ほどで着物を大量に買いまくって、失敗しながらもそうした内在的なロジックを身に着けていった過程を語ったもので、(業界的な慣習については批判しても)この価値観自体はかなり保守的に肯定している。一度ロジックを内面化するとその論理で導かれるものは「正解」としてしか認識しようがなくなるこの感じが味わえるようなエッセイ。

 

一力遼『AI時代の最善手』

https://bookmeter.com/reviews/131334301
中国や韓国では囲碁がスポーツ、棋士がアスリートの扱いで、対局時間も短く、開始時間も夜遅くに設定され、ファンがエンタメとして楽しめる工夫がされているという話が面白かった。日本は文化や芸事としての側面が強く、それが悪いことではないが、世界的な大会で中韓の後塵を拝する要因になっている。台湾は子供の成長に良いからと塾で習わせる形で普及しているというまた違いがあるのが面白い。一力遼という人の思考そのものを知るというより、あくまで碁を知らない一般読者向けに囲碁の状況を紹介するような本。


 ちょうど最近、日本棋院が29年度にも運転資金確保が困難になるというニュースを見た。かつて日本では全人口に対する囲碁の競技人口が10%ほどもあったというのは驚きだが、これだけ興味関心が多様化している時代で維持していくのはどこも厳しい。
 世界大会を制した一力遼だが、藤井聡太と比較して世間の知名度がどれほどかを考えると、囲碁のプレゼンスの低さが際立ってしまう。

 

祥見知生『うつわを愛する』

https://bookmeter.com/reviews/132166526
著者のギャラリーが鎌倉にあり、器を買ったことがある。そこで本を出していることを知って読んでみた。コレクションとしてではなく、本来の用途に供するように、陶器との暮らし方がたくさん書かれている。この用の美を尊ぶ姿勢は、途中で日本民藝館への言及もあるように、柳宗悦精神なのだろう。現代の生活では電子レンジや食洗機を回避できないのだからと、実際に自分で使ってみた結果まで書かれているのを見て、「暮らしで使わなければいけない」の本気度を感じた。

 

松浦理英子『ヒカリ文集』

https://bookmeter.com/reviews/132038371
例えばメルヴィルのビリー・バッドみたいな愚かさが醸す聖性とは全然違うけど、異様な他者への与え方を示して、みんなが好きになっていくような人物ヒカリを、それぞれ違うタイプの人々がどう惹かれて関係を持ったのか、惹かれた側の視点で描いていく。それでヒカリという人間が像を結ぶかというと皆にとって「結局よくわからない」だとしても、ヒカリが簡単に空虚とかお話の真ん中の穴とかで処理できるようにもなってないし、サークラや寝取られの枠に収まらないところが豊か。

 

和仁かや『江戸の刑事司法』

https://bookmeter.com/reviews/131832641
江戸時代後期の、刑事事件の量刑判断のロジックやプロセスを実例で解説していて面白い。時代劇などでは奉行や代官の個人的な判断で処理されているイメージだが、特に重罪については慎重な検討が加えられている様子がわかる。「法令・判例との論理的整合性を重視するが、個別具体的な事実関係も見る」「(科学捜査に限界はあっても)供述証拠以外の証拠も集める」「重い事案は評定所→老中と判断を上げて現場のみで判断しない」「評定所も老中の意見に反駁するし、老中がその反論を受け入れることもある」という。

 

泉二啓太『人生を豊かにするあたらしい着物』

https://bookmeter.com/reviews/131833223
先日、林真理子『着物の悦び』を読んだ際に、着物関連のワードを理解できず、基本的なところを知りたいと思って読んでみた。基本用語、各アイテム、格の差、着方、合わせ方など男女ともに網羅的に書かれていて入門書として良かった。TPOは押さえて適切に着てほしいという気持ちと、いわゆる「着物警察」みたいなことになってハードルを上げるようなことをせずに入口は気軽に楽しんでほしいという気持ちと、著者のバランス感覚が感じられて良かった。「布そのもののシンプルな美しさ」の快楽がある世界なのかもしれない。