やしお

ふつうの会社員の日記です。

保坂和志『プレーンソング』

http://bookmeter.com/cmt/46929372

自分とは違うシステムで、それをほとんど無意識に信じて、そこから世界を見ている他人が、すぐ隣にいる。普段は見過ごしてしまうこのものすごく不思議なことを見せてくれる。小説の中にそれを1つ/1人入れるだけでも大変なことだけど、本作は8人くらい入れてきて、しかも人に留まらず猫までそうなってる。自分とはシステムが違う、見ている世界が違うという事実に触れる悦びを、具体的に立ち上げてくる。著者の小説を語ろうとするとどうしても、著者の小説の言葉に則った言い方しかできなくなる。淡白なようで読み手に対する拘束力の強い文体だ。


 7年ぶりに保坂和志の小説を読んだけど、もう頭から本当に面白かった。7年前はただ読んでいた、文字を追っていただけだったという気がする。出来事ベースでしか捉えようとしていなかった。解説で四方田犬彦も書いてるけど、作中人物であるゴンタが言う、イベントに焦点を当てるんじゃなくて、その周りの人たちがそれをどう見てたり、見てなかったりするのか、そうしたことを合目的的にではなく映像に撮るってことをしないと、ダメなんだ、みたいなことそのものを、小説でやっている(やろうとしている)という感じ。
 それ以上に、言葉ひとつひとつに対してかなり誠実に引き出そうとしているその密度がかなり高い。何でもないこと、どうでもいいことがのんびり書かれているように見えるけど、「この小説」というシステム=自分自身が導入した公理に対して正しくありたい、という感覚の強度がとても強い。自分が設定した仮定を裏切るのなら、この小説を書く意味そのものが消滅してしまうのだから裏切らない、という誠実さが文体になって現れてくる。その姿勢は視点人物も共有している。


プレーンソング (中公文庫)

プレーンソング (中公文庫)