やしお

ふつうの会社員の日記です。

斉須政雄『フレンチ十皿の料理』

https://bookmeter.com/reviews/90529349

専門家の独特の言語感覚や概念を知るのは楽しい。神田裕行『日本料理の贅沢』もそうだが、全ての工程と素材の選択には合理性があり「こうすることになっているからそうしている」は一切排除されている。「なぜそうするのか」の追求によって応用性・柔軟性を持ち得て、日本の素材でフレンチの本質を体現させることが可能になる。かつてパリのレストランで働いた際の、日本人として差別を受ける側にまわる苦痛にも触れられる一方で、オーナーシェフであるベルナール・パコー氏の人柄と能力と友情も語られる。外国人として働く景色も見せてくれる。


 キャベツやジャガイモといったありふれた食材も、どのような特質を持ちどのように生かされ得るのかが正確に語られると偉大な食材に見えてくる。
 特殊な食材以外はこだわらない、野菜は近所の八百屋で調達する、素材に主義主張を持たせない、という方針は意外なようだが、それはベルナールが常々「人がちやほやするものはつまらない。何でもないものを立派にしてやろうよ。」と(それ自体は食材というより人に関して)語っていた姿勢と通じている。
 「素材が本来持っていた要素は、形が変わっても最終的には一つの皿の中に戻るのがフランス料理の公理」だという。
 オーギュスト・エスコフィエが1900年代にフランス料理を体系化・厨房を組織化しコースメニューを導入する。70年代にクラシックへのカウンターとしてヌーヴェル・キュイジーヌという味付け・ソースを軽くする潮流が生まれている。斉須政雄は、クラシックの頂点であるタイユバン、ヌーヴェル・キュイジーヌの頂点であるヴィヴァロワで70年代~80年代初頭にパリで働いている(その他のレストランでも務めている)。その後、ベルナール・パコーが独立しランブロワジーを開業するにあたって、かつての同僚であった斉須政雄を誘う。厨房はベルナールとマサオの2名、サービスも2名の計4名の店で、ミシュラン・ガイドで二つ星を獲得するに至る。この二人のお互いを尊敬し合うような関係はほとんど愛情としか呼びようのないもので、この本を魅力的にしている。

板橋拓己『アデナウアー』

https://bookmeter.com/reviews/90529305

アデナウアーが首相として強権的に長期政権を維持したことでドイツは第二次大戦後に民主主義を定着し得たという指摘は、一見逆説的なようだが、「アラブの春」により中東各国で長期独裁政権が倒されたがチュニジア以外で民主制が定着せず混乱を引きずっている状況を考えると、初期段階では「民主制を信奉する長期・強権的な政権」が必要なのかもしれない。WW1中・後にフランス・ベネルクス3国の国境に近いケルンの市長を務め、WW2後にドイツ首相として舵取りを成功させた手腕・技術が詳述されて非常に面白かった。


 現在のドイツが「独仏枢軸」と呼ばれるほどEU内で中心的な位置にいるとしても、大戦後からただちに「ドイツが西欧に追従する」路線のコンセンサスが取られたというより、まずアデナウナー個人にその基本路線が頑として存在し(それを他国が承認し)アデナウアーの政治力によって推進される中で、既成事実として定着していったという過程がある。

中沢新一『アースダイバー』

https://bookmeter.com/reviews/90529244

こうしたインチキの体系を構築・提示するところに中沢新一の魅力がある。例えば占星術の精緻な体系がその精緻さそのものに魅力があり、時に新たな視点を人に与えるのと似ている。東京を沖積層(かつて海だった低い湿った土地)と洪積層(以前から陸だった高い乾いた土地)に分割し、現在の各地域の特徴をその違いや境界によって語り直す行為は恣意的という他ないが、東京という土地に一種別の光景を立ち上げるには、この強引さが必要なのだろう。

アースダイバー

アースダイバー

  • 作者:中沢 新一
  • 発売日: 2005/06/01
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)