やしお

ふつうの会社員の日記です。

斉須政雄『フレンチ十皿の料理』

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専門家の独特の言語感覚や概念を知るのは楽しい。神田裕行『日本料理の贅沢』もそうだが、全ての工程と素材の選択には合理性があり「こうすることになっているからそうしている」は一切排除されている。「なぜそうするのか」の追求によって応用性・柔軟性を持ち得て、日本の素材でフレンチの本質を体現させることが可能になる。かつてパリのレストランで働いた際の、日本人として差別を受ける側にまわる苦痛にも触れられる一方で、オーナーシェフであるベルナール・パコー氏の人柄と能力と友情も語られる。外国人として働く景色も見せてくれる。


 キャベツやジャガイモといったありふれた食材も、どのような特質を持ちどのように生かされ得るのかが正確に語られると偉大な食材に見えてくる。
 特殊な食材以外はこだわらない、野菜は近所の八百屋で調達する、素材に主義主張を持たせない、という方針は意外なようだが、それはベルナールが常々「人がちやほやするものはつまらない。何でもないものを立派にしてやろうよ。」と(それ自体は食材というより人に関して)語っていた姿勢と通じている。
 「素材が本来持っていた要素は、形が変わっても最終的には一つの皿の中に戻るのがフランス料理の公理」だという。
 オーギュスト・エスコフィエが1900年代にフランス料理を体系化・厨房を組織化しコースメニューを導入する。70年代にクラシックへのカウンターとしてヌーヴェル・キュイジーヌという味付け・ソースを軽くする潮流が生まれている。斉須政雄は、クラシックの頂点であるタイユバン、ヌーヴェル・キュイジーヌの頂点であるヴィヴァロワで70年代~80年代初頭にパリで働いている(その他のレストランでも務めている)。その後、ベルナール・パコーが独立しランブロワジーを開業するにあたって、かつての同僚であった斉須政雄を誘う。厨房はベルナールとマサオの2名、サービスも2名の計4名の店で、ミシュラン・ガイドで二つ星を獲得するに至る。この二人のお互いを尊敬し合うような関係はほとんど愛情としか呼びようのないもので、この本を魅力的にしている。