やしお

ふつうの会社員の日記です。

ピーター・バーグ 『ハンコック』

 銃で撃たれても傷つかない、空も飛べる、その能力を生かして犯罪者を捕まえたり人助けをするが、態度や方法が乱暴(というより建造物を破壊するなど犯罪行為)なために批判を浴びているハンコックに、PRを職業とする男、レイが好感度アップの方法を教える。
 まずはこれまでの行為を悔い改めると宣言して刑務所に入る。そうして2週間もすれば犯罪率が上がってみんながお前を求めるようになるだろうというレイのアドヴァイスを聞き入れ服役し始めたハンコックに、刑務所内でレイがレクチャーをする。
「警官たちにはグッジョブって言ってあげるんだ」
「でもあいつら、たいした仕事なんてしてねえじゃねえか」
「君は弾に当たっても傷つかない。だが彼らは、弾が当たれば死ぬんだ。そんな中で仕事をしているんだよ。だから、グッジョブと言って労をねぎらってやるんだ。こう言うんだ、グッジョブ」
「……」
「グー……」
「……」
「ド!」
「……」
「グーッド!」
「……」
「ジョ」
「……」
「ブ」
「……」
「ジョォーブ!」
「……」
「グーッジョーブ!」
と、(もちろん英語を母語とする)ハンコックへの発音講義がなぜか始められる。
 そうしてレイの予言どおり2週間後、警察に請われて銀行強盗の立てこもり現場へ赴いたハンコックは、レイの教え通り警官たちに「グッジョブ」を連発してついに「それはもう聞いたから」とあえなく聞き流されたのち、銃撃戦の真っ只中に取り残された負傷した女性警官を助けることになる。
「俺はあんたを助けに来た」
「ええ」
「体に触れてもいいか」
「ええ」
「今は特殊な状況で、あんたを助けるためにはあんたを抱き上げなけりゃならないからで、別に下心があるってわけじゃ……」
「いいから早く助けてよ!」


 そこで無事に事件を解決し、有徴(=スーパーマンであること)に恃むという方法で幸福を得る(=嫌われ者から脱却する)というたくらみは、あっさり実現される。一方、有徴をひた隠しに隠すという方法で幸福を得ているもう一人の有徴の存在が明らかになる。これらはそれぞれポジティブ/ネガティブな有徴の解決というか処理として極めて常識的な、ありふれた方法である。
 しかしその後、二人の有徴がそろって無徴になる契機を得る。契機を得てどうしたかと言えば、それをハンコックは拒否して再び、有徴に恃むこと/有徴を隠すことという以前の解決方法に二人が戻って何も構造は変化しないのだから、失望させられるのだった。もちろんそこには、無徴を受け入れれば二人とも死ぬという、ハンコックに拒否を選択させるもっともらしい理由が設定されている以上、私たちの「失望」は言うまでもなく作中人物に向けられるわけではなく、作り手の、ああいったもっともらしい理由を設定するという安易さに向けられる。安易さへ流れずに何が可能かという困難を作り手が引き受けなかったことへの失望……


 あんなに小ぢんまり納まっていないで、グッジョブ発音講座のような逸脱を、全体の構造として実現されるのを見たかったとは言え、先述のような思わず笑わせられる場面や会話があるために、面白かった? と人に聞かれれば面白かった、と私はとりあえず答える。