「ピアノに向かった瞬間、触感上の妥協を強いられ、完全性の程度は下がります」、あるいは鼻歌について「声だけを除去できるイコライザーがあればそうしたいとは思います」と語る彼は、理想上の完全な演奏を措定した上で、仕方なくレベルの下がる実際上の演奏があるという認識を持っているのかな。実現された演奏そのものを肯定する身振りの方が困難で刺激的な気もするけれど、それは「こんなもんでいっか」と怠惰に堕ちる罠を常に孕んでいるので、彼が怠惰から免れて突出した解釈を発揮できたのはあの「理想の措定」のおかげなのかもね。
いろいろ面白かったけどその中で一つ。「作品の情緒的内容と構造的形式は、テンポが速いか遅いかにはあまり左右されないような気がします。どんなテンポを選ぼうと、そのテンポはそのテンポの領域において、特定の水準の緊迫感と関係性を生み出すだけで、その作品の本質は変わらない」というコットの発言を肯定した上でグールドは「楽器がテンポを決めるのです。会場がかなりの程度を決めるのと同様に」という。ほほーぅ。
- 作者: グレン・グールド,ジョナサン・コット,宮澤淳一
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2010/10/08
- メディア: 文庫
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