やしお

ふつうの会社員の日記です。

別府輝彦『見えない巨人―微生物』

http://bookmeter.com/cmt/61584620

食べる-食べられるの捕食関係、親-子の遺伝関係などの関係性の組合せで地球システムが成立しているといった理解ではまるで狭いと教えてくれる。微生物の働きを含めると全く別の光景が広がっている。電線でつながって電気的にコミュニケーションしていたり、親子の垂直関係とは違う水平方向で遺伝情報をやり取りしたり、無機物の形を変えて固定したり解放したり、雲の中から深海にまでいる、そもそもミトコンドリア葉緑体自体がもともと微生物だったというし、多面的に常識を拡大させてくれる。こうして概要を広くまとめてくれる本はありがたい。


 面白かったあれこれのメモ。そういえば自分は高専出だから、生物の授業ってなかったんだなあということを久しぶりに思い出した。

特徴

 微生物は増殖力と呼吸量が動植物(多細胞生物)よりはるかに大きく、それは物質を別の物質に変換する力が大きいということで、その特性が地球システムの循環や人間の工業・産業・食品・医療等々への利用を支えている。
 増殖力が高いというのは例えば大腸菌が48時間分裂し続けた場合地球の4千倍の体積になったり、呼吸量が大きいのはクライバーの法則(代謝活性が体重の3/4乗に比例する)に従っているため。微生物はサイズが小さいことによって高い物質変換力を持っている。

位置付け

 細菌は原核生物原核生物は細胞サイズが小さく、核やミトコンドリアがないといった特徴があって、真核生物(動植物や真菌、アメーバやゾウリムシとか)に対する区別。
 生物全体の系統図だと動物と植物はごく一部で大部分を原核生物が占めている。

地球環境との関係

 原始地球が氷結から免れたのは、炭酸ガスをメタンに変換する細菌の働きがあったため。(メタンの方が温室効果が高い)
 大酸化イベント(25億年前にバクテリア光合成を始めて酸素が大気に大量に増えた)の際、大部分の原核生物が酸素の毒性に負けて絶滅するか局地に追いやられたした。一方で、酸素がオゾン層を形成して太陽からの紫外線を防いだことで酸素呼吸タイプの真核生物が誕生する要因になった。
 もともと地球上の炭素循環・窒素循環(固定したり放出したり)を主に微生物が担っていた。化石燃料の使用・セメント生産による炭素の放出、窒素肥料の生産による窒素の固定を大規模に人間がやるようになってバランスが崩れているのが現状。

遺伝・進化

 遺伝的性質が進化するには、有性生殖による遺伝子組替、突然変異がある。これは親-子の縦の遺伝情報の伝達・変化だが、それ以外にも横の伝達があってそれがプラスミド。
 1950年代に赤痢菌に3つの抗生物質が使われ、6、7年後にその全部に耐性を示すようになった。遺伝的な組み合わせで100万分の1程度の確率でしか生じないから突然変異とは考えづらく、実は小さなDNA分子(Rプラスミド)が耐性遺伝子を乗せて菌から菌に移っていた。プラスミドは遺伝子の共用プールのような役目を果たしていて、そこから適当な遺伝情報が取り出されて組み込まれることで環境の変化等に素早く対応できる。無性生殖でも突然変異だけに頼らない早いスピードで進化が可能になる。
 一方で微生物にも雌雄に相当するものがあって、それまで分裂で突然変異に頼っていたものが、雌雄相当のものが共存するようになると進化スピードが上がって、例えば病原菌への防除が追い付かなくなったりすることがある。
 突然変異はDNAよりRNAの方が起こりやすい。インフルエンザウイルスが毎年流行が起こるのは、遺伝物質がDNAではなくRNAなので人に免疫ができても変化してすり抜けてしまうため。

 人間の病原体への防御機構には3段階がある。
(1)物理科学的障壁:皮膚、酸性の胃液、唾液の酵素
(2)自然免疫:細菌やウイルス全般を異物と認識して攻撃する
(3)獲得免疫:相手に合わせた特別な抗体とリンパ球を作って攻撃する。日数はかかるが長期間記憶して次回はすみやかに攻撃できる。
(3)は脊椎動物固有の機構。この獲得免疫があっても細菌やウイルスの方が上記のように変化すると対処ができない。

共生

 細胞内にあるミトコンドリア(呼吸機能)や葉緑体光合成)はもともと別の細菌だった。細胞に入り込んで共生していくうちに自己増殖機能を失っていき、こうして取り込まれたことで細胞が新しい機能を獲得した。

  • 植物の根っこに寄生して、植物にリンと水分を持ってきて成長を助けるカビがいる
  • 反芻動物(牛とか)は胃の中に微生物を飼っていて、その増殖した一部を吸収してタンパク質源にしている(タンパク質に限って言うと草食動物というより微生物食動物)
  • バイオフィルム:固体の上のぬめり(川の石の表面、浴室のタイル、人間の歯垢等):多数の細菌が積み重なった高層建築のような構造で互いに栄養共生している
  • ナノワイヤー:細菌同士が細い電線で繋がって電子の受け渡しをして、音や光ではない電気によるある種のコミュニケーションを取っている

利用

酒造り

 酵母の働きで糖→アルコールに変えるのが酒造り。ブドウをワインにする等。米、大麦、芋、トウモロコシを使う場合はその前にデンプン→糖にする工程が入り、これはカビ・唾液・穀物のアミラーゼを用いる。この2段階を別々にやる方式(ビール等)と、同じ容器で同時に進める方式(日本酒等)がある。
 1段階しかないのを単発酵、2段階を複発酵といい、2段階別々を単行複発酵、同時にやるものを並行複発酵という。
 ビールは、大麦を麦芽の粉にしてパンを作っていたのが、パンが水に浸かって酵母の自然発酵が起こって酒になったのが起源。
 東洋の酒がカビを使うのは湿潤な気候のため。

下水処理

 微生物の処理能力を越えて有機物(下水)を川に排出するとヘドロとして堆積し、分解のために酸素が使われるため川の酸素がなくなって魚も住めなくなる。
 19世紀初期のロンドン・テムズ川は悪臭で国会審議に支障をきたし、60年代の東京・隅田川は悪臭で満員電車の窓を閉めさせて両国の花火大会を数年中止にした。そのまま下水を河川に流すとこうなる。江戸は人口が多かったもののし尿を郊外の農業用の肥料に回すシステムがあったため処理できていた。
 活性汚泥法:微生物を人工的に増やして下水を処理する方法。この過程で炭酸ガスと処理水と熱と余剰汚泥ができる。余剰汚泥の焼却処理にエネルギーが必要になるのと、処理水に窒素やリンが残ったままになる(川に流すと富栄養でアオコが大量発生する)のが問題だった。現在はこれをさらに微生物で処理してエネルギーを回収する技術も実用化されてきている。

その他

抗生物質ペニシリンストレプトマイシン):真核細胞(人間の細胞)にはなく原核細胞(病原菌)にある特徴に作用するため副作用がない。
バイオスティミュレーション:窒素やリンをまいて微生物を活性化させる→石油流出事故で土着の石油分解性細菌をこれで活性化させて分解速度を2〜5倍に。
微生物精錬法:鉱石の山を微生物に分解させて銅を取り出す。従来の方法と違って鉱石を砕いたり溶かしたりするエネルギーが不要で排煙も出ない。
氷核細菌:高度数千メートルの雲の中にいて氷の結晶を作るのを助けている。人工降雪機にも利用されている。


見えない巨人―微生物

見えない巨人―微生物