やしお

ふつうの会社員の日記です。

ホストクラブという課金システム

 ねほりんぱほりんの『ホストに貢ぐ女』の前後編はとても面白かった。より正確には「ホストクラブというシステムに貢ぐ女性」と言うべきかもしれない。キャバクラやホストクラブは、自分の話や愚痴を聞いてひたすら肯定してくれる場であって、自分自身を解放する快楽を与えてくれるのだろうと以前は考えていた。それは一面で正しいかもしれないがほとんどそうではない。イケメンからひたすらちやほやされておもてなしされるというイメージも間違っていた。ホストクラブは性愛と虚栄の両面で集金をブーストする装置だった。
 番組に登場したのは、3か月で200万円を費やした10代の風俗嬢、4年で1億円以上を費やした20代の風俗嬢、1年で300万円を費やした夫と子を持つ30代の専業主婦の3人だった。それだけの集金システムになっている。ソシャゲの課金と似ている面もあるかもしれない。体験していない人からは「なぜあんなものに大金を遣うのか」「彼ら/彼女らは愚かだ」と見えるかもしれないが、実際には多数の仕掛けによって課金せざるを得なくなる。


 放送を見た後「ホス狂い」を自称するなつ氏によるウェブ連載中の四コマ漫画も読んだがこれも面白かった。
『ホス狂い!!』https://manga.hoskyu.com/top/
『ジン君のホストな日々』https://manga2.hoskyu.com/top/
 前者は女性客の視点、後者は新人ホストの視点でホストクラブの日常が描かれている。漫画の後にシチュエーションや用語が詳しく自身で解説されておりそちらも面白かった。ずっと読んでいるとホストクラブにもキャバクラにも行ったことがないのに用語やシステムに馴染みが出てくる。仕事をしながら3年以上に渡って連載されているのもすごいし、こうした記録は本当に貴重だ。


基本ルール

 ホストと酒を飲んで楽しむ、というのがホストクラブの基本的な(建前上の)サービスになる。
 初回入店時は2〜3000円程度で飲むことができる。(通常は最低料金でも1時間1〜2万円程度。)ホストが入れ替り立ち替り卓につき、名刺が配られていく。そのまま「延長」し初回の時間の終了後も店で楽しむこともできる。また「飲み直し」という初回料金から指名料金に切替えることのできる制度もあり、店によっては通常料金よりも安い飲み直しメニューが用意されていることもあって初回入店時は安価に楽しめるようになっている。初回にその店の雰囲気を確認し、実際にホストと会話をし、継続して通うか本指名を誰にするか等を客は判断する。店をいくつも回りこの安価な初回だけを楽しむ客は「初回荒らし」と呼ばれ蔑まれているという。


 指名にはいくつかの種類がある。

  • 本指名:来店2回目以降、客は担当ホストを指名する。担当は一度決めると変更不可であり、それはホスト同士が客の奪い合いになって店が荒れるのを防ぐためであると『ねほりんぱほりん』では説明されていたが、『ホス狂い!!』によると指名替え制度がある店もあるという。しかし「店に担当は一人」は変わらない。この「永久指名制」はキャバクラには見られないホストクラブ独特のシステムだという。
  • 送り指名:会計後に見送ってもらう(「送り出し」という)ホストを指名することができる。エレベーターや1階、あるいはタクシーまで見送ってもらえる。無料で送り指名することが可能で、ホストの側も送りに指名されれば営業の機会が増えるというメリットがある。
  • ヘルプ指名:ヘルプのホストを指名することもできる。卓のソファ席に客と本指名が座り、向かい側のスツールに座って灰皿の交換やお酒をつくったり会話を盛り上げたりするのがヘルプの役目になる。
  • 場内指名:初回来店時に気に入ったホストをそのまま店内で指名する制度。通常の指名(本指名)と比較して安い金額が設定される。


 ホストは多くの本指名を獲得し、客に多くの金を遣ってもらうことで収入を増やすことができる。そのために客に「営業」をする。初回卓や送りの際に客とラインを交換する。「何してるの?」「今日は暑かったね」「お仕事がんばってね」といった普通のやり取りから始まり、「会いに来てほしい」といった営業らしい営業もある。勤務時間の前後に客と食事や買い物、デートやセックスをするなどの「営業」もある(アフターや同伴等)。
 ブログやツイッター、インスタグラム、ツイキャスなどでホストが情報発信をして好感や興味を覚えてもらえるようにもする。店がやらせることもあれば、売れっ子の場合はそうする必要がない(むしろ営業に忙しく更新する時間がない)からやっていなかったり、純粋に趣味として更新していることもあるという。


 1960年代の高度経済成長に伴い女性の所得が上昇し、女性客を取り込むためキャバレーが男性ダンス講師を大量に採用した。チップを払えば休憩用のソファー席でお気に入りの講師と一緒にお酒を飲むことができる。70年代に入りソファー席のみに特化した店が登場し、それがホストクラブの原型となった。という経緯が『ねほりんぱほりん』では説明されていた。
 最近は飲酒も喫煙もせずスーツでなく私服で接客する「ネオホス」も増えているという。


性愛によるブースト

 ホストクラブのソファ席に座っていると、隣の担当が当たり前のように膝に手を置き、腰に手を回し、席を立つときに頭を撫でてくれると30代専業主婦が語っているのを見て(あああーーー、それーーっ!)と思った。「母親」としてしか見られなくなってしまった自分を女性として扱ってくれる。テレビドラマでも良く見かけるベタな設定と言えばそれまでだ。しかし現実にこの幸福感・肯定感を与えられて抗うというのは普通の人間にはほとんど不可能とさえ思える。それを「愚かだ」と切り捨てられるのは巻き込まれた経験がないか想像力がないかのいずれかだと思えるが、それはかえって幸せなのかもしれない。
 ホス狂いが友人を誘いたがるというのは、「ホスクラで大金を遣うお前はおかしい」と友人に言われれば「じゃあ一度体験してみろ」という気になるからかもしれない。そして実際にハマるという。『ねほりんぱほりん』のサークルクラッシャーの回で「恋愛経験のない男子学生は、少し身体的な接触をすれば簡単に落ちる」とサークラが語っていたことを思い出した。ふだん握手もキスもハグもしない、身体的な接触をするのは親密な相手のみ、という文化的なベースがある中で、身体的な接触を受けると逆に「この人は親密な相手である」と強制的に認識させられてしまう。身体の接触だけに限らない。「大好きだよ」「お前が一番だよ」「他の客もいるけどお前が特別だよ」といった発言でさえ、なつ氏は「定番な営業セリフでも言われるとめちゃくちゃうれしいんですよ」と書いている。
 番組でYOUが、日常的に周囲の男(彼氏や夫)がそうしたケアを提供していればそもそもホストクラブというビジネスモデルは成立しないだろう、と指摘していたがその通りだろうと思う。


 お金を払っていて営業だと分かっているのに、それを本当の恋愛か何かと勘違いしてお金をさらに注ぎ込むなんて愚かだ、と考える人も多いかもしれない。しかしこれは逆で、営業だと分かっているからお金を注ぎ込まざるを得なくなる。「愚かだ」という断定には、ホストのある言動が「お金を源にしたもの」と「気持ちを源にしたもの」に明確に二分できるという認識が前提されている。ところが現実に二分するのは不可能であって、この前提が崩れている。ホストも人間であり感情がある以上、客を客としてだけではなく友人や恋人あるいはセフレとしても見る。現に店で会話してラインでやり取りしてデートや食事をし肉体関係を持ったりしていけばお互いのことをよく知るようになるし、よく知っている相手に対して何の感情も持たないというのはホストの側にとっても難しい。それだから時にはホストと客の関係を離れてホストの側が食事をおごることもあればプレゼントをくれることもある。確かに「自分を客ではなく相手として見てくれている」という瞬間が訪れる。もはやホスト本人も二分できない。番組でホストが「枕」(客と寝ること)について、「営業というより本当にその女性に気持ちが入ってそうすることもある」と語っていた。また女性の側が「エースじゃないけどお前が一番だよ」と言われて(エースはそのホストの指名客の中で最も金を遣う客)、「営業かな」とも思うものの「でもホストも人間だからほんとかな」とも思う、自分がお金遣うのやめたら離れるのかなと思うと怖い、そういうプレッシャーがあると語っていた。
 30代の主婦が番組で、油断すると依存しそうになる、お金を遣うと依存してしまう、と語っていた。自分のお金が他の人や彼女とのデート代、ホテル代になるのかと思うとおかしくなりそうだという。依存と自制の繰り返しだと語っていた。なつ氏の『ホス狂い!!』には、担当にプレゼントを渡しながら「ほんとはシャンパンタワーとかのが嬉しいんだよね?」と聞く場面がある。「本当はどっちだろう」という不安感が相手を試すようなことを言わせてしまう。「自分のことを客以上の存在として見てくれているのかもしれない」と「いやお金のためだろう」の間で不安に陥る。担当の過去の言動の記憶やブログやツイッターの書き込みをあさって、この答えを見つけるための材料を集めようとする。しかしこの問いには正解がそもそも存在しないからどれほど材料を集めても不安なままだ。なつ氏が「でも本当に中にはホストとお客が恋人になって結ばれたりするから、自分のは営業じゃない、違うって思っちゃうんですよね」と書いている。「そうかも」「いやそうじゃない」の宙吊りの中で、不安を解消させようとすると、その相手がホストだからさらにお金を遣わざるを得なくなる。
 あるいは「単に私のことを客としてしか見ていないかも」という不安が、もし「こいつ客のくせに勘違いしてる」と相手に思われるのは嫌だという自尊心を働かせて、自らお金を遣って「私はただの客だから、ホスクラが好きで遊びに来てるだけだから」という態度を取らせたりする、そうして金を遣うこともあるかもしれない。
 馬鹿だから営業と恋愛を勘違いして金を注ぎ込むというより、営業だと分かっている意識があるからこそ金を注ぎ込まざるを得なくなってしまう。


 『ホス狂い!!』第97話「ホストの彼女」ではホストの本彼(ホンカノと読む。ホストの本当の恋人)の愚痴が描かれる。店に来いとも言われない、自分が行きたくて店に行くと卓ベタ(ホストが特定の卓に張り付くこと)な上に最低料金かホストのおごり、店の休日や出勤前後も記念日も一緒に居てくれる、食事代もホテル代も彼が出してくれる、それでも自分が本当の彼女なのかが不安だという愚痴を聞かされる。なつ氏は、それの何が不安なんだ、「もうね、まわりからすると単なるノロケにしか聞こえない。」とコメントしている。確かに自分はここまで尽くされているんだぞという自慢かもしれないけれど、一方でこれは本当に不安なのかもしれない。どれほど「お金目当てじゃない」という証拠が積み上がったとしても、「どっちだろう」という不安がいつまでも解消されない。第三者の客観的な視点では「それは営業だ」とか「それは本当の彼女だ」とはっきり見えたとしても、当事者の主観的な視点では「どっちだろう」の不安が残存し続ける構造になっている。そこを利用して集金するシステムがホストクラブだ。
 そして掛けた時間と金額が大きければ大きいほどサンクコストとして割り切って切り捨てることが難しく、抜けられなくなる。


 ホストの営業形態はこうした性愛の不安感に直接巻き込むものだけではなく様々な種類があるという。『ホス狂い!!』と『ねほりんぱほりん』では以下のような営業形態が挙げられていた。

  • 色恋:恋人のように接するスタイル。客が本気で信じることも多い。色恋するホストを色恋ホストと言う。なつ氏は「色恋営業だって頭では分かってても、ホストっぽくない普通の彼氏みたいな行動されると あっもしかして私に気があるのかもっていうか私本当に彼女なんじゃねって勘違いを起こします。」と書いている。
  • 友営:友達のように接するスタイル。お互いの愚痴を言い合ったり食事に行ったり友人のように付き合う。
  • 本営:色恋とは異なり本当に恋人として交際するスタイル。客は彼氏のために売上げに貢献する一方でリスクも高い。総額1億円以上を費やした20代女性は担当と付き合っているというからこのスタイルに該当するのだと思う。
  • 同棲営業:客とホストが同棲すること。宿カノであれば家に関する手続きが必要なくなるとか、売れていないと言って家賃を負担せずに済ますといった利点がホストにはあるという。
  • 枕営業:客と肉体関係を持つことで客を繋ぎ止めるスタイル。いくつもの客と枕をするホストは「鬼枕」と呼ばれる。番組ではホストが「新人の時はトークで先輩には敵わないからしていた」「セックスが最終目標の客だとすぐに切れてしまうから有効ではない、結局店が楽しくなければ来てくれない」「枕をするとSNSで拡散されるリスクがある」と語られていた。
  • 結婚営業:客に「結婚しよう」と言って繋ぎ止める営業方法。ハイリスクハイリターンな方法。
  • オラオラ営業:客に対して高圧的に接するスタイル。「なんでお前店に来れないんだ」「なんでボトルを入れられないんだよ」などのオラついた言動を客に取る。客によってはハマるという。
  • 病み営:メンヘラホストがやる営業。なつ氏は「『俺、お前の助けがないと本当に駄目だわ。。。』『俺鬱っぽい。。。たすけて』みたいな病み病み営業。」「本当に病んでて、でも私の前では無理しなくていいから落ち着くとか言われるときゅーんって来ます。」と書いている。


 こうした営業スタイルの選択はホスト本人の性格に左右されるのだとしても、いずれも「本音を話してくれている」「ホストと客ではなく人と人の関係になれている」と客に思わせることが肝要だ。「本当の友達/恋人かも?」と「いやいやお金払ってるからでしょ」の不安定な状態に客を置くことが重要になる。
 なつ氏は客とホストの上下関係について以下のように書いている。

お客様は神様ですって言葉がありますが。
ホストクラブのお客様は神様じゃありません。
ホストクラブでの神様は担当です(笑)
最低料金でも1時間1〜2万はするのにお客よりも立場が上なホスト、不思議な世界です。
担当(神様)に嫌われたら、扱いが悪くなったり最悪切られて出禁ってこともありえます…
ちなみに、お店もお客とホストが喧嘩になった場合は従業員であるホストの味方です。

あとホストに嫌われたら出禁ですかね。
お金貰っても接客したくないと思われたら出禁になります。
一度出禁になると出禁を解いてもらうまで入店できません。
出禁をとく方法は、まず担当ホストにひたすら許しを請うしかありません。

 ホストが上、客が下という関係性が店のシステムとして担保されている。店と担当に嫌われないようにしないと担当に会えなくなってしまうという恐れの上に客は立たされている。もしホストがある意味誠実な人物で「お客様の方が立場が上」という一般的な観念に縛られたまま接客すると、客が担当に尽くすという構図がいつまでも完成せずホストクラブの集金装置が機能しない。わがままだったり甘えるホストの方が客は「この人は自分に心を開いてくれている」と信じられる。そうした人間の方がホストとしては優秀ということになるのかもしれない。


 証拠集めのサイクルに入ってしまうあの苦しさはストーカーの心理に似ているかもしれない。「あの人は自分のことを好きかもしれない」「いや嫌いかもしれない」という不安を解消するために証拠を集めてしまう。SNSを見たり実際に監視したりして相手の行動や言葉を集めて、あるいは相手に接触して反応を見て証拠を集めようとする。しかし集めた証拠の組み立て方によってどちらの結論も導けてしまうという意味でこれは答えに到達することのない問いでしかない。それでますます不安になるし、ますます証拠集めに勤しんでしまう。ストーカーの場合は相手がそれを許容していないという前提があるため犯罪になるが、ホストクラブの客の場合はこの証拠集めが「金を遣う」ことによって相手に許容される道があらかじめ用意されているという差がある。ストーカーへの有効な治療が警告や叱責、説得ではなく完全な情報の遮断・隔離になるのは、不安感から来るサイクルを完全に停止させるためだ。そう考えるとホストクラブで「がっつりハマる」と「きっぱりやめる」のどちらにもつかず、苦しさや不安感と全く無縁の状態で純粋に楽しむのはかなり難しいことかもしれない。自分は愛されていると心底信じられる恋人・夫が周りにいてそもそもホストに性愛を求めておらず、十分な所得や財産があってただホストクラブの雰囲気を楽しんでいるだけの人、とかでないと難しい。
 つらい。精神の安全衛生上の観点だとほとんど許容できない仕組みだという気がする。専業主婦の女性が「虚しさしかむしろない。一人で帰る時に私何やってるんだろうと思う。帰りのタクシーは賢者タイム」と番組で語っていたのが忘れられない。


虚栄によるブースト

 「性愛によるブースト」が客対ホストにまつわるものだとすると、「虚栄によるブースト」は客対客にまつわるものとなる。競争心と言い換えられるかもしれない。これらは独立しているわけではなく両者が絡み合いながらホストクラブという課金システムを支えている。「性愛によるブースト」が孕む虚しさを、「虚栄によるブースト」が解消してくれる。


 ホストクラブでは「被り」という事態が発生する。店内に同じ担当を指名している客(これを被り客という)がいる場合、担当は一方の卓につき、頃合を見計らってもう一方の卓に移動することになる。その他、コールや初回、送りなどで卓を離れる。(コールはシャンパンコールのことで、3万円以上程度のシャンパンを入れると店内のホストが全員集まって盛り上げてくれる。シャンコとも略される。)売れっ子になればせわしなく卓を行ったり来たりする。担当が不在の間はヘルプがつくことになるが、コールの間や店が混雑している場合、内勤の差配が上手くない場合などに客が卓で一人きりになることがある。これをオンリーと呼び、客は孤独なのでスマホを見たりイヤホンで音楽を聞いたりしているという。
 不思議な気もする。歯医者が歯を削っている途中で別の患者の歯を削りに行くだろうか、と思うと客側の都合を考えれば「予約制度を用意する」というのが普通のあり方のように思われる。被り客の発生を許容するシステムは、客同士の競争心を煽る効果を持つ。その不都合に客が甘んじているのは「性愛によるブースト」が働いているからだ。課金するほど、太客になるほど担当が自分の卓に長くついてくれる。自分を大切にしてもらえる。他の客から担当を独占することができる。送り出しにしても、最もお金を遣った客が最後まで店に残ることができ担当と長く過ごすことができる。店に最後まで残れるということはアフター率も上がるし泊りもあるし、担当の家に行くこともできる。担当と接する喜びを最大化し担当を独占したければ金を遣うほかない。その行きつく先がエース(担当の指名客の中で最も課金する客)になる、という目標となる。


 ホストクラブには飾りボトルというシステムがある(単に「飾り」とも言う)。酒の入ったボトルだが、ボトル自体に装飾性があり飲むために注文するというより卓の飾りとして置いておける。最も安いものがシンデレラというガラスの靴の形をしたボトルで3〜5万円、イルカの形をしたドルフィンが15〜20万円程度だという。その上にクリスタル(バカラ社製の様々なクリスタルボトル)があり1本80〜200万円程度で、ジュビリー、トラディション、ロイヤルバカラルイ13世、アンペリアル、リシャール、ブラックパールなどの種類がある。また酒だけでなくミネラルウォーターの入ったフィリコという飾りもあり15〜20万円程度だという。いずれも市販の5〜15倍程の価格設定がされており、さらに会計時に8%の消費税と、25〜40%程度の店の「TAX」が加えられるため、高いものだと1本300万円程度になるという。もはや酒である必要性はないが、「お酒を飲むところ」というもともとの建前から形骸化しながらもまだ残っている。
 次の来店時にも卓に飾ってくれる。卓にずらりと高価な飾りが並んでいると「あの客すごい」となる。飾りボトルという文化はキャバクラにはないという。永久指名制がキャバクラになくホストクラブ独自というのも含めて、「性愛をベースにして他の客との競争を煽らせる」という仕組み自体がキャバクラには希薄でホストクラブ独特のものなのかもしれない。


 シャンパンタワーはテレビでも見たことがあるから存在は知っていた。これはキャバクラにもあるという。『ねほりんぱほりん』では100万円程度のタワーだと「しょぼい」と叩かれると語られていた。イベント日では担当と色やデザインを相談しつつ5〜600万円のタワーを作るという。バースデーイベント、昇格祭、周年イベント、チーム対抗イベント、浴衣デー、クリスマス、カウントダウン等々のイベント日が店によって設定される。通常日であれば100万円ほどのタワーでも「すごい」と言われるのだという。『ホス狂い!!』でもなつ氏が担当からバースデーイベントで300万円のタワーを頼まれ、入れようか悩みながら最終的に断るというエピソードが描かれている。
 「ホストラブ」というホストクラブの客が交流するインターネット掲示板がある。実際に覗いてみるとエースや本彼の噂にあふれている。エースは風俗業に勤めていることが多く、エースの出勤状況とホストの出勤状況を突き合わせて「泊まり確定」など書かれている。まるでオシント(オープン・ソース・インテリジェンス)だ。今までに入れた飾り・クリスタルについて語るスレがあって読んでいたら、「シンデレラやフィリコはクリスタルコンプリしていたら飾りとしてはいいけどね。そうじゃなかったらださいし哀れにしか見れない」と書かれていた。5万、20万を費やして「ださい」「哀れ」と言われる世界。『ねほりんぱほりん』で総額1億円以上を遣ったエースの20代女性が「100万のタワーだと叩かれる」と語っていたのは、店で直接言われるというよりホストラブのようなインターネット上で叩かれるという意味かもしれない。ホストラブのような場が「他の客に見られている」という意識をさらに強めている。


 月の締日にはホストクラブに各ホストのエースが全員やって来る。その月のNo.1になったホストが発表されるのを、担当の隣でエースが聞く。エースは担当から感謝される。もし担当がNo.1になっても自分がエースでなければ担当の隣にはいられない。歓喜する担当とエースを遠くから見ることになる。月に3〜400万円ほど使えばエースになれるという。またNo.1のエースになれなかったとしても、ラスソンは狙えるかもしれない。ラストソングの略でその日に最も売り上げたホストが閉店前にカラオケを歌う制度がある。ホストが歌うのを隣で客が聞く。他の客に対して「今日この店で最も金を遣ったのはこの私だ」という優越感を味わえる。『ねほりんぱほりん』での映像では、他の客はその間うつむいてスマホをいじるなりしていた。


 ホストクラブには他の客との競争心を煽る仕組みがいくつも組込まれている。『ねほりんぱほりん』では、担当に会える喜び→担当のエースになる→担当をNo.1にする、と客のモチベーションが推移すると総括されていた。この「虚栄によるブースト」を受け入れる人もいれば、乗っかることのできない人もいる。番組の20代風俗嬢と10代風俗嬢は前者、30代専業主婦となつ氏は後者に該当する。「エースになる」「No.1にする」という目標が設定されるとあたかも部活のようになる。
 番組に出ていた20代の風俗嬢はエースだった。担当に求められた額・頼られた額を用意できなかった時が死ぬほど悔しいと語っていた。他の客ではなく自分に頼ってくれるのが嬉しいという。たとえ担当が他の客を煽る(金を遣うよう要求する)としてもそれはポーズでしかないと信じられる、だって600万を用意してってお願いされて実際にできるのは私だけだから、というプライドがあるという。頑張り続ける理由をくれるのがホストであり、自分の生きる意味になっていると語っていた。実際、彼女は夜中から明け方までデリヘルで働き、朝から夜までソープで働き、夜はホスクラに通うという、睡眠時間がまるでない生活を送っている。一度エースになると単発エース(その月だけのエース)ではだめだというプレッシャーが圧し掛かってくるのだという。競争に勝つには他の客より相対的に最も金を遣う必要がありどうしても「風落ち・水落ち」(風俗業・水商売に転職すること)という手段が選択されることになる。その上でさらに彼女のように「鬼出勤」しなければ、相対的に優位に立つことができない。他の客が「そこまではやれない」と考えるラインまで行かなければ勝てない。


 何となく国持大名のことを思い出した。江戸時代には大名たちが将軍に拝謁するイベント日が年に何度も設けられていたが、その席次(殿席)は官位によって定められていた。(官位は正四位下少将や従三位中納言といった律令制で導入された役職と地位のことで、鎌倉時代以降は純粋に武家の序列に利用されていた。)大名の中でも御三家を除いて最も家格が高いのが国持大名だが、幕府の役職からはあらかじめ排除されていた。どれだけ有能でも幕府のスタッフとして活躍するとか実権を握る、昇進するといった形でプライドを満足させる道は閉ざされていた。年中行事のたびに席次で何度も自分の順位を思い知らされ、周囲からの視線も浴びる。また大名家の家格や石高、官位を網羅したガイドブックが出版されていたから「庶民からも見られている」という意識もあった。(大名行列は庶民にとっての娯楽でもあったからそういうガイドブックが存在したらしい。)
 すると官位を上げて席次を上げようとどうしても熱心になる。同格の大名に先に昇進された仙台藩主の伊達重村が「御手伝普請」(幕府が実施する公共工事の費用や労働力を大名に負担させること)に積極的に協力し現在の貨幣価値で350億円ほどを拠出して中将へ昇進したとか、岡山藩主の池田家が少将への昇進のために幕府の要職へ3億円以上の贈賄をしていたとかいった話が残る。(ちなみに映画『殿、利息でござる!』では仙台市出身のフィギュアスケート羽生結弦選手がこの伊達重村役で最後に登場し「儂も名誉欲に目がくらんでおったわ」みたいなことを言う。)
 どれほど無意味な、形式的なランクであっても、強制的に他者との比較にさらされれば競争心を煽り立てられてしまう。そこを利用して金を出させるという心理的なトラップが、クリスタルやラスソン、締め日といったホストクラブの制度と似ているのかもしれないと少し思った。課金システムを構築しようとすると似てくるのかもしれない。
 なおこの官位と殿席、国持大名の関係については以下が詳しい。

江戸城―本丸御殿と幕府政治 (中公新書)

江戸城―本丸御殿と幕府政治 (中公新書)


 このレースへの参加を諦める客もいる。30代の専業主婦もなつ氏も風俗業・水商売には従事せず、エースにはなれないと諦めている。「エースにならないことを自主的に選択している」というより「諦めている」という言葉づかいになるようだった。例えば海外旅行を何度も楽しむよりもはるかに高い金額を払っているにも関わらず、細客、極細客(金を遣わない客)などと言われ、「自分は担当に貢献できていない」「自分はエースではない」といったある種の惨めさを味わわされるというのは改めてすごい世界だと思う。
 彼女たちは「担当を支えてあげたい」「担当のために頑張る」という言い方をたびたびしている。この意識は「性愛によるブースト」が伴う虚しさや辛さをオーバーライドするのに役立つかもしれない。不安感を払拭するために自分は課金しているというプライドを傷つける事実を、自分は担当をNo.1にするという目標のために課金しているんだという利他的なストーリーで覆い隠して自分自身も納得させれば苦しみから免れることができる。これは自主的に選択してやっていることなのだと自分を納得させられれば楽になれる。
 苦しさに落ち込むことで課金させる仕組みと、その苦しさから免れる道としてまた課金させる仕組みが用意されている。


ホスト側のインセンティブ

 客に課金させるシステムがあるとしても、集金員としてのホストが機能しなければ起動しない。もちろん「大金を稼げる」という基本的なインセンティブはホストに存在するとしても、それだけで人間がこの「一方的に相手(客)に負担を強いるシステム」に積極的に荷担するのは難しい。悪を悪と認識しながら実行できるほど強い人間は稀有であって、普通は「仕方がない」「自分だけじゃない」「むしろ良いことをしている」という自分自身への言い訳が必要になる。


 ホストには様々な集金に対するプレッシャーがかかっている。入店後しばらく経つと「入店祭」というイベントが設定される。複数の新人をまとめてやる「合同入店祭」もあり、後から入店したホストはもう指名客を獲得しているのに自分にはまだない、入店祭で自分だけ指名客がいないというのは大きなプレッシャーになり得る。また本指名が得られるまで名札が外れないため恥ずかしいといった心理的な焦りも生ずるという。
 店にはホストの顔写真が順位に応じて並べて張り出される。自分が誰よりも下で誰よりも上なのか、ホストからも客からも一目瞭然だ。悔しさや焦りに煽られて競争心を抱く要因となる。ナンバーを上げることで待遇や収入面での条件も良くなるような仕組みにもなっている。
 客の側にも競争心が働く機構が用意されているが、ホストの側にも競争心が働く機構が組み込まれている。


 客が風俗で働いて得た収入をホストクラブに注ぎ込むことについて、『ねほりんぱほりん』では数人のホストがどう思っているか答えていた。感謝しかない、応援してもらえるように頑張る。最初は抵抗感や罪悪感があり、無理しなくていいよと客に言っていたりもした。しかしそれは違うと先輩から教わった。相手を尊敬して、相手を全力で楽しませるのが自分の役割だとわかった。だから今は「ありがとう」という気持ちしかない、という。これを見たとき、振込め詐欺集団の側の実態を描いた鈴木大介著『老人喰い』のことを思い出した。そこでは詐欺集団の「研修」の風景が描かれている。この過程で「犯罪をしている」という後ろめたさが徹底的にオーバーライトされていく。はっきり「これは犯罪だ」と認めた上で「だが最悪の犯罪じゃない」と言う。健康食品や情報商材や不動産を金のないやつに騙して売りつけて破滅させるのが合法的に許されているのは何だ、金持ちから多少ふんだくる方がまだマシではないか。金のない奴を借金漬けにして奪う200万と、2000万の資産のある奴から奪った200万のどちらがマシか。そもそも我々若者や弱者に回るはずの金を溜め込んでいる老人から取り戻しただけだ、金を抱え込んで消費しない高齢者は日本のガンだ、というストーリーを実に多彩な手法で研修の中で新人に刷り込んでいく。もちろんこのストーリーはほとんど欺瞞でしかなく、現実には振り込め詐欺によって社会的強者ではない老人が経済的・精神的に破滅させられる。しかし嘘であっても「自分は悪いことをしている」という後ろめたさから逃れるための道としては十分に機能する。痴漢が「相手も触られたがっている」という第三者から見ればはちゃめちゃな理屈を本気で信じていたりするのと近い。


 こうしたホストクラブの課金システムの仕組みや構造に、その店を経営するオーナー自身がどれほど自覚的かはわからない。キャストとして経験を積んだ後に独立してオーナーになる場合がほとんどだとして、新人の頃から「とにかくホストクラブはそういうルールだ」と教え込まれて特に疑っていなければ仕組みの意味については問われないままかもしれない。「あの店はああいうやり方をして儲かっている」というのを少しずつ取り入れて積み重ねていった結果が、今の「ホストクラブ」という形態になっている。人間の心理的に弱い箇所を効果的に突く手法が少しずつ発見されて、その知見の積み重ねでシステムが成り立っている。それはソシャゲなどと同じかもしれない。
 この課金システムは「女性が男性に肉体を売ることで多額の金銭を得られる」という前提を肯定することでしか成立しない。さらに睡眠時間ゼロで課金してしまう客さえも否定されない。客もホストも「他人に迷惑をかけずに自分たちが好きでやっているのだからいいじゃないか」と言うかもしれない。例えば覚醒剤が「自己責任でやればいい」とはならないのは、覚醒剤が生理的に幸福感を強制起動する装置であるとしても副次的な影響の大きさを許容できないからその自由が認められていない。同様にホストクラブが心理的に幸福感を強制起動する装置であるとしてもその副次効果の大きさから許容できない、副作用のレベルが十分低くなるような制約を設ける、という話になってもおかしくない気もする。ひょっとすると既にそうした抑制的な仕組みを入れて全体としてマイルドにハッピーなホストクラブもあったりするのかもしれない。
 独自の進化を果たして、一見とても奇妙だけど実は合理的なシステムを見るのは面白い。システムをとても面白いと思うのと同時にそこに組み込まれた人間の状態を知るとつらいという気にもなる。