徳成旨亮『CFO思考』
人を元気にさせるような内容だった。単に「CFOの役目」の話に留まらず、グローバルな視点で日本や日本企業がどう見えるのかを含めて語る点が本書を面白くしている。それは著者が三菱UFJやニコンのCFOとして、海外の投資家・機関と相対する中で意識せざるを得なかったという。例えば日本の「事業の多角化や転換で会社を永続させる」スタイルは、米国の「会社はタイムリーに清算して社員を労働市場にリリースすべき」方針とは異なるが、社会の安定には資する。そうした特質を「グローバルな常識と違う」と否定せず、両立を考える。
CFOの役目は、「どこまでリスクをとり得るか」の範囲を正確に理解して、リスクの取り過ぎを戒める金庫番としての役目と、リスクの取らな過ぎを監視する役目の双方が必要だという。前者の「金庫番」の役目は従来からよく認識されていたが、後者の経営層へ投資を後押しする役目は軽視(ないしそもそも認識されていない)されがちだったという。
単に「利益さえ生めばいい」ではなく、根本としては「世の中にこれを実現させたい」という情熱がないとダメなんだといったことが語られていたのが、読んでいて元気になるところ。
更谷富造『漆芸』
https://bookmeter.com/reviews/118756181
欧米に存在する日本の古い漆芸品の数に対して、復元家の数が極めて少なかったという。漆器産業では工程別の分業制の一方、修復は全工程をこなす技量が必要となる。修復を生業にした著者は、オーストリアの美術館→公爵家おかかえ→独立してロンドン→米国と実績を積んで帰国。世界中から依頼がひっきりなしに来るという。「ブルーオーシャンを上手く開拓した」とも言い得るが、根本は「漆芸品はすごい、自分も漆器の職人ではなく本物の漆芸家になる」という情熱だろう。最近あらためて漆器・漆芸品に興味が出てきたので13年ぶりに再読した。
細川重男『執権』
https://bookmeter.com/reviews/118686145
鎌倉時代の将軍-執権関係が、古代の「天皇を輔弼する武内宿禰」のコピーとして正統化されているという。その場合、天皇-将軍、将軍-執権と宿儺構図の多重化が生じるが、そうした点が「将軍がダイレクトな統治者」スタイル(室町・江戸)に比べて体制が安定しない要因になり得るのだろうかと思った。権力と体制がどう形成されたかが、丁寧に解説されて、大胆に図式化されて面白かった。
旦部幸博『珈琲の世界史』
https://bookmeter.com/reviews/118703078
世界的な一次産品にまつわるエピソードの数々が面白い。エチオピアでは日本の茶道のようにコーヒーセレモニーという文化がある。ヨーロッパの他の国では「男性がカフェで飲むもの」だったがドイツでは「女性が指摘空間で淹れて飲むもの」だった。アメリカがコーヒー消費国になったのはボストン茶会事件がきっかけ。北欧が消費国になったのは第一次大戦で中南米産のドイツ輸出が滞った分が流入したのがきっかけ。キューバ革命はアメリカが高品質のコーヒーをソ連から買う状況を生んだ。等々。
キューバが革命で社会主義国になる。
→中南米での革命の連鎖を米国が恐れる。
→経済・政情の安定化のため国際商品協定(コーヒーを含む)の枠組をつくる。
→加盟国を輸出国/輸入国に分けて受給調整・価格調整をはかる。
→協定向けのコーヒーは、品質を向上しても販売量・価格に反映されないため、協定向けコーヒーは品質が低下し、余剰分/高品質品は協定外(東側諸国)へ低価格で横流しされる。
→加盟国消費者(特に米国)にとって「東側のコーヒー消費を自分達で支えている」形になる。さらに高品質品をソ連に中間マージンを払って入手することになる。
林秀樹『ジリ貧パチンコホール復活プロジェクト』
https://bookmeter.com/reviews/118721338
パチンコ屋の経営改善は「数字と実感には乖離がある」が全ての施策のベースにあるようだ。客の実感(出玉感)と店の数字(利益)は完全なトレードオフにはならず、出玉感の最大化と利益の追求が矛盾しない。例えばS値が0.2変化しても客は気付かないが利益には大きな影響がある等。大手ホールのように人気の新台はタイムリーに手に入らない。ハンデを背負った中小ホールは、愚直にデータを見て、店の環境を整え、組織を効率化するほかない。知らない業界の話、それも「斜陽産業で中小がどう振る舞うか」の話は面白い。
途中、パチンコは単に数字ではなくて、玉の動きが面白いはずで、予測できない複雑な動きが、視界にいくつも同時にあることが刺激になっていて、それがなくデジタルの画面が動くだけなら玉である意味がない、中古機種を選ぶにも調整するにも、そういう面白さをきちんと考慮しないとダメ、みたいな話をしていたのが、なんか良かった。こう、ギャンブルとしての刺激というより、プリミティブな快楽って感じで。
パチンコは自分では全くやらないけど、ある種の思い入れがある。
子供の頃に両親がパチンコ屋に勤めていた。岐阜市内の繁華街(柳ケ瀬)にあった非チェーン店で、父が店長、母がカウンタースタッフだった。
当時幼稚園児~小学生だった自分は「店長の子供」として店にもよく遊びに行っていた。両親は土日休みではなく不定休で、早番と遅番もあったから、家に置いておくのが難しかったのかもしれない。開店前や、時々は締めの時間にも店にいた。早朝に柳ヶ瀬のミスドでハムタマゴパイを食べたり、喫茶店でモーニングを食べたりするのも好きだった。
今はそのパチンコ屋は別のパチンコ屋に変わっているようだ。もう四半世紀以上前の話。
仲里成章『パル判事』
https://bookmeter.com/reviews/118897980
東京裁判でA級戦犯全員無罪を主張したインド出身の判事ラダビノド・パルの評伝。所得税法の専門家が、一種の手違いで判事に任命され、事後的に国際法の勉強を始める。インドの知識人層、特にナショナリストには中国を侵略した日本への反感があった一方、パルらベンガルの郷紳は力への信仰から弱小国を軽蔑する価値観があり、そのことがインド本国に反する形で日本の帝国主義を擁護した素地となったという。戦後、日本の国粋主義者から、日本無罪論の根拠として利用されていく経緯を実証的に描く。
我妻俊樹、平岡直子『起きられない朝のための短歌入門』
https://bookmeter.com/reviews/118908390
現代の歌人が、どういった内在的なロジックや価値観で短歌をつくったり鑑賞しているのか、その一端に触れられて非常に面白かった。言葉とそれによって喚起される感覚や記憶を、際の際まで突き詰めていくような営み。実作を解説されることで、日常的な言葉の運用や価値観のみからは見えない、その歌の持つ凄さを知られる一方で、このベースをとっかかりだけでも共有しないと理解が難しいというハードルがあり、本書はその橋渡し役を果たそうという試みなのだろうと思った。
五十嵐太郎『新宗教と巨大建築』
https://bookmeter.com/reviews/118999114
宗教建築は、その宗教の教義や形成過程と不可分なはずで、建築物のスタイルだけを云々するだけでは不十分なはずだという問題意識から出発する。特に明治期以降の新興宗教は(仏教やキリスト教建築と異なり)「いかがわしい」「怪しい」という先入観で建築も評価されがちだという。天理教は、単に本部の建築だけでなく、まちづくりまで発展していくのがやはり特異だ。各宗教建築が、寺や神社など既存宗教の建築の要素・モチーフをどういう経緯や意図で取り込んでいるのか、あるいはズラしているのかといった解説も面白かった。
谷知子『和歌文学の基礎知識』
https://bookmeter.com/reviews/118999750
「意味を担わない枕詞が和歌に存在する」ことについて、その後の歴史的過程での衰退も踏まえ、成立期においてはそもそも日常会話と隔絶していることが和歌の存在意義であって、「これは歌だ」と明示するような効果があったのではないか(土地にかかる枕詞が「土地褒め」という呪術的な意義を持つことも含め)といった考察が展開される。31のトピックについて、単に「和歌はこういうもの」と紹介するだけでなく、「和歌という営みが当時の人々にとってどういうものだったのか」を伝えてくれる本になっている。
鬼龍院翔『超!簡単なステージ論』
https://bookmeter.com/reviews/118924614
「徹底的に客を平等に扱う」という点で、サイゼリヤに近い精神だと感じた。内輪ネタで初見の客を置き去りにしない。曲紹介を入れてファンでない客も理解できるようにする。ノリ慣れていない客も楽しめるよう振りを強要しない。ステージが見辛い客に配慮する。「困った客」の相手をして他の客の時間を奪わない。それらを「客に優しい」と言われると違和感があると著者は言う。アーティストとして良い作品を提供するだけでは足りない、同時にサービスの提供者としての側面にも当然意識が必要なはずだ、という認識があるのだろう。
藤田達生『江戸時代の設計者』
https://bookmeter.com/reviews/118986533
藤堂高虎の業績を見ると、とりわけ築城に関して卓越した技術を発揮した人だと分かる。面白いのは、戦国時代~江戸時代初頭だと、純粋なテクノクラートではなく、戦闘集団の指揮官、紛争や利害対立の調整者・交渉役、地域の統治者といった役目でも活躍しているという多面性があるところ。豊臣恩顧大名ながら家康側近という特異なポジションは、この多面性に由来し、かつこの多面性を実現させているのだろう。さらに江戸時代に入り、藩が形成されてくると、地域運営のコンサルタントとして各地の指導にも入っている。
前田鎌利『教養としての書道』
https://bookmeter.com/reviews/118986145
ビジネス書の体裁を取っているが、「ビジネスに役立つ」といった観点には囚われず、書の歴史、道具、書体・書風、書家等について基礎的なトピックを幅広く取り上げて、書に関して何も知らない人でも一般知識を得られるような本になっている。踏み込んだ内容や、著者個人の価値観や思考の展開はほとんど含まれないのは、自分で書かない人にも一つの窓口として機能してほしいという著者の願いが込められているような本なのかと思った。
全然内容と関係ないが、本書の副題?の「世界のビジネスエリートを唸らせる」って、いなば食品の「世界の猫を喜ばす」をちょっと思い出した。
大河内薫、若林杏樹『お金のこと何もわからないままフリーランスになっちゃいましたが税金で損しない方法を教えてください!』
https://bookmeter.com/reviews/118765226
書名の「損しない方法」という言い方は正しい。「節税」はあたかも「税金を(ずる賢く)節約している」と思われがちだが、本書を読むと「何もしなければフリーランス(事業所得)は会社員(給与所得)と比較して損な状態」にデフォルトで置かれている。例えば会社員は収入に応じて自動で最大195万円の給与所得控除を受けられるが、フリーランスは自力で申告し、大量のレシートを7年保管し説明可能な状態を維持しなければならない。フールペナルティ的なシステムだと感じた。私自身ずっと会社員を続けているが、仕組みを知るのは重要だと感じた。
野村克也『野村ノート』
https://bookmeter.com/reviews/118971105
選手は褒めておだてて気持ちよくプレーさせるという風潮に対して、短期的に結果は出ても、長期的には続かないと指摘する。チームとの協調や貢献の意味から、社会常識やマナーまで「人間教育」を根気強くやる/叱る必要性を強調している。私自身は「教育機会の提供はしても学ぶかは本人次第」「本人の価値観のベースには踏み込まない」(相手は大人でもあり)という考え方でいたが、組織の持続可能性という観点だとそこまで踏み込まないと、組織力向上が運任せになってしまうということなのだろう。
人間教育の必要性が強調されるのは、プロ野球チームと一般企業(特に大企業)との採用時のフィルタリングの方向性の違い(野球の技術を優先して採用するのと、その会社のカラーに合っていそう・社会常識が身についていそうな人物を採用する違い)もあるのかもしれない。
実力と模範的な態度(身勝手ではないチームへの献身的な態度)を備えたエースが必要で、そうした人物がいることで、周囲が「自分もやらないと」と思って全体がいい方向に向くという話もあり、自分自身も会社の中のことを考えると確かに納得できるところもある。そうした人物が運任せで出現するのを待つより、教育によってその出現率を上げないといけないという話なのかと理解している。
市井豊『予告状ブラック・オア・ホワイト』
https://bookmeter.com/reviews/118894529
川崎市南東部(川崎区・幸区)が舞台の探偵ミステリ。市内の夢見ヶ崎動物公園を訪れたら、事務所に「当園が舞台です」と紹介されていて本書の存在を知った。怠惰な探偵と生真面目な秘書の二人組の掛け合いで、殺人もなく、人情味のある話が展開される。TVKで実写ドラマ化したら楽しそう。『川崎ご当地探偵 九条清春』などの書名の方がしっかりリーチしたのでは……という気持ちにちょっとなった。
編集の学校、文章の学校監修『編集者・ライターのための必修基礎知識』
https://bookmeter.com/reviews/118965013
出版社の編集者は、プロデューサー、ディレクター、アシスタントディレクター、アートディレクターの4つの役目を兼ねるという。本書で紹介される広範な仕事を見ると、確かにそうなっている。装丁や校正・校閲、営業など専門部署や他社にアウトソースする業務であっても、委託元の編集者にも一定の基礎知識が必要になる。これだけ幅広い業務を丁寧にやろうとすれば、極めて多忙になるのだろう。本書は企画から流通まで、基本的だがある程度の詳細さで事例も交えて解説されていて、よくある解説書より読み応えがあった。