やしお

ふつうの会社員の日記です。

生保レディにも人生がある

 どういうメカニズムだかよくわからないけど、昼休みになると会社の食堂前で生保レディたちが待ち構えてるのね。さいしょのころはうまくあしらえずについアンケートに答えちゃったりしてたけど、こっちももう5年目だから。断りのプロだよ。
 声をかけられそうになったら、哀しみを目の奥にひそませて、口元は力なく笑い、何かがもう取り返しのつかなくなってしまったように、かすかに首を横にふって、歩く速度をゆるめずに、無言のままとおり過ぎるんだ。
 声をかけられても、ぜったいに歩みを遅らせず、無視するのは気まずいので「いやあ……いやあ……」と言いながらとおり過ぎる。なんか立派な社会人ってかんじする!
 たぶんレディ側からすると、とおり過ぎるときにドップラー効果で「いやあ……いやあ……」って声が低く変わって聞こえてるとおもう。


 ほんとうにどうなってるのかよくわかんないけど、同じ会社から2人もきてたりするんだ。で、一人はこの地区のレディ、もう一人は本社からきたレディ。協力はせずにそれぞれべつべつに営業してるの。おれ、これ知ってる。刑事ドラマとかで、若い本庁のエリートと、ベテランの所轄の叩き上げのあれだ! すっごいわくわくする。
 たぶん二人のあいだで熱いドラマがあるとおもう。
 最初はいがみあっていた二人。しかし、ある事件をきっかけに二人の魂はむすばれる。いつまでたってもアンケートに答えてくれない悪の会社員に手こずるエリート。それを尻目にベテランがあっさり悪の会社員にアンケートを書かせてしまう。獲物をうばわれて面目丸つぶれのエリート。彼女にむかって怒ったような顔つきで歩み寄るベテラン。どうせあたしのこと馬鹿にするんでしょ……。
「ほら」
 しかしベテランは、なんとそのアンケートをエリートに差し出したのだった。それをきっかけに二人は最強コンビとしてレディ界を駆け上がってゆく……!
 だがそんな二人の前に強敵が立ちはだかった。
「いやあ……いやあ……」
 どれだけ声をかけようとしても高速で通り過ぎていく男性会社員。声をかけたときにはすでに、相手は5km先にいる。かすかに首を振っている様子から、レディ界では「赤べこ」の通り名で恐れられている。さすがのベテランでも無理かもしれない。あきらめかけるエリートを見て、ベテランは決意する。
「いやあ……いやあ……いギッ!?」
 いつものように通り過ぎようとする「赤べこ」の前に突然立ちふさがったベテラン。衝突の衝撃で上空10mも跳ね飛ばされ、地面に叩きつけられるベテラン。かけよるエリート。
「あなた、どうして……」
「いいから、早くアンケートを!」
 ベテランのおかげで動きの鈍った「赤べこ」を捕まえ、エリートはついにアンケートを書かせることに成功する。とうとう、アンケートをとれた! こみあげるうれしさを満面の笑みにかえて、書き終えたアンケートを手にベテランのもとへ戻るエリート。しかし、ベテランはすでに息絶えていた。
「ワクさんっ! ワクさーんっ!!」
 秋の高い空に、エリートの絶叫が吸い込まれてゆく。ワクさん。あたし、絶対に、銀河最強のレディになってみせるよ……!


 まったく、迷惑な話だ。