やしお

ふつうの会社員の日記です。

井上寿一『戦争調査会』

https://bookmeter.com/reviews/86651976

プレイヤー全員が日米開戦回避を目指していて、それぞれ方針や戦略を持って対応していたら、全体ではバラバラな動きになって最悪の選択を最終的にする、みたいな光景がここでも確認されている。敗戦直後でまだ関係者の記憶も新しいうちに証言や資料を収集する活動が自発的に日本で起こっていたのは、貴重な記録だ。政治外交、軍事、財政経済、思想文化、科学技術で多面的に調査を進めていたけれど、戦勝国側への配慮で立ち消え、正式な報告書は未発行で2016年にようやく資料が公刊されたという経緯。


 日米開戦になぜ至ったのか、という話だと加藤陽子『戦争まで』を以前に読んだ。リットン調査団の報告書、日独伊三国同盟、日米交渉の3段階での対応を、当事者のロジックを追っていって最終的に開戦に突入したのかを追うものだった。またそれ以前の日中戦争に至る過程では大杉一雄日中戦争への道』を読んでいて、こっちはどちらかというと軍のガバナンスの弱さを指摘する本だった。本書は幣原首相が立ち上げた「戦争調査会」の資料の内容と、会の経緯を解説するものなので、もっと広範な視点になっている。広範なので単純なストーリーとして把握するのが難しいけど、現実はみんな認識が結構バラバラで、その上最終的にまとめて大きな方針を作って示す人もいないのでバラバラなまま進んでいく。


 戦争調査会の中でも、大平洋戦争に至るのはどこがポイント・オブ・ノー・リターンだったか、という議論がされていて、そこも当時の時点で人によってかなりバラバラだということがわかる。
 幣原首相は第一次大戦後の「平和とデモクラシー」が軍部暴走の遠因だと指摘していて、世界全体で軍縮に進んでいて日本も進めていたけど、国民の間に軍人蔑視の感覚を生んで、当時は実際に軍人差別が起こっていて、軍人側に被害者感情を生んで、その鬱屈がその後の軍部による政治テロにも繋がっているという。警察と軍は国家が占有する暴力装置だけど、これが被害者意識を持って国家のコントロールを破壊し始める、という事態が起こってしまったら、もう制御ができなくなる。


 あと科学技術の部会長が八木アンテナの八木博士で、特許切れの八木アンテナの技術応用で戦争中にレーダー技術でアメリカに先を越されたのも一つの敗因って話もちょっと面白かった。特許戦略がダメになると海外からの科学技術が国内に流入しなくなって、技術開発が遅れて戦争に負けるという。


 本書では北一輝が2・26事件に直接関与があったという立場を一貫して取っている。一方で直接関与が否定された検証結果もいくつかあるようで、そうした検証に関して本書では触れられていないため、どっちなんだろうなと思った。