やしお

ふつうの会社員の日記です。

馬部隆弘『椿井文書』

https://bookmeter.com/reviews/96505847
江戸末期に椿井政隆によって近畿で大量に製作された偽文書が、「本物」として受け入れられる過程を描く。変なマナー(江戸しぐさとか)が昔からあるものとして定着してしまうのにも似ている。椿井政隆は、権利(支配権・漁業権・身分上昇など)の争いに対して一方に有利な歴史を書くことでお金を得ていただけでなく、趣味として歴史書の隙間を埋めたり独自解釈を施した偽文書も作ってたという。今でいう「架空の鉄道や町をリアルに描く趣味」にちょっと近いのかもしれない。それを明治期に子孫が質に流したことで、流出の第二段を引き起こしている。

 公式の地域史に一度組み込まれてしまうと、もうなかなか引き剥がせなくなってくる。純粋な史学の問題じゃなく、地域のアイデンティティや政治的な問題にまでなってしまう。
 歴史学者にとって、限りある研究者としての時間を、偽文書をテーマに定めて割くのは難しい。それなのに、(もともと本人も望んでいないのに)どうして著者が椿井文書を体系的に調査・研究するに至るか、というきっかけの話もとても面白かった。