少し前にテレビ番組の「カンブリア宮殿」で、医師1名のクリニックで、高い水準で患者ファーストを実現できている、結局それは人員の大幅増で実現できた、と紹介しているのを見た。
2023年9月21日 放送 おおこうち内科クリニック 院長 大河内 昌弘 (おおこうち まさひろ)氏 |カンブリア宮殿: テレビ東京
その後で、財務省が文科省に「人員不足はどの業界も共通課題なのだから、教員も数のみに頼らず学校運営を効率化すべし」と指摘したという話を見かけて、並べると趣深さがあるなと思った。
「数に頼らない学校運営を」 教員不足への対応で財務省が注文
クリニックは、当初はどんどん人が辞めていく状況にあったと紹介されていて、今の自分の職場もそれに近いところがあるなと身につまされた。
クリニックの取組み
患者ファーストは、
- 待ち時間が短い
- 専門外の症状も断らずに見てくれる
- 先生がきちんと話を聞いてくれる
- 診断書や検診結果を即日で出してくれる
- 家族が手術を見学できる
- 患者が暑そうなら冷たいおしぼりを出すし、足が悪い患者なら駐車場まで出迎えて見送る
といった、普段患者側も「病院ってこんなもんだよね」と若干諦めているような諸々が解消されている。
それらは、一般的なクリニックよりもはるかに多いスタッフによって実現されている。
- 問診表の電子カルテへの記入は医師ではなくスタッフが事前に済ませる。
- 診察中の内容(薬の指示等)は医師の後ろにいるスタッフが入力する。
- 「医師でなくてもできる作業」を全てアウトソースすることで、医師が本来の業務に集中できる=パソコンばかり見ずに患者を見て、診察時間の短縮と患者を診る時間の確保を両立させる。
- 患者の回転数、処理能力を上げて、人件費を賄う。
院長は、大学病院勤務をしていたが、患者がないがしろにされていると感じて、20年ほど前に独立して今のクリニックを開業したという。しかし当初は、待ち時間の長さやサービスの質の低下でクレームが頻発し、疲弊したスタッフが次々に辞めてしまい、何とか補充してやりくりしながら回している状況だった。新規で補充しても練度が低いから、どんどん辞めてしまうと現場はとてもつらい。
開業当初から在籍しているスタッフが「あれは地獄だった」と振り返っていた。確かに医療現場ってそういう職場環境のイメージがあるよね、と思った。
開業から4~5年が経って、これではダメだということで、少しずつ人を増やしていったという。
村上龍(番組の司会役)が院長に「人を増やせば人件費がかかるのでは」と問うと、「収支はトントン」とのことだった。
少しずつスタッフを増やしながら、患者の回転率を上げて、また人を増やして……とゆっくり変えていったという。いきなり大きなコスト増では破綻するので、コスト増と増収を連動させてゆっくり増やしていった結果らしい。
スタッフの定着を図るにはスタッフを大事にするしかないとのことで、持病のあるスタッフの治療費はクリニックが負担し(自身が病気を体験した人は患者に寄り添えるという理由から、持病のあるスタッフを積極的に採用しているという)、外部セミナーの受講費用等も負担するという。
財務省の教員不足への認識
記事による限り、文科省の教員不足の対策要求に対する財務省側の見解は以下のようなものだった。
- 人手不足は教員に限らない。効率化の対応が民間企業に比べて弱い。
- 教員になった人の奨学金返済を免除する制度は、不公平だし、効果も分からず疑問。
- 教員不足は一過性。近年の大量退職+大量採用の結果で、若手教員が産休・育休を取ったことによる。
- この10年間で教員採用試験の受験者も減っていないから教員不足ではない。
- 時間外手当も含めると、地方公務員の年収より教員の方が高いから待遇は悪くない。
- 外部人材(教員業務支援員)を拡充しても勤務時間が30分/日(在校等時間)しか減っていないから効果が出ていない。
正確には財務省というより「財務相の諮問機関の部会(財政制度等審議会の歳出改革部会)」での意見であることと、記事の媒体(教育新聞)が教員や学校行政寄りの立場でまとめられているのだとしても、「財政規律派の財務省であれば自然にそう言うだろう」とつい思ってしまう内容になっている。
人員不足あるある
費用を出す側、管理側から
- 本当は数足りてるんじゃないのか?
- 不足というならデータを出せ。
- 人不足じゃなく業務に無駄が多いんじゃないか?
- 人を増やしたのに業務時間が減っていないのはおかしい。
と言われるのはあるあるだなと思った。
自分が管理側だったら(そして費用抑制の圧力や指針があったら)同じようなことを言うかもしれない。
クリニックの場合は、組織規模が小さく、院長がプレーヤーとマネージャーを兼ねていたから、要求側と管理側の乖離がなかった。
クリニックのケースからすると、単純に教員の数を増やすというより、スタッフとスペシャリストの役割分担を明確化して、スタッフを増やしてスペシャリストが本業に完全に集中できる状況を作る、という話なんだろうと思う。
人員増やしたのに業務時間減ってないのおかしい、と言われるのもめっちゃよくある。「1人が2人に増えたら、1人あたり業務量が半分になる」とはならない。
人員不足下の環境は、「本来やるべきだけど時間なさすぎてやってなかった業務」が存在する。人が増えれば当然、その「本来やるべき業務」にようやく手をつける。院長だって、スタッフ増やしてそのまま自分の業務時間は減っていなくて、その分を患者対応に振り向けてるわけだし。
コップから水があふれてびしょびしょになってます。もう1つコップを用意したら、あふれた水を無視してびしょびしょにしたまま分配してめでたしなわけないでしょ、という感じ。
職場の話
今自分がいる職場も、ここ数年で結構人が辞めていってる。若手社員が転職したり別部門への異動を希望したり、派遣社員が遺留されても辞めてしまったり、ベテラン社員も健康問題などで退職している。この1~2年で5,6人がいなくなっていて、一つの課としてはかなり多い。
その都度、新しい派遣社員が来たり、中途採用の社員を入れたり、他の部署から異動するなどして補充されている。自分も半年前に別部署から移ってきているので、そうした補充の一環かと思う。(最初は自分のキャリア形成のための異動かと思ったけど全然違った。)
補充して数合わせをしても、当たり前だけどフルで能力が発揮できはしない。その間苦しい状況が続く。
人員不足だと教育に割く余力も小さい。いつまでも補充した人の力を引き出せない。元いたメンバーもあまり楽にならず、補充された人自身も「自分の力が十分に発揮できていない」と感じて辛くなる。
人員不足だとひたすら目前の締切りに追われてタスクをこなすだけになる。自分が成長できているという実感も湧かないし、本当にやるべきことをやれていないという感覚はストレスになっていく。
よくあるマズローの5段階説でいう自己実現欲求が満たされない。「このままここに居ても未来がない」という気持ちになってくる。
私自身も、「ちゃんと業務を理解して(技術力を上げて)、高い水準でやりたい」という気持ちがあっても、目の間にどんどん積み上がっていくタスクをちぎっては投げちぎっては投げしてると毎日10時間とかがいつの間にか消えていて、学習する時間がまるで取れない(それでも週にわずかに無理やり捻出している)。正直うんざりしている。前の職場に戻してほしいという気持ちがそこそこある。
「世の中仕事なんてそんなもん、前の環境が甘かっただけ」と言われると(財務省の「人不足は教育現場だけじゃない」に通じるものがある)「そうスね……」としか言いようがない。
業務の効率化・標準化を進めるべし、と言われても余裕がないと取り組めない。
「しっかり効率化できていれば今の人数でも十分なはず」「しっかり標準化できていれば人の入れ替わりがあっても短期間で対応できるし業務をアウトソースできるはず」はその通りだけど、それができるには、
- やるべきことすらできていない状態
- ギリやるべきことまで手が回せている状態
- 手一杯だけど改善に思いを馳せる余裕がある状態
- 通常業務に加えて改善も取り組めている状態
の4段階目まで余裕が生まれるくらいに一旦人を入れないと現実には難しいのかもしれない。
けれど、1と2の間で「人を入れたのに労働時間が減ってないのは改善への取り組みが足りない」と判断して、「人を増やさない理由」を作ってしまうと、永遠に4には辿り着けない。(実際にはきれいに上記のようにシーケンシャルにはならなくて、1の状態で、無理やり効率化・標準化の活動を組み込んで、蝸牛の歩みで進めるような感じ。)
それでまた人が辞めると、本当にパズルみたいなやり方で人充てをしないといけなくなる。飲食店でバイトをやりくりするのと同じ感じだけど、そこまで業務が標準化もされていなくてスキルが十分かどうかで選ぶ余裕もない。スキルが不足した人のカバーに優秀な人が入ったり、結局はスキルのある人にしか振れなかったりで、優秀な人が疲弊する。
本人の思うキャリア形成との擦り合わせをする余裕も全くなくなる。そうするとその人も辞めたくなってくる。
そんな慢性的な負のスパイラルがある。
今の職場は
- コロナ禍や寒波でかなり大きな混乱(部材の調達困難)が起きた際に、トラブル対応で職場が疲弊した。
- 一つの課で業務分掌・組織機能が広範なために、外部から見てブラックボックスになりがちだったり、マネージャーが管理しきれない。
- 本社共有部門やトップマネジメントから人的リソースを度外視した改善要望や対応要望が大量に期限を切って下りてくる。
といった要因でこうなっているのかと思う。
1つ目の混乱は収束しつつあり、2つ目も課の分割までは行かなくても多少課内の体制分けができたりもしているが、一度負のスパイラルが発生すると、その発生要因が除去されても、回転運動自体は慣性力で止まらなくなる。3つ目はどうしたらいいのかはわからない。
いっぺん入ってしまったスパイラルを断ち切るには、一旦人を増やすのが結局は近道なんだろうかという気持ちに、クリニックを特集した「カンブリア宮殿」を見ながら思っていたところに、財務省が教育現場の単純な増員を牽制してるといった話を見て、(そうそう、管理部門が許しちゃくれねえのよねえー)という気持ちになったのだった。
世の中いろんな職場でありふれた話なのだろうとは思う。
以下は投げ銭代わりの設置。お礼しか書いてない。