やしお

ふつうの会社員の日記です。

デール・カーネギー『人を動かす』

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/38758627

自己啓発本は浅くていやだと敬遠してたけど、ジャンルではなく書き手の問題だということがよくわかる。圧倒的な説得力を現出させて押し寄せてこられれば、あとは楽しく流されるだけだ。自らはあれこれ論じず一貫して例示を積み重ねるだけでこんな体験が実現できる。例示には緩急があって、大成功した例(大統領とか実業家とか)でここまで辿り着けると思わせる一方で、身近な成功例(子育てや仕事)で現実感を持たせる遠近法。そして論拠も複数の引用で示される。やっぱり主張される内容に対して、形式が既に実践になっているものを読むのは悦びだ。


 「人を動かす」といっても相手を都合よくコントロールして一方的に得しようじゃなくて、相手に納得感を持ってもらって、理解してもらって、行動してもらって、最終的に相手も自分もよかったね、ってなるための留意点の話。
 一つ一つの結論は他愛ない。「笑顔で接する」とか「相手の顔を立てる」とか。(そのため目次だけを見ると読む気が失せる。)ところがそれを整理して構成し、豊富な例示を適切な長さと配置で詰め込むことで、何か読んでいてわくわくするものが出来上がるのだ、ということを体験できる。
 自己啓発本をせっせと読む人のことが今まであまりよく理解できなかったが、こういった快楽が与えられるのなら、それをもう一度求める心情は理解できると思った。本人は「役に立つから」だと言うだろうし、実際そう思っているとしても、本当にこの処世訓が役に立つかどうかというより、本として読んだ時に楽しいかどうかが問題なのだ。


 だから、この本のレビューで役に立つ/立たないといった観点での議論を見かけるが、全く詮ないことだ。まず第一に読んで楽しかったかどうかがあって、読む中で、あれこれ自分の体験や感情の記憶が喚起されたり、何かに期待感を持ったり決意したりするという楽しみが得られたらそれでこの本は良かったというだけで、その先、実際に役に立ったかどうかなんてあなたの問題であって本の責任じゃない。ディズニーランドへ遊びに行って「楽しかったな夢の国だったな」と思えればそれでいいだけで、帰ってきた後に「なんだよ現実じゃねえか!」とディズニーランドに向かって怒るなんてどうかしている。
 それに声高に「役に立たないぞ!」などと言うまでもなく、本書の射程圏外の人間が存在するというのは、当たり前のことだ。「相手に重要感を与える」を実践してもひたすら重要感を吸い続けて肥大化する妖怪みたいな人間もいれば、「先にこちらから寛大さを示す」を実践してもひたすら我々の寛大さを踏み台にして自分からは示さない人間もいる。それはそれで、苦痛で楽しい現実だ。


 そうしたことを百も承知で、せっかくなので、自分の日常の態度や発言を修正していく材料にしてみたいなと思った。


人を動かす 新装版

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