やしお

ふつうの会社員の日記です。

日本の大企業社長がおジョブズのわくわく感出すのむずい

 社長が社員を鼓舞するメッセージ出して、それ見てちょっとがっかりした。
 社内のポータルサイトに社長のメッセージ動画がアップされた。10分弱の、編集も演出もちょっと凝ったきれいな動画だった。今まで経営層の人がそんな風にメッセージを発信するのは、この会社に7年いて見たことがなかったからちょっとわくわくした。


 以前、事業の部門長が社員を集めて、目標と実際の数字(営業利益)を並べて、もっとがんばらないといけない、みたいなこと話すのを強制的に聞かせられて強い苦痛を味わったことを思い出せば、ものすごく進歩してるという感じ。
 家族だからわかってくれるよね、という甘えで配慮や説明を放棄して家族関係がぎすぎすするのってよくある。それに似た甘えを感じていたので、そうじゃなくて内側に向けてもきちんと表現しよう(その方がかえって得だから)、という意識へようやく転向したのかなと思ってわくわくした。


 お動画の内容はこんなふうだった。
 市場が変化してます。市場からは会社の将来性に厳しい目が向けられています。危機感をもたないといけません。会社は変化して成長しないといけません。だから一人一人が変わらないといけません。
 最初わくわくしてたのが、だんだん薄れていった。
「最後に私からみなさんへお願いがあります。私とビジョンを共有してほしいのです。」
 という最後のお願いを聞いて、決定的にがっかりした。


 動画はきれいだし、みんなで進んでいこうぜ! というメッセージなのに、どうしてこうわくわくしないんだろうとしばらく考えながら、おジョブズのこと思い出した。おジョブズがアップルに復帰したときに、社員を集めてやったプレゼンのこと。これ↓


「現状を打破しようとする全ての人に捧ぐ。ジョブズ最高のプレゼンテーション。 | カジケンブログ」
http://kajikenblog.com/?p=4422


 おジョブズのこと特別好きってことなくても、あんな風に言われたらわくわくするよと思う。会社がヤバいです、こっから進んでいきます、という内容は同じなはずなのに、何が違うんだ。
 おジョブズはこれ、一度も「お前らが変われ」って言ってない。「あなたたち(私たち)の価値観は正しい。これからも変えない。この価値観で世界を変える」みたいなこと言う。それと比べると私の勤め先のは、「あなたたちは間違っています。私や世間が正しいです。だからあなたたちは私の思う通りに変わってください。」になってる。
 極単純な事実だけど、他人に「お前は変われ」と言われて抵抗を感じない人はいない。自分の過去を否定されるのは苦痛だ。「あなたは違う」と否定されるより「あなたは正しい」と嘘でも肯定された方が気持ちいいのは当たり前だ。トイレに「いつもきれいに使ってくれてありがとう」って嘘でも張り紙すればそうしてくれるみたいな。
 我々の信念は正しい。これで世界を変える、っていうこの宗教っぽい感じでうおーって気持ちにさせてくれる。


 ここまで考えて一旦(そうか、私の勤務先の社長はそこまでわかってないんだ)みたいな感想で終わりそうになった。でも「俺はわかってる。あいつはわかってない。やれやれ」ってまさにこのお動画と同じだと思ってもう少し考えた。
 社長は頭わるくない。自分なんかよりはるかに世間も会社の内部も見てきて仕事をしてきた人がわからないってことはないだろう、という仮定に立って見てみる。もちろん、感覚を鈍摩させ続けた結果ものが見えない人になってるって可能性がゼロじゃなくても、そう仮定するより、本人のせいじゃなくて、なんか構造的な要因が社長とおジョブズのスピーチに差を現出させていると考えた方が楽しい。


 社長はわざわざ最後に「私と価値観を共有してください」とお願いしている。でもおジョブズは社員と価値観を共有している、という前提で話してる。これブラフでなければ、雇用形態の違いでこの確信の差が生まれているのかもしれないと思った。
 前アメリカの会社に出張で行ったとき、「今の会社に7年勤めてます」って言ったら「そんなに」と驚かれた。人の出入りが激しくてバイバーイみたいな感じであっさり人がやめていくし、新しく入ってくる。おジョブズもかなり厳しくて使えないスタッフはどんどこ首を切ってたとか聞く。
 それだから、最初から「社長である自分と価値観を共有してるのは当たり前だ」と思えるのかもしんない。共有できてない人間は排除してるんだから。
 一方で日本の大企業の社長だと、雇用は守る、という縛りを所与の条件として据えざるを得ないために、価値観を共有してください、あなたたちは変わってください、というお願いにどうしてもなってしまう。


 そういう差が社長メッセージみたいなところで出てきてるのかな、と思うとけっこう面白かった。