やしお

ふつうの会社員の日記です。

自信のなさで結婚詐欺

 この前テレビで、結婚詐欺の女と被害者の男と弁護士が対決するという番組をやっていて途中から見た。見ながら、(ああ、わかる……)という気がした。女の方の気持ちにすごく心当たりがあると思った。
 9年も付き合っていて結婚の約束までしていたのに、他に3人の男とも付き合っているし名前も偽名、男には暴力をふるう、結婚資金含めて750万円を男から借りたまま返さない、メールで一言「バイバイ」とだけ送って自宅を引き払って男の知らない実家に帰ってしまった。
 その話だけ聞くととんでもない悪女という感じだけれど、たぶんこれ、本人は悪気なんてこれっぽっちもない。単に自信がないタイプの人間なだけだ。これ、「悪気がないから許される」んじゃなくて「悪気がないからたちが悪い」。悪いことを悪いとはっきり自覚してやってる人間なら交渉や譲歩があり得るけれど、そうじゃないからしんどい。悪気がないから(でも本人は悪気はないし)と許してしまって、はっきり関係を断ち切れなくてずるずるいってしまう。総額750万円渡しちゃう。


 暴力も暴言も男に浴びせる女なのに、「自信がない」というのは一見あべこべみたいだけど、順番に想像していけばよくわかる。
 男が50手前、女が30代前半で、9年間付き合っていたというから、男が40くらい、女が20代半ばくらいで付き合い始めている。「男の方がはるかに年上なんだから、経済的にも精神的にも包容力があって当然だ」という認識が共有されていたと思う。男の方がそういう見栄の張り方をしたから女がそれを受け入れたのかもしれないし、女の方がそういう振る舞い方を暗に要請してそれに男が応えたのかもしれないし、その両方だったのかもしれない。経済的な包容力という点では食事代や交通費、プレゼント代を出したりすることだし、精神的な包容力という点では女のわがままや失礼な物言いを許したりすることだ。そうして女の方は、「そうやって貢いでもらえるだけの価値がある私」という点にプライドを覚えていく。


 どうしても人は、どこかで自分を肯定していないと生きていけない。例えば仕事ではっきり他人に認めてもらえていれば、そこをよりどころにできる。趣味で賞を取ってるとかツイッターで褒めてもらえるとかすれば、そこをよりどころにできる。もっと抽象的に、何か強固な価値観や宗教の教義などで自分自身を律している自分、にプライドを持つこともできる。そうやって自尊心が確立できていれば、他で無理やり防御する必要がないから、他人に寛容でいられたり、他人を率直に認めたりできる。そうした余裕が生まれる。
 ところがこうした自尊心の確立がきちんとできていない場合は、嘘で何とかして「自分はすごい」というのを自分に信じ込ませようとしてしまう。厨二病というのもその一種だ。プライドを担保するものが何もないから、邪気眼が使えるなどの妄想で「俺はすごい」となんとか思い込もうとする。他人に認めてもらえるように同級生にアピールしたりして、後になって目が覚めたら黒歴史になる。大人でもいる。職場ひとりごとおじさんとかもそうだ。「自分は意義深い仕事をしている」と信じられないから、「あー大変だわー」とひとりごとを大声で言ったり、むやみに大げさな動作をしたりする。意識高い系というのはプライドのアピールに対して実態が伴っていないから起こる。地獄のミサワが丁寧に戯画化してる人たちだ。ほとんど病気みたいだとしても、もうしょうがない。他人にわざわざアピールしなくても、「俺は大丈夫。みんなわかってくれてる」と信じられるだけの実体を身に付ける以外にない。


 「貢いでくれるだけの価値のある自分」、「わがままを言っても許されるだけの価値のある自分」というプライドを得たとしても、それは実体がないからすぐに不安になる。強化するためにエスカレートさせる。相手がどこまで許容してくれるか確かめていく。ついに暴言や暴力にまで行き着く。
 福山雅治がかつてラジオで、「みんな『福山と付き合えればそれだけでいい』なんて言うけど、そんなのは嘘」みたいなこと言っていたが、すごくよく理解できる。みんな最初は「福山雅治と付き合えるだけで幸せ」と本当に掛け値なしにそう思ってる。だけど実際に付き合ってしまうと、一気にそれが当たり前になって効力を失ってしまう。もともと自尊心の形成のために他人と付き合ってる人はその不安に耐えられずに、「でもこんなわがままをしても許される自分」をエスカレートさせていく。福山のインタビューで「若いときは好きだから我慢するって無理してたけど、今は楽な女性じゃないと一緒にはいられないし続かない」という発言もそうした文脈で理解できる。「この人と付き合ってる自分」にプライドを持ったりしない人でないと耐えられない。そういう理解で合ってるのかな。福山に会ったら聞いてみようと思う。


 750万円の借金もたぶん最初は、何か些細な困りごとで金を借りたんだろう。(ああ、それならしょうがないな)と男が自然に思うような理由で。きっとそれは嘘じゃなかった。
 だけど元々知人に借金をする人というのは、そもそも返せない人だ。というのも「計画的に返済する」は「計画的に貯金する」と技術的・能力的に全く同等なので、貯金がないから友人に借金をする人というのは返す技術がない。(銀行のローンとかは別。)きっと男は女に、それとなく返済を頼んだりしたこともあっただろうけど、女は「ちゃんと返すから!」と怒ったんじゃないかと想像できる。貯金ができない人=何気なくお金を遣ってしまう人というのはそもそも、感情と言動の分離が機能していない。「こうしたい」という欲望を分断して自己をコントロールできるという感覚がないから何気なくお金をだらだらと遣ってしまう。そしてそのタイプの人、感情と言動が分離されていない人は、返済を迫られる=返済の意思を問われている、と短絡させてしまう。だから「返すって言ってるじゃん!」と怒る。一方そうでない人は、返済を迫られる=返済のプランを問われている、と理解する。そしてお金を何気なく遣ってしまう人はあればあるだけ遣ってしまうわけで、お金がそこにある=男がいる以上、どこまでもお金を借りてしまう。(ちなみに女は最終的に750万円耳揃えて返したことになっていたけど、たぶんダラダラ遣い込んでたはずなので、実家か他の男から借りたんだろう……)
 一方で、男の側も「若い女を恋人/婚約者にしてる自分」という形で自尊心を持って、それにすがってしまっていると関係を捨てられなくなる。それと損切りができない、サンクコストを追ってしまうという一般的な傾向も手伝っている。投資した以上リターンがあるはずだという希望が現実を見る目を曇らせる。希望的観測を支えてくれるような都合のいい要素ばかりを現実から拾い集めてしまう。だって実際、当たり前だけど、お互いにとって紛れもなく楽しかった時間っていうのは存在してる。相手が自分に疑いもなく好意を持ってくれていたと信じられる瞬間はいくつも存在してる。だから、その断片を手がかりにハッピーストーリーを作り上げてしまう。でもはっきりと確信できずに不安だから、甘えられたときに応じずにはいられない。しかもちゃんと、「自分は年上だから甘えに応えるのが当然だ」という義務感のような顔をした言い訳が、逃げ道として用意されている。そうやってずるずるになっちゃう。


 昔付き合いのあった知人がこの女のもっとライトなタイプだった。どう贔屓目に見ても私の方が知的水準が上と思われたけれど、私を馬鹿にするような言動をたびたび繰り返していた。それでいて時々、「自分のことほんと最低なやつだと思うわ」とか「人に甘えすぎてんなー」とか言う。ただ私自身が(俺のことリスペクトしてくれなきゃムリ)というタイプの人間だったので、その知人との付き合いに耐えられなくなった。(私もまだ精神が十分に成熟していないので。)その知人といることでの楽しみや喜びより、苦痛や不安が上回るようなら、どれだけ前者が大きかろうと付き合いをやめないと精神衛生が保全できない、という価値判断があったので関係を断つことになった。別に今でもその知人に対して、いろいろ楽しかったしありがとうねと思ってて恨みなんて全然ないけど、その価値判断のルールに抵触していたために関係が解消されただけだと思ってる。嫌いだから絶交するんじゃなくて、好きだけどしんどいから絶交するっていうのも当然あり得る。(でも、たぶん相手はそういう説明を理解してくれていなくて、言動と感情が不分明なので、関係がきれる=敵対している、という感覚でいるんだろうなと思う。)
 でももしその価値判断ができなければどうだろう。例えば自分に他に友達がいないから、その相手が血のつながりのある家族だから、といった理由で切りきれなかったらどうだろう。そしたら不安に苛まれながら、でもその不安を払拭するための言い訳を探しながら、ずるずる付き合い続けていくんだろう。


 番組の中で、最後に弁護士に「これは結婚詐欺ですよね?」と詰められて、大泣きしながら「はい」と女は認めていた。女はそれまで微笑んで男を見つめ続けていた。番組では、恐ろしい悪女、みたいな扱いだった。でも9年間かけて「わがままを言っても許される価値のある自分」というプライドを固めてきて、実際男の側もそれを支え続けてきたわけだから、それだけの自信があっても当然なんだ。ただその自信は二人の間の関係性だけで築かれたもので、実体がないから、他人から「外形的に見ればこれはただの詐欺」「あんたはだらしないだけの馬鹿な女」とはっきり示されてしまうと簡単に壊れてしまう。号泣は、その崩壊に感情が耐えられないから起こった。
 計略・知略に長けた悪女なんかじゃなくて、とことん怠惰で自信のない人だっただけだ。その自信のなさを糊塗するためにとことんずるく立ち回ってしまうから手に負えない。実家に逃亡したのも周到な計画じゃなくて、単に都合の悪いことから逃げただけだ。周到に用意された結婚詐欺師のプロフェッショナルな仕事などでは全く無い。だとしたら9年などという時間は割に合わない。男の側だけでなく女の側も二人して「これは結婚詐欺じゃない」と思い込むための材料だけを現実から拾い集めてた。外から見るとどう考えてもつけ込んでる/つけ込まれてるだけなのに、本人たちは全くそんな風には思っていない。
 そうした構造で、つけ込む人/つけ込まれる人のペアができる、客観的な関係性と主観的な関係性にズレが生じていると理解しないと、自分が巻き込まれた場合も、巻き込まれた他人を助ける場合も上手く対処できない。自尊心の防衛機能が働いた結果としての歪みなんだから、論理的に交渉したってダメで、ひたすら「お前はクズだ」と外形的な証拠を一つずつ突きつけて「そうです私はクズです」と言わせて自尊心を破壊するしかない。うすうす本人も気づいてるけど認めるのが怖くて逃げ続けてるという事実を、はっきり認めさせてハリボテの自尊心を壊すしかない。


 テレビ番組だとどうしてもお話をわかりやすくしないといけないから、結婚詐欺師の一言で済ませちゃう。でもそこには自覚的な詐欺師と無自覚な詐欺師の違いがはっきりある。それで無自覚な詐欺師タイプの人はほんとうにたくさんいて、その関係性にはまっちゃう人もたくさんいる、自分も無縁じゃないし、と思って。






 以前書いたこの話を思い出してた。知人に借金する構造のこと。
友人に金貸しちゃダメってこと 2 - やしお