やしお

ふつうの会社員の日記です。

夢と職業と生活のバランスを若者に諭す人

 夢か現実か、という二者択一はよくある話だけど、この前マツコ・デラックスが番組内で高校生に聞かれて、迷う素振りを見せながら答えた内容が、やっぱり誠実な答えだなと思って、大袈裟な言い方だけどちょっと感動した。
 あとそれを見た時にあれこれ思ったことも含めて、忘れないようにメモを残しておく。

  • テレビ番組「マツコの知らない世界」で、「富士山の写真をめちゃくちゃ撮ってる高校生」が出てきた。
  • 年間200日以上撮影しているという。
  • 番組の最後で彼がマツコ・デラックスに、進路で悩んでいると相談した。
  • 写真の専門学校に行くか、海外で色んな写真を撮るか、普通の大学に行くか、の3択で質問していた。
  • デラックスは、「地元で公務員になって写真を続ける」という選択肢を提示した。
  • 言う前に「夢のないことを言っていい」、言った後に「なんてひどいこと言ってるんだあたしは」のような躊躇ないし逡巡のような発言をしていた。
  • とても誠実な答えだなと思った。
  • 夢があって、既に打ち込んでいる若者を目の前にして、それに本気な相手の背中を押してあげたい、意欲を削ぐようなことを言いたくない、とは思っただろうし、それが「夢のないこと、ひどいことを言ってしまった」という言い方に現れているのかと思う。

 

  • 「打ち込んでいること」が、「職業として成立するか」は別問題。
  • 職業になる(=生計が成り立つ収入をそれのみで得られる)かは0/1ではない。
  • 純粋な趣味(完全に成り立たない) → 趣味だが微妙に収入が得られる(売れっ子の同人作家とか) → 趣味と実益を兼ねる → 本業にできる などのグラデーションがある。
  • スポーツでもサッカーや野球のような、競技人口が多くプロスポーツ界が確立されているものもあれば、完全にアマチュアのみが活動しているようなマイナースポーツもある。
  • ボードゲームも日本だと囲碁・将棋はプロが職業として成立しているが、多くは本業にするのが難しい。
  • プロゲーマーやYouTuberなど、旧来は純粋な趣味(もしくは微妙に収入が得られる)だったものが、プレーヤー数や需要の拡大で、後から職業として確立されたりすることもある。

 

  • 昨年の東京オリンピックで、スケートボードの選手がメダルを取ったり活躍した。
  • その日本代表コーチである早川大輔氏を特集した番組(NHKの逆転人生)を、大会後に見かけた。
  • まだ「スケボーは不良の遊び」「公共の迷惑」と思われ、スポーツとしての認知が低かった時代にスケボーにはまった少年が、コーチになったという。
  • 大人になって、周りの仲間がスケボーをやめていく中でもやめずに、場所を見つけて、コースを作って、少年少女を集めてスケボーを教えていた。
  • 父親になったかつての仲間が彼を尋ねて、自分の息子のコーチになってほしいと頼む。それが金メダルを獲得した堀米雄斗選手だった。
  • どうしても経験を積んでレベルを上げるには米国の大会に出る必要がある。自費とカンパで賄って子供達を大会に連れて行く。
  • これらを全て手弁当でやっていたという。トラック運転手などをして費用を稼いでいた。
  • 番組では「苦労がついに報われた話」と扱われていたかと記憶している。
  • ただこれを美談・成功譚としてのみ語るのもなかなか難しい面があるとも感じた。
  • コーチには家族(妻子)もいた。
  • 家族側から見ると、お金をほぼ全て趣味や夢に費やされると、「家庭環境や家庭内経験をより豊かにできたかもしれない」といった「一般家庭ではあり得たがうちにはなかった現実」を考えることもあったのかもしれない。
  • (このコーチの例では家族も納得の上かもしれない。番組内で言及があったか記憶がない)
  • 例えば両親とも元競技者でコーチ、子供も競技者のようなケースでは、「お金を競技に突っ込む」が「家族に費やす」のとニアリーイコールになるというか、方向が一致して多少こうした気持ちは軽減されるのだろうか。
  • 一方で、自分や家族の楽しみなどを犠牲にするレベルでのめり込む人、狂気のような人がいることで、初めて実現されるものは結構あったりする。
  • 後からは「公的な資金を入れるべき」「スポンサーがつくべき」等々色々言えても、現実にはそれは「後からはそう言える」でしかないものの方がはるかに多い。

 

  • 仮に富士山写真の彼が「野球やサッカーでプロが狙える位置にいる高校生」だったら、ひょっとしたら「このまま行け」と言えたかもしれない。
  • しかし「フォトグラファー」よりさらに範囲の限定された「富士山専門の写真家」だと職業として確立できるかは微妙そうだ。
  • 番組内で、「富士山写真家」として食えている人が2人(3人だったかも)いると紹介されていたが、デラックスは懐疑的な反応を示していた。
  • お笑い芸人がバイトしながら諦めずに続けた結果、大ブレイクする(最近だと錦鯉が極端な例かもしれない)ケースなどはあるが、その背後には大量の「そうでなかった人達」がいる。
  • デラックス本人も(本人の意識はともかく)「成功した側」だろうと思う。
  • 一種の生存バイアスで、成功できた側の人が「苦しくても何とかなる」「諦めずに頑張れ」とは言いがちだろうとも思うし、その方がテレビ映えもしたし口当たりがよさそうだ。
  • しかしデラックスはそう言わなかった。

 

  • しばらく前にツイッターで「昔は東京に出て夢破れても、地元で親族友人の伝手で働き口にありつけた、それで夢を追えたが今は難しい」といった話を見かけた。
  • 実際に「昔はそうだった」のか、そういう構造が実在していたのかはいまいち分からない。
  • ただそういう一種のセーフティネット機構がない、という前提だと、夢追い人が夢に全振りするのは、かなりリスキーになる。
  • 失敗した場合のダメージが大きい。
  • もちろんどういう人生を送っても、たとえ「外側から見て成功したように見える」としても、本人が満足するかは別の話(大富豪が満たされない気持ちでいるとか)。
  • そうだとしても、現実問題として「お金の心配があると精神衛生が悪化しがち」で、そこがリカバーできないと生きててつらい状態になり得る。

 

  • マツコの知らない世界」は、マイナーな分野の第一人者を呼んで紹介してもらうコンセプトの番組。
  • なので出てくる大人は「もうそうなっちゃった人」の方が多い。
  • 私生活や人生をかなり「その何か」に振って、その分野を代表する人になったり、存在しなかった職業を結果的に(たぶんその人ひとり限りで)成立させたりした人が出てくる。
  • 「もうそうなっちゃった人」は「結果を見ている」ようなものだとしても、高校生だと「まだ過程を見ている」に近い。
  • ひょっとしたら今後別のことをやりたくなるかもしれないし、その時に長い人生の後半が苦しいものにならないでいてほしい。
  • そういう若者から聞かれて、「どっちにも行ける道」をその場で提示したのは、さすがにすごかったなと思った。
  • 「公務員に」というのも、彼の夢が、場所に縛られる(富士山が見える地域に暮らす必要がある)のと、地方であまり就職先の選択肢が(例えば首都圏に比べれば)少ないと思われる中で、「収入・生活が安定している」「プライベートな時間がある程度確保できる」条件から、選択された職業だろう。
  • 夢だけを追わせるのも無責任なら、夢を断念させるのも無責任で、そのどちらでもなく、それでいて現実的な解を提示するのは、本当に誠実な態度だったと思う。
  • 自分がデラックスをやっぱり好きなのは、そういうところだと思った。

 

  • 自分も、若い人(高専生や大学生で就職活動してる人)とたまたま話す機会に、「絶対にこれをやりたい、というのがない人は新卒に大企業に就職するのもいいんじゃないかと思う」と伝えたことが何度かあった。
  • 自分自身も大手メーカーに勤めている。
  • 大企業だと、人が多いと色んな融通がききやすい(自分の代わりがいる)、教育が手厚い、休みが多かったり給与水準が高い、などの利点があるかと思う。
  • 小さい規模の会社→大企業に行くのは難しくても、大→小は難しくないのなら、行けるなら大企業に入って、選択の幅を持っておくのがいいんじゃないか。
  • ただ「何がなんでもやりたいこと」がある人は、一回きりしか無い人生で後悔にまみれて死んでいくのは非常につらいので、それをやった方がいいのだと思う。
  • と思って言っていたけど、これもデラックスの「地元で公務員に」とベースでは近い考えかもしれない。(住む場所の制約の違いがある)
  • ただ大企業でも、忙しい部署はものすごく忙しかったり、たまたま上司がアレだとしんどいとか、色々あるだろうけど、そこは公務員でも中小企業でも運要素が存在することは変わらない。
  • あと偉くなってしまうと趣味の時間が取りづらくなるとかはあるかもしれない。ただ「偉くなるのを拒絶する」選択もあるし、それで疎まれたり解雇されたりしない。

 

  • 以前に菅谷明子『未来をつくる図書館』というニューヨークの公立図書館を紹介した本を読んだ時に、かなり手厚く市民の再チャレンジを図書館が支援しているのを知って驚いた。

  • 起業したいと思えばオフィスとしての機能さえ図書館が提供する。
  • 日本の図書館は「情報は置いてあるから欲しい人はアクセスしてね」というタイプかと思うが、「情報を届ける」をミッションに設定するとこうなるのねという感じ。
  • この差は、終身雇用制が強かった日本社会だと、そうした「再チャレンジ」を必要とする人が相対的に少なかった点から来ていたりするのだろうか。
  • とはいえ今は必ずしもそうでもないのだし、図書館が担うべきかはともかく、何かしら「後で方向修正したい」人がそうできるようになっている方がありがたいよねとはつくづく思う。
  • 現時点でそういうセーフティネットがそれほど充実していない、という現実を踏まえると、やっぱりデラックスの回答が誠実ということになるんだろうなと感じた。

 



 関係ないけど、3ヶ月ほどこのブログを書いていなかった。カクヨムに創作↓を久々に書いたりしていた。
kakuyomu.jp
 「夢なり趣味なりと生活の両立」といった話だと関係なくもないかもしれない。あとこの中でもデラックスへ言及していて、やっぱり好きなんだろう。



※以前のエントリでマツコ・デラックスを「デラックス」と呼んでいたところ、「呼び方が気になって中身が入ってこない」などと言われたりした。急に妙な呼び方で違和を与えてみようかと思ってそうしていただけだったが、「先生」「社長」「総理」などと呼ぶイメージで、慣れるとだんだんしっくりき始めている。