奈良国立博物館『仏像のかたちと技法』
https://bookmeter.com/reviews/121675342
1983年に刊行された奈良博の冊子で、仏像に関する基礎知識がコンパクトに纏まっている。40年後の2023年に同じ奈良博監修の『発見!ほとけさまのかたち』は、本書の基本構成を引き継いでいるが、かなり本書の内容を間引いてより初心者向けにまとめられている。『ほとけさまのかたち』では如来/菩薩/明王/天の4種のみ紹介するが、本書では羅漢・僧形/その他(垂迹関係・神像等)の6種で、印相や持物、材質や技法、像内納入品なども解説されてより詳しい。『ほとけさまのかたち』→本書→より専門的な書籍と進むと理解しやすいのかも。
奈良国立博物館『発見!ほとけさまのかたち』
https://bookmeter.com/reviews/121674594
仏像を如来/菩薩/明王/天の4種に大別し、特徴や見分け方をざっくりとイラストで説明していて、「最初にここだけ把握してくれれば」がよく整理された本だった。奈良博に行った際に本書の存在を知ったものの、本書より古い『仏像のかたちと技法』の方がより詳細(だし安価)だったのでそちらを買い求めて通読したものの、おさらいとして本書を買って改めて読んで、やっぱりこっちの方が初心者向けまとめとして非常によく出来ている。本書に登場するキャラ「ざんまいず」は、奈良博の案内板等にもちらほらいて、グッズも少数ながら売られていた。
張敬昕『品味故宮 陶磁器の美』
https://bookmeter.com/reviews/123946880
台北の故宮博物院に行った時に買った、陶磁器の代表作を日本語で解説してくれる本。年代順に並べると、中国での陶磁器の発達の流れだけでなく、当時の政治的な背景もリンクしていて面白い。かなり早い段階から、器に書を刻したり書いたりしている。清の雍正帝の時代の琺瑯彩は、詩・書・画・印が一つの器の中に同居していてゴージャス。雍正帝が宮廷内の文物の様式の基準を出し、その基準に合致した作品としてそうなっているのだという。どの時代の器も、今見ても溜息が漏れるような精緻さ。
[isbn:9789869340328:detail]
魚住和晃『日本書道史新論』
https://bookmeter.com/reviews/121641211
朝鮮の書道があくまで中国書法の歴史に沿った形で展開された一方で、日本の書道はもはやそこを踏まえずに発展したという。それは日本で律令制が導入されながらも、早々に放棄されて形骸化したのと似ている。帝国(中国)に対する周辺(朝鮮)と亜周辺(日本)の差が、文字表現においても現れている。その中にあっても、儒者は中国の伝統を保持し、江戸時代に朝鮮通信使への歓待の中で存在感を発揮したのは面白い。書の書き手を同定するのに、書の文字表現や内容を、その人物の立場、書法の発展史、中国との関係等と照合する方法も面白かった。
村田沙耶香『きれいなシワの作り方』
https://bookmeter.com/reviews/121670659
30代半ばの女性の悩みや思考が「作家として」というより「生活する一人の人間として」率直に綴られる。文庫版あとがきで39歳の著者が「今では恥ずかしくないことを恥ずかしがったり、怖くないことを怖がったりしている」と振り返るが、ある時代・年代・性別の、社会規範や他者の視線との齟齬や折り合いの付け方が記録されるのは、貴重で大切なことだと思う。大学時代に自分で改造した服(白シャツ2枚使って袖を倍にしたもの)を着ていて、大人になって「袖が異様に長いシャツを着てなかった?」と言われて羞恥心に苦しむエピソードは笑った。
菅野公生『ピカソがライバル』
https://bookmeter.com/reviews/121670243
強豪校の運動部と同じくらい美術部を練習させたら、大人向けの美術展で入選者多数の強豪美術部になったという報告。著者は埼玉県の私立高校の顧問。岡田尊司『マインド・コントロール』で、一つの目的に集中させる環境をつくるのは、マインドコントロールにも、効果的な訓練にも共通した重要な要素だと指摘されていたのを思い出す。年間で数日の休みしかなく、合宿では徹夜して仕上げる。顧問に反発しても最後は崇拝する。どういうカリキュラムや年間スケジュールを組んでいるのかや技術指導など話が具体的で面白かった。
エレナ・ジョリー『カラシニコフ自伝』
https://bookmeter.com/reviews/122353558
根性が凄すぎる。15歳と17歳の時に、シベリアから1千キロもの距離を徒歩で脱走している。普通の農家の子として生まれ暮らしていたが、スターリンの政策によりシベリア追放されても自力で抜け出し、2度目の脱走後はそのまま身分を隠して兵士となり、戦場で怪我を負い病院送りになると、異常な熱意で銃器開発に邁進、革新的な自動小銃「AK-47」を開発するに至る。当時のソ連・軍の仕組みや体制も知られて面白い。途中で自作のモグラ取り器を自慢していて、根本の精神が発明家なのだろう。
宮部賢二『帰ってきたウラキンカザンダヨリ』
https://bookmeter.com/reviews/122353443
岐阜市の金華山は、幼稚園の遠足でも登り、父とも何度も登ったことのある山で、市民にとっては身近な存在だ。本書では整備されていないルートやそこから見える景色、岐阜城の遺構などを紹介していて、「知った存在の知らない側面」を見せてくれて面白かった。長良川うかいミュージアムの売店でたまたま見かけて買った。金華山が極相林になっているのは、江戸時代に入って天領とされ入山が規制されたのが原因ではなく、江戸末期~大正期に燃料目的で植えられた常緑樹ツブラジイが放置された結果、という話は面白かった。
[isbn:9784990953010:detail]
淺岡敬史『ヨーロッパ陶磁器の旅 北欧篇』
https://bookmeter.com/reviews/123877533
旅番組のような雰囲気で、北欧の陶磁器そのもの(歴史や特色)を紹介したり分析したりするというより、その土地の人との出会いなどをきれいな写真と共に軽く語る。エッセイというよりも、雑誌の無署名のちょっとした記事を集めたような感じ。
吉田允彦『部活でスキルアップ! 写真部活躍のポイント』
https://bookmeter.com/reviews/123946757
写真甲子園という高校写真部の全国大会があるのは知っていたけれど、かなりハードな大会なのね。本戦は北海道東川町で代表選手3人が3日間かけて撮影、膨大な写真から8枚を選ぶ。顧問の指導は制限されるため、選手の自律的な動きや、選手間の連携や信頼感が試されるという。作品の価値判断から、持続的な組織づくりまで、書名通り「写真部活躍のポイント」がコンパクトにまとまった本。
人物を撮る場合は被写体本人の了承を得ないといけないが、人付き合いが苦手でオドオドと近付きながら、断られてもなぜかめげずに食い下がって気付いたら写真を撮っている子のエピソードが面白かった。繰り返しやっていると本当に嫌がって断っているのか、「私よりももっといい人が」と遠慮しているのか、判別が付くようになるから、無理に撮っているわけではないという。
室橋裕和『カレー移民の謎』
https://bookmeter.com/reviews/122353174
インドカレー屋が全国に4~5千店あるという。全国3千店のマクドナルド以上だと考えると凄い。なぜ「ネパール人によるカレー屋」が急増したのか、カレー屋のルーツから、ネパールと日本の体制や制度まで広く解説し、最後はネパールの村々にまで訪問する。個別のエピソードにはその人の人生が詰まっている。すごい力作だし、面白くて切なくなる、貴重なノンフィクションだった。日本側の体制が、移民の包摂でも排除でもなく、曖昧に労働力だけ搾取できればと都合よく考えている節がやはりあって、人の人生を振り回してむごいなと改めて思う。
桑森真介『世界初の相撲の技術の教科書』
https://bookmeter.com/reviews/123420331
相撲という競技の基礎的な技術が非常にわかりやすく説明されている。例えば腰を落とし、膝を開き、背を丸める相撲特有の基本姿勢が、相撲の「手を着いたり倒れたりすれば負け」のルールの中で、最も倒れにくい姿勢だから必要とされているとか、四つやおっつけ、はず、巻き替えなどの勘所とかもよく理解できて、実際の競技を見る目の解像力が上がってより楽しめて嬉しい。同じ著者の相撲に関する新書を以前に読んで面白かったので本書を買ってみたけど、とても良い本だった。
池上英洋『西洋美術史入門<実践編>』
https://bookmeter.com/reviews/123963997
写実的なネフェルティティの胸像に対し、同時代のツタンカーメンのマスクが人間離れしているのは、王を神と同一視する宗教の採用に由来する。透視図法が発達した西洋絵画に比べ、同時代の日本の絵画がそうではないのは、壁などにかけて鑑賞せず、手元で巻き物などスライドして鑑賞するスタイルの違いに由来する。美術史は、美を判断するのではなく、何故その作品がそう存在するのか、単に技術の巧拙ではなく、時代背景や社会的な要請、経済構造などと照合していく営みになっている。その具体的な作業の一端を見せてくれる。
黒川伊保子『夫婦のトリセツ 決定版』
https://bookmeter.com/reviews/123420513
男女の特質を脳・遺伝子・本能等と結びつけ、あたかも科学的に自明であるように(かつエビデンスを一切明示せず)断言する姿勢が私には全く受け入れられなかった。仮定や比喩として使うならそう明言すべきだ。(男女や夫婦以前に)「相手をより正確に理解し互いに不愉快を減らす」技術や努力に関する、本書で提示される極めて常識的なノウハウは、確かに人間関係を良好に保つのに有用なものだから、この不誠実かつ不正確な装飾によって受け入れやすくなる人が多いのならば、世の中にとって有益なのだろう。
小池三枝『服飾の表情』
https://bookmeter.com/reviews/123769139
現代でもスーツの形や学生の私服も10年経てば雰囲気が変わる。同時代を生きている我々から見るとその差で時代感を感じ取れるが、例えば外国や数世代先の未来から見たら分からないだろう。江戸時代と一括りに言っても260年も続いたのだから、ずっと同じ格好をしているはずがないが、時代劇などではどの年代でもビジュアルが変わらないし分からない。本書は、江戸時代や明治~昭和の服飾に関して主に文学を題材に、当時の人々の価値観や感覚を浮かび上がらせる。男女間でのディテールの侵襲、洋服の定着、特定の色へのまじない的感覚など。
彬子女王『赤と青のガウン』
https://bookmeter.com/reviews/123420937
「英国の暮らし」「海外での文系の博士課程」「日本美術史の専門家の仕事」のどれもが縁遠い世界で、それ単品でも面白いのに、ここに「皇族の生活」というほぼ他の人が加えられない要素まで絡んでくるので、突き抜けて面白くなってしまう。常に護衛(側衛)がつくことに窮屈を感じないのかという疑問に、子供の頃からいたのでいない方が違和感があるという話や、側衛の人間らしいエピソード、欧州で2週間以上の滞在では側衛がつかなくてOKのルールなども意外で面白い。
涌井良幸、涌井貞美『身のまわりのすごい技術大全』
https://bookmeter.com/reviews/123421342
小中学生の時に読むと楽しそうな、ただ大人でも案外知らないことの多い、身の回りの色々なしくみの本。読んでいると「もう一歩踏み込んで説明してほしい」という気持ちについついなってしまうが、本書の幅広く紹介するスタンスが破綻してしまうのでしょうがない。子供の頃に、子供向けの図鑑や百科事典を熱心に見てた時の感じを思い出して懐かしさを感じた。
森功『ヤメ検』
https://bookmeter.com/reviews/123946583
元検事の弁護士の中でも、検事総長や高検検事長など幹部経験者の大物ヤメ検の関わった事件に関するルポ。石橋産業事件で服役したヤメ検弁護士・田中森一がインタビューで、元特捜検事などの看板で長く活躍できるわけではなく、刑事事件の筋読みの正確さが必要だという。一方でそれは、必ずしも被疑者・被告人の利益の最大化より、「このケースではここで手を打つよりしょうがない」とある種の固定観念や常識として働き得るのかもしれない。
不正の追求をする立場から、不正した者を擁護する立場に変わることについて、「アプローチが逆だが真実を追求する点では検事を辞めて弁護士になっても同じ」「やったことはやったと認めさせるから、捜査には協力している」という内在的な意識があるというのはなるほどと思った。
地方の業界新聞が、地元の不動産業オーナーと検察、副知事との癒着を暴こうと記事を連載したら、新聞社オーナーが急に若い女性と結婚して大量の薬を飲まされておかしくなって、新妻の知り合いだという男が入社してきてオーナーに3億を貸していて新聞社の株を担保にさせて解体しようとしてきた、というエピソードが怖すぎる。外側からヤクザに脅されるとかならともかく、内側から壊そうとしてくる。
安藤優一郎『江戸の間取り』
https://bookmeter.com/reviews/123769495
時代劇・時代小説を好きな人はとても楽しめる本。江戸城本丸、大名屋敷、町奉行所、表店、裏長屋等、間取りを通して当時の身分制の仕組みや生活が浮かび上がる。3Dで中を好きに探検できたら楽しそう。旗本・御家人は拝領した土地屋敷の一部を町人等に貸出して収入を得て、人口が急増した江戸の土地の利活用や経済活動の一端も面白い。漱石「吾輩は猫である」で、銭湯の湯船が真っ黒で芋洗い状態という描写を昔に読んだけど、本書の湯屋の項で、水が豊富に使えず浴槽は最初に体を温めるだけでど汚かったと紹介されていて疑問が解消された。
山本譲司『刑務所しか居場所がない人たち』
https://bookmeter.com/reviews/123772087
知的障害のある犯罪者は刑務所ではなく支援施設などへ送られる、という現実にはなっていない。責任能力が云々されるのは殺人や放火など「重大な罪」だけで、圧倒的多数のその他の犯罪では適用されない。刑を減免されるには反省や釈明を見せなければならないが、知的障害者には難しく、わずか計300円の賽銭泥棒で2年6ヶ月の懲役刑になってしまう。受刑者の5人に1人が知的障害者だという。著者は民主党代議士時代に秘書給与詐取事件で実刑判決を受け、受刑者として障害者の世話係をした経験から、出所後もサポート活動を続けているという。
角川歴彦『人間の証明』
https://bookmeter.com/reviews/123877491
KADOKAWA会長だった著者は、東京五輪汚職事件の容疑で逮捕される。逮捕・勾留されると、十分な医療へのアクセスが制約されてしまうのは、特に持病がある人や高齢者にとっては厳しい。経済事件の場合は物的証拠が少なく、関係者の供述の比重が上がるため、特に「人質司法」化しやすい。身柄の拘束自体が必要だとしても、QOLを下げたり、社会復帰を困難にさせることで、検察側で想定するストーリーに合致する供述をさせようとするのは本末転倒だ。著者は人質司法の違法性を訴えるために国家賠償請求の訴訟を提起している。
ラリー・ブルックス『工学的ストーリー創作入門』
https://bookmeter.com/reviews/123769029
物語を支える要素を6つに大別し、人が物語に快楽を感じるために必要な工夫を要素ごとに解説する。エンタメを全うするなら、本書の解説は非常に参考になる。一方で工学であって芸術ではない、と本書で明言されるように、物語は小説の一要素であり、(一般にそう思われているのとは異なり)小説というジャンルにとって主要素ではないので、より小説に対して誠実さを突き詰めようとする場合は、恐らく本書で語る工学的な正しさはかなぐり捨てたり、バランスを無視して一部の要素のみが肥大したり、まるで知らずに書かれたりすることになる。
郷原信郎『検察の正義』
https://bookmeter.com/reviews/123877391
タイトル『検察の正義』はダブルミーニングのようだ。一方が日本では実体的な真実を明らかにして個人を処罰することが「検察の正義」とされることで、人質司法的な長時間の拘束や自白主義、ストーリーありきでの冤罪に繋がる負の側面の話。他方が被疑者や関係者、捜査機関に社会的な意義を納得して協力してもらいながら、腐敗構造を明らかにしていくような検察組織の運営も目指せるし、できた実例という正の側面の話。両者が描かれてとてもおもしろい本だった。特に特捜検察が政治事件から経済事件にシフトした経緯や背景の話も面白い。
佐藤栄作の造船疑獄、田中角栄のロッキード事件で、特捜検察(東京地検特捜部)が、首相でさえ逮捕できる「巨悪と対峙する日本最強の捜査機関」というイメージを形成して、自縄自縛に近い形で、無理筋のストーリーで暴走してしまうベースになっているといった指摘もなるほどと思った。
55年体制で政権交代が起きない状態だと、派閥政治の党争や○○おろしなどでしか国民は溜飲を下げられない、という話を別の本で以前に見たけれど、検察に政治家を罰する機能を求める国民感情は、そことも関係するのかもしれない。
佐々木健一『雪ぐ人』
https://bookmeter.com/reviews/123964278
冤罪事件の無罪判決を勝ち取り続ける今村核弁護士のルポだが、爽快感より切なさを感じるのは、マイナスがゼロになる、本来は不要だったはずの身柄拘束や経済的な負担、名誉の毀損を強いられていたのが解消されただけだと感じられてしまうためかもしれない。裁判官、検察官、警察官の個人ではなく構造的な問題で、回避できたはずの冤罪が生じてしまう。構造的な問題を、個人の努力や素質で防ごうとすると、その個人に過大な負担がかかってしまう。本書も今村弁護士本人の葛藤や苦しみが描かれるが、一方でこの人のキャラクターがあまりにも面白い。
無罪判決を勝ち取るには、単に検察側の論拠を崩すだけでは足りず、絶対にそれが成立しないことを証明するような証拠を弁護側が出していかないといけないという。「疑わしきは罰せず」には全くなっていない。
現実には「疑わしきは罰せず」になっていないため、そうして無罪を弁護側が立証していかないといけないが、それで無罪を勝ち取ったとしても、世間は「疑わしきは罰せず」で本当は犯人なのに不当に無罪になったのではないかと思われてしまうという非対称性があるとの話は、苦しい。
今村核弁護士のその後を知りたいと思ったが、2022年に59歳で亡くなったという。