やしお

ふつうの会社員の日記です。

2014年上半期に読んで心底面白かった本

フランツ・カフカアメリカ』

 極めてクリアーに書かれていくことでかえって世界の見えなさが立ち上がってくる、ということを見せてくれる小説。ミステリーのように記述を省略して何かを隠すということはない。三人称一元視点で主人公の少年が直面する事態が明瞭に描かれていく。主人公が思考し、事態に対処しようとする様子も隠しだてされることなく私たちは見ることができる。
 それにもかかわらず、この世界が不可視なのだという印象が強烈に与えられる。放り込まれた迷路の中で、壁を撫でてその感触だけを確かめているような気にさせられる。ガルシア=マルケスが『族長の秋』で、一人称と三人称を混在させ、時間軸も交錯し、ほとんど荒唐無稽な思考と行動を描きながら、世界を異様にクリアーに見せてしまったのと、ちょうど対称的だ。

アメリカ (角川文庫)

アメリカ (角川文庫)


山本七平『聖書の常識』

 聖書がどのようにして存在しているのかを見せてくれる本。内容を解説する本や、教えを紹介する本はいろいろ手に入るけど、どういう精神で成り立っているのか(成り立ってきたのか)、という点を話してくれる文庫はあまりない気がする。
 例えば神と人との「契約」という概念ひとつとっても、それが当時の領主と領民の関係の相似形になっていることを見てはじめて、正確につかむことができる。あるいは「律法」と「預言」の二点を見ていけば、その神の既存の言葉(の解釈)と、契約更改の言葉のどちらをどの程度重要視するかによって、ユダヤ教イスラム教、キリスト教の特徴をある程度把握することができる。


柄谷行人蓮實重彦柄谷行人蓮實重彦全対話』

 日本で今生きてる中でトップクラスの知性を備えていると自分が勝手に思っている批評家2人の対談集。
 読むこと、語ること、認識すること等々の中で人がどういう制約を受けているのかという話をひたすらしてる。批評、現代思想、小説、映画、文学、歴史の具体的なあれこれに対して語る形でそんな話を展開していく。誰がそうした点に意識的・戦略的に振る舞い得たか、あるいは無意識に囚われていたか、あるいは無意識に免れ得ていたか。それはもちろん本人達を含めてのことだ。その上で何ができるのかという。
 批評の対象も書くスタイルも異なる二人だけど、根本的な部分で通い合っててこんな話できるなんてヤバい。


宮崎学『近代ヤクザ肯定論』

 山口組の歴史を見ていく本。でも結果的に山口組、ヤクザに留まらない。歴史を語るときに、個人の問題に落とし込んで(この人は上昇志向が強かったからだとか)済まさずに、個人の性質を後押しする構造があったと考えて、その構造的な必然性を見ていくと、それはもうスポットライトを当てた箇所だけの話ではなくなっていく。
 例えば山口組が明治時代に港湾労働者の供給源として立ち上がったときはそれが組という形態をとる必然があった、山口組が事業系と武闘系に別れていたのも社会的な背景があった、というように、当時がどういう世の中だったかも詳細に見せてくれるから楽しい。

近代ヤクザ肯定論 山口組の90年 (ちくま文庫)

近代ヤクザ肯定論 山口組の90年 (ちくま文庫)


柳父章『比較日本語論』

 西欧語(主に英語)と日本語を比較する本。なんだけど、それを丹念に、実証的に推し進めていった果てに、私たち(日本語を母国語とする人たち)が根本的にどういう枠組みで物事を思考しているか、という点に至ってしまう本。しかも英語の訳文(翻訳文体)によってどのように思考の枠組みを変化させられたかにも触れていく。
 科学者や技術者が、使う測定器の原理を知ってどういう形で誤差が乗るのかよく理解した上で、出した測定値を客観視するのと同じように、思考の道具である言語の特性や原理をよく知っていないと、無意識のうちに振り回されちゃうんだよな、と読みながら思った。肝心なそこを丁寧に見せてくれるんだからありがたい本だよ。

比較日本語論 (翻訳の世界選書)

比較日本語論 (翻訳の世界選書)


古井由吉『野川』

 日本語で書くとは結局こういうことなのだ、という果てを現代語で提示してくれる小説。それは『比較日本語論』を読んだ直後なので特にそう読める。
 この小説は今ふつうに書かれている日本語に慣れた目からは、非常に交錯しているように見える。ところが、西欧語が「モノ」を中心にした言語であって、現在の言語観一般とそこから派生した論理学が西欧語をベースにしているために、私たちも意識して考えようとすると物を中心に見ようとしてしまうが、日本語は本来「コト」の言語であり、状況や環境、距離感を語っていく言語だと考えると、この小説はそれに忠実な語りになっていることがわかる。
 そんな実践を目の当たりにできる時点でとても刺激的な小説だけど、素晴らしいのはそこに安住することすら放棄して、破れていくという点。私たちが無意識に囚われている何か(制度)をふいに露呈させてしまうのが小説だし、その上、露呈させたその瞬間からその露呈させる装置それ自体がまた制度と化していくのだから、そこからさらに免れていこうとするのが、まさに小説としての本分だということを、確かに実践として見せてくれる。

野川 (講談社文庫)

野川 (講談社文庫)


デール・カーネギー『人を動かす』

 元祖自己啓発本自己啓発本は、自分の思考の前提や思い込みを根本的に突き崩してくるような喜びを与えてくれないと思って、今までほとんど読んでこなかった。実際この本も、新鮮味のある結論を与えてくれるわけじゃない。でも、その過程において本書はとびぬけてエンターテイメントなんだ。びっくりした。
 「人を動かす」心得を、説明するだけじゃなくて、この本自身で実践してみせてしまう。そこがすごい。
 論理を積み重ねて主張して相手を説得しにかかるのではなく、ひたすら例示に終始する。その例示に緩急をつけ、大統領や実業家の大成功から子育てや仕事の小成功までを適切に配置して、夢を見させてくれると同時に実用上有益だと思わせてくれる。そして圧倒的な説得力を立ち上がらせてくる。読むうちにわくわくして、何かとても大切なことのように思えて、実生活で試してみようと決意させてくれる。
 実際に役立つかどうかというより、まずは内容と形式が一致している素晴らしさを体感させてくれる楽しい本だ。

人を動かす 新装版

人を動かす 新装版


佐藤優国家の罠

 12年前、鈴木宗男騒動の際に逮捕された外交官による報告。
 自分の逮捕・起訴は国策捜査であるという認識を展開していく、と書くと恨み節全開みたいだけど、まるで違う。国策捜査は社会システムが要請した現象であって、偶然そのポイントに立っていた自分が国策捜査の対象になったのは必然である、という認識で語られる。ただし、どうして自分がそのポイントに立つことになったのか、国策捜査は社会システムにとってどういう意味を持つのか、という点については徹底的に分析しておこうというスタンス。それを政治、外交、世論、行政などなどの状況や経緯や構造を明らかにしていくことを通して分析を展開する。
 自分にとって縁遠かった世界を正確に見せてくれるという点でとても刺激的だったし、私情をここまで相対化させてものを書く人もめったに見られない。こんな人が確かに存在するのかと思うと楽しい。

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)

国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて (新潮文庫)



 14年上半期で読んだ本↓(書名クリックで当時の感想文)


読了日著者名書名(感想)
1/1野矢茂樹入門! 論理学
1/15フランツ・カフカアメリカ
1/16齋藤淳アメリカ型ポピュリズムの恐怖
1/17柄谷行人柳田国男論
1/21森山高至マンガ建築考
1/24網野善彦異形の王権
1/29柳田国男こども風土記・母の手鞠歌
1/30里中哲彦英語の質問箱
2/7柄谷行人遊動論
2/11山本七平聖書の常識
2/17西村賢太暗渠の宿
2/25土肥修司麻酔と蘇生
3/7柄谷行人蓮實重彦柄谷行人蓮實重彦全対話
3/19阿部和重Deluxe Edition
3/22坂本龍一SELDOM-ILLEGAL
3/26村上龍昭和歌謡大全集
3/27ジル・ドゥルーズ批評と臨床
3/29渡辺保日本の舞踊
4/5野崎昭弘なっとくする群・環・体
4/14トマス・ピンチョン競売ナンバー49の叫び
4/15河本薫会社を変える分析の力
4/22デイビッド・J・ハンド統計学
4/27大塚英志ササキバラ・ゴウ教養としての<まんが・アニメ>
5/3宮崎学近代ヤクザ肯定論
5/5柳父章比較日本語論
5/12桐野夏生グロテスク(上)
5/13山口和幸ツール・ド・フランス
5/17桐野夏生グロテスク(下)
5/24深井雅海江戸城―本丸御殿と幕府政治
5/31保坂和志羽生
6/7古井由吉野川
6/10石ノ森章太郎マンガ家入門
6/12デール・カーネギー人を動かす
6/16高岡詠子シャノンの情報理論入門
6/17デイブ・スチュワート絶対わかる!曲作りのための音楽理論
6/25佐藤優国家の罠
6/27池澤夏樹キップをなくして