やしお

ふつうの会社員の日記です。

会社員になって他人に厳しくなっていく

 なんかサラリーマンになると、他人に厳しくなってるような気がする。昔の同級生や、会社の同期を見ていてたまにそんなことを思う。厳しいというのは無理難題を要求するとかじゃなくて、これくらいは働いて当然だという水準が高くなってて、それを他人に押し付けていて、そのこと自体に疑いをあまり持っていないという感じだ。


 この前、ひさびさに同期と同じ電車に乗っていたときに「うちの会社だと製造部門と開発部門で給与面とかの待遇が変わりないけど、ほかの会社だと違うんだろうね」といったことを言われた。その場では一般論というつもりで「ああ、そうかもしれないね」と応えたけれど、それを言った彼が開発部門の人間で、自分が製造部門の人間だから、これってどういうつもりなんだろうと少し思った。開発部門の方が能力的に高い仕事を求められているのだし、そこで待遇面の差がつけられてしかるべきだろう、という意図には違いないだろうけど、それを私に言うんだなと思った。
 おなじ日に別の同期と話をしている中で残業の話になって、自分が残業をほとんど月0〜10時間に抑えているという話をしたら「えーうらやましい」と言われた。どこか非難めいた言い方だったように思えた。彼はとても忙しく残業がかさんでいるという。
 同じ会社にいるのに俺らが苦労しているのにお前らは楽しているのはずるい。というニュアンスを感じ取りながら、そしてその感情をよく理解できる一方で、昔はそんな見下し方もしなかったのにそうか、こうやって変わっていくのかなという感じがした。


 それから先日、昔の同級生のブログを久々に眺めていたら、冷蔵庫が壊れたという話が書いてあった。サービスの人の対応が平日18時までのところを20時に来させることにしたという話だった。(そう書くとひどいクレーマーのようだけど、そもそも初期不良で、これまでの対応も散々だったし、何より冷蔵庫という生活必需品だし、本人は暴言を吐いたりせず抑制的な対応をしているという。)
 それでもやっぱり、要求水準が少し高いような気がしている。本人が全く正当で妥当だと思っているその水準が、大企業で働く多忙なサラリーマンの水準になっている。彼は終電を超えて残業して、土日もかなり働いているようだ。彼の視点から眺めれば、どうしてそんなにのんびり対応しているんだ、ということになるのもしょうがない。


 自分でも感じるけど、会社の中にいると働き方、仕事のさばき方、判断の仕方がだんだん備わってくる。自分の能力が上がってきていると感じて楽しくなる。それでどんどん物事がスムーズに進んでいくようになるからうれしい。会社の中ではある程度みんなそのルールで動いているからそれで周りに認められている。
 それは実のところ、会社の中という世界の中でしか通じない基準なんだけど、それがわからなくなっていく。なにせそのやり方、判断の仕方には筋が通っているからだ。実際にはそれとは別の「筋」で動いている世の中のパートがたくさんあるのに、自分のやり方が「社会」だ、と信じて疑わない。それに従わない人間は「社会のことがわかっていない人間だ」と思って心の中で見下してしまう。どうしてすっと行動しないのか、どうしてこんな無意味なことに拘泥するのか、どうしてそんな効率の悪いやり方をするのか、なぜそこで踏ん張らないのか……とイライラしてしまう。自分の場合、例えば母親相手に苛立ちを感じてしまうことがある。そこには相手に内在する別の論理があるし、実は自分自身も昔それを共有していたかもしれないけれど、もう忘れてしまっている。
 それはしょうがないのだ。だって1週間のうち5日を会社の世界の中で暮らしているんだから、すっかり忘れてしまってもしょうがないのだ。


 そんな風に他人に要求してはいけない、それをやり始めるとどんどん世界が息苦しくなっていく、という風に思っている。そう思えるのは、私の想像力、私が他人に内在する論理をきちんと考えているからだと思っていたけれど、むしろ私が彼らに比べてのんびり仕事をしているからそう思えているだけなのかもしれないと疑い始めている。もし自分も彼らみたいに、月の残業時間が60時間とか100時間とか超えていれば、あるいはもっと高い水準を求められ続けてプレッシャーを感じていれば、そんな風に他人に寛容でいられなくなるかもしれない。他人の論理を推し量る余裕なんて失うのかもしれない。お前は俺よりずっと楽してるんだから、これくらいは働け! と当然の顔で要求してしまうかもしれない。


 そんな「会社員の要求水準」を正しいと信じ込んだまま会社世界からぽんと出た時に、なんでこうも世の中は愚かなのかと見下して生きていくなんてことが(それを表出するかは別として)あるんだろうかと思うとかなりの恐怖をかんじる。そういうおじいさんになるのはいやだ。