やしお

ふつうの会社員の日記です。

年功序列と能力主義のあわい

 ある程度どの会社も似たりよったりなんだろうけど、賃金制度が一応「能力主義ですよ」と言っていても、実態としてはかなり年功序列に近かったりする。大企業に分類されるメーカーで私自身が働いていて、賃金制度を観察してみると「なるほど、こういう折衷案なんだ」とけっこう面白い。


 半年ごとにポイントが付与されて、そのポイントに応じて級が上がっていく。級が上がると昇給する。それから何級以上になると昇格試験があって合格すると階層が上がる、という仕組みになっている。
 ポイントの付与は、その人の成績に応じてちょっと増減する(実際はもう少し複雑な制度だけど割愛)。ここでまず能力主義的な要素が入る。それから、昇格試験に合格しないと1級で頭打ちになる=賃金が頭打ちになる。逆に昇格試験の受験資格はその階層の3級や2級以上からになっていて「飛び級」みたいなことができる。ここでちょっと大き目な能力主義的な要素が入る。一方で、ポイントを半年ずつこつこつ貯めない限りは上にはいけない=賃金は上昇しない、という点で年功序列型賃金になっている。最上階層にならないと管理職には就けない。
 実際に計算してみたら、たとえば学部卒(大卒)(22歳)で入社して、最速で進んだ場合は最上階層の受験資格が得られるのは32歳くらいになっている。どれほど優秀でも、新卒採用だと絶対に20代の管理職は生じない。しかもこれは理屈上の最速であって、実際にはポイントの付与(成績の付け方)について職場の中で標準の分布が規定されているために「全員優秀だから全員にたくさんポイントをつけよう」ということはできない。(その成績でボーナスも算定されるから抑制する必要が生じている。)
 現実的には40歳くらいで最上階層に上がれれば「優秀」という感じで、実際に40代前半で管理職(課長)になると「あの人早かったね」と言われるという世界になっている。もともと最上階層の昇格試験自体ややハードルが高く設定されているため、その一つ下の階層の1級で留まったままという人がたくさんいて、ここで賃金が抑えられている。40代前半あたりでそのままずっと(ベアがない限り)給料が頭打ちという人がそこそこいるということだ。
 第2階層の1級で留まっている人(昇格試験に合格していない人)の多い職場だとその分調整しろが少なくなるため、優秀な若い人がきてもなかなかポイントを付与してもらえずに上がるのが遅い、という事態が起こったりする。


 整理すると、

  • ポイントをこつこつ貯めるシステムによって大枠では年功序列型を維持している。
  • ポイントの付与の増減で能力主義型の要素を入れているが、相対的な調整が入るためあまり寄与しない。
  • 昇格試験の飛び級/留年によって能力主義型の要素をやや大きく入れている(5〜10年分くらい)。ただしこれは「給料が上がる側」よりも「給料が据え置きになる側」に傾いた「能力主義型」である。


 こうやって見ると特に3つ目の「ただし」がなんかずるい感じもするけど、そうでもない。同業他社と比べると初任給がやや高めに設定されているので「40代後半とかで給料頭打ちになる人がいても、若いころにちょっと多めにもらっているので、ならすとあまりヨソと変わらない」という制度になっている。同業他社と比べて平均生涯賃金があまりにも見劣りすれば人は来なくなってしまうわけなので、当然と言えば当然かもしれない。
 岩井克人が著書の中で、年功序列型賃金と終身雇用制は表裏一体であって、いずれか片方だけを消すことはできない、という話をしていた。年功序列は、「若いうちは実際の働きよりも少ないお給料、年をとると実際の働きより多くお給料をもらう」という制度だ。この仕組みだと若いうちに辞めてしまうのは損、ちゃんと定年まで勤め上げないと回収できないということになる。それで終身雇用制が支えられている。終身雇用を廃棄すれば、「若いうちに安く働かせる」なんてことをすれば「定年まで勤め上げるわけじゃないのに、じゃあいつ回収するんだよ」って話になるから、同時に年功序列型賃金も廃棄される。逆に年功序列の給与体系をやめれば「じゃあ別に若いうちに会社辞めても損じゃないよね」って話になるから、同時に終身雇用制も崩壊する。
 そう考えると、基本的には終身雇用を前提にしている会社である以上は、思いっきり能力主義全開の賃金体系なんていうのは絶対に採用できないというのは自明のことだ。ただ一方で自分が勤めてる会社で最近、中途採用を増やしつつあったり、早期退職制度を拡充させたり、あるいは一旦退職しても復職できる制度をつくったりして流動性を増しつつあるのは、賃金体系にちょっと能力主義的な面を入れていることと表裏一体なんだな、と理解できる。


 岩井克人は著書の中で、能力主義的な賃金が万能なわけじゃないよと言っていて、年功序列型賃金で終身雇用制を支えるというのは一面で合理的だという話もしている。それは、組織特殊的なお仕事、要するに潰しが効かない仕事については終身雇用が前提されている方が身に着けやすいという話だ。メーカーで言えば生産技術だったり設計技術だったりの知識やらノウハウやらのうち、この会社でしかほとんど役に立たないけど身に着けてもらわないと困るというようなものだ。終身雇用が確保されていない場合は、そうした組織特殊的な仕事を身に着けるよりも、汎用的でどの会社に行っても使える知識や技能を身に着けたいというインセンティブが労働者の側に働くことになる。
 そういう意味で自分が今勤めている会社で、終身雇用的な要素を残しているというのはその辺の兼ね合いと言う意味もあるのかもしれない。だんだん生産職場自体は減ってるけど加工技術に関する技能を身に着けるためのコース(高卒の入社者が入る)もあるし、特殊な設計技術(機械設計でも電気設計でもプログラミングでもない設計)に関するコース(修士以上の人が入る)もあったりするわけで、そうした組織特殊的な仕事があるという認識を持っている会社としては、年功序列型賃金をまるっきりやめるというのは難しいのかもしれない。
 でもこれは、もし周りの会社が能力主義要素の強い賃金体系をはじめた場合、有能な若い人にとってはそういう会社に入った方が給料がいいわけだから、そっちに入りたいという気持ちに傾くことになる。そうすると年功序列型賃金の会社は、実際の働きよりも多めに給料を持ちだす中年や高年の労働者と、あんまり有能じゃない若手を抱え込んでしまうことになる。年功序列型賃金=終身雇用制をどこも維持できなくなってくる。日本人が海外で働く/外国人が日本で働くという状況が一般化するにつれて、これは進行せざるを得ない変化になる。自分とこの会社が今折衷状態になっているのは、ちょうどこの変化の文脈で見ると理解しやすいのかもしれない。
 組織特殊的な仕事を身に着けさせるために年功序列型にしたい圧力と、優秀な若手を(他の会社との相対関係で)確保するために能力主義型にしたい圧力との、バランスの中でちょうどこの折衷案な賃金体系になっているというイメージ。


 ちなみに新卒で高卒/高専卒/学部卒/修士卒/博士卒のスタートライン(入社直後に何級になるか)という仕組みを見てみるとこれもちょっと面白い。留年していなければみんな2歳差だけど、級の開き的には4年分で設計されている。級の開きというより、ポイントの付与が入社から2年ほど低く抑えられている仕組みになっているために、例えば高専卒20歳で入社した人だと2年後に、学部卒の22歳で入社した新人と比べて年齢は同じだけど2級下ということになる。
 高専卒の側から見たら「自分の方が会社では先輩だし、同い年なのに、待遇が低い、学歴差別だ」と感じるかもしれない。でも学部卒の側から見たら「自分で金出して教育を受けてきて、それで待遇が同じだったら損になっちゃうんだから当然だ」ということになる。会社側から見ると「育てなきゃいけない人を引き取って育てる苦労を負ったんだから、その分は賃金を抑えないとつじつまが合わない」という話になっている。それでこういう仕組みになっている。「2年分自分で教育を受けてきた人は、2年分の給与待遇の差をつける」というバランスのとり方になっている。でも2年経つとポイントの制限が解除されるので、そこから先は上がるスピードの差は学歴でつけない仕組みになっている。
 ぱっと見で学歴差別のように見えたとしても、ちゃんと見てみるとそれなりに筋は通っている。


 やっぱり会社の中のルールを丁寧に見ていくと面白い。当然社会の中で一社だけアンバランスな制度だと崩壊するわけで、そうしたバランスを踏まえつつ、会社をどうしていきたいかという方針も実現させようといった意思が、ルール設計から透けて見えてくるのが面白い。