やしお

ふつうの会社員の日記です。

中国は品質が悪いというイメージのこと

 大手メーカーに勤めていて、中国に生産子会社がある。創業して20年以上になる工場で、品質問題が今でもたびたび問題になる。みんなが「中国は品質が悪い悪い」というから、漠然と(やっぱ中国だからなのかな)と思っていた。でもたまたま自分が工場の品質改善活動に組み込まれて、色々みんなで調べてみると「中国だからクオリティが低い」ってわけでもなくて、そこには当たり前だけどちゃんと理由がある。その後で、別の中国の工場を見る機会があったけれど、そこは品質管理がすごくしっかりしていた。その比較で考えてもやっぱり「中国だから」ってことじゃないんだと思った。
 これは自分が見たケースだけの話でしかないから一般化できるわけじゃないけど、ちゃんと何がどうやって起こってるのかを見ないとダメなんだと思った。つい最近「東大最年少特任准教授」の先生が「中国人のパフォーマンス低いので営利企業じゃ使えないっすね」とツイートして炎上していたけれど、人間の「パフォーマンス」が国籍で違うわけじゃなくて、文化的な背景や仕組みの違いがあって、そこにマッチしていないことをやればシステム全体としての「パフォーマンス」が下がるということでしかない。


 生産工程の良し悪しでよく「QCD」、Quality(品質)、Cost(コスト)、Delivery(納期)の3点が語られる。中国の子会社は確かに品質は悪いのだけど、実は納期の観点では他の日本国内の外注先と比較しても抜群にいいという(コストも低い)。今までは「中国の工場は能力が低い」「従業員のモラルや意識、能力が低いのだろうか」と曖昧に思っていたけれど、そうじゃなくて、QCDのうちQを度外視してD(とC)に特化して能力を伸ばしていた組織だったのだと認識を改めた。
 そしてこの「CとDに特化する」という方針も、実は過去の時点では合理的だったのが、その後の状況や環境の変化で齟齬が生まれている、そんなストーリーのようだった。そうした齟齬は、まず運用で回避されるようになるけれど、それでも吸収できないほど齟齬が大きくなると事故や不具合のような形で表出してくる。


 創業から20年間での状況・環境の変化というのは、

  • 国内外注先から中国工場への生産統合がどんどん進んだ
  • 中国国内での賃金上昇

の2点が大きかったのだと思う。
 1つ目の「国内→中国への生産移管」は、中国の工場にとっては製品の多品種化と複雑化が進んだことになる。当初は「少数の簡単な製品だけ作ってもらう」だったのが、どんどん日本から中国へ移管していったことで色んな製品を、しかも難しい製品も手がけるようになっていった。
 2つ目の賃金上昇は、20年前の時点では日本と中国での賃金格差が26倍あったのが、今では5倍程度にまで縮んでいる。JETROの調査では、上海での一般工職の月額平均賃金(米ドル)は1998年12月調査で$126、2018年1月調査で$560で、20年で4.4倍に上昇している。同調査で横浜(日本)は1998年12月が$3,224→2018年1月が$2,674となっている。(日本は下がっているように見えるけれど、これはアメリカがインフレしていて日本はデフレだったので、日本円ベースだとほぼ横ばいだった。)
  2017年度 アジア・オセアニア投資関連コスト比較調査(2018年3月) | 調査レポート - 国・地域別に見る - ジェトロ
  第1-18回アジア主要都市・地域の投資関連コスト比較(1995-2008年) | 調査レポート - 国・地域別に見る - ジェトロ
 1点目は2点目とも関係していて、中国の賃金が上昇してコストメリットが低くなったので、高級製品も中国に生産移管してその穴埋めをしようとしたという面がある。


 賃金・勤務・組織体系や品質管理体系(QMS)といったルールや仕組み、それから生産設備や検査設備といった設備などの面を、生産統合や賃金上昇の変化に対して十分に追従して変化させてこなかったことが、今の齟齬を生んでいる。


 賃金の話で言えば、中国では日本と違って出来高制+罰金制が採用されている。これはこの工場に限らず中国では一般的な話で、メーカーに限らず飲食店などでもそうらしい。よく「出来高だから台数を稼ぐために(これ危ないな)と思ってもそのままスルーしてしまって不良品流出に繋がっている」「不良を出すと罰金になるから黙って不良を流出させてしまう」という話も聞く。ただそれは出来高制・罰金制が悪いというより、どういう方向にインセンティブを与えるかという制度設計の問題だ。
 日本でずっと働いてきた感覚からすると、「労働者に罰金を課している」と聞いた時は(ひどい)と思った。労働者保護の観点がないのだろうかと感じた。でもこれは中国/中国人の価値観や文化にリンクしていることで、単純に「出来高+罰金をやめて日本型の評価制度を導入しろ」といっても定着しづらいのだろう。日本に比べて中国が、組織や全体への帰属意識より個の意識が強いためなのではないかと想像している。組織への帰属意識が高い集団であれば、組織への貢献度を包括的に評価する手法(日本のような)が機能しても、そうでない場合は、個々の成果やミスに対して一々報酬を確定させていく手法の方が透明度が高くてマッチするのかもしれない。そうした文化に根差しているのであれば、表層的に出来高・罰金制をやめてもそこに新たな齟齬が生まれるだけだろうと考えられる。
 この中国の工場の場合、報酬制度の設計がかなりD:納期寄りになっていた。(品質改善の活動を機にC:品質寄りに多少修正されている。)
 簡単な機構の(=加工や組立て、調整などに高度な技能が不要な)少品種の製品のみを生産していた頃は、D重視・C軽視で報酬体系を設計しても大きな問題にはならなかったのかもしれない。複雑な製品になると「ちょっと変だな」「ちゃんと確認した方がいいな」というポイントが増大するけれど、そのまま納期達成への圧力が高い状態だとそういうのもスルーして、後で発覚して大きな問題に繋がっていく。


 機械加工と部品検査の面でも、現状に最適化されていないところがあった。
 マシニングセンタや旋盤、フライス盤といった金属を削って加工する機械がある。こうした機械に加工する品物や加工するためのドリル、品物を取り付けるための治具などなどを機械にセットしたりする作業のことを「段取り」と呼ぶけれど、これが結構難しかったり時間がかかったりする。ちゃんと図面通りに部品が出来上がっていないといけない、寸法や精度が出ていないと不良品になってしまうけれど、段取りが悪いと不良になる。それでちゃんと出来ているかどうか、加工した後の部品は検査が必要になる。逆に言えば段取りも検査もやらないなら(マシニングセンタの場合は特に)それほど技能が必要なわけではない。
 日本の場合、機械加工の作業者が自分で段取りも検査もするのが一般的だという。中国の場合、加工者と段取り者と検査員が分かれている。この違いは雇用形態の違いとも関係があるのかもしれない。日本の終身雇用で、途中で退職しない前提があるのなら、教育して技能を身に付けさせていくしかない。でもそうでないなら、内部で育てるというよりスキルを持った人を必要な量確保するスタイルになる。スキルの有無によって賃金差も生じるので、難しいことをやる人と簡単なことしかやらない人でばっさり分けてしまうのが合理的だったりするのかもしれない。
 それで加工者にスキルがないから、不良品を自分で発見したりトラブルに対処することができない。Qを重視すれば段取りまでできる加工作業者を導入する方が有利だけど、Cを重視すれば分離させる方が有利になってくる。これも少品種で簡単な部品の製造だったころはそれで問題がなかったって話に繋がっている。


 それからこの工場では、加工者は2交代の勤務で夜中も働いている一方で、それ以外の段取りをする人や、検査をする人、技術者や管理者は通常の昼だけの勤務になっている。夜中は段取り替えができないから同じ部品を作り続けるしかない。検査員がいないから朝に溜まった部品を一気に検査するし、段取り替えも朝に集中して一日の中で繁閑の差が大きい。十分な時間が取れない状態で過大な業務をこなそうとすればミスも出る。あやしいなと思ったり丁寧に見た方がいいかなと思うところも、時間がなくてスルーしてしまう。夜中は技術者も管理者もいないから生産でトラブルがあっても対応できない。こうした面からも後工程へ不良を流す要因になったりする。後工程(組立て・調整など)に不良部品が流れてしまうと、そのチェックや前工程へ戻す手間が発生して余計に時間が消費される。その上出来高制で納期へのプレッシャーが大きい中だと、最終検査でも不良品を引っかけられずに流してしまう。
 これも少品種生産の頃は段取り替え自体の発生頻度が少なかったし、検査も簡単な少ない種類の部品だけならそれほどの負荷も発生せずに、まわすことができた仕組みだったのだろうと思う。


 また加工不良の部品を発生させた時に、日本だと廃棄するけど、中国だと修正しようとする傾向の違いもあるそうだ。ダメだった物を無理やり直そうとすればそれも不良の要因になってしまう。これも材料費と加工作業者の賃金の相対的な関係で、捨てずに直した方が得か、直す手間暇の方が高くつくか、という違いになる。これも20年前に作業者の賃金が低く、直した方が得だった感覚が持続しているのかもしれない。


 他にも色々あって、

  • 検査のルールは手厚いが実運用で守り切れていない。先述の負荷が集中する時間帯があると手が回りきらない。
  • 技術担当者の業務量・範囲が大き過ぎて現場サイドの問題点の改善にまで手が回らない。(新製品があると図面を日本版から中国版に変換したり作業手順書を作成したりといった作業が発生する一方、日常的に現場トラブルの解決もあるが、忙しいと現場改善が疎かになる。)
  • 組立て・調整現場の勘コツが個々の作業者に蓄積されても作業標準への落とし込みがされていない。作業者間のレベル差を生み、作業者の変更に伴う品質問題の発生につながる。

 こうしたことも、昔はそれで上手く回っていた仕組みだったようだ。簡単な製品だと組立て・調整にも勘コツがそこまで必要なかったから、あんまり手順書などに落とし込んで言語化させておく必要もなかっただろうし、新製品が出てきても単純で部品点数も少なければ技術担当者の負荷もそれほどではなかったのだろう。


 設備面でも現状との齟齬が多々見られた。
 日本国内の主要外注先では加工設備が更新されてきている。例えばマシニングセンタもどんどん進化してきていて、

  • 軸がXYZの3軸から回転の2軸を加えて5軸になった。金属加工は金属の塊に刃物をあてて削るので、軸が増えると「刃の当て方」に自由度が増える→複雑な加工ができたり段取り替えを減らせる。
  • ドリルなどの工具をたくさん付けられるようになった→工具の付け替え作業が減る。
  • 品物をセットする台(パレット)が増えて自動で交換できるようになった→1パレットしかないと「加工していないタイミング」でないと品物を交換したりできないけど、複数パレットがあれば加工中に加工が終わった品物を外したり次の品物をセットしたりできる。

などなど、複雑な部品を少ない工数で(人間の手間が少なく)加工できる方向に進化している。(機械加工については全然詳しくないので、すごく雑な説明だけれど……)でも中国の子会社の工場では設備の更新が進んでいない。これも部品の数が多くなかった、部品が複雑じゃなかった、作業者の賃金が低かった、といったかつての条件下では回せていたのだろう。
 検査設備の面でも、3次元測定器の数が少なく、扱える検査員も少ないという問題点がある。簡単な部品ならノギスやマイクロメータといった誰でも使える計測器で済むけれど、測定箇所が多かったり精度が厳しい部品はどうしても3次元測定器で測らないといけないけど、時間はかかるし、設備と人が限られているとそこがボトルネックになったりする。
 これも「じゃあ設備を増やそうぜ」っていきなりなるというより、他のルールや運用面をきちんと見直していって合理化・最適化した上で「どれくらい足りていないのか」をはっきりさせてからじゃないと意味が無かったりもする。


 中国の子会社の工場はそんな感じで、仕組み・ルールでも設備でも「品質より納期優先の体制」「昔は合理的だったが状況変化に合わせて更新されてこなかった」といった面がいくつも見られて、そうしたことが品質問題の多さに繋がっていると考えられている。
 「中国だから悪い」じゃなくて「ちゃんと現状に合わせてアップデートしてこなかったのが悪い」という話になっている。事実、別の中国の工場(子会社ではない)にQA(品質保証体制)の調査で訪問してあれこれ見せてもらったら、すごくちゃんとしていた。


 その中国の工場は、日本国内の外注先と比較してもはるかに手厚く品質重視でやっていると感じられた。例えば、

  • 生産工程の内製化:もともと外注していた機械加工や塗装を「品質管理ができない」と自前の工場(子会社)をつくっていた。実際に加工・塗装の工場も見学させてもらったが、こちらの中国子会社どころか、日本の外注先よりも管理が行き届いていた。電子基板の実装工程も内製化している。
  • 外注先評価:外注先に点数付けをして悪いところは指導を入れたり取引停止にしたりといった活動は国内外限らず一般的だが、この会社は四半期ごとに評価を実施してそのたびにかなりの数の外注先を切っていた。また点数付け自体もCやDよりQの重み付けを大きくしている。
  • 検査:外注先からの部品の納品時も抜取りではなく全数で検査を入れている。完成した品物も、組立・調整作業者がフルで検査した後、品証部門の検査員が同じ項目を再度フルで検査している。
  • 教育:新社員へのトレーニングプログラムがしっかり確立されている。現場に配属される前に記述式のテストを受けて合格しないと資格が取れない仕組みになっている。テストの内容も形式的なものではなくしっかり勉強しないと取れないものになっている。


 細かく挙げればもっと色々あるけど、こちらの感覚だとちょっとやり過ぎ、手間・コストがかかり過ぎでは、と思ってしまうレベルだった(これはメーカーでも製品の性格によるとは思うけれど)。逆に言えば中国で日本と同程度の品質を保とうとするなら、ここまでの手間をかけないとできないってことなんだなと思った。日本だと仕組みでがっちり固めなくても、割と先回りしてやってくれる。これはもともと空気を読み合う社会だからなのか、終身雇用で労働市場流動性が低くて技能や品質を高めたいインセンティブが働いているからなのかは分からないけれど、「何となく」で品質が保たれてしまう面が日本にはあったりする。だから外注先や自社の作業者をある程度信用してお任せできる、一種の甘えが発生する余地があるのだと思う。
 日本の場合は品質にかけるコストが下へ下へと回されていく。社内で見てもマネジメントサイドではなく現場側で品質が担保されるし、社外で見ても発注元ではなく外注先で品質が担保される、そんな傾向が日本にはあるのかもしれない。
 そうした機序が働かないという意味で「中国だから品質が悪い」という言説もあり得るかもしれないけど、「言わなくてもやってくれる」「仕組みで押さえなくても何となくできる」が本当に良いことなのか? は考える余地があると思う。


 品質管理がしっかりしている方の中国の会社は、社長(総経理)が若くて40前後くらいの人だった。一方で品質がいまいちの中国子会社は60歳近い中国人の社長が管理している。社内でもよく言われるのは、この60歳近い社長はとてもコストに厳しくて、設備投資もすごく渋るという。ひょっとしたら中国人経営者の間でも世代間で意識が違うんだろうかと思った。「中国生産の強みはコストと納期だ」という古い人の考え方と、「中国はもう安かろう悪かろうじゃない、品質と性能で世界に売っていくんだ」という若い人の考え方の違いがそこにはあるのかもしれないとちょっと思った。実際その品質が良い方の会社は、性能面でも非常に優れている。付加価値をつけられるから品質面で多少お金がかかってもいい、それより品質が悪いというイメージを持たれる方がダメージが大きい、という感覚かもしれない。
 でもさらにあれこれ話を聞いてみると、子会社の工場は20年前の設立当初は本体から出向した日本人の社長がいて、現社長(中国人)はその弟子だという。その日本人が徹底的なコストカットと納期遵守を叩きこんで、その弟子である中国人社長がその感覚のままだという話も聞いた。実は「中国が悪い」んじゃなくて単に「うちが悪い」だけ、みたいな結論になってしまう。


 2007年の段ボール肉まん事件や、2008年の冷凍餃子のメタミドホス混入だったり、2011年の高速鉄道事故で列車を埋めたり、最近も道路陥没で落ちた車両をそのまま埋めようとしたり、そういった事故事例を聞くと(中国はやっぱヤバイ)という気持ちになる。ただ日本の企業の品質事故とかも挙げてみるとそれなりにあって(三菱自動車とか雪印とか)、やり方がダイナミックか、丁寧に隠蔽しようとする気があるかの違いって気もする。
 自分は工場調査のエキスパートでも何でもないけど、やっぱ「中国だから」「日本だから」の印象論で片付ける前に、「何でそうなってるのか」「どういう違いがあるか」を少しでも見てみようとすると、そこにはそうなる機序が確かにあって勉強になるし面白いなと、まあ当たり前のことだけど、つくづく思った。これは一般化できない個別のケースだ、とは思っている一方で、案外似たような話はゴロゴロ転がってるんじゃないかって気もする。