やしお

ふつうの会社員の日記です。

10万円の損が許されて30円の損は許されないみたいな世界

 大手メーカーで働きながら、7月末リリース予定の製品があって、製造部門の担当が月末の土日に出勤して「31日に在庫させる」ことの帳尻を合わせるために1日・2日を詰める努力をしながら、でもこの製品って上流の部署(開発)起因で「3か月リリースを延期します」のあと「やっぱり無理なんで1か月延期します」ってやってるんだよなと思うとこれって、30円安いキャベツを隣町のスーパーまで買いに行くような努力はするのに、10万円値引けるかもしれない車を買うときは言い値で買う、みたいな感じだなと思うと、なんとのう、むなしうなるわな。


 こうしたことはよくある。
 ある事業部がサンクコストに取りつかれて数十億円の損失を出しながら、その元事業部長が社長に、その事業部出身者が他の事業部長になってなんとなく許されている中で、「経営悪化のため設備や備品の予算を減らします」ということで壊れた電話機1500円の買い替えを認めてもらえなかったりする。
 同じ会社の中でも事業部のあいだでお金の感覚が違うこともよくあって、一方の事業部は数十万円の機器を買うのをためらったり年間数百万円のコストダウンに血道を上げたりする中で、他方の事業部では数百万円の設備購入を値切ることもなしに進めていたりする。もちろん事業によって得られるリターンが違うから、貧乏人にとっての5千円が金持ちにとっては500円くらいの感覚、ということはあるけれど、その貧乏人と金持ちが同じ財布を使っているのだ。
 そうしたファンシーな出来事がたくさん日常的に転がっていて、たのしい世界です。


 トップダウン的/全体最適的な目標と、ボトムアップ的/部分最適的な実行がハイブリッドされると、こうした時空のゆがみが発生するのかもしれない。
 「全体日程」という形で最終的なお尻が決まる。それを実行するのは各課・各担当者で、課長も担当者も部署としての守備範囲に対しては責任を追う。全体を管理監督する人がいないので柔軟な目標と実行の調整ができない。各課長も各担当者も当然「自分(自部門)が責められないこと」を達成するように振る舞うから、何としてでも目標を達成しようとしてしまう。もっと大きな目的(全体最適)には寄与しないと本人たちも気付いていても、部分最適に走ってしまう。そんなわけで、大掛かりな目標の後退はできても、小さな目標の変更ができない。10万円の値引きはできなくても、30円のお買い得に力を尽くしてしまう。


 全体をコントロールする権限を明確に与えられた人がいないとどうしてもこうなってしまう。
 課長クラスでこうした役目を買って出る人が運良くいれば、運良くうまくいくかもしれないけれど、「正式にアサインされているわけでもないのに、どうしてこいつは勝手に領域を侵犯してくるんだ」と周囲から疎んじられてしまう。そもそも自分の守備範囲外の相手に指示を出す根拠がないから、圧倒的に優秀だとか先輩だとか元上司だったとかそういう周囲に「この人に命じられるのはしょうがない」と思わせる何かでもない限りそういう動きを取るのは難しい。けれど課長になる人というのは、守備範囲が正確にわかる=筋論がわかる人がなる傾向にある以上は、そうした「勝手に領域を侵犯してでも全体最適を目指す」タイプの人は出てこない傾向にあって、そう考えると「運良く」が発生する確率はとても低くなってくる。
 そうして誰も目標を変更する権限を持っていないから、ギリギリまで辻褄を合わせようと過剰な努力をしてしまうし、それが失敗すると取り返しがつかないタイミングで大掛かりな目標変更になってしまう。