やしお

ふつうの会社員の日記です。

藤沢周平『長門守の陰謀』

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人情物で人が描かれる時、どうしても彼らを配置し舞台を設定して好き勝手に動かす人・作者の存在が透けて見えるのは、それを隠蔽するのに十分な冗長性がないため。ただこの切り上げ方・省略の上手さはこの作者の美点でもあって、例えばチャンバラ短編でスピードとリズムが要求される際に、舞台を一気に立上げ人物達を立合いに追い込む手際の良さとなってこの特質が生かされる。その際彼らが物扱いされても、そもそもそういうゲームだと気にならないが、本短編集に多い人情物だと人物の生のリアリティを出すという志向と齟齬を生んで合いづらい。


 例えば樋口一葉の「わかれ道」のあの驚異的な短さとあの抜群の着地の記憶があると、とても満足できないのよ。
 あと表題作の「長門守の陰謀」は史実を下敷きにしたとのことで、やっぱり実在の資料の侵食具合というのが気になってしまう。その点でいくと新田次郎の「八甲田山死の彷徨」のラディカルさには及ばない(というか「八甲田山」はもう小説を放棄してるレベル)。あと「最後にじじいが完全に落ちぶれてるのにとどめをさされる」点では、プロスペル・メリメの「コロンバ」の恐ろしさには遠く及ばない、とどうしても思ってしまうの。


長門守の陰謀 (文春文庫)

長門守の陰謀 (文春文庫)