やしお

ふつうの会社員の日記です。

L・デビッド・マルケ『米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方』

http://bookmeter.com/cmt/53037664

この「委ねるリーダーシップ」って標語だけ鵜呑みにしてもダメで、「決定権者が組織を本気でデザインする」や「組織が最大限機能するのは各人の自尊心が最大限尊重できてる状態」といった本書が前提してる精神を読み取らないと上手くいかない。権限の委譲を本書が強調するのはトップダウンが当然視されてる欧米で書かれてるからで、個人プレー積み上げ型組織が多い日本社会では自ずと手段が変わるはずだけど、本書はもともと中途半端に抽象化せず、個別具体的なアプローチやプロセスを成功・失敗交えて描いてて自分の組織に適用するヒントにし易い。


 原題が「Turn the Ship Around!」なのにこの邦題はあまりにダサすぎて本棚に置くの恥ずかしいし、それは帯文で処理してくれと思うけど、こうした方が売れるっていう前例か傾向が出版社側で共有されているんだろうから、しょうがない……客がダサいというのが悪いのか……


 自己啓発本があんまり好きじゃないのは、最終的な結論だけ抽出して示されてあんまり適用範囲が広くないからだ。公式だけ教えてもらっても、前提が違ってるところで無理やり適用しようとしてもおかしな値しか出力されない。公式を教えてくれるんじゃなくて、どういう前提があって、その前提を踏まえてどういう過程で最終的にその公式を導くに至ったのかを見せてほしい。そうしたら同じように自分でも、前提が違う場面でも自力でそのシチュエーションにあった公式を導くことができる。
 そういう意味でこの本は、「こうすると上手くいきます」という一般化した言い方はほとんどしてなくて、「今回の場合はこういう理由でこれが上手くいった」「こういう理由でこれは上手くいかなかった」という話をしてくれるからありがたい。
 抽象化すると一見、きれいになって一般的に適用できる法則のように見えてしまうけど、実際には膨大な前提条件と上手く適合しない場合が多い。むしろ具体的な話のまま生データとして見せてくれた方が、底に横たわってる根本的な精神がかいま見えて、特殊的に適用する際の有用なヒントになる。
 だけど、この日本語タイトルが……凡百の自己啓発本っぽいタイトルなので……


 今自分のチームに20代前半の人がいて、その人が自分からチームをもっと良くしよう、効率化しよう、みたいな働きかけができるようになってほしいなと思ってる。でも正直どうしていいかよくわからない。
 もともとチームというものもマネジメントというものも存在していない職場だったのを、チームができてマネジメントして仕事が平準化できてある程度効率よく働けているという状態までは持って行けたかなと思ってるけど、この先、自分がいなくなってもそれが維持される状態にまでさらに持って行きたいと思ったら、他のメンバー(特に自分より若いその20代前半の彼)にそれができるようになってもらわないと困る。でも、本人に「やれ」といってできるようなものではないし、かといって天に運を任せてそういう技能のある人が偶然チームに来てくれることを待っているなんてことは望みが薄すぎてだめだ。
 どうすればいいんだろうか。そもそもそんな風に人を変えることが可能なんだろうか。もうちょっとヒントが欲しいと思った。すでに誰かが似たようなことで失敗したり成功したりしたプロセスがあるならそれを参考までに見てみたいなと思っていた。そういうわけで、探してみたら本書が評判が良かったので読んでみたら、ちょうどいい本だった。何より、これだけの成功事例(評価が最低だった組織を最高にまで変えたという事例)が確かに存在するという事実を見せてくれるとなんか元気になる。
 ちなみに本書は原子力潜水艦で百数十人の世帯、4人の各セクションの長(科長)がいて、副長が1人で、著者は艦長だったということで、会社だと部長クラスから見た話という感じだ。部長クラスからでも末端の行動を変えるところにまで至る、という話だから本当にすごいと思う。どういう風に上司と部下にアプローチしていくかという話も書いてあって楽しい。


 著者が「上司に命令されずに自分で合目的的に行動する」という状態を望んだとしても、それを上司が「そうしろ」と言ってしまうと、それは命令になって「上司が命令しない」という命題と矛盾するから、結局機能しなかった、というエピソードを書いている。命令の構造を廃棄しようとしながら、実際にはその構造に依拠しているということだ。これ読んだ時、ああそうだ、僕がその彼にどうしようかなと考えていたのはこのことなんだなと思った。
 そして「そうしろ」と言わずに「そうなる」ために、行動と認識の両輪で少しずつ変えていく様子が本書では描かれていてとても参考になる。その彼の性格、チームの状態、仕事の量や内容といった具体的な条件と照合しながら、本気でやり方をデザインしてこの先試していって、どこまでうまくいくか見てみたいと思う。


 あとこの本は、マネジャー側だけでなくてプレーヤー側としても参考になるし、別に会社組織に限った話でなく、家族や友人、PTAとかどんな形態の組織でも、組織をデザインするヒントとして有用だと思う。なにせ「いかにしてメンバー一人一人の自尊心を満たして意欲を引き出すか」というのが根本にあるので、あまり組織の大小や種類に関係ない。


米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方

米海軍で屈指の潜水艦艦長による「最強組織」の作り方