やしお

ふつうの会社員の日記です。

土肥修司『麻酔と蘇生』

http://book.akahoshitakuya.com/cmt/35973728

麻酔科医の先生が書いた本がなんで、麻酔「と蘇生」なのかなと最初思った。でも全身麻酔って強制的に人間を死に近い状態に引き下げて、また復帰させるんだから、引き上げ方=蘇生とセットなのは当然なのか。この死に近い状態を手術中にキープするのが難しい。意識も呼吸も止め、かつ体をいじってるから、状態をモニターして正確にコントロールしてかなきゃいけないって話が中公新書らしい(新書らしからぬ)詳細さで語られる。麻酔学は侵襲と保護の相克だという。局所麻酔や、歴史や現状の話もあって素晴らしいけど、いかんせん20年前の本なんだ。


 一言で「全身麻酔」といっても、分泌やいらない反射を抑える薬→気持ちをしずめる薬→意識をなくさせる薬(静脈麻酔薬)→筋肉をやわらかくする薬(筋弛緩剤)→意識がないのを維持する薬(吸入or静脈麻酔薬)、といろんな薬をタイミングよく順番に入れてくことで実現してるんだな、というのがおもしろい。


 こうやって薬を組み合わせてるのはそれぞれ役目が違うからで、そのへんがかなり詳細に語られている。
 筋弛緩剤ってたまに殺人とかでも使われてる。あれは神経と筋肉の「あいだ」に作用する。筋肉は動かせなくなって呼吸もできなくなるから超くるしいけど、意識は消えないので、もがき苦しむことも許されずに死ぬしかない、という話。こわー。それを手術で使うというのは当然、人工呼吸器とセットで使うことになる。みたいな。


 そして薬の話だけじゃなくて、薬で止めちゃう呼吸や循環を補う器具の歴史や、患者の状態をモニターする機器の話も書かれてる。
 そんな薬や機器や方法が確立されていくまでの犠牲の話も。局所麻酔薬としてのコカインの研究によって弟子を中毒死させ、自身も依存症に苦しんだ医者とか、心臓に微弱な電流を流すと細動が起きることを自分の体で証明して死んだ医者とか、手術中に死んでしまう患者たちの話なんかが、さんざん出てきて、つくづくこの上に今の医療が、という感じ。
 あと今の目から見てたかだか50年くらい前の手術風景に「野蛮すぎる!」と思うってことは、あと50年もしたら「お腹を開くなんて無茶苦茶だ!」と思う時代もくるんだろうな、と思った。